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このママはクラブの「ママ」ってことじゃなくて――「母親だろうね」と後ろで続く。
げえ……。やっぱりそうか。これ以上その手の人にかかわりたくないんだってば。
気配をできる限り消して後ろに下がり、星空の背中に再び隠れる。肩からのぞきこんでみると、着物の女性がギャル女のとなりに並んでいた。身長はギャル女より低いものの、全身から放たれる圧は比べ物にならない。
「こんなところでこんな目立つようなこと、恥ずかしいからおやめ」
「だってえ」
「これ以上人様に迷惑かけんじゃないよ。すまなかったね、坊やたち」
どうやら敵意はなさそうだ。とはいえこれ以上関わるつもりはない。謝罪は良いから早くギャル女を連れてってくれ。
――瞬間、着物の女性がこちらを向いた。
あ、やばい。
その目がカッと見開き、赤い唇が横に広がっていく。
「あら、あらあらあら」
とっさに頭をひっこめるがすでに遅し。星空の前から伸びてきた手が、俺の耳を掴んで引き上げる。
「いでででで……」
おとなしく従うしかない。
女性の力とは思えないくらいに締め付ける指は強く、軟骨がぎしぎしと音を立てていた。
星空を間に挟んだまま、ずいっと顔を寄せてくる。
「あんた男前だねえ。こいつぁ私もほれぼれするよ」
渋い柑橘系の匂いが鼻先をかすめた。
「あ、はは、そいつぁ光栄――」
「ちょっとママぁ? やめてよね! 私の彼氏なの!」
彼氏じゃねえよ! 余計なこと言ってんじゃねえ!
「へえ? 彼氏ねぇ? ……ん? まさか、うちのやつらが手ぇ出して死にかけてたのって、あんた?」
真顔に切り替わる女性を前に、顔面の筋肉がじわじわと硬直していく。どう答えてもろくでもないことになりそうで、返事ができない。
あ~、どうやって逃げ出そう。耳はさっきからずっと痛いし、星空は頼りにならないだろうし……。
「あの、それ、返してもらえます?」
ぴしりと、空気にヒビが入ったかのようだった。
女性の両眼だけが星空に向かい、俺の耳から手を離す。一歩下がり、情のない目でじっと見据えていた。
「……あ? なんだって?」
放たれた声は、ドスが利いている。ギャル娘とは比べ物にならないほどの迫力だ。
「それです。返してください。僕のなんで」
臆することなく、女性の腰あたりに指をさしていた。そこにあるのは、下ろしている女性の手。俺の耳を掴んでいたのとは逆の手だ。
そこには一枚のタロットカードが握られていた。
――いつのまに……!
「さっききみが離れたときに飛んでったんだよ」
「早く言えよ!」
「言う前に行っちゃったし、もういいかなって」
「この人がカードを持ってるってことは、つまり」
「この人が、僕たちの探していたお客さんってことになるね」
――ううっ。まじか。よりにもよって、一番かかわりたくない人の手に――。
星空が「ふふ」と笑みをこぼす。
「やっぱり、女難の相はだてじゃないわけだ?」
――ううううううう。ぐうの音も出ねえ……!
「いいよぉ? 返してやろうじゃないか」
女性はにやりと笑って、二本指で挟んだカードを星空に差し出す。
カードの絵は全体的に黄色い。二人の子供が白い花の入ったカップを受け渡している。
星空はカードに顔を向け、女性に顔を向けた。あきれたようにため息をつき、手を伸ばす。
触れる直前、女性の手がパッと上がった。ひらひらと振りながら、意地悪く言い放つ。
「まさか、ただで返してもらおうなんて思ってないだろうね? あたしが返す代わりに、あんた、何してくれるんだい?」
その顔は、まさしく女帝だ。身長は星空よりも低いはずなのに、俺たちなんて簡単に蹴散らせるとでも言わんばかりの風格がある。
星空のことだ。こうやっておちょくられることはわかっていたに違いない。女性に顔を向けたまま何も言わず、ただじっとしている。
「だんまりでやり過ごそうって魂胆かい? ずいぶんと舐めたマネしてくれるもんだ」
――まずい。このままじゃまた……。
ん? いや、待てよ?
なんだったらこのまま怒らせて、星空をひっぱたかせたほうがいいまであるな? ダメージを跳ね返らせて大怪我させたら、二度と俺たちの前に現れないようにできるんじゃないか?
ああ、でも、この人、金持ってそうだし……。占ったらそれなりの報酬が期待できるんじゃ……。でもなぁ、こういう人たちとつながりを持つのはやっぱり……。
「も~、ママ、やめてあげなよ。それくらい返したっていいじゃんか。こいつ絶対金なんか持ってないんだし。相手すんのは時間の無駄だって。そんなことより陽太だよ陽太ぁ」
「そうだ! じゃあ、占い! でどうすか?」
星空を横にずらし、肩に腕を乗せて寄りかかった。ギャル娘にこれ以上振り回されるくらいなら、ここで腹をくくるしかねえ。
「占い?」
着物の女性が俺を向き、表情を怪訝なものへと変えた。
「そう! 実はこいつ、かなり当たる占い師、なんですよ!」
この面倒ごとから早く離れるには、結局これしかない。ちゃちゃっと占ってちゃちゃっと帰すんだ星空!
その結果報酬が弾めば万々歳だ。
「過去も未来もお見通し。悩み事なんか一発で解決。そんじょそこらの占い師とは格が違うってもんです」
ま、俺の悩み事は解決できなかったんだけどな。
「へえ……?」
目を細めた女性の瞳から、好奇心がこれでもかとあふれ出ている。ギャル娘がきゃっきゃと声を弾ませた。
「占いだって、ママ、私やってもらいたいな~」
「残念ながら、占ってもらえるのはタロットカードを持っている方のみになります」
「え? なんでぇ?」
「そういう決まりなもんで。タロットカードを拾った方は、俺らにとっちゃお客様なんですよ。最初から占わせてもらえるようにお声がけするつもりでした」
着物の女性はカードを見下ろし、「ふうん」とつぶやく。
「なんだか、新手の詐欺みたいだねぇ」
「滅相もございません。その能力を実際に試してもらえれば、ご納得していただけるかと」
返事はない。カードを見つめて押し黙っている。カードから何かを読み取ろうとしているのかもしれないし、俺たちが信用に値するか思考を巡らせているのかもしれない。
その目が、改めて俺を向く。
「いつもならこんな話にゃのらないが、あんたがそこまで言うならいいだろう」
カードを星空に差し出した。今度はすんなりと受け取れている。
「私だって占いに興味がないわけじゃないしね。今思えば、落ちてたものを見て拾うのも私らしくないし」
心の中でホッと息をつき、ガッツポーズ。
一撃必殺の完璧な笑みを浮かべる。
「それじゃ近くのカフェにでも」
「いいや」
女性は涼し気に目を細め、反論を許さない重圧をこれでもかと漂わせた。
「こういうのにうってつけの、いい場所がある」




