1ー1
最高の週末。絶好の客漁り日和。
ざっと見た限り、標的になりそうな女の子には事欠かない。
繁華街には今日もたくさんの人が、それぞれの目的地へと行きかっている。その中から一人や二人連れてくることは、俺にとっちゃ息をするぐらいにたやすい――はずだった。
「ねえねえ、お姉さんたち今ヒマ~?」
前を横切った二人の後を追う。振り返った彼女たちはどちらも化粧が薄く、まだ幼さが漂っていた。純朴で素直そうな子たちだ。
「占いとか興味ある? やっていかない?」
わかってる。これじゃあやばいやつ。
でも、こうやって突拍子もないことを言いながらナンパする男は意外と多い。そんでもって俺は、そんじょそこらの男とは違うわけで。
「えー? どうしようかな」
「占いだって~」
女の子はキャッキャと笑う。
うんうん、いい調子だ。
「まじでめちゃくちゃ当たるよ? 今までの人生お見通し。お金もいらないの。ただちょっと未来を視て終わり。もしかしたら今後嫌なこと避けられるかもしれないし、大きな幸せ手に入れちゃうかも」
「ほんとにー?」
「どうする~? 行ってみる?」
春日野陽太、二十五歳。
男性平均を優に超える高身長に、清潔感のあるシンプルなスタイル。そして何より、神に恵まれたこの顔面。
俺にかかれば、落とせない女の子はまずいない。
「損はさせないからさ、ちょっとついてきなよ」
実際、女の子たちはほいほいついてきた。占いなんて本気で信じているわけじゃない。俺の顔に釣られているだけだ。――もうちょっと危機感持とうな、お嬢さんたち。
俺はあくまでも客寄せパンダ。占いは、別の人間がやる。
「ほら、あそこ。あれが百発百中、未来を見通す超絶占い師だ」
指をさすほうに視線を向けた女の子たちは、「え」と動きを止めた。
――うん。わかる。わかるよ。そうなるよな。
行きかう人々の間から見えるのは、俺と同い年の男。歩道のベンチに、車道を背にして腰かけている。ピクリとも動かないその姿は置物のようだ。
遠目でも着たおしているのがよくわかる、毛玉だらけのパーカーと色あせたジーンズ。斜めがけにした使い古しのボディバッグは、みぞおちを防ぐような位置に持ってきていた。
なんていうか、とにかく――そう、やぼったい。俺とは真逆。それはまだいい。問題は、その顔だ。
鼻と口だけを残し、上半分を薄汚れた包帯でぐるぐる巻きにしてやがる。――ええ、まごうことなき不審者です。お巡りさんに職質されても不思議じゃないくらいの。
「あ、あんななりでも腕は確かだ。生まれてから今に至るまで全部言い当てられるんだぞ」
「いや……えっと」
女の子たちは顔を引きつらせ、互いを見合わせている。こうなるともう、俺がなにを言っても聞いちゃくれない。
「わかる。わかるよ。怪しくは見えるけど、全然怪しくないから。お金とかほんといらないし、ちょっと視てもらうだけで」
「あはは、大丈夫です。間に合ってるんで……」
必死に愛想笑いを浮かべて後ずさり。くるりと背を向けてつかつかと逃げていく。
「なにあれ? 新手の勧誘?」
「あぶなぁ。変なのに引っかかるところだったぁ」
遠くなっていく二人の背中を見つめ、がっくりと肩を落とした。
毎度毎度、こうして俺の才能はことごとく打ち砕かれるのだ。
ため息をついて、先ほど指をさした場所に体を向ける。
歩道を行き来する人々は、故意か無意識か、あいつの前で弧を描くように避けて歩いていた。そのせいで、半円状の妙な空間ができあがっている。
ベンチに座るそいつを見据えて歩き出し、その中に足を踏み入れた。
俺の後ろを横切った女性が、「見ちゃダメ」、と幼い子供の手を引き、足を速めていく。
「……おまえなぁ、そんな鬱~な空気出してんじゃねえよ」
そいつの手前にまで来れば、まるで見えているかのように俺を見上げてきた。
「出してない」
「出してんだよっ。せめてもうちょっと愛想よくするとか、身なりきれいにするとかしろ!」
「する必要がない」
「おまえの見た目でずっと客が逃げてんだよ! せっかく俺が女の子ひっかけてるのに!」
「そんなこと頼んでない」
そいつはすねたガキみたいにそっぽを向いた。
「占いやってる男なんてはたから見れば異常者だろ。逃げるのが普通だよ」
やる気がなさそうに見えてああ言えばこう言う。こんななりして、いや、こんななりだからこそか? 全然言うこと聞いちゃくれねえ。
この男こそ、俺が出会った本物の占い師、如月星空だ。俺は今、こいつを使ってひと稼ぎしようと画策中ってわけ。
「きみはあいかわらず欲を隠そうとしないね」
「隠してんだよ! おまえが勝手に読んでんの! 金とんぞ!」
「読まれたくないならなにも考えないことだね」
「ってか俺のこと読んだって意味ねえんだよ! 俺が連れてきた女の子を読めよ!」
「ここまで連れてくることができるならいいよぉ」
くっそ~、この野郎、おちょくりやがって。
こいつと俺の力を使えば金稼ぎなんて簡単だと思ってたのに、まさかこんなにもうまくいかねえとはな――!
「でも、よかったじゃん」
その声はやけに明るい。
「女の子のほうから逃げてくれるんだからさ」
今の俺にとって、それは皮肉でしかなかった。
「ああ、ほんと。誰かさんのおかげでな」
星空の話によると、どうやら俺の人生は女に振り回されるようにできているらしい。なにをしてもしなくても女がどんどん近づいてくる体質で、それに加えて女難の相ってのを持ってるんだと。
こいつがなかなかの曲者だ。女に愛されていい思いをするたびに不幸のどん底へと突き落としてくれる。最悪、死ぬこともあるらしい。
つまりだ。この完璧に整った顔を持っていながら、俺は彼女もセフレも作ることが許されない。女の子たちを避けて慎ましやかに過ごさなきゃいけねえってわけだ。
とはいえ。
「これを利用しない手はねえだろ。こっちは何日カプセルホテルで暮らしてると思ってんだ。もう限界なんだよ。金だって減ってきてるし、ここらで一発どかんと稼がせてもらわねえと割に合わねえ」
「あのねぇ。そんなんだからきみは……いや」
星空は口を閉ざし、一息ついて続ける。
「客なんて、そのうち来るよ」
「来ねえから俺がわざわざでむいてんだろが!」
気の向くままに放浪してきた星空は、行動がゆっくりの超マイペース野郎だ。報酬が金以外のものでも当たり前って考え方だし、利益とか貯金とか考えたこともないんだろう。
だから、俺の焦りが理解できないんだ。少なくとも金がなきゃ、衣食住すらままならないってのに。
「見てろお。俺の女難の相はだてじゃねえってとこ、見せてやっから」
「あ、ちょっと」
星空の声を背中で受け、俺はまた人混みの中に戻る。かき分けながら歩道を横切り、雑居ビルの軒下へと入った。
その場で客探しを再開。
姿勢よく立っているだけで、前を通り過ぎていく女の子たちはみな視線を向けてくる。「かっこいい」だの「ビジュがすごい」だのと言葉を投げてくる。俺を見て歩くスピードを落としながら、結局は用事を優先させて去っていった。
やっぱり、俺に落とせない女の子はいない。――これで肝心の占い師がもうちょっと人に受け入れられる容姿だったらなぁ。




