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第4章 理の違う世界

丈太郎は、小鳥のさえずりに包まれて目を覚ました。


見慣れない天井。柔らかな陽の光。そして、素朴な木の香り。

……ミィナの家か。夢じゃなかったんだな。


どれくらい眠ったのだろう。昨日の極限の疲労とは裏腹に、頭は驚くほどスッキリしていた。

リビングに向かうと、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。


「お兄ちゃん、おっはよー!」


元気いっぱいの声とともに、ミィナが飛びついてくる。


「おはよう、ミィナ」


「丈太郎さん、おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」


キッチンで朝食の準備をしていたテラが、やさしく微笑んでそう言った。


「はい。ぐっすりでした。ありがとうございます」


「それは良かった! 朝ごはん、すぐ用意しますから、ちょっと待っててくださいね」


そう言った瞬間――

テラの指先に、ポッと小さな炎が灯った。

まるでライターのように。いや、それより自然で、流れるような美しい動きだった。

そのまま、石造りの調理台に火を点けて、テラは料理を続ける。


丈太郎は目を丸くして固まった。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


ミィナが不思議そうに覗き込んでくる。


「いや、あの……テラさんの指から火が……!」


「お兄ちゃん、魔法知らないの?」


「ま、魔法……!? ……あ、あはは、そうだよね。魔法だよね。ちょっと……トイレ行ってくる!」


「へんなお兄ちゃん〜」


ミィナの声を背に、丈太郎はトイレへと逃げ込んだ。

便座に腰を下ろし、額に手を当てて考える。


魔法――。

これはもう、決定的だった。ここは、自分の知っている世界とはことわりが違う世界。


「……なんてこった……」


これは……異世界だ。

現実世界じゃない。理の違う世界。

ふと、父親が休日に“異世界もの”のゲームを楽しそうにプレイしていた姿が思い出される。


(父さん……これ、ゲームやアニメの話じゃないんだな)


「転移、ってやつか。いや、もしかして召喚……?」


丈太郎は苦笑しながらつぶやいた。

だが、その乾いた笑いのすぐ裏には、冷たい現実が口を開けていた。

見慣れた通学路も、無口だが優しい父も、弁当を作ってくれる母も、愛犬のロッキーも、ここにはいない。


(……帰れるのか、俺?)


不安が胸を締め付ける。しかし、丈太郎は深く息を吐き、両手で自らの頬を軽く叩いた。


(考えても仕方ない……わかった。とりあえず、今はこの世界で生きるしかない)


現実を受け入れたことで、丈太郎の心は次第に冷徹な落ち着きを取り戻していった。

まず必要なのは、情報だ。この世界がどんな仕組みで動いているのか。

そして、元の世界へ帰る手段があるのか――それを知るためにも。


トイレの水を流し、丈太郎は朝食へ向かう。


この家には風呂もトイレもある。上下水道のようなインフラが整っていることに気づく。魔法があれば、技術的な遅れもカバーできるのだろう。


(思ってたよりも、“暮らせる”世界かもしれないな)


食卓へ向かうと、テラがちょうど料理をテーブルに並べているところだった。ミィナも皿を運ぶのを手伝っている。

テラが丈太郎に気づいて、優しく声をかける。


「丈太郎さん、主人の服を用意してますので、よかったら着替えてきてくださいな。丈太郎さんのお洋服は、今お洗濯してますから」


「ありがとうございます」


手渡された服を持って、丈太郎は客間へ戻る。

着替えを済ませ、鏡代わりに窓ガラスに映る姿を確認した。


丈太郎の身長は183センチある。高校生としては長身の部類だが、屈強でガッチリとした体つきのアンクとは、身長こそ近いものの横幅のボリュームが違った。細身の丈太郎が着ると、肩幅や胸のあたりが少し余ってしまう。


(ちょっとだぶつくけど、着られなくはないな)


身長が近いため、裾の長さにはさほど違和感はなかった。ただ、色褪せた麻のようなシャツに無骨な布ズボンという出で立ちは、見慣れた学生服とはほど遠く、ここが異世界であることを冷酷に突きつけてくるようだった。


(……よし。まずは、情報を集めよう)


丈太郎は小さく息をつき、食堂に戻った。


朝食の準備がちょうど整っていた。湯気の立つスープに、焼きたてのパンの香ばしい匂い、見たことのない果物や野菜の漬物のようなものが並んでいて、どれも美味しそうだ。


そのとき、玄関の扉が開き、アンクが入ってきた。


「お、早速着てくれたか。おはよう、丈太郎くん」


「おはようございます。服、ありがとうございます」


「サイズが合ってよかったよ。さ、朝ごはんを食べよう」


「うん、お腹すいたー!」


ミィナが元気よく声を上げる。

テラが微笑んで皆を席に促す。

丈太郎も席に着き、温かな食卓の空気に、少しだけ張り詰めていた気持ちが安らいだ。


朝食を食べながら、アンクが丈太郎に話しかけた。


「さっき、狩人組合に行って森に《グランドグリズリー》が出たことを伝えてきた。しばらくは森への立ち入りが制限されるだろう。近いうちに冒険者も派遣されるはずだ」


「じゃあ……薬草は、しばらく採りに行けそうにないわね」


テラが心配そうに言う。


「えーっ、つまんなーい!」


ミィナが頬をふくらませる。


「しばらくの辛抱だよ」


アンクが苦笑しながらフォローする。


(グランドグリズリー……)


丈太郎は、昨夜見た“それ”の大きさと凶暴さを思い出す。


(やっぱり、相当ヤバい魔物だったんだな……)


朝の食卓には穏やかな空気が流れている。それでも、昨夜の出来事は確かに「異世界の現実」として、丈太郎の中に刻まれつつあった。


「そんなに危険な魔物だったのですね……」


丈太郎は静かに言った。


「ああ。俺の知る限り、この辺りであいつが出たのは初めてだ。Bランククラスの冒険者でも手こずるだろうな……」


アンクの声には、重みがあった。


「そうなんですね……」


冒険者――。

その中でも“Bランク”といえば、相当な実力者のはずだ。

そんな相手でも手を焼く魔物って……どんな化け物なんだよ。

丈太郎は、自分が無傷で生き延びたことにあらためて背筋が冷える思いがした。


「さあ、次は君の話だ、丈太郎くん。森に来る前のことは、本当に何も覚えていないんだな?」


アンクが、穏やかな口調で問いかける。


「はい……。ただ、ひとつだけはっきりわかることがあります。この場所は……俺がいた世界とは違う。記憶じゃなく、感覚で、そう思うんです」


現実の記憶がないわけじゃない。でも、それをそのまま話しても混乱させるだけだ。

なにより、自分が異世界人だと知られれば、どんなトラブルに巻き込まれるかわからない。今は素性を隠すのが賢明だ――丈太郎は合理的にそう判断した。


「なるほど……。これは俺の推測だが、君はどこか遠い国から来たのではないか? 昨日の君の服装も、見たこともないものだったし……名前の響きも、この国ではあまり聞かない」


アンクの言葉に、丈太郎は内心ホッとした。


(いい方向に考えてくれたな……)


「そうなのかもしれません。ただ、本当に思い出せないんです」


嘘をつくことにわずかなチクリとした痛みを感じながらそう答えると、テラが小さく頷いた。


「確かに……丈太郎さんの服。あれ、見たこともない生地でした」


「おにーちゃん、遠い国から来たんだー! すごーい!」


ミィナは相変わらず無邪気だ。

丈太郎は、思わず苦笑する。

――どうやら、ポリエステルはこの世界には存在しないらしい。


「となると、転移魔法の類いかもしれないな……。転移魔法に失敗して、その衝撃で記憶を失った。可能性としては十分にあり得る」


アンクが考え込むように言った。


「なるほど……」


丈太郎は小さく頷いた。


「とにかく、一度村長に話を聞きに行ってみよう。あの人なら何か知っているかもしれない。それから、治癒院にも寄ろう。記憶の喪失について診てもらえるかもしれない」


「俺は今日は休みだ。案内するよ」


「助かります。ぜひお願いします」


村の様子を見てみたい。何より、生きていくための情報が欲しかった。今の自分にできることは、それしかない。


「私も一緒に行くー!」


ミィナが元気よく手を挙げた。



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