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第48章 魔女セラフィーナ

純白の石と瑠璃色のガラスで彩られた、荘厳な大扉。

丈太郎たちがその前に立つと、触れてもいないのに、扉は微かな魔力の光を帯びながら音もなく左右に滑るように開いた。


「……自動ドア?」


思わず日本の建物を思い出し、丈太郎がぽつりと呟く。


「魔力感知式の自動扉よ。帝都の施設じゃ割とポピュラーなの」


フィリスが誇らしげに教えてくれながら、先に立って中へ足を踏み入れた。丈太郎も慌ててその後に続く。


扉をくぐると、そこには吹き抜けの広大なロビーが広がっていた。

大理石のように磨き上げられた床が、天井から吊るされた魔力灯の柔らかな光を反射している。


ロビーには、いかにも「魔術師」といったローブや独特の装束に身を包んだ人々が集っていた。

壁際に設置された巨大な掲示板を真剣な顔で眺める者たち。

上品な意匠の丸テーブルに座り、湯気の立つカップを片手に難解な魔術理論らしきものを談笑しているグループ。

かと思えば、部屋の隅で虚空を睨みつけ、ブツブツと呪文のようなものを呟きながら空中で指をせわしなく動かしている怪しげな人物もいる。


(冒険者ギルドとは、明らかに雰囲気が違うな……)


丈太郎は周囲を見回しながら、心の中でそう思った。

冒険者ギルドといえば、鉄と革、汗と酒の匂いが入り混じり、常に誰かの怒号や豪快な笑い声が響く荒々しい場所だった。

だが、ここは違う。インテリジェンスに溢れてはいるが、同時にどこか浮世離れした奇妙な空気が漂っている。


そんな空気の中、フィリスは迷うことなく奥へと進んでいく。

丈太郎も慌ててその後を追うと、大理石でできた長く重厚な受付カウンターが見えてきた。


そこには、揃いのシックな制服を身にまとった受付嬢が五人ほど並び、ひっきりなしに訪れる魔術師たちの対応に追われていた。

メイキュリアの冒険者ギルドにあったような、魔道具による整理券のシステムはないようだ。それでも、淀みなく洗練された動きで次々と客をさばいていく手腕は、見事というほかない。


ちょうど空いた窓口へ、フィリスが歩み寄る。


「セラフィーナ先生に会いたいのだけど」


そう言って、懐から黒地に赤い紋章が刻まれたAランクの冒険者証を取り出し、カウンターへ差し出した。


受付嬢は表情一つ変えずにそれを受け取ると、恭しく一礼する。


「確認いたします。少々お待ちくださいませ」


淡々とした対応でそう告げると、冒険者証を持ったままカウンターの奥へと消えていった。


しばらくして戻ってきた受付嬢は、冒険者証を両手でフィリスに返却しながら、静かな、それでいてよく通る声で告げた。


「お待たせいたしました。セラフィーナ様は、五十階のマスター室でお待ちです」


驚きや動揺の気配は微塵もない。どこまでも洗練された完璧な対応だった。


(すごいな……フィリスさんの名前を聞いても、まったく動じない)


「ありがとう」


フィリスは軽く微笑んで冒険者証を受け取ると、くるりと踵を返した。


「行きましょ、丈太郎くん」


そう言うと、ロビーの奥に設置されている魔力式のエレベーターに向かって歩き出す。


「ご、五十階……」


現代日本の高層ビルに匹敵する階数に改めて圧倒されながら、丈太郎はフィリスの背中についていく。


ロビーの奥に設置されていたのは、ガラスと白銀の金属で精巧に作られた箱――「魔力式エレベーター」だった。


二人が乗り込むと、扉が音もなく閉まる。

フィリスが壁に備え付けられた魔導盤の「五十」という数字に軽く指を触れると、足元からふわりとした浮遊感が伝わってきた。


「うおっ……」


予想以上の滑らかさと、ぐんぐんと加速していく感覚に、丈太郎は思わず声を漏らす。

修学旅行で乗ったスカイツリーのエレベーターと比べても、まったく遜色がない。いや、機械的な振動が一切ない分、むしろこちらの方が快適かもしれない。


背面のガラス越しには、上昇するにつれて帝都の街並みがパノラマのように広がっていくのが見えた。

ミニチュアのように小さくなっていく街の景色を見下ろしながら、丈太郎は改めてこの帝都のスケールの大きさに息を呑んだ。


やがて、エレベーターの速度が緩やかに落ち、静かに停止した。

微かな澄んだ音とともに、ガラスの扉が開く。


「着いたわ。ここが最上階よ」


エレベーターを降りると、静かで厳かな空間が広がっていた。

床には毛足の長い深紅の絨毯が敷き詰められ、足音すら完全に吸い込まれてしまう。大理石の壁には、歴史を感じさせる肖像画や難解な魔法陣が描かれたタペストリーが飾られていた。


フロアの奥に、その扉はあった。


他の部屋の扉とは明らかに一線を画す、黒檀で作られた両開きの重厚な大扉。

そして、その扉の前に――一人の女性が静かに佇んでいた。


肩上あたりで切り揃えられた、淡い桃色の髪。

上質なローブを品よく着こなし、知的な顔立ちをしていながらも、どこかふわりとした柔らかい雰囲気を漂わせている。


彼女はフィリスと丈太郎の姿を認めると、花が咲くようにふわりと微笑み、丁寧にお辞儀をした。


「お待ちしておりました。フィリス様、そして丈太郎様」


「手回しがいいわね。下からの連絡?」


フィリスが軽く応じながら尋ねると、女性はこくりと頷いた。


「はい。先生も、お二人のご到着を心待ちにしておられますよ」


「……先生? あなた、もしかして」


「申し遅れました。私はリシェルと申します」


リシェルと名乗った女性は、柔らかい笑みを崩さずに言葉を続ける。


「フィリス様が帝都を離れられた後に、セラフィーナ先生に師事いたしました。お噂はかねがね伺っております、偉大なる姉弟子様」


「へぇ、あの人が新しく弟子をとってたなんてね。私に妹弟子ができてたとは知らなかったわ」


フィリスは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに面白そうに口角を上げた。


(フィリスさんの妹弟子か…それにしても、俺の名前まで伝わってるなんて……さすが帝都のギルド本部だな)


丈太郎は内心で感心しつつ、リシェルに向かって軽く頭を下げた。


「通してくれるかしら、リシェル」


「もちろんです、フィリス様」


「固いわねー。フィリスでいいわよ」


「俺も、丈太郎で大丈夫です」


隣で丈太郎も同調するように頷く。


「……かしこまりました。フィリスさん、丈太郎さん」


リシェルは少し表情を崩すと一歩下がり、黒檀の大扉に軽く手をかざす。

すると、扉の表面に金と銀で緻密に彫り込まれた世界樹の紋様が淡く光り、重厚な扉が音もなく内側へと開いた。



(この扉の向こうに……魔女、セラフィーナさんがいる)


丈太郎はごくりと唾を飲み込み、自然と表情を引き締める。


フィリスは扉の前で小さく、けれど深く深呼吸をした。

そして、いつもの「神炎のフィリス」らしい、不敵で自信に満ちた笑みを口元に浮かべる。


「さあ、行くわよ丈太郎くん」


フィリスはそう告げると、躊躇うことなく開かれた扉の向こうへと足を踏み入れた。


大扉をくぐると、そこは外の喧騒やロビーの静けさとも違う、まるで世界から切り離されたような特異な空間だった。


壁という壁は天井まで届く巨大な本棚で埋め尽くされ、見たこともない言語で記された古書がぎっしりと収められている。部屋のあちこちには淡く発光する魔道具がふわりと宙に浮き、微かな羽音のような音を立てていた。


そして、部屋の最奥。

帝都の街並みを一望できる巨大なガラス窓を背にして、一人の人物が立っていた。


「先生、フィリスさんと丈太郎さんをお連れしました」


リシェルはそう言って部屋を出ていく。


「……先生。お久しぶりです」


フィリスが、普段の豪快さを少しだけ潜め、敬意を込めた声で呼びかける。


「ええ。久しぶり、になるかしらね、フィリス。……相変わらず、暑苦しい魔力をしてるわね」


返ってきたのは、どこか気怠げで艶のある声だった。


その人物がゆっくりと振り返る。

窓からの光を背に受けて歩み出てきた姿を見て、丈太郎は思わず息を呑み、目を丸くした。


(……えっ?)


丈太郎の視線の先にいたのは、三十代半ばほどの、息を呑むような妖艶な美貌を持つ女性だった。

特徴的な尖った長い耳は、彼女がエルフであることを示している。そして何より目を引くのは、その髪だ。夜空を溶かし込んだような濃い青色の髪が、まるで滝のように滑らかに流れ落ち、くるぶしの上あたりまで達している。


上質な絹で仕立てられた深い紫のローブをゆったりと着こなし、その一挙手一投足に、大人の女性特有の気品と色香が漂っていた。


丈太郎は完全に言葉を失っていた。

無理もない。五百年前の過去に仁たちを召喚した張本人であり、「魔女」という異名を持つ人物だ。てっきり、杖をついたヨボヨボの、顔中しわだらけのおばあさんが現れるものだとばかり想像していたのだ。


「……おばあさんじゃ……ない……」


無意識のうちに、丈太郎の口からそんな呟きが漏れてしまった。


「丈太郎くん!?」


フィリスがギョッとして横を向く。


その呟きは、静かな部屋の中でしっかりと響いてしまっていた。

セラフィーナはピタリと足を止め、すっと目を細める。そしてその紫の瞳が、冷たく輝いた。


「……あら? 今、なんて言ったのかしら、そこのボウヤ」


セラフィーナの唇は微笑みの形を作っていたが、目がまったく笑っていない。


「い、いえ! なんでもありません! すごくお綺麗だなと!」


丈太郎は慌てて首を横に振り、背筋を伸ばして直立不動になった。有無を言わさぬその「強者の圧」に精神が削られそうになる。


セラフィーナはしばらく丈太郎をじっと見据えていたが、やがてふっと肩の力を抜き、艶やかな笑みを浮かべた。


「まあいいわ。エルフは長命だもの、人間の時間感覚で五百年なんて聞いたら、干からびた老婆を想像するのも無理はないわね」


(読まれてる……!)


丈太郎が冷や汗をかいていると、セラフィーナはゆっくりと歩み寄り、丈太郎の顔を――文字通り、鼻先が触れそうな距離まで近づけて覗き込んできた。


甘く、どこか神秘的な香りが丈太郎の鼻をくすぐる。


「……なるほど。魔力の揺らぎが一切ないわね。それに……」


セラフィーナの瞳が妖しく光る。


「理を拒絶する力…ね……」


「……っ!」


丈太郎は心臓が跳ね上がるのを感じた。


「先生。彼は――」


フィリスが何かを言おうとするのを、セラフィーナは片手を軽く上げて制した。


セラフィーナは丈太郎から少し距離を取ると、その妖艶な紫の瞳で彼を真っ直ぐに射抜いた。


「よく来たわね、異世界からの迷い子さん。私が帝都魔術師ギルドマスター――セラフィーナよ」

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