第31章 アイスゴーレム(前編)
「スノーウルフはもう十分ね。明日からは色々な魔物を狩っていきましょ」
フィリスは意気揚々と笑った。
こうして二人の本格的な狩り生活が始まった。
丈太郎はフィリスに連れられて、街周辺に現れるD~Cランクの魔物討伐をこなしていった。
群れをなす獣型の魔物や、毒を持つ小型の魔物、さらには時折凶暴な異形の亜人種とも相対した。
依頼のない日には、フィリスが直々に剣の型や立ち回りを稽古してくれる。
昼は汗を流し、夜は温泉とエールで体を癒やす――そんな日々が当たり前になっていった。
丈太郎は日々強くなっていく自分を感じながら、心のどこかで「これが冒険者として生きるってことなのか」と実感を深めていった。
滞在から三カ月が過ぎようとしていた。
一面の雪原に白い息が漂う。丈太郎は迫りくるスノーパンサーの鋭い爪を、紙一重で身を捻ってかわした。刹那の隙を突き、剣の柄頭で額に一撃。巨体はそのまま雪上に崩れ落ち、動かなくなる。
丈太郎は一瞬で気絶させる戦い方に落ち着いていた。相手の攻撃を見切り、力を流して返す。その動きは、この三カ月で見違えるほど洗練されていた。
「……ほんと、見事なものね」
フィリスが感心した声で歩み寄る。彼女は倒れたスノーパンサーに雷撃の魔法を走らせ、一瞬で息の根を止めた。毛皮も肉も無傷――高額で売れる素材となる。
丈太郎はその亡骸を肩に担ぎ上げた。超高級素材ゆえ、解体は専門の解体屋に任せるのが一番確実だ。
「そういえば、最近はほとんど能力を使ってないんじゃない?」
フィリスが軽く笑って言う。
「確かに……でも、この寒さでも快適にしてくれるこの能力には感謝ですよ」
丈太郎は息を白くしながらも、顔には余裕を浮かべていた。
「ほんと便利よねー」
フィリスは羨ましそうに肩をすくめる。
帰還した丈太郎たちは、まっすぐ街の解体屋へと向かった。
丈太郎は大きな背を丸めながらも気合を込め、カウンターに担いでいたスノーパンサーをドン!と置く。
店主は目を丸くし、思わず口笛を鳴らした。
「こ、こりゃあ見事だ……! 血の滲みもほとんどねえし、毛並みも傷一つねえ。こんな状態のスノーパンサー、長年やってるが滅多にお目にかかれねえぞ!」
「だからこそ、高く売れるんでしょう?」
フィリスは片眉を上げながら、懐から冒険者証を差し出す。
「綺麗に処理してちょうだい。少しでも傷つけたら承知しないわよ」
「ひ、ひえっ……!」
店主は額に汗を浮かべ、慌てて冒険者証を受け取り決済する。
「お、おう! 任せとけ!最高の仕上がりにしてやる!」
丈太郎は、そんな店主の慌てぶりを見て少し笑い、隣で堂々としているフィリスの姿に改めて頼もしさを感じた。
解体には丸一日ほどかかる、と店主に告げられた丈太郎とフィリス。
2人は肩をすくめ合い、その足でお馴染みの 獅子亭 へと向かった。
席に着くと、すぐにエールと肉料理が運ばれてくる。
フィリスはジョッキを掲げて、にやりと笑う。
「じゃあ、今日も恒例の検証タイムといきましょ」
「はい」
丈太郎も真剣な顔で頷く。
狩りの中での立ち回り、投げのタイミング、敵の動きの癖――。
フィリスは的確に指摘を入れ、丈太郎は素直に反省しながらも、どこか楽しそうに話をしていた。
冒険を重ねるごとに、反省会は彼らにとって当たり前の習慣になっていた。
エールを片手に交わす言葉の一つひとつが、次の戦いへの糧となっていく。
楽しく杯を交わしていた丈太郎とフィリス。
笑い声が飛び交う獅子亭の一角に、場違いなほど慌ただしい足音が響いた。
「はぁ、はぁ……フィリスさん!」
駆け寄ってきたのは冒険者ギルドの受付嬢だった。
肩で息をし、頬を赤く染めながら、必死に言葉を紡ぐ。
「ギルドマスターがお呼びです!」
店内のざわめきが一瞬やむ。
フィリスはジョッキを置き、すっと表情を引き締めた。
「……わかったわ」
隣の丈太郎も、ただならぬ気配を感じてごくりと唾を飲み込む。
冒険者ギルドに来た2人。受付嬢の案内で執務室に入る。
「マスター。フィリスさんをお連れしました」
執務室の扉が重々しく閉じられる。
分厚い木の机の奥にブラッドが腰かけていた。
「ご苦労。下がっていい」
受付嬢にお辞儀をして執務室を出て行った。部屋にはフィリスと丈太郎、そしてブラッドだけが残った。
「……で、呼び出した理由は?」
フィリスが腕を組み、真っすぐに問いかける。
「単刀直入に言う」
ブラッドは深く息をつき、二人を見据えた。
「街の警戒探知網に巨大な魔力反応が出現した」
ギルドマスターの声は低く重い。
「斥候を出したところ――アイスゴーレムの出現と報告があった。場所は北方街道沿いの遺跡郡付近だ」
「アイスゴーレムですって!?」
フィリスが思わず声を上げる。
丈太郎はごくりと喉を鳴らした。名前だけで危険な存在だと伝わってくる。
「このまま放置しておくには危険すぎる。雪解けが始まれば、街道を行き交う人々が襲われかねない」
ブラッドは低く言い切った。
「アイスゴーレムは緊急討伐依頼だ。だが……今この街にいる冒険者では荷が重い。頼まれてくれるか?」
「まあ、あなたには貸しがあるしね」
フィリスは腕を組んで肩をすくめた。
「ただし、条件があるわ」
「……なんだ?」
ブラッドの目が細くなる。
「討伐には私の弟子も同行させる」
「な、なんだと!そいつはFランクだろう!危険すぎる!」
「それから、討伐が成功したら――弟子をCランクに昇格させてちょうだい」
フィリスはさらりと言い放つ。
「なっ……なにぃっ!?」
ブラッドは机を叩き、椅子を軋ませるほどに身を乗り出した。
フィリスは涼しい顔で続ける。
「街の命運がかかってるんでしょ?命を懸けて戦うのよ。これくらい安いもんじゃないですか」
「足元を見やがって……!」
ブラッドは歯ぎしりしながらも、やがて深いため息をついた。
「……わかったよ」
「決まりね!」
フィリスはにっこりと笑みを浮かべ、すぐさま身を乗り出す。
「じゃあ、詳細な場所を教えてください!」
丈太郎は横で、フィリスの押しの強さにただ圧倒されていた。
ブラッドは机の引き出しから地図を取り出すと、素早く赤い印をつけた。
「ここだ。北方街道沿いの遺跡群。魔力反応は確かにここから出ている」
「よし、場所はわかったわ」
フィリスは軽く頷くと、隣の丈太郎に視線を送る。
「丈太郎くん、明朝に発つわよ」
「はい!フィリスさん!」
丈太郎は緊張と興奮で拳を握りしめた。
「ま、待てお前ら!」
ブラッドが慌てて立ち上がる。
「討伐隊の編成には時間がかかるんだ!物資の準備、冒険者の招集……せめて数日は――」
「は?」
フィリスはきょとんとした顔をした。
「何言ってるの?私たち二人で行くに決まってるじゃない」
「な、なにぃ!? アイスゴーレムだぞ!?街ひとつ壊滅する規模だ!」
フィリスは涼しい顔で、腰に手を当てる。
「大丈夫。借りはきちんと返すわ。安心してなさい」
そう言い残し、踵を返してすたすたと執務室を出ていく。
丈太郎も慌てて頭を下げ、「失礼します!」と叫んで後を追った。
「お、おい!待てフィリス!勝手に決めるなぁぁぁ!」
扉の向こうからブラッドの叫び声が響き渡る。
ギルドの廊下を歩きながら、フィリスは楽しそうに笑った。
「ふふっ、相変わらず小うるさいわね、あの人」
丈太郎は苦笑いしつつも、胸の奥で高鳴る鼓動を抑えられなかった。
(いよいよだ……初めての本格的な大討伐!)
翌朝――。
鉛色の空に一筋の光が差し込み、街の屋根や城壁を朱に染め始める。
丈太郎とフィリスは、冷気を吐く移獣にまたがり、城門を後にした。
「行くわよ、丈太郎くん!」
フードを深くかぶったフィリスが、冷たい風を切り裂くように声をかける。
「はい!」
丈太郎も背筋を伸ばし、緊張と期待を胸に応えた。
雪原を踏みしめるたびに、蹄の音が鈍く響く。
吐く息は白く、空気は凍りつくほどに冷たい。
それでも二人の眼差しは迷いなく、北方街道の彼方にある“遺跡群”を見据えていた。
――アイスゴーレム討伐のために。
雪に覆われた街道を、二人を乗せた移獣が進む。白い息が風に流れていく中、丈太郎が口を開いた。
「あの……アイスゴーレムって、どんな魔物なんですか?」
「うーん、簡単に言うなら“兵器”ね」
フィリスはあっさりと言い放った。
「兵器!?」
「そう。核を中心に作られた巨人。岩だったり鉄だったり氷だったり……素材は色々よ」
「じゃあ今回のアイスゴーレムも、誰かが作った兵器ってことですか?」
「今回のは、恐らく自然発生的なやつね」
「自然発生?」
「そう。アウトリアみたいな厳しい自然環境だと魔力が溜まりやすいの。そういう場所じゃ、偶然魔力が集まって“核”ができるのよ。その核に氷がまとわりついて巨人となる。特に今年は寒波が厳しいから、発生確率も高まるわけ」
「なるほど……」
丈太郎は真剣な顔で頷いた。
フィリスは続ける。
「で、人がその自然発生型を研究して作ったのが兵器型のゴーレム。今でも帝国の軍に残ってるわね」
「でも、自然発生型と兵器型じゃ大きな違いがあるわ」
フィリスは雪原の先を見据えながら言った。
「違い……?」
「自然発生型は環境の影響を強く受ける。だから、氷のゴーレムなら炎に弱いし、岩のゴーレムなら衝撃に弱い。弱点がはっきりしてるのよ。けど……」
「けど?」
「兵器型はそうじゃない。人間が“弱点をなくすため”に作ったものだからね。核を守る装甲が二重三重に施されていて、軍隊でも討伐に苦労するの」
丈太郎は思わず息を呑む。
「……兵器っていう言葉の意味がわかりました。」
「だから安心して。今回のアイスゴーレムは自然発生型。私と丈太郎くんなら必ず倒せるわ」
フィリスは横目で丈太郎に笑みを向ける。
その笑顔に少し勇気をもらいながらも、丈太郎は強く拳を握った。
「はい……やってみせます」
冷たい風が二人の頬を刺す。遠くには白銀の森が見え始めていた――。




