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第40章 不死との戦い

「さあ、ここからが本番よ。気を引き締めて行きましょ」


フィリスの声に、丈太郎とマリナは無言で頷く。


丈太郎を先頭に、三人は暗い階段をゆっくりと降りていった。

そして――十階層に足を踏み入れた瞬間。


空気が、重い。


フィリスとマリナが同時に顔を歪めた。


「すごい……瘴気……」


フィリスが息を絞り出すように言う。


「瘴気濃度は……二十階層並みよ」


マリナは測定器を見つめ、眉を寄せると錫杖を掲げる。


「――セイント・プロテクト!」


淡い光が二人の体を包み込む。

だが、丈太郎の体を包んだ光は触れた瞬間――


パチン、と音を立てて霧散した。


「これで瘴気は大丈夫だけど……やっぱり丈太郎さんには効果がないのね」


「丈太郎くんは無敵だから心配ないわよ。ね?」


フィリスが振り返ると、丈太郎は力強く頷いた。


「はい。なんともありません」


「ほんとに……何でも無効化してしまうのね……」


マリナは呆れと感嘆が混ざった声でつぶやいた。


その時――。


「魔力反応!複数……急接近!」


マリナの声は緊迫していた。


丈太郎は即座に二人の前へと出て、身構える。

フィリスもイグニシアを抜き、炎色の魔力が刃先に集まる。


「来たわね……」


回廊の奥で、ガシャ……ガシャ……と金属が擦れる音が響く。

薄闇を押し分けるように、巨大な影が次々と姿を現した。


骸骨のような体に、重厚な鎧。

大剣と盾を握りしめ、身の丈は二メートルを超える。


しかも――数が多い。

回廊を埋めつくすほどの群れが、こちらへ殺到してくる。


「あれは……デスウォーリアー!」


マリナが悲鳴にも近い声を上げた。


「マリナ、下がって! 丈太郎くん!」


「了解!」


丈太郎は一歩踏み出し――そのまま群れの中心へ飛び込んだ。


瞬間、無数の剣が振り下ろされ、盾が叩きつけられる。

丈太郎の姿は完全に鎧の巨体に飲み込まれて見えなくなる。


「きゃあっ! 丈太郎さん!!」


マリナは思わず叫んだ。


だが――フィリスは違った。


「ナイスよ、丈太郎くん……!」


イグニシアを逆手に持ち直し、深く息を吸う。


刃が赤熱し、熱気が空気を震わせる。


「――ホライゾン・スラッシュ!!」


燃えるような光が横一文字に走り抜けた。

次の瞬間、デスウォーリアーたちは一斉に炎に包まれ――


ゴウッ!


熱風が吹き抜ける。


燃え尽きた灰が舞い落ち、粉のように消えていく中で――

中央に立つ丈太郎の姿が、ゆっくりと露わになった。


傷一つなく、静かに立っていた。


「丈太郎さん! 大丈夫ですか!?」


マリナは丈太郎の腕をつかむようにして、慌てて声をかけた。


「はい。いつものことですから」


「い、いつも!?」


マリナは固まる。

ゆっくりとフィリスのほうへ振り向いた。


「フィリス……あなた達……いつもこんな戦い方してるの?」


「そうよ。これが私達の戦闘スタイル」


フィリスは胸を張り、にこっと微笑んだ。


「そんな……こんなの“戦闘”って呼んでいいの?

デスウォーリアーって……20階層より下の魔物なのよ……?

それを……それを一瞬で……」


マリナは言葉を失い、丈太郎とフィリスを交互に見つめた。


フィリスはというと――。


「ふっふーん♪」


まるで自分の自慢かのように、得意げに鼻を鳴らしていた。


丈太郎は困ったように微笑むしかなかった。


唖然としていたマリナが、ぴくりと反応した。その表情が、静かに、しかし強く引き締まる。


「なら、今度は私の番ね。

 ――フィリス、丈太郎さん。守りをお願い」


マリナは錫杖を正面に掲げ、柄をコツリと床に付ける。

その瞬間、空気が一変した。

静けさが満ち、まるで祈りそのものが形を取ったかのようだ。


錫杖の先には、純白の光がじわりと集まり始める。

その輝きは、朝日のように柔らかく、しかし目が焼けるほど強い。


フィリスと丈太郎は頷き、マリナの前に立って身構えた。


“ガシャ……ガシャ……”

回廊の奥から金属音が響き、影がぞろぞろと姿を現す。


「丈太郎くん、全力でマリナを守るわよ」


「はい!」


錫杖の光は、今や回廊全体を照らすほどに膨れ上がる。

その光に照らされながら、デスウォーリアーの群れが迫る。


「――グレート・サンクチュアリ!」


マリナが叫ぶと同時、眩い光が爆ぜるように広がった。


暖かく、それでいて清浄すぎて肌が震えるような光。

回廊の闇が一瞬で消し飛び、世界が白く染まる。


デスウォーリアー達は光に触れた瞬間、

その体を霧のように崩し、聖なる粒子となってはらはらと舞い、やがて消えた。


「わーお……!」


「すごいです、マリナさん!」


フィリスと丈太郎は思わず声を上げた。


マリナは息を整え、錫杖をそっと下ろす。


「ふぅ……これで10階層の浄化は完了。

 しばらく魔物は出てこないはずよ」


「こんなすごい魔法あるなら最初から使いなさいよ!」


フィリスがわざとらしく肩をすくめて茶化す。


マリナはむっとして頬をふくらませる。


「無茶言わないでよ。あれは“大魔法”なの。発動するまでに集中が必要だし、詠唱中は無防備なんだから。よっぽど信頼できる前衛がいないと使えないのよ」


「へーへー、信頼されて光栄だわ」


フィリスはケロッとして笑った。


マリナはため息をつきつつ続ける。


「それに、効果があるのはアンデッド系限定。普通の魔物にはまったく意味がないから、使いどころも限られるの。本来は、魔物を一掃した後で……階層全体の瘴気を浄化するための魔法よ」


専門家らしい口調だが、どこか拗ねたようでもある。


フィリスはにやにやしながらマリナの肩を軽く叩く。


「はいはい、さすが“祝聖のマリナ”ね」


「……もう、フィリスったら」


むくれつつも、どこか照れたようにマリナは視線をそらした。


「さて、浄化も済んだことだし――ダリオのところに急ぎましょ」


フィリスの声が、ふっと場の空気を引き締める。丈太郎とマリナも静かに頷き、三人は再び走り出した。


迷宮特有の冷たい空気が、どこかざわついているように感じる。

マリナは測定器を握りしめ、フィリスは剣に手を添え、丈太郎は無言で前を行く。


そして――。


「……ここよ」


回廊の奥、重厚な石の扉が三人を出迎えるようにそびえていた。

表面には黒い焦げ跡のような紋様が広がり、近づくだけで瘴気の名残が肌にまとわりつく。


フィリスは眉をひそめる。


「これが……マリナ達が開けた扉、ね」


マリナは唇を噛みしめ、小さく頷いた。


「ええ……この奥に……ダリオが」


丈太郎は静かに前へ出る。


「行きましょう。ここから先は……俺が前に立ちます」


三人の視線が交わり、

迷宮の奥から風がひと息、吹き抜けた。


「でも、この扉……どうやっても開かなかったの……。物理的な鍵じゃなくて、封印に近い……。私の魔法でも反応しなかった……」


マリナは拳を握りしめ、悔しさをにじませる。


「それなら大丈夫よ」


フィリスは肩の力を抜いたまま言った。


丈太郎は無言で扉の取っ手を握る。


――ガチャリ。


軽い金属音とともに、扉はあっさりと開いた。


「普通に……開きましたけど?」


丈太郎が振り返る。


「へ!? えっ!? ちょ、えぇーー!?」


マリナが裏返った声を上げる。


「ね!!」


フィリスは嬉しそうに満面の笑み。


「ど、どっちでもいいわ! 早く中へ!

 瘴気が外に漏れちゃう!」


3人は慌てて部屋に飛び込み、

丈太郎が扉をしっかりと閉めた。


外の空気が遮断された瞬間――

ひやりとした瘴気の気配が、足元を撫でていく。


部屋の中は――闇そのものだった。

光を拒むような濃い瘴気が肌にまとわりつく。


「……すごい瘴気ね。マリナの浄化魔法もここまでは届かなかったか」


フィリスの声が闇に吸われていく。


「ここだけ……桁違いの濃度だわ。

 セイント・プロテクトじゃ焼け石に水ね……」


暗闇の中にいるだけで胸が重い。

丈太郎以外の二人には、明らかに“害”が迫っている。


「ホーリーフィールド!」


マリナが錫杖を強く構える。

次の瞬間、澄んだ青白い光が床を中心に円状へと広がった。

闇が押し返され、徐々に部屋の全貌が明らかになる。


広い。

広すぎる。


石造りの殺風景な広間。

何もない。だが、その“何もなさ”が異様だった。


「設置型の結界よ。これで瘴気の悪影響は受けないし、明かりも確保できるわ」


「便利な魔法持ってるわねぇ……ほんと助かる」


フィリスが感心して息をつく。


そのとき――


「あ……あそこ!」


丈太郎が指さした先。

ホーリーフィールドの光に照らされ、

広間の中央に人影が立っていた。


動かない。

こちらを見てもいない。

まるで“時間が止まった”ような姿勢のまま。


青白い光がその輪郭を浮かび上がらせる。


「ダリオ!!」


マリナの叫びが、広間全体に木霊した。


マリナがダリオへ駆け寄ろうとした瞬間、

フィリスが腕を伸ばして彼女を制した。


「待って!――様子がおかしい」


短い言葉に、マリナの足が止まる。

張り詰めた空気が場を包んだ。


「丈太郎くん、悪いけど……少し近付いて確認してくれる?」


「わかりました」


「丈太郎さん……お願いします」


マリナの声は震えていた。

丈太郎は静かに頷き、一歩、また一歩と前に出る。


近づくにつれて、

ダリオの“異様さ”がはっきりと見えてきた。


彼は片手に槍を握ったまま、

広間の中央でうつむいて立ち尽くしている。


まるで――

時間が止められたかのように、

一切動かない。


逆立つワインレッドの短髪。

鋭い体つきと、銀に輝く軽鎧。

そのどれもが“生きている冒険者”のそれなのに。


気配だけが、まるで感じられなかった。


強者であるはずの男が、影だけを残したように静かにそこに立っている。


丈太郎はさらに一歩近づいた。


フィリスが低い声で囁く。


「……何かに“囚われてる”気配がするわ」


マリナは両手を握りしめ、不安を押し殺すように見守っていた。


丈太郎は静かに歩み寄り、

ダリオとの距離が二メートルほどになった――その瞬間。


ダリオが爆発的に動いた。


シュッ――!


槍の穂先が一直線に丈太郎の胸を貫く勢いで飛び込む。

丈太郎の体は後方へ大きく弾き飛ばされ、

床に倒れて動かなくなる。


ダリオは追撃はせず、まるで最初から何もなかったかのように再び静止した。


「丈太郎さん!!」


マリナが青ざめて駆け寄る。

その“倒れ方”は、どう見ても致命傷にしか見えなかった。


(そんな……今の速度……直撃……嘘……)


だが――


ムクッ。


丈太郎が、何事もなかったように上半身を起こした。


「へっ!?!?」


マリナは言葉にならない悲鳴を上げる。


「もーっ!!こんな時に“やられたフリ”はやめなさいよ!」


フィリスは完全に呆れ顔だ。


「す、すみません……ついクセで」


「クセ!? 今の、完全に貫かれた勢いだったけど!?」


マリナの混乱は極まっている。


フィリスが肩をすくめて説明する。


「丈太郎くんは無敵だから傷ひとつ負わないの。でも、能力は極力“隠したい”でしょ?だから人が見ている場面では――やられたフリをするのよ」


「…………隠すために倒れるの……?」


マリナはぽかんとしたまま丈太郎を見る。


丈太郎は気まずそうに笑った。


「すいません。癖みたいになってて……でも敵が油断する事もあるので……一応、戦術として」


「戦術ッ!? 心臓に悪すぎるんだけど!!」


マリナは半分泣きそうな声を上げた。


フィリスは手を腰に当てて満足げに頷く。


「まあ、こういう子なのよ。慣れてね」


「今の様子を見る限り、ダリオの間合いに入った瞬間に攻撃してくるわね。しかも……自我がない。何者かに“支配”されてる」


フィリスは険しい表情で分析する。


「フィリスさん、あれ……」


丈太郎が指差す先を見ると、

ダリオの首筋――鎧の隙間から、黒いイバラが脈打つようにうごめいていた。


「……マリナと同じ呪詛ね」


「そんな……ダリオ……!」


マリナの呼びかけは届かない。

ダリオは微動だにせず、ただ操り人形のように立ち尽くしていた。


広間の静寂が、不気味に重くのしかかる。


「落ち着いて、マリナ。支配はされていても……ダリオは“生きてる”。呪詛なら、丈太郎くんが必ず解けるわ」


フィリスの言葉に、マリナは震える肩を押さえ、深く息を吸う。


「そ、そうね……丈太郎さんがいれば……」


少しずつ冷静さを取り戻していく。


「ただ問題は――どう近づくか、ね」


フィリスはダリオを見据える。


「間合いに入った瞬間に突きを放つ……さっきので分かったわ。それも“殺しの速度”。触らせてはくれない」


「それでも、俺がやります」


丈太郎は静かに一歩踏み出す。


「触れて解呪できるのは、俺だけですから」


「……そうね」


フィリスも覚悟を決めるように頷く。


「下手に私が入れば逆に危険だし……丈太郎くん、お願いできる?」


「任せてください」


マリナも強い眼差しで続く。


「丈太郎さん……どうかダリオを……!」


フィリスは短く笑い、しかしその声には緊張が混じっていた。


「気をつけて。ダリオは甘い相手じゃないわよ。“閃槍”――彼の二つ名。一瞬の踏み込みと突きの速度は、私でも正面からは受けきれない」


丈太郎は深く頷く。


「攻略してみせます」


「頼んだわ、丈太郎くん」


丈太郎は、ひとつ息を整えてダリオへ歩み寄った。

フィリスもマリナも、一言も発さず見守る。空気が張りつめていく。


丈太郎のつま先が――ダリオの“間合い”へ踏み込んだ、その瞬間。


ギィッッ!!


まるで弾かれたようにダリオが動いた。

槍が空気を裂き、丈太郎の眉先をかすめる。


(来る!)


避けた次の瞬間――すでに二撃目が迫っていた。

寸分の狂いもなく、胸へ吸い込まれるように突き込まれる。


ピタッ。


槍は丈太郎の胸を“貫く軌道”で迫ったのに、触れた瞬間、空中で止まった。

衝撃も、痛みもない。ただ、そこで世界の時間が止まったかのようだった。


(構わない……!このまま――!)


丈太郎はそのまま踏み込む。

ダリオの首筋へ手を伸ばす――が。


そこに、ダリオの身体はもう存在しなかった。


「なっ……!」


指先は空を切る。


ダリオはわずか半歩だけ後退していた。

その半歩が、決して埋まらない“壁”のようだった。


ギンッ、ギギッ、ギィンッ!


精密機械のような槍捌きが連続して襲いくる。槍先が触れた瞬間すべてが無音で静止し、カランとも言わず力なく落ちていく。


だが――


(近づけない……!)


丈太郎が踏み込めば踏み込むほど、ダリオはまるで未来を読んでいるかのように“間合い”を保ち続けた。


金属の風切り音と、丈太郎の靴音だけが広い広間に響き渡る。


丈太郎とダリオの攻防を見つめながら、

マリナが小さく息を呑むように呟いた。


「本当に……すごい。あのダリオの槍を、まったく意に介してない……。でも……追いつけてない……。フィリス、手を貸した方がいいんじゃ……?」


フィリスは目を細め、鋭い視線で二人を見つめたまま答える。


「ダリオは強い。もし私が手を出すなら――本気で行かないといけない」


マリナの肩がびくりと震える。


(フィリスの本気……それは、ダリオが死ぬ可能性があるってこと……)


言葉に出来ず、マリナは黙り込む。


そんなマリナの不安を断ち切るように、

フィリスはふっと笑みを浮かべた。


「大丈夫。丈太郎くんを――信じましょう」


その声には、揺るぎない自信が宿っていた。


丈太郎とダリオの攻防は、

最初こそ完全に“均衡”していた。


だが――その均衡が、じわり、じわりと崩れ始める。


丈太郎が、一歩ずつ。

確実に間合いを詰め始めていた。


「……意識はないはずなのに……ダリオが怯えてる……?」


マリナが震える声で呟く。


フィリスは目を細め、重く頷いた。


「そりゃそうよ。自分の槍が何度当たってもまったく効かないんだもの。不気味以外の何物でもないわ」


そしてフィリスは、自分も同じ経験をした瞬間を思い出し――苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「これは意識じゃなくて……戦士としての“本能”ね。本能で丈太郎くんを警戒してるのよ。ほんと、自信なくすわ……」


その時、マリナが息を呑む。


「……フィリス。ダリオの槍が……当たらなくなってきてる……」


フィリスの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。


「ふふ……やっと“慣れてきた”みたいね」


丈太郎は槍の一撃を身をひねってかわしながら、冷静に状況を読み取っていた。


(槍を使う相手と戦うのは初めてだった。だから距離感と、直線的に突き込む軌道に戸惑った。……でももう、タイミングはつかんだ)


ダリオの槍がうなる。


丈太郎の瞳がギラリと光る。


(それに……フィリスさんの剣はこれよりずっと速い!)


カッと目を見開き、一歩――また一歩と間合いを詰める。


「すごい……」


マリナが息を呑む。


「ダリオの槍を完全に見切ってる……無駄がひとつもない……」


ダリオは嫌がるように後退し、必死に距離を取ろうとする。

だが丈太郎は食い下がるようにその間合いへ滑り込む。


ついに――


ダリオが苛立ちをそのまま形にした“大振り”の一撃を繰り出した。


槍が大きくしなる。

それは、戦士が本来なら絶対に見せない隙。


丈太郎の眼光が鋭く光った。


(――もらった!)


槍先が丈太郎の頬をかすめる。


その刹那。


丈太郎の右手は、すでにダリオの首筋を掴んでいた。


バチィンッ!!


黒いイバラが弾け飛び、光の粒になって四散する。


ダリオの体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


広間に静寂が戻る。


「お見事!」


フィリスが嬉しそうに口元を綻ばせた。


「ダリオ!」


マリナが弾かれたように駆け寄り、

うつ伏せのダリオをそっと仰向けにする。


ダリオは目を閉じたまま、微動だにしない。


マリナは震える指先で首筋に触れた。


――とくん。


かすかに、脈が打った。


「……よかった……まだ、生きてる……」


胸に溜め込んでいた息が一気に漏れ、

マリナの目に涙が溢れた。


しかし次の瞬間、その瞳は強い決意を帯びる。


マリナはダリオの胸の上に両手をかざし、深く息を吸う。


「――ハイ・ヒール」


淡い緑の光がふわりと広がり、ダリオの全身を静かに包み込んだ。ひび割れた皮膚が、内側から修復されていく。


数秒後――ダリオのまぶたが、微かに震えた。


「……ん……」


光が薄れ、ダリオの視線がゆっくりと開く。


焦点が合い――そして、目の前の人物を捉えた。


「……マリナ……?」


その一言で、マリナの堪えていたものが決壊した。


「ダリオ……!!」


マリナはそのままダリオの胸に飛び込み、

涙をこぼしながらしがみつく。


ダリオは戸惑いながらも、かすかに腕を動かし、マリナの背に触れた。


「……無事で……よかった……」


ダリオは上半身をムクリと起こした。


「ちょっと、大丈夫なの? 無理しないで」


マリナが慌てて支える。


「いや……大丈夫だ。なんともねぇよ。マリナのおかげだな」


ダリオは照れ隠しのように肩を回してみせた。


「ほんと、無事でよかったわ」


フィリスは水筒を差し出す。


ダリオはそれを受け取り、ふとフィリスを見て目を丸くした。


「って、フィリス!? なんでここに!」


「フィリス達がダリオの救出を手伝ってくれたの」


マリナが微笑む。


「救出……? 俺は……一体……」


ダリオはこめかみを押さえ、記憶を探るように目を細めた。

マリナが、迷宮の隠し部屋からここまでの経緯を簡潔に説明する。


話を聞き終えると、ダリオの顔に影が落ちた。


「……そうか。ニックもビリーも……駄目だったか」


ダリオは拳を握りしめ、静かにうつむく。


少しの沈黙の後、ダリオは立ち上がり、フィリスに向き直った。


「……ありがとな、フィリス」


それから、フィリスの後ろに控える丈太郎に視線を移す。


「それに――丈太郎くん。本当に……ありがとう」


深々と頭を下げる。


「い、いえ……無事でよかったです」


丈太郎ははにかんだ。


すると横からフィリスが口をとがらせる。


「ちょっとダリオ! なんで私と態度違いすぎるの!?」


「いや、だって……俺の呪いを解いたのは丈太郎くんだろ?」


「そ、そうだけど!……もういいわ……弟子に感謝しときなさいよね!」


フィリスがふくれっ面で睨む。


ダリオはニヤリと笑い、


「しかし、お前が誰かに“師匠”面する時代が来るとはな。……世も末だな」


「ちょっとォ!? どういう意味よ!!」


ワーワー始まるフィリスとダリオを見て、丈太郎とマリナは困り笑いするしかなかった。

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