第20章 旅立ち前の宴
「出発は明後日にしましょう。明日はフリーにするから、お世話になった人たちに挨拶でもしてきなさいな」
フィリスなりの気遣いなのだろう。
「ありがとうございます」
丈太郎は心から感謝した。
食堂でフィリスと別れ、丈太郎は治癒院へと足を運んだ。
扉を開けると、ぱっと顔を上げたアリスが駆け寄ってくる。
「あ!丈太郎さん!お久しぶりです。特訓のほうはどうですか?」
「とりあえず……旅に出られるくらいにはなったよ」
「! ……てことは……」
アリスの視線は丈太郎の背にある巨大なリュックに吸い寄せられる。
「うん。明後日には出発する。今、フィリスさんと買い出しを済ませてきたところなんだ」
「そう……ですか……」
アリスは唇をかみしめ、声が震える。瞳の奥に光るものを、必死にこらえていた。
そのとき、奥の間からアンクが現れた。
「そうか……いよいよか」
低く重い声が部屋に響く。
「なら、送別会をしないとな。門出の祝いだ。我が家でやろう。アリスくんも来なさい。賑やかに送ってやるんだ」
「……はい、ぜひ!」
アリスは涙目のまま、けれども笑顔で頷いた。
丈太郎は胸が熱くなる。
――この村に来て、本当によかった。
翌日、丈太郎は村で世話になった人たちに挨拶をして回った。
畑の収穫を手伝った農夫は、自慢の野菜を籠いっぱいに。井戸の掃除をした家の奥さんは、干した果物を包んで持たせてくれた。みんな口をそろえて「元気でな」と声をかけてくれる。
――この村に受け入れられていたのだと思うと、胸が温かくなった。
アンクの家に帰る途中、丈太郎はフィリスの宿屋に立ち寄った。
「丈太郎くん、もう私に会いたくなっちゃったの?」
軽口を叩くフィリスに、丈太郎は苦笑しながら答える。
「いえ、これからアンクさんの家で送別会を開いてくれるそうで……。よかったらフィリスさんも、と……アンクさんが」
「もちろん行くわ!」
フィリスは喜び勇んで立ち上がる。
途中の商店で、彼女は高級そうな酒と肉をどっさり買い込んだ。
「そんなに買うんですか?」
「当たり前じゃない!今日は宴よ!」
フィリスは楽しげに笑う。
両手いっぱいの手土産を抱えた丈太郎をちらりと見て、ふっと柔らかい声を漏らした。
「それにしても……丈太郎くん、あなたはこの村の人たちに好かれているのね」
「……はい。僕も、この村が大好きです」
丈太郎は照れくさそうに答えた。
丈太郎とフィリスがアンクの家に着くと、窓からこぼれる灯りとともに、香ばしい肉の匂いが漂ってきた。
胸の奥がじんわり温かくなり、丈太郎は思わず深呼吸をする。――もうすぐ旅立ちなのだ、と改めて実感した。
扉を開けると、元気な声が響いた。
「フィリスお姉ちゃん!」
ミィナがぱたぱたと駆け寄り、勢いよく飛びつく。
「ミィナちゃん、こんにちは」
フィリスは優しく受け止め、頭をなでる。
「フィリスくん、いらっしゃい」
テーブルを整えていたアンクが声をかけると、フィリスは片手を挙げて笑った。
「今日はお招きありがとうございます」
言葉は丁寧だが、どこか“ついで感”のあるフィリスらしい挨拶に、アンクは苦笑する。
「丈太郎さん、お帰りなさい。フィリスさんも、いらっしゃい」
キッチンからテラが顔を出す。その表情には、ほんのり寂しさがにじんでいた。
その奥の席には、すでに見知った二人の姿があった。
「おお、主役の登場じゃな」
白髪の村長が穏やかに笑い、隣で妻のマルタが手を振る。
「丈太郎くんの門出だもの。私たちもお祝いさせてもらうわよ。はい、これ、私特製の焼き菓子ね!」
「村長さん、マルタさんまで……ありがとうございます!」
アンクが「村の代表として、お二人にも声をかけておいたんだ」と目配せした。
「今日はご馳走になります。これ、差し入れです」
フィリスは商店で買い込んできた酒と肉を差し出す。
「わあ、これ……超高級なお肉じゃないですか!」
奥からアリスが慌てて出てきて、目を丸くする。その声に場の空気が和み、自然と笑みがこぼれた。
こうして、出発を前にした宴が始まった。
食卓には肉のロースト、香草スープ、焼きたてのパン、マルタ特製の焼き菓子、そして村人たちが持たせてくれた手作りの品々まで並んでいる。
「丈太郎さん、もっと食べなきゃ! 冒険は体力勝負ですからね!」
アリスが皿に山盛りの肉を乗せる。
「ちょっ、こんなに食べられませんって!」
丈太郎が慌てると、ミィナが笑い転げた。
「丈太郎おにいちゃん、食べすぎておなか壊すよー!」
それを聞いたフィリスがエールのジョッキを掲げる。
「それならお酒で流し込めばいいわ! さ、飲みなさい!」
「いやいやいや!本当に無理ですから!」
丈太郎の必死の抗議に、みんなが大笑いした。
「はっはっは、若いってのはいいもんじゃのう!」と村長も楽しそうに笑っている。
やがて、宴も佳境を迎える頃。ふとした沈黙が訪れた。
「丈太郎くん……本当に行ってしまうのだな」
アンクの声は静かだが、その目は優しさに満ちていた。
「はい……」
丈太郎の声は少し震えていた。
「丈太郎よ。お主がこの村に来てくれて、ミィナを助けてくれて……本当に良かった。いつでも帰ってくるがよい」
村長が深く頷きながら言うと、マルタも目元を拭いながら言葉を続ける。
「寂しくなるわねぇ……でも、若者の旅立ちだもの、笑顔で送り出さないとね」
「さみしい……」
ミィナがぽつりと呟き、丈太郎の腕にぎゅっと抱きついた。
「ミィナ……」
丈太郎は頭を撫でる。
アリスも目元を押さえている。
「寂しいけど……丈太郎さんなら大丈夫。そう、信じてます」
涙ぐみながらも笑おうとするアリスに、丈太郎の胸が締め付けられた。
テラがぽつりと口を開いた。
「ここは、丈太郎さんの家なんだから……いつでも帰ってきていいのよ」
その声は少し震えていて、けれど優しさが滲んでいた。
丈太郎の胸が熱くなる。返事をしようとしたが、うまく言葉が出ない。
そこへフィリスが、ぐいと酒瓶を掲げた。
「大丈夫!丈太郎くんのことは安心して私に任せてください!そして私も一緒に帰って来ます!」
冗談めかした口調だったが、その眼差しは真剣だ。
「まったく……」
アンクは肩をすくめ、「じゃあ酒を用意して待ってるとするか」と呆れ笑いを浮かべる。
「フィリスさんがいれば大丈夫ですもんね!丈太郎さんをお願いします!」
アリスが真っ直ぐに言い、
「うん!フィリスお姉ちゃんがいればきっと大丈夫!」
ミィナも無邪気に頷いた。
「頼んだぞ、フィリス殿」
と村長も微笑む。
「はい、大船に乗ったつもりで!」
フィリスが自信満々に胸を張り、場が笑い声に包まれる中、丈太郎はやっと言葉を絞り出した。
「……ありがとう。みんな、本当にありがとう」
その声は震えていたが、確かに感謝と決意が込められていた。
フィリスが満面の笑みで高らかにジョッキを掲げた。
「丈太郎くんの門出に、そしてこの出会いに――乾杯!」
全員が声を合わせて「乾杯!」と叫ぶ。
笑いと涙の入り混じった宴は夜更けまで続き、丈太郎の胸に温かな思い出を刻んだのだった。




