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周囲の人だかりをぐるりと見渡したそのとき、ある一点に目を留める。動き回る人々の間で足を止めている女が、こちらをじっと見つめていた。
つけまつげとカラコンが際立つ大きい目。シェーディングとハイライトで作り上げた顔。そして明るい茶髪のストレート。俺を指さし、目と口をこれでもかとかっ開いた。
「ああああああああ! 見つけたぁ!」
「げえぇ!」
すぐに駆けだし、人波を縫うように星空のもとへ急ぐ。
身長が高いことの欠点は、こういうときに目立ってしょうがないってことだ。人混みに溶け込もうにも溶け込めない。
「待ってよぉ! なんで逃げるの!」
女の声が辺りに響く。
間違いない。あのギャル女――ヤクザの娘だ!
一晩相手してちょぉっとおごってもらっただけなのに、怖いおっさんたちにさらわれて殺されかけた! あんな目にあうのはもうこりごりだっ。
「星空――――!」
空間に入れば、星空は来るのがわかっていたと言わんばかりに顔を向けていた。
「助けろ! 今一番かかわりたくない女が来た!」
「助けないよ。助けたら報酬もらわなきゃいけな」
「うるせえ! こっちはピンチなんだよ!」
腕を引いて無理やり立たせる。その後ろにかがんで隠れた。
遅れて空間の中に入り込んできたギャル女が、星空の左右からのぞきこんでくる。それを阻止するよう、星空の両肩を掴んで動かした。
「心配してたんだよ! 急に連絡とれなくなったから!」
ああ、もう、最悪。どうにかして帰らせないと……。
「もしかしてパパになにかされた? ああ、ごめん、私いろいろあったから結構過保護で……」
ごめんじゃねえよ! 悪いと思ってんならとっとと帰れよ。もうかかわりたくねえんだよ!
「悪いと思ってんならとっとと帰れ、だって」
「あぁ? おめえ、誰だよ!」
先ほどとは比べ物にならない、野太く濁る声。
後ろから俺も続く。
「だから勝手に読むなっつってんだろ!」
「助けを求めてきたからできる範囲で」
「火に油なんだよ、それは!」
「ああ言えばこう言う」
「お前だろ!」
も~、ほんとにこいつ、なんの役にも立たねえなっ。
「陽太をこっちによこせよこの野郎! とっととどかねえとぶち殺すぞ! 聞いてんのかこら!」
さすがヤクザの娘。そこらのヤンキーなんて目じゃない形相で怒鳴りつけている。……ヤクザってよりチンピラって感じだけど。
星空は反応を返さない。その肩越しに、ギャル女と目が合った。そいつはすぐさまふにゃりと笑い、腕を広げる。
「ほらぁ! そんなやつなんてほっといてこっちおいでよ!」
「……いかねえよ、とっとと帰れ。こっちはおまえと二度と会わないって約束してんだ」
星空が代弁してあの態度なら、自分で言ったほうが早い。でもこのタイプはなんだかんだ言って引かないんだよな……。
「誰と? パパと? それじゃあ私からパパに言っておくからさぁ! 一緒にいようよぉ? ね? お金が欲しいならあげる! 絶対に生活に困らせたりしないから!」
金? 金か……。
元はと言えばこの女のせいであんな目にあったんだ。当分の生活費くらいならもらっても罰は――。
「あたるあたる。ほんと学ばないよね」
星空の冷ややかな声が頭を殴りつけてきた。
「自分がどういう体質かもう忘れちゃったの?」
「ち、違う! もしかしたら客になるんじゃないかと思っただけで!」
「僕にそんな言い訳通用しないよ」
と言いつつ、星空はギャル女に顔を向けてじっと見ている……ような気がする。
「んだよ? チビが。いい加減どけよ邪魔なんだよ! あぁ?」
メンチを切っている女相手に、首を振った。
「やっぱり、彼女じゃないな」
はあ? こいつが客でいいだろ。適当にいい男見つけさせりゃいいんだから。
「ほんときみってやつは……」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞこらぁ! どけっつってんだろ!」
ギャル女が手を振り上げた。とっさに星空を後ろに引いてその手首をつかむ。
「わ……わ……」
振り向けば、星空が手をわたわたと動かしながら片足でふらついていた。
「お、おい! こけんなよ!」
「あー……大丈夫」
動きは落ち着き、両足を地に付ける。転ぶことも尻もちをつくこともない。……よかった。ケガさせて俺に返ってきちゃたまったもんじゃねえからな。
ったく。これじゃどっちが助けてんだか。
「なんでそいつのこと守るの!」
ギャル女を見れば、ふくれっ面で俺を見上げている。さっきまで星空に向けていた獰猛な顔とは大違いだ。
「守ってるわけじゃねえ。こいつに手出したらてめえが死ぬぞ」
星空は天性の能力を持つ占い師。害を与えてくる相手に、同程度以上のダメージを跳ね返す。一種の呪いみたいなもんだ。
「そんなにそいつのことが大事? この私より? なんで!」
「そういうことじゃねえよ! てめえがただで済まねえって言ってんだ!」
手を離せば、俺を見る女の瞳がうるうると濡れている。でも張り上げる声はそこまでヤワじゃない。
「そういうことじゃん! 私捨ててそっちの男とるってことじゃん!」
「気色の悪い言い方すんなよ」
ギャル女は星空を指さす。つばをまき散らしながらぎゃんぎゃんと吠えた。
「こんなわけのわかんないやつ、一緒にいてなんになんの! こいつが! 陽太になにしてくれんの!」
歩道を通っていくやつらがチラチラと視線を向けてきた。――まずい。
「おい、とりあえず落ちつ」
「私と一緒にいたら好きなものたくさん食べられるし、好きな服も買ってあげられるんだよ? 陽太だってまんざらでもなかったじゃん! 私のこと金づるとしか思ってないことはちゃんとわかってるんだからね!」
「だあ! おまえいったん黙れ!」
おまえのこと監視してるおっさんたちに聞かれるだろうが! 今度さらわれたらまじで殺されるかもしれねえ!
「それでも一緒にいてあげるって言ってんの! お金あげるって言ってんの、私は!」
ギャル女は黙るどころか、俺の腕にすがってゆすってくる。
「このまま一緒に来てくれるならマンションも買ってあげる! 毎晩私のこと好きにしていい! こんな金づるがほかにいる? いないよねぇ? そいつといたって金出してくれるわけじゃないよね?」
「黙れっつってんだろ! 俺の話を聞けよ!」
「もし普通のプレイで満足できないならちゃんと合わせるから! 陽太がそっち系でも勉強する! 尻でイケるようにがんばるからぁ」
「なんの話してんだ! とりあえず離れろ!」
見られてることを考えれば、ここで無理やり振り払うこともできない。
「怒んないでよ! こないだはそんなんじゃなかったじゃん! にこにこして優しかったじゃん!」
くそが! こっちはてめえの名前すら覚えてねえっつうの!
背後で「最低」とつぶやく声を聞き取ったあと――。
「やかましいね! なにやってんだい春香!」
前方から力強い声がぶっ放された。
人混みをすり抜けた女性が、草履で空間に入り込んでくる。
ふくよかな体型で着こなす黒い着物に、ぴしっとしたまとめ髪。まるで高級クラブにいる「ママ」のようないで立ちだ。黒く太いアイラインに、真っ赤な口紅――どんな相手であろうと怯まないその強さが、化粧に現れていた。
ギャル女の手がパッと離れる。
「ママ!」




