第24章 温泉
朝日が森の向こうから差し込み、野営地を黄金色に染めていた。
丈太郎は既にテントの外に立ち、ショートソードを振り下ろしていた。
風を切る音が一定のリズムで響き、額からは朝露のように汗が滴る。
昨日の疲れが身体に残っているはずなのに、その眼差しはまっすぐだった。
テントから出てきたフィリスは、眠そうにあくびをしながらもその姿を眺め、思わず口元に笑みを浮かべる。
(ほんと、熱心ね……)
「おはよ、丈太郎くん。……いよいよ今日の夕方には街に着くわよ」
「おはようございます!」
丈太郎は素振りをぴたりと止め、胸を張って答えた。
フィリスは満足げにうなずき、焚き火に薪をくべながら言う。
「じゃあ、腹ごしらえして出発ね」
丈太郎は剣を納め、大きく息を整える。
これまでの修行や襲撃の経験、そして昨夜の出来事。
すべてを胸に抱えたまま、二人は今日も街道を進み始めた。
丈太郎は昨日に引き続き、移獣の横をランニングしながら街道を進む。
息は上がり、足も重い。それでも一歩一歩を諦めずに踏み出す。
横でフィリスは移獣を牽きながら、時折ちらりと彼を見ては満足そうに微笑んでいた。
やがて、空が茜色に染まる頃。
街道の先、遠くの地平線に城壁と尖塔が影のように浮かび上がった。
「……あれが、街……!」
丈太郎は思わず足を止め、胸を高鳴らせながらその光景を見つめる。
夕陽に照らされる街並みは、まるで新たな冒険の幕開けを告げているかのようだった。
赤や黄色の葉を残した並木道まで進むと、吐く息が白くなるほど冷たい風が頬を打つ。
「……すごい、人が多い……」
丈太郎は思わず声を上げた。
街門の前には荷獣車や旅人、冒険者たちが列をなし、活気にあふれていた。
フィリスは隣で軽く笑みを浮かべる。
「ここがアウトリア。アーヴェル侯爵領の
北東辺境にある街よ」
「辺境っていう割に……賑やかですね」
「ええ。北の鉱山や村々の物資はみんなここに集まるし、魔物討伐の依頼も絶えない。冒険者や商人が自然と集まる“拠点都市”ってところね」
丈太郎は立派な石造りの壁を見上げ、感心したように息をつく。
風に舞った落ち葉が、その根元を鮮やかに彩っていた。
「それに――この街には温泉があるの。疲れも取れるし、美肌の湯としても有名なのよ」
フィリスはわざとらしく自分の頬を指で撫でてみせる。
「美肌……」
丈太郎は言葉を詰まらせ、視線を逸らした。
フィリスはにやりと笑い、丈太郎の肩を軽く叩く。
「ふふ、決まりね。街に着いたら、まずは温泉で旅の疲れを流しましょう」
冷たい風の中、二人は並んで城門へと歩みを進める。
――これから始まる新しい日々を胸に抱きながら。
城門に近づくにつれ、空気が張りつめていく。
兵士たちが槍を携えて並び立ち、入城する旅人や商人に次々と声をかけていた。荷獣車は荷を開けさせられ、中身を一つ一つ確認されている。
「……ルノア村とは大違いですね」
丈太郎は圧倒されたように呟く。
「当然よ。ここは辺境とはいえ“拠点都市”だからね。村より人も物も集まるし、だからこそ犯罪や密輸を防がなきゃいけないの」
フィリスは慣れた調子で答えると、懐から出した冒険者章を兵士に見せた。確認はあっさり終わった。
「冒険者殿、通ってよし」
兵士は簡潔に告げ、道を開ける。
城門をくぐると、そこには石畳の大通りが延びていた。
両脇には木造や石造りの二階建ての建物が並び、店先では商人が声を張り上げている。
丈太郎は思わず感嘆の息を漏らした。
「……すごい……村とは、まるで別世界だ」
「さてと、まずは宿を決めましょ」
フィリスが当然のように先導する。
石畳の大通りを進むと、やがて鼻をくすぐる独特の香りと、もやのような白い湯気が漂ってきた。
「ここが温泉街よ」
フィリスが顎で示す先には、木造の宿や湯屋が軒を連ね、屋根からは白い蒸気が立ち昇っている。
通りには浴衣のような姿の客や、湯上がりで顔を赤くした旅人の姿も見える。
丈太郎は足を止め、その光景に目を見張った。
「……すごい。本当に温泉街の匂いがする」
数ある宿屋の中から、フィリスは迷いなく一軒の前で立ち止まった。
「ここにしましょう」
外観からして立派で、木材と漆喰を組み合わせた重厚な造り。入口には清潔な暖簾がかかり、通りを歩く人々も一目置いているように見える。――明らかに高級そうな宿だった。
フィリスと丈太郎は中へ入り、磨かれた床板を踏みしめながらカウンターへ向かう。
「部屋を二つお願い」
フィリスは冒険者章をさらりと掲げた。
受付の女性は慣れた手つきで確認し、恭しく鍵を差し出す。
「かしこまりました。お部屋は二階、隣り合わせになります」
丈太郎が受け取った部屋は、一人では持て余すほどの広さだった。窓からは街並みが見下ろせ、寝台もふかふかそうだ。
「……すごい。ゆっくり休めそうだな」
旅の疲れがふっと和らいだ気がして、丈太郎は思わず息を漏らした。
ふかふかのベッドの上に、見慣れない衣服が畳まれて置かれていた。
「……これは?」
丈太郎は手に取って広げてみる。
薄手の布で仕立てられた、ゆったりとした長衣。腰には帯代わりの紐が付いている。
布地は麻を思わせるさらりとした手触りで、装飾はほとんどない。実用一点張りといった印象だが、丈太郎の目には、それはまるで浴衣のように映った。
(……本当に温泉に入るんだな。なんか不思議な感じだ)
丈太郎は早速、その衣服に袖を通した。
薄手で軽く、さらりとした感触は、日本で着た浴衣とそう変わらない。
(……浴衣、か)
ふと、家族と出かけた温泉旅行の記憶が蘇る。
父と母と、自分。湯上がりに浴衣を着て、売店のコーヒー牛乳を飲んだあの日。
丈太郎の胸の奥に、懐かしくも切ない感情が込み上げる。
「……」
思わずしんみりと黙り込んでしまう。
コンコン、とドアをノックする音が聞こえ、丈太郎ははっと我に返った。
扉を開けると、そこには同じ衣服をまとったフィリスが立っていた。
髪をすっきりと結い上げ、いつもの甲冑姿からは想像もつかない姿。
丈太郎の目には、それがとても新鮮で――そして美しく映った。
「……綺麗ですね」
思わず、心の声が漏れる。
「そ、そう!? ありがと……」
突然の呟きに、フィリスは頬を染めて照れ笑いを浮かべた。
「丈太郎くんも、湯衣似合ってるじゃない」
「これ……湯衣っていうんですね」
丈太郎は改めて自分の服を見下ろし、照れ隠しのように言葉を返した。
――湯衣。
温泉宿や湯屋で貸し出される専用の着替えで、湯上がりに体を冷やさないためのものらしい。正に浴衣そのものだ。
「この宿にも大浴場はあるんだけど……せっかくだから温泉街の大浴場に行きましょ!」
フィリスが嬉しそうに言う。
二人は宿を出た。
外はすでに日が落ち、夜の帳が街を包んでいた。
丈太郎は思わず目を見開く。
街灯に照らされた石畳の路地、その両脇に並ぶ木造の宿や湯屋。
軒先からは白い湯気が立ち昇り、提灯の明かりが石畳を柔らかく照らしている。湯衣姿の人々が笑いながら行き交い、湯屋の前からは楽しげな話し声が漏れてくる。
――まるで日本の温泉街そのものだ。
丈太郎の心に浮かんだのはただ一言。
(……中世風草津温泉)
丈太郎はそんな光景に興味津々で、左右を見回しながら歩いた。
「丈太郎くん、キョロキョロし過ぎ!」
フィリスがくすくすと笑い、肩を軽く叩く。
やがて、通りの先にいくつもの湯屋が並ぶ一角が見えてきた。
湯気がもうもうと立ちのぼり、それぞれの入口には趣向を凝らした暖簾がかかっている。
「さぁて――どこの湯屋に入ろうかしら?」
フィリスは足を止め、楽しそうにいくつかの暖簾を指さした。
「どこも良さそうで……決められないですね」
丈太郎は目を輝かせながら、どれも魅力的に見える湯屋の暖簾を交互に見比べ、目移りしてばかりいた。
「ふふ、じゃあ私が決めてあげる」
フィリスは腕を組み、少し考えるふりをしてから、ある湯屋を指差した。
「今日はあそこにしましょう!」
指さしたのは、木造二階建ての立派な湯屋。提灯の明かりに照らされ、どこか落ち着いた趣を漂わせている。
「さ、行くわよ丈太郎くん!」
フィリスは楽しげに暖簾へ向かって歩き出す。
「え、あ、はい!」
丈太郎は慌ててその後を追った。
二人は暖簾をくぐり、湯屋の中へ入った。
外観からの印象通り、中は木の温もりに包まれた落ち着いた造りだ。
番台には年配の女将らしき人が座っており、笑顔で二人を迎える。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
受付を済ませ、湯衣を脱ぐために脱衣所へ向かう。
中にはすでに何人かの客がいて、湯上がりらしく頬を紅潮させていた。
棚には木の札が並び、籠に衣服を入れる仕組みになっている。
丈太郎は緊張しながらも、自分の湯衣を脱いで籠に畳み込んだ。
暖簾の奥からは、もうもうと立ちのぼる湯気と、心地よい湯の香りが漂ってくる。
遠くから笑い声と、水音が混じったざわめきが聞こえてきた。
やがて浴場へと足を踏み入れる。
そこには、広々とした湯船が湯気に包まれ、灯籠の明かりが湯面に反射して揺らめいていた。
石造りの壁からは湯が絶え間なく流れ込み、心地よい湯音を立てている。
丈太郎は思わず息をのんだ。
「……すごい……」
桶で軽く体を流し、大きな湯船へと足を踏み入れる。
じわりと温かさが肌を包み、思わず肩の力が抜けた。
「……はぁ……気持ちいい……」
自然に声が漏れた。
全身を熱が巡り、これまでの旅の疲れが溶けていくようだった。
湯気の向こうからは、他の客たちの談笑や、桶の音が心地よいBGMのように響いてくる。
丈太郎は湯縁に背を預け、ゆっくりと目を閉じた。
――同じ頃。
女湯に入ったフィリスもまた、湯に肩まで浸かりながら大きく息をついていた。
「……んんっ……やっぱり最高ね」
湯上がりの肌を意識してか、頬を両手で撫でながら思わず笑みがこぼれる。
長い金髪を結い上げたうなじに湯気がまとわりつき、湯面に映るその姿は普段の豪快な冒険者というより、どこか年頃の女性らしい柔らかさを帯びていた。
「丈太郎くんも、今頃同じ気持ちかな……」
そんなことをふと考えて、フィリスは湯の中でくすりと笑った。
湯から上がった丈太郎は、脱衣所で湯衣に袖を通しながら深く息を吐いた。
「……生き返った……」
頬は火照り、全身が軽くなったような気分だ。
待ち合わせ場所に少し遅れて、フィリスも湯上がり姿で脱衣所から現れる。
湯気で少し湿った金髪をまとめ直しながら、白い頬を上気させている。
「丈太郎くん、どう? 最高だったでしょ?」
にやりと笑いながら言うその顔も、普段より柔らかく見える。
「はい……もう、疲れが全部吹き飛びました」
丈太郎も自然に笑みがこぼれた。
「ふふ、でしょ。美肌の湯のおかげで、ますます綺麗になっちゃったかも♡」
フィリスはわざとらしく頬を撫で、からかうように言う。
丈太郎は思わず視線を逸らし、顔を赤くする。
「……十分、綺麗ですから」
その返事に、今度はフィリスが一瞬だけ言葉を詰まらせ、照れくさそうに目をそらした。
二人はどこかぎこちなく笑い合いながら、湯屋を後にした。
夜の温泉街には、まだ提灯の灯りが揺らめいていた。
「……あ、コーヒー牛乳飲み忘れた……」
湯屋を出たところで、丈太郎がぽつりと呟いた。
「ん? コーヒー? 何それ?」
フィリスが不思議そうに首をかしげる。
「あ、いや……そっか……」
丈太郎は少し寂しそうに笑う。
「俺のいた世界では、温泉に入った後に“コーヒー牛乳”っていう飲み物を飲むのが定番なんです。湯上がりに冷たいのを一気に……最高なんですよ」
「へぇ~! そんな習慣があるんだ。……なんか面白いね!」
フィリスは興味津々で身を乗り出した。
「私も飲んでみたいなー!」
丈太郎は思わず笑みを浮かべる。
(いつか……この世界でも味わわせてあげられたらいいな)
「まあ、コーヒー牛乳?ってのは飲めないけど――風呂上がりといえば!?」
フィリスは湯上がりで頬を紅潮させながら、満面の笑みを浮かべる。
丈太郎は肩をすくめ、師匠の思考を読んだように苦笑交じりに答えた。
「……フィリスさんにとっては、キンキンに冷えたエール、でしょ?」
フィリスは得意げに笑い、手をひらひら振って大通りの方を指した。
「え、今からですか?」
丈太郎は少し驚いたが、フィリスの目はもうすでに決まっている。
「決まってるでしょ。温泉上がりの一杯は酒場で! これ以上の楽しみなんてないわよ!」
そう言うと、フィリスは丈太郎の返事も待たずに歩き出す。
湯けむり漂う夜の温泉街、その通り沿いに灯りを放つ酒場の建物が見えてきた。
扉の隙間からは賑やかな笑い声と楽器の音があふれ出し、旅人や冒険者たちの活気で満ちている。
丈太郎は胸の奥で期待と少しの不安を抱えながら、その後を追った。
扉を開けると、酒場の中は活気に満ちていた。
木の長卓には旅人や冒険者たちが所狭しと座り、ジョッキを打ち鳴らしながら大声で笑っている。
厨房の方からは香ばしい肉の匂いが漂い、奥の席では吟遊詩人がリュートを奏でていた。
丈太郎は圧倒され、思わず立ち止まる。
「……すごい賑わいだ」
「こうでなくっちゃ!」
フィリスは嬉しそうに腕を組み、ずかずかとカウンター席へ進む。
「すみませーん! キンキンに冷えたエールを二つ! あと、肉料理を適当に持ってきて!」
豪快に注文すると、周囲の客がちらりとこちらを見て笑みを浮かべる。
丈太郎は隣に腰を下ろし、少し居心地悪そうに周囲を見回した。
(……完全に常連の立ち振る舞いだな、フィリスさん……)
やがて、大きなジョッキに注がれたエールが二人の前に置かれる。
泡が溢れるほどになみなみと注がれたそれは、見ているだけで喉が渇いてくるようだった。
「初旅お疲れ様! 乾杯!」
フィリスがジョッキを高々と掲げる。
「お疲れ様です!」
丈太郎もぶつけるように掲げ、二人のジョッキが心地よい音を立てた。
ごくごくごく……!
フィリスは一気に飲み干し、丈太郎も喉の渇きに任せて勢いよくエールを流し込む。
「ぷはぁーーー!」
二人同時に叫んだ声が、酒場のざわめきに溶け込む。
周囲の客からも「いい飲みっぷりだ!」と笑い声が上がり、酒場はさらに盛り上がった。
大皿に盛られた肉料理を、フィリスは豪快にかぶりついた。
「んんっ、うまっ!」
幸せそうに目を細めながら頬張る姿に、丈太郎もつられて肉を口に運ぶ。
噛んだ瞬間、熱々の肉汁が口の中いっぱいに広がり、それをエールで流し込む。
「……最高だ……!」
丈太郎は思わず心の中で叫んだ。
(……ああ、揚げ物も食べたいな……)
メニュー表に目を落とすと、そこには「名物・ロック鳥の唐揚げ」の文字。
丈太郎はすぐさま顔を上げ、店員に手を挙げた。
「すみません! ロック鳥の唐揚げと、エールを二つ追加で!」
「気がきくじゃない!」
フィリスはにやりと笑い、丈太郎の肩を軽く小突いた。
しばらくして、店員が大皿を抱えてやってきた。
「お待ちどうさま! 名物ロック鳥の唐揚げです!」
皿の上にはこんがりと揚がった大ぶりの唐揚げが山のように積まれている。
香ばしい匂いが立ちのぼり、周囲の客までも思わず視線を向けるほどだ。
「うわぁ……!」
丈太郎の目が輝いた。
「いただき!」
フィリスは熱々の唐揚げを素手でつかみ、豪快にかぶりつく。
「……あっつ! でもうまっ!」
口の中をやけどしそうになりながらも、至福の表情を浮かべる。
丈太郎も恐る恐る一つ口にした。
衣はカリッと香ばしく、中はジューシーで肉汁があふれ出す。
「うまっ! これ……エールが進む!」
二人は交互に唐揚げとエールを口に運び、笑いながら頬張った。
「こりゃ最高ね!」
「はい、間違いないです!」
酒場の喧騒に混じって、二人の笑い声がいつまでも響いていた。
「ところでさ、丈太郎くん」
エールを口に運びながら、フィリスがふと問いかけた。
「なんですか?」
「この世界の文字と、丈太郎くんの世界の文字って同じなの? 村にいた時から普通に読めてるっぽいしさ」
丈太郎は一瞬考え込み、ジョッキを置いて答えた。
「俺の世界の文字とは全然違いますよ。……でも、なぜか読めるんです。不思議なんですけど」
思い返せば、この世界に来たその日から文字は自然に理解できていた。
形は明らかに日本語とは違うのに、頭にすっと意味が入ってくる。
丈太郎自身、それがどうしてなのか疑問に思っていた。
フィリスは顎に手を当て、面白そうに目を細めた。
「言葉も違うと思うんですけど……理解できちゃうし、何故か普通に喋れるんですよね」
丈太郎は自分でも不思議そうに言葉を続けた。
最初は、日本語がやたら上手な外国人ばかりだと思っていた。
けれど、よくよく相手の口の動きを見ていると、発音の仕方が日本語とはまるで違うことに気づいたのだ。
――聞こえるのは日本語。
でも、実際に交わされているのはこの世界の言葉。
丈太郎は、その奇妙な現象に改めて背筋がぞくりとした。
「ふぅん……やっぱり、それも能力の一部じゃない?」
エールを飲み干しながら、フィリスはあっさりと言った。
「そ、そうなんですかね……」
丈太郎は納得しきれない顔でジョッキを見つめたが、深く考えても答えは出ない。
「ま、考えても仕方ないでしょ!飲んで食べて、楽しんだ者勝ちよ!」
フィリスは肉をつかみ取り、豪快にかぶりついた。
丈太郎は苦笑しつつも、その姿に救われるような気持ちになった。
「で、明日からのことなんだけど……」
ジョッキを置いたフィリスの声は、さっきまでの陽気さとは少し違い、真面目な響きを帯びていた。
「まずは冒険者ギルドに行って、丈太郎くんの冒険者登録を済ませましょう」
「……冒険者!?」
丈太郎は思わず声を上げる。
「そう。この世界では“冒険者証”はそのまま身分証にもなるの。旅を続けるなら持っておいて損はないわ。」
「なるほど……でも、そんな簡単に冒険者になれるものなんですか?」
フィリスは自信たっぷりに笑った。
「まあ、簡単な適性検査はあるけど……私がついてるから大丈夫!」
「そ、そうなんですね……よろしくお願いします」
丈太郎は少し不安げにしながらも、フィリスの頼もしさに安心を覚えていた。
「ギルドの検査って、どんなことするんですか?」
丈太郎が身を乗り出して尋ねる。
「え~っとね……」
フィリスはジョッキを弄びながら、妙に言葉を濁した。
「……?」
丈太郎が怪訝そうに見つめると、フィリスはにっこり笑って手を振る。
「大丈夫、大丈夫! 私に任せなさい!」
――答えになってない。
丈太郎の胸に、じわりと妙な不安が広がる。
「エール二つ追加で!」
フィリスは話題を打ち切るように、威勢よく店員に声をかけた。
酒場の喧騒の中、再びジョッキが目の前に置かれる。
丈太郎はため息をつきながらも、その泡立つエールを手に取った。
十分に酒と料理を楽しんだ二人は、会計を済ませて店を出た。
「あー、美味しかった!」
フィリスは満足げにお腹をさすりながら、丈太郎の隣を歩く。
丈太郎はふと疑問を口にした。
「……あの、さっき酒場でお金払ってませんでしたよね? つけがきくんですか?」
「まさか! これよ、これ」
フィリスは湯衣の懐から冒険者証を取り出して、ひらひらと振って見せた。
「これを提示すれば、私の口座から自動的に支払われるの。便利でしょ?」
「な、なるほど……」
丈太郎は思わず唸る。
「でも、ルノア村みたいな田舎じゃ使えないけどね」
フィリスは肩をすくめる。
冒険者証にはチャージ機能が備わっている――魔法版の電子マネーと言ったところか。
(すごい……俺の世界より進んでるかもしれない……)
丈太郎はこの世界の魔法技術の高さに改めて驚かされるのだった。




