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第58章 懸念

翌朝。

丈太郎とフィリスは、リシェルに案内されて再び魔術師ギルド五十階のマスター室を訪れていた。

フィリスは昨日の美しいドレス姿から一転、いつもの黒い軽甲冑と漆黒の大剣を背負った、冒険者の出で立ちに戻っている。


「おはようございます、先生」


「おはよう。フィリス、丈太郎」


重厚なアンティークデスクの奥で、セラフィーナは気怠げな仕草で足を組み替えながら、艶やかな笑みを浮かべた。


「帝都観光は楽しめたかしら?」


「はい! とても楽しかったです!」


丈太郎が充実した三日間を思い出して元気よく応えると、隣のフィリスも満足げに胸を張る。


「いいなぁ……私も丈太郎さんと一緒に回りたかった……」


「ん? リシェル、何か言った?」


「い、いえ! 何でもありません!」


フィリスにジロリと睨まれ、リシェルは慌てて首を振る。


「コホン」


セラフィーナが小さく咳払いをして、愛弟子たちの賑やかなやり取りをいさめた。


「それで、先生。帰還術式は……ついに完成したんですよね?」


「ええ。術式の再構築は完璧に終わったわ。でもね、ここからが本番なのよ」


セラフィーナの言葉に、フィリスが不思議そうに小首を傾げる。


「と、言うと?」


「私たちが魔導板に組み上げたのは、あくまで術式という『論理構造』です。これを、実際に実行できる状態にする作業が必要なんですよ」


リシェルが、難解な数式がびっしりと書き込まれた魔導板を指し示しながら補足した。


「……な、なるほど」


案の定、フィリスはいまいちピンと来ていないらしく、目を泳がせている。

丈太郎は、元の世界で受けた高校の情報処理の授業を思い出していた。


(ソースコードを書いただけじゃ動かなくて、コンパイルして実行ファイルにするみたいなものかな……)


「具体的に言うとね。星の神殿の祭壇に帰還術式の魔法陣を刻み、そこに莫大な魔力を編み込んで、空間に定着させる必要があるのよ」


「あ、そういう事ですか!」


物理的な作業だと分かり、フィリスもようやくポンと手を打って理解した。


「それでね。その『魔力の編み込み』の作業を――フィリス、あなたにお願いしたいの」


「えっ!? 私がですか?」


フィリスは驚いて目を丸くした。


「ええ。この編み込み作業には、莫大な魔力と、極めて精密かつ繊細な制御が必要なの」


「それなら、私なんかより先生の方が適任なんじゃ……」


フィリスが戸惑いを見せるが、セラフィーナは静かに首を振った。


「五百年前、私はこの編み込み作業に数えきれないほど失敗したわ。一番時間を取られたのはこの作業なのよ。……それでも繰り返し挑戦できたのは、紗菜の『無限魔力』による補助があったから」


「紗菜さんの……無限魔力」


丈太郎は、迷宮で出会った紗菜の笑顔を思い出し、思わず口にする。セラフィーナはこくりと頷いた。


「今回は、私が魔力補助に回るわ。だから、編み込みはあなたがするの、フィリス」


「でも……もし、私が失敗したら……」


いつもは自信満々のフィリスが、珍しく弱気な声を漏らす。


「ええ。私の魔力は有限よ。一度失敗して使い切ってしまえば、回復には多大な時間を要するわ」


セラフィーナは紫の瞳をわずかに細めた。


「でも、あのユリウスたち神殿騎士団が徒歩で帝都に戻ってくるまで、猶予は半月しかない。悠長にはやっていられないのよ」


「なら、紗菜さんが遺してくれたあの魔石を使えば……!」


丈太郎が思わず身を乗り出して口を挟む。だが、セラフィーナは再び首を振った。


「あれは、完成した魔法陣を起動させ、世界を繋ぐワームホールを維持するための『核』として不可欠なの。編み込みの作業で消耗させるわけにはいかないわ」


「……」


「だからこそ、あなたなのよ、フィリス。あなたは炎、風、雷の三属性を同時に操り、それを一つに融合させる凄まじい魔力制御力を持っている。あれはもはや神業よ」


「……Ω(オメガ)」


丈太郎の脳裏に、アークリッチの瘴気を一瞬で吹き飛ばした、あの蒼白い閃光――《インフェルノ・スラッシュΩ》の光景が蘇る。


「フィリス。自信を持ちなさい。あなたの技術は、とうに私を越えているわ」


「先生……」


「フィリスさんなら絶対にできます!」


丈太郎は自信に満ちた表情で頷く。


偉大なる恩師からの最大の賛辞。そして、最も信頼する弟子からの真っ直ぐな声。


フィリスは少しの間だけ目を伏せて考え込んだ後――やがて、迷いを振り払ったように顔を上げた。

その青い瞳には、いつもの力強い決意の炎が宿っている。


「わかりました。……私が、完成させてみせます!」


「ふふ、その意気よ」


セラフィーナは満足そうに頷いたが、すぐにその妖艶な表情に陰りが落ちた。


「そして……もう一つ、大きな問題があるの。術式の制御に失敗すると魔力が暴走し、大爆発を起こすのよ。あの時は仁が《万物創造》で強固な防壁を瞬時に作り出し、被害を抑え込んでくれたの。あの規格外の防壁がなければ、星の神殿ごと私はとうの昔に消し飛んでいたわ」


その言葉に、フィリスとリシェルが息を呑む。


紗菜の無限魔力と、仁の万物創造。五百年前の転移者たちが持っていた、まさに神のごとき異能。それがなければ成り立たなかった命懸けの作業なのだ。


「私では……仁様のような、広範囲を覆う強力な防護魔法は展開できません……」


リシェルが、青ざめた顔で唇を噛む。


「なら、丈太郎くんの《絶対防御》で防げないの!?」


フィリスがすがるように振り返るが、丈太郎は静かに首を振った。


「俺の能力は、あくまで『俺自身』への干渉を無効化するものなんです。爆発の衝撃そのものを俺が受けて無傷で済んでも……俺の範囲外にいるフィリスさんたちまで完全に守りきれるかはわかりません」


丈太郎の言葉に、場に重い沈黙が落ちる。

爆発が起きれば、丈太郎以外は助からない。失敗が絶対に許されない、綱渡りの状況。


しかし、丈太郎の瞳には確かな光が宿っていた。


「……だから、爆発してから耐えるんじゃなくて。爆発する前に、俺が止めてしまいます」


「止める……?」


三人が一斉に丈太郎を見る。


「ええと……元の世界には『ヒューズ』や『ブレーカー』っていう安全装置があるんです。もし術式が暴走しそうになったら、俺が魔法陣に直接触れて、魔力の奔流を『強制停止』させます」


丈太郎は自らの両手を見つめた。


「なるほど……!」


リシェルがハッとして顔を輝かせた。


「私が術式の安定性をモニターし、危険領域に達した瞬間に合図を出します。そして丈太郎さんが術式を無効化する……これなら、爆発そのものを未然に防げます!」


「……ふふっ。本当に、規格外のボウヤね」


セラフィーナが艶やかに笑う。


「これなら私も安心して制御に集中できるわ! ナイスよ、丈太郎くん!」


フィリスは親指でグッと“グッジョブ”のサインを作った。


「さて、方針も決まったことだし、さっそく星の神殿へ出発しましょうか」


セラフィーナが艶やかに立ち上がると、リシェルが部屋のあちこちに置かれた機材を見渡して、困ったように眉を下げた。


「先生……この五枚の大きな魔導板と、魔力定着用の機材、どうやって運びましょうか? 転移魔法陣を使うにしても、隣の部屋まで運ぶだけでも大仕事です……」


五百年前に匹敵する大規模な術式を起動させるための機材だ。

かさばる上に重量もあり、魔術師である彼女たちの腕力では到底運びきれない量だった。


「そうね。コツコツ運ぶしかないかしらね……」


セラフィーナが顎に手を当てたところで、フィリスがニヤリと笑い、丈太郎の背中をバンバンと叩いた。


「ふふん、心配無用よ。うちには『世界一優秀な荷物持ち』がいるからね!」


「……ですよねー」


丈太郎は苦笑いする。


「さ、丈太郎くん、どんどん入れるわよ!」


フィリスは楽しそうに、計測機材や魔力触媒などの重そうな機材を次々と大きな木箱に入れていく。さらに、リシェルが苦労して両手で抱えてきた重い機材も、「貸して!」とひょいひょい受け取って押し込んだ。


「えっ、あ、あの……フィリスさん、そんなに入れたら重さが……!」


リシェルが慌てるが、フィリスは構わず、最後に大人が両手で抱えるほどの巨大な魔導板五枚を、木箱に入れ込む。


「はい、完成! さあ、持ってみて」


「了解です……よっと」


丈太郎は自分より大きな木箱を両手で抱え、ぐっと力を込めて立ち上がろうとする。


(重っ……!)


総重量は優に百キロを超えているだろう。並の人間なら持ち上げるどころか、膝が砕ける重さだ。

だが、丈太郎が「重い、キツい」と感じたその瞬間――。


「おっ、きましたね。……うん、軽い軽い!」


先ほどまでの殺人的な重さが嘘のように消え去り、丈太郎はまるで空の木箱のように、ひょいっと軽快に持ち上げる。


「ええええっ!?」


リシェルが信じられないものを見るように目を剥き、素っ頓狂な声を上げる。


「あ、あの量の機材と、魔導板五枚ですよ!? 一体どういう筋力をしてるんですか!?」


「筋力じゃないのよ、リシェル。彼の《絶対防御》はね、一定の重量を超えて身体に負荷がかかると、それを『攻撃』とみなして重力ごと無効化しちゃうの」


フィリスがどこか自慢げに解説する。


「重力を……無効化……?」


天才魔術師であるリシェルでさえ、あまりの理不尽な現象に頭を抱え、呆然としている。


「……ふふっ。本当に、知れば知るほどデタラメなボウヤね」


セラフィーナは艶やかなため息をつきながらも、その紫の瞳に面白そうな光を浮かべていた。


「これなら引っ越し業者としても大成できそうね」


「勘弁してくださいよ……前が全然見えませんけど」


丈太郎は木箱の横からひょっこりと顔を出して肩をすくめながらも、足取り軽くマスター室の隣の部屋へと向かう。


無事に復活した星の神殿へと直通する『転移魔法陣』が、床の上で淡い光を放ちながら待機していた。


「さあ、いよいよ帰還術式の最終段階よ。気を引き締めていきましょう」


セラフィーナの言葉に、フィリス、リシェル、そして大荷物を抱えた丈太郎が力強く頷く。


四人は眩い転移の光に包まれ、決戦の地である星の神殿へと出発した。

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