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第31章 アイスゴーレム(中編)

やがて、雪に覆われた森を抜けると、遠くに黒々とした影が現れた。


「……あれが遺跡群ですか?」


丈太郎が指差す。


「ええ。古代文明の名残りね。何百年も前のものだって聞いたわ」


フィリスは真剣な表情で答える。


崩れかけた石柱が雪原に突き立ち、半ば埋もれた祭壇のような構造物が点在している。

白銀の大地にぽつんと残された遺跡群は、不気味な静けさを放っていた。


「……なんだか、嫌な気配がします」


丈太郎は思わず身震いする。


「感じる?あそこに“核”が眠っている」


フィリスは吐息を白くしながら、遺跡の奥を指差した。


その瞬間、大地の奥底からゴウン……と鈍い音が響き、雪がわずかに舞い上がる。

丈太郎の胸がどくんと高鳴った。


「……来るわよ」


フィリスの声が低く響いた。


「あ、丈太郎くん、強者の構えは忘れないで……」


フィリスが小声で囁く。


「え?」丈太郎が首をかしげると、フィリスは遺跡の外れをちらりと顎で示した。


「ほら、物陰にいるでしょ。斥候が監視してるのよ。ほんと、あのマスターったら心配性なんだから……」


肩をすくめるフィリス。


丈太郎は思わず目を凝らす。

――確かに、崩れた石柱の陰に人影らしき影が見えた。


「ぜ、全然気づきませんでした……」


丈太郎は冷や汗をかきながらも、慌てて胸を張り堂々と立つ。


「よし……了解です!」


フィリスは吹き出しそうになるのをこらえながら、にやりと笑った。


「ふふ、いい感じよ」


冷たい風が吹きすさぶ中、丈太郎は必死に“強者の構え”を保った。



遺跡の空気が張り詰める。

ゴウン……ゴウン……と地鳴りのような音が大地を震わせた。


丈太郎は必死に胸を張ったまま、目を見開く。

雪の積もる祭壇の奥――氷の塊がひび割れ、亀裂から蒼白い光が漏れ出す。


「出てくるわよ……」


フィリスの声が鋭く響く。


次の瞬間、轟音と共に氷の破片が四散した。

十数メートルを優に超える巨体がゆっくりと立ち上がる。

全身が透明な氷で形作られ、胸の奥には脈打つ蒼い核が輝いていた。


「な……なんてデカさだ……!」


丈太郎は思わず声を漏らす。


アイスゴーレムは唸るような低い音を発しながら振り返り、二人を睨みつけた。

その眼窩に宿る青い光が、不気味に揺らめく。


「気を抜かないで。――ここからが本番よ!」


フィリスは、雪原に立ちふさがった。


「まずは足場を作るわね!」


フィリスは地を踏みしめ、両の掌に赤々とした炎を宿す。


「ツインフレイム――バースト!」


轟音と共に炎が奔り、アイスゴーレムの周囲を一瞬で焼き尽くす。

白銀の大地はみるみる蒸気を上げ、凍てついた雪が溶け落ち、土の地面が姿を現した。


「今よ!」


合図を受け、丈太郎は雪煙を蹴り上げて一直線に走り出す。

巨躯のゴーレムが彼の姿を認め、眼窩の光がぎらりと光る。


ズゥンッ!


大質量の拳が振り下ろされる。

丈太郎は迷わず片腕を掲げ、その一撃を正面から受け止めた。


――静止。


轟音もなく、衝撃すら消え失せる。

丈太郎の腕の上で、氷の拳は不自然に凍りついたように動きを止めていた。


「こっちだ!」


丈太郎は拳を押し返しながら横へ走り抜ける。


巨体の視線は完全に丈太郎へと釘付けになった。

雪煙を舞い上げ、丈太郎は絶えず動き続ける。


フィリスは唇を吊り上げ、炎を纏った大剣を抜き放った。


「よし……いい子ね、丈太郎くん」


フィリスは走り回る丈太郎の姿を目で追いながら、静かに息を整える。


青い炎をまとった大剣がゴウッと音を立て、輝きを増していく。

雪景色の中、彼女の姿だけが異様な熱気に包まれていた。


「狙うは――核!」


フィリスは大地を蹴り、ゴーレムの死角を突いて跳躍した。

巨体の胸部にきらめく青白い光――それが核だ。


「インフェルノ・スラッシュ!」


炎をまとった大剣がうなりを上げ、ゴーレムに叩きつけられる。轟音と共に炎の軌跡が氷の巨体を裂いた――が、ゴーレムは咄嗟に片腕を盾のように構え、斬撃を受け止めていた。


ズシンッ!

鈍い衝撃音と共に、ゴーレムの片腕は消し飛び、無数の氷片が雪原に散る。


「ちっ、防がれたか!」


フィリスが舌打ちする。

丈太郎はすぐに前へ飛び出し、ゴーレムの視線を奪う。


「こっちだ!」


ゴーレムは巨体を揺らし、口を大きく開く。眼窩と口の奥で青白い光が凝縮され――凍てつく吹雪の吐息ブレスが、丈太郎めがけて放たれた。


「うおっ……!」


丈太郎は咄嗟に片手を突き出した。

次の瞬間、吹き荒れる絶対零度の冷気は、丈太郎の掌の前でまるで見えない壁に阻まれたかのように霧散し、ただの白煙となって消え去っていく。


「よし!」


フィリスはすぐさま剣を掲げ、再び炎を纏わせる。

だが――。


「……っ!」


ゴーレムの肩口から周囲の雪と氷が竜巻のように巻き上がり、失われたはずの腕が一瞬にして再生した。新たに編み上げられた巨大な氷の拳が唸りを上げ、無防備なフィリスの背後へと迫る。


「しまっ――!」


フィリスは背後の気配に気づいたが、わずかに反応が遅れた。振り返るより早く、死をもたらす大質量が迫る。


(間に合わない――!)


直撃を覚悟したその瞬間、視界を遮るように丈太郎が飛び込んできた。

両腕をクロスし、氷の拳を真正面から受け止める。


氷の拳はピタリと止まる。


丈太郎は、一歩も動かない。

その背中は、確かにフィリスを護っていた。


「フィリスさん! ゴーレムの核ってどこですか!?」


丈太郎は、背後を振り返らずに叫んだ。


「胸の中央奥――青く輝いてるのが核よ!」


フィリスが叫び返す。


「わかりました! フィリスさんはゴーレムの両足を!」


「任せなさい!」


フィリスは咆哮と共に大剣を振り下ろす。紅蓮の炎が走り、丈太郎を押しつぶそうとしていた氷の腕を根元から焼き尽くした。


その隙を突いて、丈太郎は雪を蹴り、巨体めがけて一直線に駆け出す。

冷気をまとう巨躯がもう片方の拳を振り下ろしてくるが――彼は怯まない。


「インフェルノ・スラッシュッ!!」


轟音と共に青い炎が奔り、ゴーレムの両脚を断ち切った。


「ギィィィィッ!」


巨体がバランスを崩し、雪原に倒れ込んでくる。


「いまよ!」


フィリスの声が響く。


丈太郎は迷わず飛び込み、迫りくる氷の巨体の胸へと両手を突き入れた。

そこには、青く脈打つ核――。


「うおおおおっ!」


指先が触れた瞬間。

核はすっと光を失い、氷の巨人は生命力を絶たれたように無数の氷塊となって崩れ落ちた。白銀の大地に静寂が戻る。


舞い散る氷片の中、丈太郎は大きく息を吐いた。


丈太郎は崩れ落ちた氷の巨体の胸から、光を失った核をつかみ出している。

冷気が腕を伝ってくるが、彼はぎゅっと握りしめた。


「フィリスさん……この核、どうしましょう? 多分、俺が手を離すとまた魔力を吸って復活するのでは?」


息を切らしながら問う丈太郎に、フィリスは真剣な眼差しで頷いた。


「その通りよ。丈太郎くん――それを、空高く投げて!」


「了解です!」


丈太郎は大きく振りかぶり、核を空へと投げ放つ。丈太郎の手を離れた瞬間、核は再び脈打つように青い光を取り戻した。

しかし、飛来する核を見据え、フィリスは一歩踏み込む。赤く煌めく大剣が一閃――。


刹那、核は真っ二つに両断され、轟音と共に燃え上がった。

青白い輝きは炎に呑み込まれ、黒い灰となって空へ散っていく。


「これで終わりよ」


フィリスは剣を収め、静かに告げた。


丈太郎は握っていた拳をゆっくり開き、ようやく安堵の息を吐いた。


「……終わったのか?」


雪煙の中から歩み寄るフィリスが、にっこりと笑う。


「ええ、見事よ丈太郎くん。――初めての緊急討伐、大成功ね!」


丈太郎は膝に力が入らず、その場にへたり込んだ。

全身から汗が噴き出し、心臓がまだ激しく脈打っている。


「ふぅ……生きた心地がしなかった……」


額の汗を拭いながら、丈太郎は力なく笑った。


そんな丈太郎の隣で、フィリスは剣を収めると大きく伸びをした。


「ふふっ、やっぱりあなたとだと面白いわね!」


余裕の笑みを浮かべるフィリスに、丈太郎は呆れ混じりの視線を送る。


「……笑い事じゃないですよ……俺、心臓止まるかと思いました」


「でも、ちゃんとやり遂げたじゃない。胸を張りなさい!」


フィリスは丈太郎の背中をぽんっと叩く。


その温かい励ましに、丈太郎は少し照れながらも口元に笑みを浮かべた。



「さ、丈太郎くん、帰って祝杯あげましょ!」


フィリスはもうすっかり気持ちを切り替え、にこやかに笑っている。


「え!? ギルドへの報告は?」


丈太郎は慌てて聞き返す。


「斥候にまかせるわ!」


フィリスは悪びれもせず、当然のように言った。


丈太郎が慌てて振り返ると――さっきまで自分たちを見ていたはずの斥候の姿は、もう跡形もなく消えていた。


「……え、早っ!?」


丈太郎は思わず声を上げた。


フィリスは肩をすくめる。


「ほらね。仕事が早いのが彼らの役目よ。さ、戻るわよ!」


フィリスの背を追いながら、丈太郎は心の中で「この人に付いていくと振り回されっぱなしだな……」と苦笑した。


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