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第33章 春の訪れ

それから、丈太郎はしばらくの間、フィリスと剣の稽古に明け暮れる日々を過ごした。

アイスゴーレムやスノーパンサーの討伐など、数々の依頼をこなしてきたおかげで、路銀は十分すぎるほど蓄えられている。


だからこそ今は、稼ぐよりも鍛える ことに専念できた。


冒険者ギルドに併設された屋内練習場で、丈太郎は今日も汗を流していた。



フィリスの斬撃が迫る。丈太郎は必死に避けようとするが――次の瞬間、剣閃がさらに加速した。


「うあっ!」


丈太郎は反応しきれず、片膝をつき腹部を押さえる。


「まだまだねー」


フィリスは楽しげに笑みを浮かべる。


「容赦ないな……」


「スパルタだよな……」


周囲で訓練していた冒険者たちが、ヒソヒソと小声で囁くのが耳に入ってくる。


「それに――やられたフリも、さらに磨きをかけたわね」


フィリスは剣を下ろしながら、満足げに言った。


「何度やっても駄目だ……避けられない」


丈太郎は肩で息をしながら呻いた。


ただでさえ速いフィリスの斬撃が、途中で突然速度を変える。予測不能な変化に、丈太郎は全くついて行けなかった。


「ふふふ。これはね、丈太郎くんみたいに“受け”を主体にする相手にこそ使う技なの」


フィリスは剣を軽く回しながら、自慢げに語る。


「でもね――目で追えるだけでも大したものよ。これ、私のほぼマックススピードなんだから」


にこりと笑むフィリス。その言葉に、丈太郎の胸の奥に小さな誇りが灯った。


確かに――昔はフィリスの剣はまったく見えなかった。

ただ斬撃の風圧に翻弄され、気づけば被弾していた。


今は反応するのがやっとではあるが、それでも“見える”。

丈太郎は腹を押さえながらも、胸の奥に確かな手応えを感じていた。


「俺、もっと強くなります! いつか避けられるようになってみせます!」


丈太郎の瞳は真剣そのものだった。


「その心意気! じゃあ、もう一度いくわよ!」


フィリスは口角を上げ、剣を構える。


「はい!」


丈太郎も気合を込めて踏み込み、全身に力をみなぎらせた。


だが次の瞬間――。

フィリスの斬撃は稲妻のように走り、丈太郎はまたも被弾する。膝をつき、息を詰まらせ、地面を転がる。


何度挑んでも、倒され、起き上がり、また挑む。

周囲から見れば、それはまるで拷問のような光景だった。

だが丈太郎の瞳だけは、決して消えることのない闘志で燃えていた。


(本当にいい目をしてる……ちゃんと私の剣を追ってる)


フィリスは斬撃を繰り出しながら、熱のこもった視線で丈太郎を見つめた。


(あの必死さ、なぜか胸が高鳴る)


剣を受けて転がる丈太郎。

フィリスは丈太郎の“やられたフリ”を見つめながら、内心で息をのんだ。


(それに……“やられたフリ”の演技力……凄まじいリアル感……! とても演技とは思えない……。これはもう、戦術を超えた芸術……!)


目の前で倒れ伏すその姿は、もはや「死体」と見紛うほどの迫真さだった。見ているだけで思わず助けに駆け寄りたくなる。


フィリスは無意識に背筋に寒気を覚えながらも、目を離せなかった。


(丈太郎くん、あなた一体どこまでいくの……?)


丈太郎は地面に転がったまましばらく動かず……だが、やがてムクリと起き上がった。

その姿を見てフィリスは口元を綻ばせ、声をかける。


「丈太郎くん。目的は避ける事ではなく、立ち向かう心を鍛える事よ。そこを忘れては駄目。わかった?」


フィリスは真っ直ぐに告げた。


「はい……!」


丈太郎は汗まみれの顔で、それでも力強く頷いた。

胸の奥で熱いものがこみ上げる。


(俺は……絶対に逃げない。強くなって、必ず応えてみせる!)



稽古を終えた二人は並んで帰路につく。

街灯に照らされた石畳の上、吐く息は白く舞っていた。


薬士ギルドの看板が目に入ると、丈太郎は足を止める。


「ちょっと薬士ギルドに寄ってきますね」


「あ、私も覗いていく」


フィリスは軽い調子で言い、丈太郎の後を追うように扉を押し開けた。


ギルド内は薬草の匂いが充満していて、どこか落ち着くような、それでいて鼻を突く独特の香りが漂っている。

フィリスはきょろきょろと陳列棚を見回し、丈太郎は真剣な顔で受付に歩み寄った。


「あ、丈太郎さん、いらっしゃい」


受付に立つ女性は、丈太郎と同じくらいの年頃に見えた。

セミロングの水色の髪が肩口で揺れ、整った顔立ちは「綺麗」と「可愛い」の中間のような不思議な魅力を持っている。

白を基調とした薬士ギルドの制服は清楚な雰囲気を際立たせ、透明感のあるその姿だ。微笑んだ時の表情は冒険者相手に慣れているはずなのに、どこか初々しさを残している。


「こんにちは、アイナさん。いつものヤツお願いできますか?」


フィリスは横でぴくりと眉を上げる。


(……なによ、“いつものヤツ”って)


「かしこまりました。少々お待ちくださいね」


そういうとアイナはカウンターの奥へ入っていった。


「ねえ、丈太郎くん、“いつもの”って何?」


フィリスはすかさず聞いてきた。


「旅に出る時、アンクさんが俺専用のポーションのレシピを持たせてくれて…補充の為にちょくちょく寄るんですよ」


「そ、そうだったんだ……」


フィリスはホッとしたように胸をなで下ろす。


(……なによ、ちょっと焦ったじゃない)


「訓練の後、寝る前に飲むと、かなり疲れが取れるんですよね。もう欠かせませんよ」


丈太郎はにこやかに話す。


「でね、アイナさんって昔、アンクさんの元で薬士の勉強してたらしくて、それで話しが盛りあがっちゃて」


「へ、へー、そうなんだ……」


フィリスは笑顔を作りながらも、心の中は妙にざわついていた。


(なによそれ、妙に親しげじゃない……)


そんな話をしながら、ふと丈太郎はカウンターの隅に目をやった。


(植物ポーション新発売)


と書かれた札の横に、瓶詰めされた緑色のポーションがずらりと並んでいる。


(なんだこれ……栄養ドリンクっぽいな)


丈太郎は思わずじっと見入ってしまった。


「お待たせしました」


アイナが包みを抱えて戻ってくる。


「アイナさん、この植物ポーションってどんなポーションなんですか?」


丈太郎は冒険者証を渡し、代金を払いながら聞いた。


「ああ、これですか。簡単にいうと植物の成長を促進するポーションですよ」


「へー!そうなんだ!」


丈太郎はアイナから包みを受け取り、感心したように頷く。


「よかったら実演見ていきませんか?宣伝の為に只今実演販売中です」


「いいんですか?是非お願いします!」


丈太郎は目を輝かせた。


「丈太郎くんって、ほんとこういうの好きよね」


フィリスは苦笑しつつも興味ありげに身を乗り出す。


「かしこまりました」


そう言うと、アイナはカウンターの下から小さな鉢をだす。中には土が入っている。


「この鉢に種を植えます」


アイナが実演する。


「そして、土に植物ポーションを適量かけます」


丈太郎とフィリスはアイナの実演を見守る。


「そして、土に魔力を流します……」


アイナが鉢に手をかざす。次の瞬間、土がかすかに揺れ、小さな芽が顔を出した。


「わっ……!」


丈太郎の声を合図にしたかのように芽はぐんぐん伸び、青々とした茎と葉を広げていく。ほんの数秒で蕾がふくらみ、やがて真っ白な花がぱっと開いた。


ふわりと甘い香りが漂う。


「す、すごい!」


丈太郎は思わず拍手した。


「へえ……便利なもんね」


フィリスは感心しつつも、どこか実用性を考えるような目をしている。


「まだ大量生産までは行ってないんですけどね。いずれは大規模農業にも利用できればと…」


「それは革命ですね!」


「まだ先の話しになりそうです…でも家庭菜園にはぴったりですよ。おひとついかがですか?」


「うまいなー。じゃあ一つ貰います」


丈太郎は二つ返事で購入した。



「毎度ありがとうございます」


アイナがにっこり笑う。


横で見ていたフィリスが眉をひそめる。


「丈太郎くん……家庭菜園でも始めるつもり?」


「え、いや、その……なんかすごかったから、つい……」


丈太郎はバツが悪そうに頭をかいた。


フィリスはため息をつきながらも、どこか楽しそうに微笑んだ。


「ほんと、あなたって素直よね」


アイナから植物ポーションを受け取る丈太郎。


「丈太郎さん、また来てくださいね!」


アイナは満面の笑みで言った。


隣のフィリスのこめかみがピクッと動く。


「あ、……そちらの方はもしかして?」


アイナがフィリスへと視線を向ける。


「はい、フィリスさんです。俺の師匠なんですよ」


丈太郎が胸を張って答える。


「まあ!やっぱりそうでしたか。丈太郎さんからよくお話を伺ってますよ。フィリスさんのこと、とても尊敬してるって」


「えっ……!」


フィリスは思わず赤くなり、視線をそらした。


 「ありがとうございましたー♪」



アイナの明るい声が店の外まで追いかけてきた。


その声を聞いた瞬間から、フィリスは口をつぐみ、どこかむくれた様子で歩き出す。

腕を組み、歩幅も妙に早い。


「フィリスさん、どうかしました?」


丈太郎は心配そうに声をかける。


「……別に」


フィリスは顔をそむけ、短く答えた。


丈太郎には理由がわからない。ただ、師匠が明らかに不機嫌なのは間違いなかった。


「……丈太郎くん、あなた、ずいぶんあの娘と仲が良いのね」


仏頂面のまま、フィリスがぼそりと切り出す。


「いえ、そんなことは……」


丈太郎は慌てて否定する。


だが心の中では、(あれ?これって、いつもの逆パターンじゃ……)と気づき、思わず口元がゆるむ。


「あれれ?フィリスさん、もしかしてヤキモチですか?」


丈太郎がニヤつきながら言う。


「なっ……ち、違うわよ! 私はただ師匠として心配しただけよ!」


お決まりのような答えが返ってくるが、フィリスの顔は真っ赤だ。


「安心してください。俺は――師匠一筋ですから」


「っ……!」


フィリスは思わず俯き、耳まで赤く染まっていた。


「……あはは、冗談ですよ」


丈太郎は笑って軽く誤魔化す。


「し、師匠をからかうんじゃないわよ!」

フィリスはぷいっと横を向く。


(な、なんだ……冗談、なのか……)



フィリスと丈太郎のじゃれ合う声が石畳に響く。

その姿を、橙に染まった夕日が優しく照らしていた。


白銀に覆われた街並みにも、少しずつ春の気配が忍び寄っている。

吐く息の白さはまだ残るけれど、空気はどこか和らいでいた。


――二人を包む光は、冬を越えた先の新しい季節を告げているようだった。


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