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死にたがり予言者と迷える子羊たち  作者: 冷泉 伽夜
Six of Cups ~自立~
18/24

1-3


 このママはクラブの「ママ」ってことじゃなくて――「母親だろうね」と後ろで続く。


 げえ……。やっぱりそうか。これ以上その手の人にかかわりたくないんだってば。


 気配をできる限り消して後ろに下がり、星空(せいら)の背中に再び隠れる。肩からのぞきこんでみると、着物の女性がギャル女のとなりに並んでいた。身長はギャル女より低いものの、全身から放たれる圧は比べ物にならない。


「こんなところでこんな目立つようなこと、恥ずかしいからおやめ」


「だってえ」


「これ以上人様に迷惑かけんじゃないよ。すまなかったね、坊やたち」


 どうやら敵意はなさそうだ。とはいえこれ以上関わるつもりはない。謝罪は良いから早くギャル女を連れてってくれ。


 ――瞬間、着物の女性がこちらを向いた。


 あ、やばい。


 その目がカッと見開き、赤い唇が横に広がっていく。


「あら、あらあらあら」


 とっさに頭をひっこめるがすでに遅し。星空(せいら)の前から伸びてきた手が、俺の耳を掴んで引き上げる。


「いでででで……」


 おとなしく従うしかない。


 女性の力とは思えないくらいに締め付ける指は強く、軟骨がぎしぎしと音を立てていた。


 星空(せいら)を間に挟んだまま、ずいっと顔を寄せてくる。


「あんた男前だねえ。こいつぁ私もほれぼれするよ」


 渋い柑橘系の匂いが鼻先をかすめた。


「あ、はは、そいつぁ光栄――」


「ちょっとママぁ? やめてよね! 私の彼氏なの!」


 彼氏じゃねえよ! 余計なこと言ってんじゃねえ!


「へえ? 彼氏ねぇ? ……ん? まさか、うちのやつらが手ぇ出して死にかけてたのって、あんた?」


 真顔に切り替わる女性を前に、顔面の筋肉がじわじわと硬直していく。どう答えてもろくでもないことになりそうで、返事ができない。


 あ~、どうやって逃げ出そう。耳はさっきからずっと痛いし、星空(せいら)は頼りにならないだろうし……。


「あの、それ、返してもらえます?」


 ぴしりと、空気にヒビが入ったかのようだった。


 女性の両眼だけが星空(せいら)に向かい、俺の耳から手を離す。一歩下がり、情のない目でじっと見据えていた。


「……あ? なんだって?」


 放たれた声は、ドスが利いている。ギャル娘とは比べ物にならないほどの迫力だ。


「それです。返してください。僕のなんで」


 臆することなく、女性の腰あたりに指をさしていた。そこにあるのは、下ろしている女性の手。俺の耳を掴んでいたのとは逆の手だ。


 そこには一枚のタロットカードが握られていた。


 ――いつのまに……!


「さっききみが離れたときに飛んでったんだよ」


「早く言えよ!」


「言う前に行っちゃったし、もういいかなって」


「この人がカードを持ってるってことは、つまり」


「この人が、僕たちの探していたお客さんってことになるね」


 ――ううっ。まじか。よりにもよって、一番かかわりたくない人の手に――。


 星空(せいら)が「ふふ」と笑みをこぼす。


「やっぱり、女難の相はだてじゃないわけだ?」


 ――ううううううう。ぐうの音も出ねえ……!


「いいよぉ? 返してやろうじゃないか」


 女性はにやりと笑って、二本指で挟んだカードを星空(せいら)に差し出す。


 カードの絵は全体的に黄色い。二人の子供が白い花の入ったカップを受け渡している。


 星空(せいら)はカードに顔を向け、女性に顔を向けた。あきれたようにため息をつき、手を伸ばす。


 触れる直前、女性の手がパッと上がった。ひらひらと振りながら、意地悪く言い放つ。


「まさか、ただで返してもらおうなんて思ってないだろうね? あたしが返す代わりに、あんた、何してくれるんだい?」


 その顔は、まさしく女帝だ。身長は星空(せいら)よりも低いはずなのに、俺たちなんて簡単に蹴散らせるとでも言わんばかりの風格がある。


 星空(せいら)のことだ。こうやっておちょくられることはわかっていたに違いない。女性に顔を向けたまま何も言わず、ただじっとしている。


「だんまりでやり過ごそうって魂胆かい? ずいぶんと舐めたマネしてくれるもんだ」


 ――まずい。このままじゃまた……。


 ん? いや、待てよ? 


 なんだったらこのまま怒らせて、星空(せいら)をひっぱたかせたほうがいいまであるな? ダメージを跳ね返らせて大怪我させたら、二度と俺たちの前に現れないようにできるんじゃないか? 


 ああ、でも、この人、金持ってそうだし……。占ったらそれなりの報酬が期待できるんじゃ……。でもなぁ、こういう人たちとつながりを持つのはやっぱり……。


「も~、ママ、やめてあげなよ。それくらい返したっていいじゃんか。こいつ絶対金なんか持ってないんだし。相手すんのは時間の無駄だって。そんなことより陽太(ひなた)だよ陽太(ひなた)ぁ」


「そうだ! じゃあ、占い! でどうすか?」


 星空(せいら)を横にずらし、肩に腕を乗せて寄りかかった。ギャル娘にこれ以上振り回されるくらいなら、ここで腹をくくるしかねえ。


「占い?」


 着物の女性が俺を向き、表情を怪訝(けげん)なものへと変えた。


「そう! 実はこいつ、かなり当たる占い師、なんですよ!」


 この面倒ごとから早く離れるには、結局これしかない。ちゃちゃっと占ってちゃちゃっと帰すんだ星空(せいら)!


 その結果報酬が弾(はず)めば万々歳だ。


「過去も未来もお見通し。悩み事なんか一発で解決。そんじょそこらの占い師とは格が違うってもんです」


 ま、俺の悩み事は解決できなかったんだけどな。


「へえ……?」


 目を細めた女性の瞳から、好奇心がこれでもかとあふれ出ている。ギャル娘がきゃっきゃと声を弾(はず)ませた。


「占いだって、ママ、私やってもらいたいな~」


「残念ながら、占ってもらえるのはタロットカードを持っている方のみになります」


「え? なんでぇ?」


「そういう決まりなもんで。タロットカードを拾った方は、俺らにとっちゃお客様なんですよ。最初から占わせてもらえるようにお声がけするつもりでした」


 着物の女性はカードを見下ろし、「ふうん」とつぶやく。


「なんだか、新手の詐欺みたいだねぇ」


「滅相もございません。その能力を実際に試してもらえれば、ご納得していただけるかと」


 返事はない。カードを見つめて押し黙っている。カードから何かを読み取ろうとしているのかもしれないし、俺たちが信用に値するか思考を巡らせているのかもしれない。


 その目が、改めて俺を向く。


「いつもならこんな話にゃのらないが、あんたがそこまで言うならいいだろう」


 カードを星空(せいら)に差し出した。今度はすんなりと受け取れている。


「私だって占いに興味がないわけじゃないしね。今思えば、落ちてたものを見て拾うのも私らしくないし」


 心の中でホッと息をつき、ガッツポーズ。


 一撃必殺の完璧な笑みを浮かべる。


「それじゃ近くのカフェにでも」


「いいや」


 女性は涼し気に目を細め、反論を許さない重圧をこれでもかと漂わせた。


「こういうのにうってつけの、いい場所がある」



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