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第8章 新たなる生活

丈太郎の、ルノア村での新しい生活が始まった。


彼はアンクの治癒院を手伝いながら、この世界のことを少しずつ学んでいった。

この村のこと、この国のこと──

そして、この世界では誰でも簡単な魔法が使えるということ。


人間だけでなく、エルフや獣人、ドワーフなど、多種多様な種族が共存していること。魔物と呼ばれる危険な生き物がいること。さらには、魔法技術と呼ばれる応用体系が生活の隅々にまで根付いていること──。

日々の学びは新鮮で、驚きに満ちていた。


治癒院での仕事も、思いのほか楽しかった。

先輩にあたるアリスが明るく丁寧に教えてくれるおかげで、覚えることが多くても苦にはならなかった。


ときには村の狩人に同行し、薬草を採取しに森へ入ることもあった。持ち帰った薬草をアンクが手際よく調合し、薬に仕上げていく光景は、丈太郎にとってまさに魔法そのものだった。


一方、ミィナは村の学校に通っていた。

夕暮れ時、丈太郎が家に戻ると、彼女が満面の笑みで「お帰り!」と飛びついてくる。

そんな日々が、自然と当たり前のものになっていった。


そして、丈太郎の持つ異質な“力”についても、アンク主導のもとで慎重な検証が始まった。


* * *


《丈太郎の能力検証・現時点での判明事項》


【無効化できるもの】


■物理ダメージ

あらゆる物理的衝撃を無効化。アンクが徐々に力を込めながら医療用の打診ハンマーで丈太郎を叩いて検証した。最終的には鍛冶屋から借りてきた巨大ハンマーまで持ち出したが、結果は暖簾に腕押し。ハンマーは触れた瞬間にピタリと止まり、丈太郎は痛みどころか反動すら感じなかった。


■落下ダメージ

徐々に高い場所から飛び降りて検証。最終テストとして、人目のない早朝に治癒院の屋根(高さ約五メートル)から飛び降りてみたが、丈太郎はふわりと無傷で着地した。ただし、事情を知らずに早朝出勤してきたアリスがその瞬間を目撃してしまい、治癒院に悲鳴が響き渡るという事故が起きた。


■魔法全般

治癒魔法、支援魔法、精神干渉魔法など、直接作用する魔法はすべて無効化される。一方で、簡易的な防御結界を用いた検証では、結界の壁を通り抜けることはできたが、結界そのものを破壊・解除することはなかった。つまり、環境として展開された「結界の中」に留まる分には、丈太郎も間接的に魔法の恩恵にあずかれると判明した。


■呪い

一切呪われない。アンクが厳重に保管していた『一度嵌めると指が腐るまで外れない呪いの指輪』に丈太郎が触れたところ、バチッという微かな音と共に呪いが霧散。ただの古ぼけた指輪に戻ってしまった。呪物には、触れるだけで自動解呪が働くようだ。ただし、既に呪われている「人」に対してどう作用するかは、対象者がいなかったため未検証である。


■毒

おそらく無効。アンクが麻酔や鎮痛剤の材料にしている強力な薬草を口に含んでみたが、何の変化も起きなかった。普通なら、ほんの少し舐めただけでも舌が痺れ、感覚が麻痺する劇薬である。


■高温・低温

完全無効。村の魔法炉を用いた高温環境(簡易サウナのようなもの)で検証したが、丈太郎自身は常に「適温」に感じており、汗ひとつかかなかった。この様子から、極端な低温環境でも影響を受けないだろうとアンクは結論づけた。


【丈太郎自身による攻撃・接触】


■他者への攻撃

素手で殴っても、相手にはまったく影響がない。これは丈太郎自身の拳も「外的干渉」と判定されて、能力が反応してしまうためだ。ただし、棒などの道具を介せばダメージを与えることができる。


■自傷行為

自分のほっぺたをつねると痛みは感じる。

これは、防御膜同士が干渉し合って無効化されるからではないかとアンクは推測した。現状、丈太郎が物理的に痛みを感じ取れる唯一の手段でもある。


■他人への接触

通常の接触は問題なし。握手や、抱きしめることもできる。

ただし、丈太郎が「痛い」と感じるほど強く握られると、自動的に能力が発動する。


■能力発動中の接触

何よりも安心したのは、能力が発動していても、他人に触れることができるという点だった。強く握られて自動防御が働いても、痛みがないだけで、相手の感触や温もりはちゃんと伝わってくる。


丈太郎にとってそれは、ただの防御特性以上に、“人とのつながりを絶たない”という大きな救いだった。


この力が何なのかは、まだ完全には分からない。だが確かなのは、それがこの世界ではあまりに“異質”だということ。


丈太郎は、この力をどう扱うべきかを考えながら、村での新しい生活を少しずつ受け入れていった──。


* * *


「丈太郎くん、たまには一杯やってくか!」


治癒院の帰り道、アンクがにやりと笑って言った。


「え、あの……俺、お酒飲めないんですけど……」


「ははは、そっか。まだ教えてなかったな。この国じゃ、十五で成人だ。飲んでも怒られやしないさ」


戸惑いながらも、丈太郎はアンクについていくことにした。


木造の重いドアを開けると、中からはにぎやかな笑い声と、香ばしい肉の匂いがふわりと漂ってきた。

木の梁がむき出しになった高い天井。丸太で作られた長々としたカウンター。奥の暖炉では、じっくりと煮込まれた鍋がぐつぐつと食欲をそそる音を立てている。

村の男たちや、旅の冒険者らしき者たちが、木製のマグを片手に楽しそうに談笑していた。


そんな中、カウンターの奥から、色っぽい雰囲気をまとった女性店員がすっと現れた。


「あら、アンクさんじゃない。久しぶりね。そっちの可愛い坊やはどちらさま?」


艶っぽく目を細めながら、丈太郎に視線を向けてくる。


「俺の息子だよ」


アンクは平然と答えた。


「えぇ? いつの間にこんなに大きな子がいたの? ミィナちゃんにお兄さんいたっけ?」


「細かいことは気にしない。エールを二つ頼むよ」


「はーい、お任せあれ♪」


女性は軽やかな腰つきでカウンターの奥に消えていった。


丈太郎は少し困ったように笑いながら、小声でつぶやいた。


「息子って……」


アンクは肩をすくめて笑う。


「こう言っといた方が、余計な詮索されずに済むんだ。ここじゃ“血縁”ってのはけっこう意味があるからな。それに、言ったろ? 俺たちは家族だって!」


その屈託のない笑顔に、丈太郎は少しだけ胸が熱くなった。


やがて、木のマグに注がれた琥珀色のエールが目の前に置かれた。


「まあ、とりあえず一口やってみな。水よりうまいかもよ?」


丈太郎は恐る恐るマグを手に取り、唇をつけた。


――苦い。でも、なんか……あったかい。


喉を通った液体の熱と共に、酒場の温かな空気が、丈太郎の胸にもじんわりと染み込んでいった。


「お酒、美味しい」


気づけば丈太郎はマグを手に、ぐいぐいとエールを喉に流し込んでいた。


「お、いける口だね! さすが俺の息子! どんどん飲もう!」


アンクは上機嫌で、隣に座る丈太郎の背中をばんばんと叩く。


だが――。


(……おかしいな。全然、酔わない)


何杯目かのエールを飲み干しながら、丈太郎は首をひねった。


普通なら、喉の奥が熱くなり、頭がぽうっとしてくるはずだ。

しかし自分の身体には、まるでただの水を飲んでいるかのように、なんの変化もない。


(……アルコールも、毒と同じで“無効化”されるのか)


考えられる理由は、それしかなかった。


「……丈太郎くん、すっげぇなあ……アルコールまで無効ってか……こりゃすごい……」


隣ではアンクがすっかり酔いが回り、顔を真っ赤にしてマグを振り回していた。


「おーい、マスター! もっとエールを! ……あと肉! 肉持ってきてくれ!」


「やれやれ……」


丈太郎は小さく笑いながら、相変わらずまったく酔わない身体で、ゆっくりと次のマグを手に取った。


* * *


酒場でぐっすり眠り込んでしまったアンクを背負い、丈太郎は夜の通りを歩いていた。


本来なら、大の男を一人背負うなんて一苦労のはずだ。

だが――。


(……やっぱり、この力は重さにも反応するらしい)


アンクの身体を持ち上げた瞬間、丈太郎の能力が静かに発動した。重さという負荷を「有害」と判断したのか、力は自然と身体を守るように働き、アンクの体重を無効化してくれたのだ。

背中の上のアンクは、まるで羽毛のように軽い。


(……ありがたいけど、ちょっと反則だな……)


ほんと、便利な力だけど……これがずっと続くと思うと、少し怖いな――。


そんなことを考えながら、丈太郎は寝息を立てるアンクを背に、静かに家路をたどった。


家に着いた丈太郎が玄関の扉を開けると、すぐにテラが飛び出してきた。


「もう……! こんなになるまで飲んで……。ごめんなさいね、丈太郎さん」


「いえ、ベッドまで運びますよ」


丈太郎はアンクを背負ったまま寝室へと向かい、ベッドに寝かせてそっと毛布をかけた。


食卓に戻ると、テラが湯気の立つお茶を差し出してくれた。


「どうぞ。冷えちゃったでしょ」


「ありがとうございます」


丈太郎はカップを受け取り、一口飲む。


(……染みるなぁ)


ほのかな渋みと香ばしさが、冷えた体にゆっくりと染み渡る。エールばかり飲んでいたせいか、その優しい味わいが心にまで沁みた。


「……あの人、丈太郎さんとお酒が飲めて、本当に嬉しかったみたい」


「え?」


「息子ができたら、一緒にお酒を飲みに行くのが夢だったの。……でも、私はもう、子どもを産めない身体でね。ミィナの時も、ようやく……って感じだったの」


「そうだったんですか……」


丈太郎は、何と返せばよいか分からず、そっと視線を落とした。


テラは柔らかく笑って続ける。


「だから、丈太郎さんがこの家に来てから、あの人すごく楽しそうなの。あ、もちろん私もよ。なんだか、家の中が明るくなった気がするの」


その言葉に、丈太郎の胸がじんわりと温かくなった。


* * *


丈太郎は風呂に入り、心も体も温まったまま、客間の寝床に身を横たえた。


──みんな、本当にいい人たちだ。


現実世界のこと……家族のこと……なるべく思い出さないようにしている。

思い出すと、寂しくなるから。


もちろん、帰りたいという気持ちは今も変わらない。けれど――。


(このまま帰れなくても、幸せ……かもな)


そんなことをぼんやり考えながら、深い微睡みへと落ちていく。


丈太郎はまだ知らない。

この平穏な日々が、やがて訪れる過酷な運命の旅路――

その、ほんの序章に過ぎないことを。

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