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第30章 実戦(後編)

翌日の森。

スノーウルフが再び群れをなして現れる。


丈太郎は深呼吸をし、腰のショートソードの柄に手をかけて重心を落とす。


(やっぱり……斬りたくないな……ならば……)


襲いかかる一匹を、ぎりぎりまで引きつける。鋭い牙が目前に迫った刹那――丈太郎は剣をわずかに鞘から引き抜き、相手の突進の勢いを利用して、硬い柄頭をスノーウルフの眉間へ的確に合わせる。


鈍い衝突音が響き、スノーウルフは自身の勢いと柄頭の衝撃で白目を剥き、雪上に崩れ落ちた。


さらに次々と襲いかかるスノーウルフの牙と爪をいなしながら、丈太郎は同じ方法で次々と群れを迎撃していく。


「凄いわね……」


離れた場所で見守っていたフィリスから、感嘆の声が漏れた。


「や、やった……」


丈太郎は荒い息を吐きながら、呆然と雪上に倒れ伏したスノーウルフの群れを見つめた。


(ここで……とどめを刺せば……)


丈太郎はついにショートソードを抜き放ち、気絶して倒れている一匹のスノーウルフの首元へ切っ先を向けた。


だが、剣を握る丈太郎の手は小刻みに震えていた。


(ここでとどめを刺さないと……こいつらは人を襲う……必要なことなんだ!……)


頭では理解しているのに、どうしても身体が動かない。

倒れている獣の姿が、日本に残してきた愛犬の姿と重なってしまう。


(ロッキー……!)


温かい体温、撫でた時の柔らかな毛並み。

それを奪う行為。

目にじわりと涙が溢れ、視界が歪む。


(ごめん! 許してくれ!)


丈太郎は悲壮な表情で、震える刃を高く振り上げた。

その時だった。


バリバリッ!


空気を裂くような音が鳴り、蒼白い雷撃が雪原を這うようにスノーウルフたちを貫いた。

気絶していた群れはビクリと一瞬だけ反応し、そのまま完全に絶命した。


「フィリスさん!……」


丈太郎が驚いて振り向くと、フィリスが指先から名残の放電を散らしながら歩み寄ってくるところだった。


「もう。そんなにもたもたしてたら、息を吹き返しちゃうでしょ」


「……すみません……」


丈太郎は剣を下ろし、うつむいた。

そんな彼に、フィリスは軽い調子で言葉をかける。


「それに、せっかく無傷で倒したのに剣で斬ったら毛皮が血で汚れちゃうわ。雷撃なら傷一つつかないもの」


「……」


「さ、早速毛皮を剥ぎ取るわよ。丈太郎くん、手伝ってね!」


フィリスは、丈太郎の震える心を包み込むように、あえて明るく優しい声で言った。


「はい」


丈太郎は目元を乱暴に袖で拭い、小さく返事をした。



討伐を終え、森の外れで焚き火を囲む二人。

フィリスは回収した毛皮を丁寧に乾かしながら、ちらりと丈太郎を見た。

丈太郎は、炎を見つめたままうつむいている。


「……俺、前の世界にいた時も獣を殺したことなんてなかったんです。だから……」


声は震え、表情は沈んでいた。


フィリスは黙って焚き火に薪をくべた。ぱちぱちと音を立てて火花が散る。


「そうね……」


「でも……フィリスさんは、平気なんですか? 命を奪うことに……」


丈太郎は顔を上げた。


フィリスは手を止め、少し考えてから、真剣な瞳で丈太郎を見つめ返した。


「平気ではないわよ。……でもね、人を斬るのと、魔物を斬るのは全然違うわ。人は考えるし、未来を持ってる。でも魔物は違う。奴らは人を襲い、食い、滅ぼす存在。私たちが手を止めれば、被害に遭う人が必ず出るの」


「……」


丈太郎はその言葉の重みを噛みしめるように黙り込む。


「無理はしなくていいわ。むしろ、その『ためらい』が人として大事なのよ。だけど……その気持ちを忘れたら、守れる命も守れなくなる。……覚えておいて」


丈太郎は拳を握りしめ、焚き火を見つめながら深く頷いた。


「……はい」


その声はか細いながらも、確かな決意を帯びていた。



翌日からもスノーウルフの討伐が続いた。

丈太郎が群れの攻撃を見切って気絶させ、フィリスが魔法でとどめを刺す。二人の間に、そんな連携が確立しつつあった。


「丈太郎くん、いい感じね。群れの流れを読めるようになってきたじゃない」


フィリスは背後から声をかける。


「はい。なんとか……」


丈太郎は汗を拭いながら答える。息は上がっているが、その表情は以前よりもずっと晴れやかだった。


討伐が終わると、フィリスは剥ぎ取り用のナイフを取り出す。


「さ、ここからが本番よ。毛皮は高値で売れるし、肉も保存しておけば冬の間は重宝する。丁寧にやりなさい」


丈太郎は見よう見まねで作業を始める。

初めこそ血や生肉の感触には馴染めなかったが、とどめを刺そうとしたあの時の張り裂けそうな気持ちに比べれば、はるかに楽だった。

最初はぎこちなかった手つきも、元来の器用さも手伝って、回数を重ねるごとに慣れていった。


(命を粗末にしない)


その覚悟が、丈太郎の手を動かしていた。


やがて自分専用の剥ぎ取りナイフを街で買い求め、今では手際よく毛皮を外せるようになっている。

剥ぎ取った素材は、例の特注の巨大リュックに次々と収められていった。


「……本当に板についてきたわね、丈太郎くん」


フィリスは、雪の中で黙々と作業を続ける弟子の頼もしい背中を見て、満足げに微笑んだ。



ギルドで討伐報告を終え、素材を換金する。

スノーウルフの毛皮と肉が加われば、報酬額は以前とは比べ物にならないほど跳ね上がった。

報酬はフィリスと折半だったが、それでも丈太郎の手元に残るのは大金だった。


丈太郎は冒険者証に刻まれる数字をじっと見つめ、実感のこもった笑みをこぼした。


「命を懸けてでも挑むからこそ、味わえる景色もあるのよ。――冒険者って、そういう仕事なの」


フィリスは笑顔で言った。


「はい!」


丈太郎は真剣に頷く。

初めての報酬、初めての連携、そして命の重み。

冒険者という仕事の過酷さと、それを乗り越えた先にある楽しさを、丈太郎は確かに実感したのだった。


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