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第27章 能力のリスク

フィリスは立ち上がり、カップを空にすると手を叩いた。


「じゃ、次は街を案内してあげる。アウトリアを知らないと不便だものね」


二人は喫茶店を出て、大通りに足を踏み出す。

通りは行商人や移獣車で賑わい、露店からは香辛料や焼き菓子の匂いが漂っていた。


「ここがアウトリアの中央大通り。商人ギルドや大きな店はだいたいここに集まってるわ」


フィリスは人々をかき分けながら歩き、指でいくつかの建物を示す。


「向こうに見えるのが薬士ギルド。薬草の買い取りや調合をしてくれるの。冒険者なら必ず世話になるわ」


「なるほど……」


丈太郎は頷きながらも、見慣れない建物や看板に目を奪われていた。


石畳を少し進むと、大通りの脇にごつい建物が現れる。


「ここが鍛冶ギルド。武器や防具の修理・新調を頼むならここね。高いけど仕事は確かよ」


さらに歩けば、移獣舎の大きな柵が見えてきた。中では移獣たちが草を食んでいる。


「移獣舎ギルド。移動に欠かせないわ。あなたが最初に乗ったのもここで管理されてる個体ね。」


丈太郎はその光景に目を輝かせ、心の中でつぶやいた。


(……本当に“街”なんだ。村とは全然違う。人の数も、活気も、まるで別世界みたいだ……)


最後にフィリスは石造りの頑丈な建物を指さす。


「そして、あれが格闘士ギルド。明日からは、ここで基礎を叩き込まれるわよ。」


「……はい!」


丈太郎は力強く頷いた。


「フィリスさんは、このアウトリアにはよく来るんですか?」


丈太郎が尋ねると、フィリスはにっこり笑った。


「そうね……半年に一度くらいは来てるかな。討伐や護衛の依頼で寄ることもあるけど――実は、ここの温泉と街並みが好きでね。ついつい足が向いちゃうのよ」


「なるほど……」


丈太郎は納得しつつ、少し羨ましそうに街を見回した。


(こんな綺麗な街に、好きな時に来られるなんて……冒険者ってやっぱり自由だな)


フィリスはそんな丈太郎の横顔をちらりと見て、くすりと笑った。


「ま、あなたもそのうち気に入るわよ。アウトリアは過ごしやすい街だからね」


一通り街を案内し終えると、大通りの一角で香ばしい匂いが漂ってきた。


「ちょうどいいわね。ここで軽くお昼にしましょ」


フィリスが指さしたのは、焼き串やスープを並べた屋台だった。


丈太郎は羊肉の串を、フィリスは野菜入りのスープを買い、それぞれ腰かけに座って頬張る。

香ばしい肉汁が口の中に広がり、思わず丈太郎の顔がほころんだ。


「んー、やっぱり街の屋台はいいわね」


フィリスは満足そうに頷く。

食事を終え石畳の道を歩く丈太郎の足取りは、少し重い。人混みや街の賑わいに圧倒されたのか、どこか疲れた様子だった。


「丈太郎くん、大丈夫? 顔に出てるわよ」


フィリスが心配そうに覗き込む。


「あ……はい。ちょっと慣れない景色に疲れただけです。すみません」


丈太郎は苦笑した。


フィリスは呆れたように、けれど優しい声で言う。


「無理しないこと。先に帰って休んでなさい。明日からまた忙しくなるんだから」


「なんかすみません」


「気にしないの。弟子の体調管理も師匠の務めよ。私は野暮用があるから、また後でね」


「はい」


フィリスと別れた丈太郎は宿に向かった。


丈太郎はベッドの上で、手の中の冒険者証をじっと見つめていた。

木札ほどの大きさの板には、灰色がかった地味な色合いの模様が刻まれている。表面には簡素な魔法陣の線が走り、中央には「F」の文字が浮かんでいた。


(地味だなぁ……でも、間違いなくこれは“冒険者の証”なんだ……)

思わず口元が緩み、にやけてしまう。


頭に浮かんだのは、フィリスが持っていた赤と黒の重厚なデザインの冒険者証だった。炎を思わせる紋様が刻まれ、ただ手にしているだけで格の違いが伝わってくる。

――それに比べれば、丈太郎のFランク証はどうしても頼りなく見える。


それでも。


(これが、俺の第一歩なんだ……!)


胸の奥に喜びが込み上げ、丈太郎は嬉しそうに証を握りしめた。


満腹感と半日の疲れに包まれ、いつの間にかまぶたが落ちていく。

冒険者証を握ったまま、丈太郎は静かな寝息を立て始めた。


コンコン。

ノックの音で丈太郎は目を覚ました。外はすでに暗く、窓の外には街灯の明かりが揺れている。


(あのまま寝ちゃったのか……)


ドアを開けると、そこには笑顔のフィリスが立っていた。


「丈太郎くん、夜ご飯行きましょ」


「はい」


二人は昨日と同じ酒場――獅子亭へ向かう。


「またここですか? 他にもお店たくさんあるのに」


丈太郎が疑問を口にすると、フィリスは胸を張って答えた。


「色々回ったけど、やっぱりここが一番美味しいの! 獅子亭がね!」


店に入ると、昨日よりもさらに賑わっていた。今日はカウンターではなく奥のテーブル席に腰を下ろす。

当然のようにフィリスはエールを注文し、料理も次々と頼んでいく。


「あの……そんなに注文して大丈夫なんですか? 節約しないと……」


「何言ってるのよ。今日は丈太郎くんが冒険者になった記念のお祝い! 豪勢にいくのよ!」


フィリスは笑顔で答える。


「わざわざ、ありがとうございます」


「師匠として当然でしょ!」


豪快に笑うフィリス。


(……ただ飲みたいだけなんじゃ……)


丈太郎は心の中で苦笑した。


だが次の言葉で、その思いは吹き飛んだ。


「それにね。丈太郎くんが休んでる間に、Cランクの依頼をひとつ片づけてきたの。だから心配いらないわよ」


「さっきの野暮用って…そのことだったんですか……本当にありがとうございます」


丈太郎は驚きと感謝で胸が熱くなった。

半日もかからずにCランク依頼をこなすフィリス。――やっぱり自分の師匠は本物だ、と改めて尊敬の念を抱いた。


「冒険者登録、おめでとう! 丈太郎くん!」


「ありがとうございます!」


二人はグラスを掲げ、軽く打ち合わせると同時に飲み干した。


フィリスはふぅと息をつき、少し真面目な顔をする。


「それにしても……まさか本当に魔力ゼロとはね。あの時はちょっと焦ったわ」


丈太郎は思わず頭を下げた。


「色々と庇ってもらって、本当にありがとうございました。俺のせいで……」


「いや、私の方こそ軽率だったわ」


フィリスはグラスを指でなぞりながら苦笑する。


「もっと上手く立ち回れば、騒ぎにならなかったかもしれない。でも……大事にならなくて本当に良かった」


丈太郎はその言葉に顔を上げ、心の中で温かさを感じていた。


(フィリスさん……やっぱり俺を守ってくれてるんだ)


「丈太郎くんの“絶対防御”は知られてはいけない――そう話したの、覚えてるわよね」


「はい」


「理由は?」


フィリスの問いかけに、丈太郎は即答した。


「危険だからと……悪用しようとする連中がいるから、と……」


「そうね」


フィリスは小さく頷き、グラスを置いた。


「でも、もう少し詳しく話しておくわね」


彼女の瞳は真剣だった。


「丈太郎くん自身のことは、そんなに心配してないわ。だってその能力は無敵だもの。あなたが拒否する限り、誰もどうこうできない」


「……たしかに……そうですね」


丈太郎は少し安堵しかける。だが――


「でも、どうしてもその能力が欲しいとなったら……」


フィリスが言い終える前に、丈太郎は、はっと息を呑み、青ざめた。


「――あ!」


「そう。あなたの親しい人を人質にとってでも、手に入れようとするでしょうね」


フィリスの言葉は冷静で、だからこそ残酷に響いた。


丈太郎の脳裏に浮かんだのは、アンク、テラ、ミィナ、そしてアリスの顔。

胸が締めつけられるように痛み、手が震え始める。


「なんてことだ……俺は、自分のことしか考えていなかった……」


自分の愚かさを突きつけられ、丈太郎は唇を噛みしめて震えた。

そんな彼の肩に、そっと温かな手が置かれる。


「だからこそ――私がそばにいるのよ」


フィリスは穏やかな笑みを浮かべながらも、瞳は真剣だった。


「あなた一人じゃ守りきれないものも、私が一緒なら守れる。だから、過剰に恐れる必要はないの。わかった?」


丈太郎は顔を上げ、フィリスの凛とした横顔を見つめる。

その言葉に、不思議と胸のざわつきが静まっていった。


「……はい」


短く、しかし強い声で答える。

フィリスは満足げに頷くと、グラスを持ち上げてにやりと笑った。


「よし、それでいいわ。じゃ、暗い話はここまで! せっかくのお祝いなんだからね!」


彼女は勢いよく手を挙げ、店員を呼んだ。


「すみませーん! 肉盛り合わせと、エールをもう一杯ずつ追加で!」


「え、まだ飲むんですか!?」


丈太郎が目を丸くすると、フィリスは胸を張って答えた。


「当然でしょ。祝いの席は、飲んで食べて盛り上がらなきゃ!」


「……やっぱり飲みたいだけなんじゃ……」


丈太郎は苦笑しつつも、心の奥にじんわりと温かさを感じていた。


二人の前に新しい料理とエールが運ばれ、再び杯が打ち鳴らされる。

――笑い声と活気に満ちた酒場で、丈太郎の冒険者としての初めての夜は更けていった。


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