第31章 アイスゴーレム(後編)
街へ戻った二人は雪に煙る城門をくぐり抜け、まっすぐに「獅子亭」へと向かった。
酒場の扉を開けると、暖かな空気と笑い声が二人を迎える。
「さあ、丈太郎くん!祝杯よ!」
フィリスは勢いよくカウンターに向かい、エールを二つ注文する。
大きなジョッキを差し出されたフィリスは、すぐさま掲げた。
「アイスゴーレム討伐成功に――乾杯!」
「乾杯!」
丈太郎も笑顔でジョッキをぶつけ合う。
ごくごくと一気に飲み干すフィリス。
丈太郎もその勢いにつられて喉を鳴らす。
「ぷはぁ! やっぱり最高ね!」
テーブルに並べられた料理の数々――ジューシーな肉のグリル、熱々のシチュー、そして香ばしいパン。
丈太郎は一口かじり、感慨深く呟いた。
「……本当に強かった…」
「丈太郎くん、今回は助けられたわ。ありがとう」
フィリスは照れくさそうに言った。
「いえ、弟子が師匠のピンチを救うのは当たり前ですよ!」
丈太郎は笑顔で返す。
「もう……」
フィリスはジョッキの縁に口をつけながら、照れ隠しのように視線を逸らした。
「それにしても、私が襲われるの、よく気がついたわね」
「……ずっとフィリスさんのこと見てましたから」
さらりと言った丈太郎の言葉に、フィリスの手がピタリと止まる。
「えっ……!」
頬が一瞬で赤く染まる。
「いや、その……俺は自分のことは気にしなくていいから、フィリスさんだけに集中していれば、何かあった時でも助けられると思って……」
「な、なるほど……そういうことね!」
フィリスは慌ててジョッキを煽る。耳まで赤い。
丈太郎は不思議そうに首を傾げる。
(なんでそんなに慌ててるんだろう……?)
「それに、ゴーレムの核も……あの状況でよくやってくれたわ」
フィリスはジョッキを置きながら誤魔化すように言った。
「俺の能力は、魔道具に触れている間は無効化できる。だから……ゴーレムの核も魔道具みたいなものかなって思って……。まあ、上手くいってよかったです」
笑みを浮かべながら話す丈太郎。その顔には、かつて野盗に怯えていた少年の面影はもうなかった。
(この間までただの少年だと思ってたのに……)
フィリスはグラスを手にしたまま、そっと丈太郎を見つめる。
今、目の前にいるのは――少年ではなく、背中を預けられる頼もしい青年。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなるのをフィリスは感じていた。
「フィリス!!」
低くもよく通る声が酒場に響きわたった。
瞬間、ざわついていた客たちの声が止み、全員が声の主へと振り返る。
そこに立っていたのは――冒険者ギルドのマスターだった。
「ブラッドさん……!」
丈太郎は驚いて口を開く。
ブラッドは人混みをものともせずズカズカと歩み寄り、フィリスと丈太郎の席に腰を下ろす。椅子がきしむ音が妙に大きく響いた。
「アイスゴーレムの討伐報告はどうした!?」
酒場に再びどよめきが広がる。
「い、今なんて言った?」
「アイスゴーレムだと!?」
「まさか……あいつら二人で討伐したってことか!?」
客たちの視線が一斉にフィリスと丈太郎に注がれ、酒場の熱気が一変する。ざわめきは驚愕と興奮の渦となった。
フィリスはジョッキを置き、頬を少し膨らませながら肩をすくめる。
「もう……せっかく楽しく飲んでたのに。斥候からちゃんと報告いったでしょ?」
「なに!? バレていたのか……」
ブラッドは頭を抱える。
「まあ、いい……とにかく、おまえ達よくやってくれた!」
ギルドマスターは豪快に笑い、丈太郎とフィリスを見渡した。
「今日は俺の奢りだ!店員、エールを三つ持ってこい!」
「へいっ!」店員が慌ただしく走っていく。
「おお!ギルドマスターの奢りだってよ!」
「こりゃ飲むしかねえ!」
「アイスゴーレムを討伐した英雄に乾杯だ!」
周囲の冒険者たちも一斉に声を上げ、場の空気は一気に祝宴のような熱気に包まれる。
フィリスは腕を組んでふふんと笑い、ジョッキを受け取るとブラッドに向かって言った。
「わかってるじゃない!」
機嫌を取り戻したフィリスは、早速ぐいっと一口。
丈太郎は少し戸惑いながらもジョッキを掲げ、周囲の歓声に巻き込まれるように口をつけた。
「まったく、大したもんだよ……たった2人でアイスゴーレムを討伐するなんてな」
ブラッドは呆れ半分、感心半分といった声を漏らした。
「借りは返しましたよ」
フィリスはジョッキを置いて、あっさりと言う。
「ああ……助かった。本当にありがとう」
ブラッドは珍しく真剣な顔で頭を下げた。
「それで?弟子の件は?」
フィリスの視線が鋭く突き刺さる。
「……わかってる。斥候の話じゃあ、相当な働きだったそうだな」
ブラッドの視線が丈太郎に移る。
一瞬の沈黙の後、彼は力強く頷いた。
「認めよう。丈太郎、Cランクに昇格だ。明日ギルドに来て、正式な登録を済ませろ」
「やったね!丈太郎くん!」
フィリスが嬉しそうに声を上げる。
「はい!ありがとうございます!」
丈太郎は席を立ち、深々と頭を下げた。胸の奥から熱いものが込み上げ、思わず拳を強く握りしめる。
周囲の冒険者たちも驚きと羨望の入り混じったざわめきを上げる。
「Fから一気にCだと……」
「フィリスの弟子だからな……やっぱ只者じゃねえ」
酒場の空気は、さらに祝福と熱気に包まれていった。
その後も杯は重ねられ、笑い声や歌声が酒場に響き渡った。
丈太郎は初めて味わう「仲間からの称賛」と「冒険者としての誇り」に胸を熱くし、気づけば何度もジョッキを掲げていた。
「ふふ、いくら酔わないからって飲み過ぎないでよ、丈太郎くん」
フィリスは頬をほんのり赤く染めながらも、相変わらず澄んだ瞳で丈太郎を見ている。
やがて夜は更け、酒場の賑わいも少しずつ落ち着きを見せる。
街の外では雪がしんしんと降り続け、冷たい風が窓を鳴らす一方で、獅子亭の中は灯火と笑顔に包まれていた。
丈太郎は温かなその空間に身を置きながら、ゆっくりと目を閉じる。
明日からまた新しい冒険者としての日々が始まる——その期待と静かな高揚を胸に抱きながら。




