第47章 帝都
迷宮都市メイキュリアを出発して約一ヶ月――。
アークリッチとの激闘が嘘だったかのように、その後の旅路は拍子抜けするほど平穏だった。 街道沿いには等間隔に宿場町が整備されており、野営をする必要もない。魔物の襲撃も皆無に等しく、丈太郎とフィリスはただひたすらに、整備された石畳の道を歩み続けた。
そして、季節が春から初夏へと移り変わり、日差しが少しずつ力強さを増してきた頃。緩やかな丘を越えた二人の視界が、一気に開けた。
「……うそだろ」
丈太郎は思わず足を止め、呆然と声を漏らした。
地平線の彼方から、何本もの太い街道が、まるで巨大な脈のように一つの場所へと吸い込まれていく。 行き交う荷獣車、商人、さまざまな種族の旅人たち。アウトリアやメイキュリアで見た賑わいすら霞むほどの、途方もない人の波がそこにあった。
そして、そのすべての道の中心に「それ」はそびえ立っていた。
視界に収まりきらないほど広大に続く、白亜の城壁。 その内側には、天を突く幾本もの巨大な尖塔が林立し、陽光を反射してきらびやかに輝いている。空中に浮かぶ魔法の光の橋が塔と塔を繋ぎ、中世ファンタジーの枠をはるかに超えた、圧倒的な魔法技術の結晶がそこにあった。
メイキュリアの目が眩むほどの防壁にも圧倒されたが、ここは根本的にスケールが違う。 日本の現代都市を知る丈太郎でさえ、そのスケールと洗練された威容に息を呑むしかなかった。
「ここが、全ての道の中心――帝都よ」
隣に立つフィリスが、風に金髪をなびかせながら誇らしげに言った。
「凄すぎる……。これが、帝都……」
圧倒されながらも、丈太郎は無意識に懐へと手を当てた。 服の内ポケットにある、仁と紗菜から託された手紙と、淡く脈打つ魔石。そして、ひっそりと忍ばせた赤い《絆の石》の確かな感触。
(この街に、仁さんたちを召喚した魔女……フィリスさんの師匠であるセラフィーナさんがいる)
そして、元の世界へ帰るための「召喚術」の文献が眠る大図書館も。
長い旅の果てに、ようやく辿り着いた帝都。 懐の重みと決意を確かめるように、丈太郎は深く息を吸い込んだ。
「さあ、行くわよ丈太郎くん。まずは先生のところへ挨拶に行かないとね」
「はい!」
吹き抜ける初夏の爽やかな風に背中を押されるように、丈太郎はフィリスと並んで、その巨大な門へと歩み出した。
巨大な城門の検問は、驚くほどあっさりと終わった。 フィリスが黒地に赤い紋章の刻まれたAランクの冒険者証を提示した瞬間、門兵たちが背筋を凍らせたように直立不動となり、
「し、神炎のフィリス様! お通りください!」
と道を空けたのだ。 相変わらずの顔パスぶりに、丈太郎は苦笑いするしかなかった。
だが、門をくぐり抜けた瞬間、丈太郎の顔から笑みが消えた。
「……なんだこれ」
息を飲むような光景だった。 メイキュリアの熱気ある雑多な街並みとはまるで違う。足元には継ぎ目のない滑らかな純白の道が広がり、道の両脇には幾何学的なデザインの巨大な建造物が整然と並んでいる。
空を見上げれば、天を突く尖塔と尖塔の間に、淡い光を放つ魔力の橋が架けられ、そこを小さな移獣車や人々が行き交っていた。
中世の石造りの街並みから一転、まるで魔法というエネルギーで駆動する近未来都市に迷い込んだかのようだ。現代の東京を知る丈太郎でさえ、その洗練されたファンタジーの極致に言葉を失う。
「すごいでしょう。ここは大陸中の知識と魔法技術が集まる場所。帝都の建物は、その多くが魔法によって築かれ、維持されているの」
フィリスが誇らしげに胸を張る。
「はい……。正直、想像の何倍もすごいです」
初夏の日差しが、白亜の街並みを眩しく照らし出している。 行き交う人々も多様だ。人間だけでなく、耳の長いエルフや、屈強なドワーフ、見慣れない獣人たちも、色鮮やかな衣装をまとって忙しなく歩いている。
「もう、よそ見して迷子にならないでよ。魔術師ギルドは、この街の中心部にあるわ」
フィリスに促され、丈太郎は慌てて彼女の隣に並んだ。
(この街の中心に……五百年前に仁さんたちを召喚した、エルフの魔女がいる)
丈太郎の横顔にわずかな緊張が走るのを、フィリスは横目で見逃さなかった。 彼女自身も、複雑な思いを抱いていた。自分に魔法のすべてを教えてくれた恩師であるセラフィーナが、丈太郎と同じ転移者たちを過去に召喚し、そして帰還させられなかった過去を持つ人物だということに。
「……大丈夫よ、丈太郎くん」
フィリスは前を向いたまま、ぽつりとこぼした。
「先生――セラフィーナは、ちょっと変わった人だけど、根は悪い人じゃないわ。それに、あなたの帰還の糸口になる文献が、大図書館にはきっとあるはずだから」
「……はい。ありがとうございます、フィリスさん」
心強い言葉に、丈太郎の胸のつかえが少しだけ軽くなる。
しばらく街の景色に圧倒されながら歩き続けると、やがて大通りが巨大な円形の広場へと突き当たった。 その広場の中央に、ひときわ異彩を放つ建造物がそびえ立っていた。
「ここが……」
丈太郎は息を呑んで見上げた。
それは、純白の石と瑠璃色のガラスで構成された巨大な塔だった。 周囲の空気が、そこだけピリピリと静電気を帯びているように感じられる。圧倒的な魔力の奔流が、建物の中心から大気へと絶えず放出され、淡い光の帯となって魔力を持たない丈太郎の目にも見えた。
「そう。大陸中の魔術師たちの頂点……帝都魔術師ギルド本部よ」
フィリスは塔の頂上を眩しそうに見上げ、そして、丈太郎を振り返ってにやりと笑った。
「さ、先生に会いに行くわよ。心の準備はいい?」
「はい! 行きましょう!」
丈太郎は深く息を吸い込み、決意の満ちた足取りで、フィリスと共にその荘厳な扉へと向かって歩き出した。




