第32章 紅き絶防
翌日、冒険者ギルド。
丈太郎の手には新しい冒険者証があった。深い青を基調に、銀の縁取りが光を反射してきらめく。
Fランクの木札のような質素な証とは違い、手にした瞬間、胸の奥にじわりと重みが伝わってくる。
「やったわね、丈太郎くん!」
フィリスが満面の笑みで祝福する。
「これで立派な中堅冒険者の仲間入りよ!」
「中堅ですか……」
丈太郎は証を見つめながら呟いた。心のどこかで誇らしさがある一方、胸の奥にはまだ小さな不安も残っている。
「なんか、まだ実感がわかないな……」
「大丈夫よ」
フィリスは真っ直ぐに丈太郎の瞳を見つめ、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「あなたはもう十分通用するわ。私が保証する!」
その言葉に丈太郎の表情がぱっと明るくなる。
「フィリスさんがそういうなら……なんだか自信わいてきました」
周囲の冒険者たちも、ちらちらと丈太郎の新しい冒険者証を見てはざわめいていた。
「フィリスの弟子、もうCランクかよ……」
「やっぱ規格外だな……」
そんな声が背中に届き、丈太郎は少し照れながらも胸を張った。
冒険者ギルドを後にした二人は、街路の雪を踏みしめながら解体屋へと向かっていた。
吐く息が白く空に溶けていく中、フィリスがふいに横を歩く丈太郎に声をかける。
「ねえ、丈太郎くん。私とパーティー組みましょ」
「え? 今も一緒に行動してるじゃないですか?」
丈太郎は首を傾げる。
「そうじゃなくて、正式にってことよ」
フィリスはにやりと笑った。
「正式に?」
「そう。冒険者ギルドに届け出を出して、パーティー名を登録するの。そうすると報酬の分配や依頼の受注が一括管理されるし、長期の依頼なんかも受けやすくなるのよ」
「なるほど……そんな仕組みがあるんですね」
丈太郎は初めて聞く話に目を丸くした。
「まあ、簡単に言えば“本当の仲間”として認められるってことね」
フィリスは軽く肩をすくめながらも、どこか照れくさそうに視線を逸らす。
丈太郎の胸に熱いものがこみ上げてきた。
(フィリスさんと正式に……パーティーを組む……!)
「って事で、まずはパーティー名を決めないとね!」
フィリスは足取りも軽く、わくわくしている様子だった。
「パーティー名ですか……」
丈太郎は腕を組んで考える。
「神炎……とか?」
「それじゃ私ひとりのチームでしょ」
フィリスは笑って却下した。
「じゃあ、“双炎”とかは? 二人だから」
「うーん、悪くはないけど……なんか二流っぽく聞こえない?」
「じゃあ、“烈火と盾”とか」
「長いし、看板にしたらダサいわね」
フィリスはにやりと笑って首を振る。
丈太郎はうなりながらも、何度も頭をひねった。
「じゃあ……“紅き絶防”なんてどうですか?」
フィリスの目がぱちりと見開かれる。
「紅き絶防……」
その言葉を口の中で繰り返す。
「紅い炎と、絶対の防御……二人の力を象徴してるわね」
「そう思って……」
丈太郎は少し照れながら答える。
(紅き絶防……めっちゃ厨二じゃん!)
丈太郎は内心顔から火が出そうだった。
「いいじゃない。すごくいいわ! それに……並んで名を刻むっていうのも悪くないでしょ?」
フィリスは楽しげに笑い、丈太郎の肩を軽く叩いた。
解体屋でスノーパンサーの素材を受け取った二人は、その足で再び冒険者ギルドにやって来た。
カウンターに立つフィリスが声を張る。
「パーティーの登録をお願いしたいの!」
「かしこまりました。ではこちらにご記入をお願いします」
受付嬢から差し出された登録用紙を、フィリスは迷いなく受け取った。
その瞬間、ホールがざわつき始める。
「なに!? あのフィリスがパーティーだと!」
「誰とも組まないんじゃなかったのか!?」
「ってことは……あの男と?」
「……だよなー」
「うらやましい……」
嫉妬や羨望、好奇心が入り混じった視線が一斉に突き刺さる。
(な、なんだよ……視線が痛い……)
丈太郎は肩をすくめる。フィリスが堂々と登録手続きを進めている横で、そっと隣のカウンターへ移動した。
「こちら、スノーパンサーの素材です。換金をお願いします」
丈太郎は巨大リュックから素材を取り出し、そちらの手続きを淡々と始める。
フィリスが用紙に記入を終えると、受付嬢が恭しく頷いた。
「では……確認いたしました。パーティー名《紅き絶防》、本日付けで正式に登録いたします!」
その言葉が響いた瞬間、冒険者ギルドのホールはさらにどよめきに包まれた。
「《紅き絶防》……?」
「……なんかカッコいいな!」
「フィリスとあの新人が組むなんて……ただ事じゃねえぞ」
「紅き絶防……新しい伝説が始まるのかもな」
周囲の視線がますます熱を帯びる中、丈太郎は居心地悪そうに顔を赤くした。
(紅き絶防……めっちゃ厨二だが……異世界ではそれがマスト。恥ずかしくない。そうだろ、俺?)
心の中で必死に自問自答する丈太郎。
フィリスはそんな丈太郎を横目に、堂々と胸を張った。
「いいでしょ? この名は。丈太郎くんと私の誇りを示すものだから」
丈太郎は苦笑いしながらも、フィリスの言葉に胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……まあ、師匠がそう言ってくれるなら……悪くないかもしれないな)
「素材の鑑定終わりました。換金額はこちらになります」
受付嬢が差し出した紙には、整った文字で金額が記されていた。
丈太郎は受け取った紙を覗き込む。
「…………っ!?」
思わず二度見、三度見する。
目に飛び込んできた数字は、桁がひとつ多かった。
(や、ヤバい……! 俺、こんな額の金持ったことないぞ!?)
額面の重さに思わず手が震える。
横から覗き込んだフィリスが、くすりと笑った。
「ふふ、スノーパンサーは超高級素材だからね。これぐらい当然よ。あんまりビビらないの」
「と、当然って……!」
丈太郎は口をパクパクさせるしかなかった。
丈太郎は受け取った紙にサインして受付嬢へと返す。
「受け取りは丈太郎様でよろしいですか?」
受付嬢が確認する。
「えーと……」
丈太郎は迷ったように視線を泳がせた。
すると、隣からフィリスが軽やかに口を開く。
「せっかくだからパーティー口座に入れましょ」
「なるほど……」
丈太郎はコクリと頷き、受付嬢の方を向く。
「《紅き絶防》の口座でお願いします」
「かしこまりました」
受付嬢は微笑みながら手続きを進める。
丈太郎は胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。
(紅き絶防……これが俺たちのパーティー名なんだ)
紙に刻まれた「紅き絶防」の文字を横目に、丈太郎は思わず口元を緩めた。
「丈太郎くん。これからは弟子としてだけじゃなく、私の『相棒』としてもよろしくね!」
フィリスはにこやかに腕を差し出す。
「はい! これからもよろしくお願いします!」
丈太郎はその手を力強く握り返した。
二人の手が重なった瞬間、丈太郎の胸に熱いものがこみ上げる。
(フィリスさんに……一人の冒険者として、相棒として認められた……こんな嬉しいことはない)
その思いは握手に込められ、二人の絆をより強く結びつけていった。




