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第18章 抜かない剣

しばらく思案していたフィリスだったが、ふいに顔を上げた。


「……そうだ! 抜かない剣を作りましょう!」


「え!? 抜かない剣?」


丈太郎は目を瞬かせる。


「正確には“抜く必要のない剣”。丈太郎くんの、あの強そうに見せるポーズと一緒よ。どうせまともな攻撃なんて期待できないんだもの……なら、剣を抜く前に敵を倒すの」


フィリスはにやりと笑い、もう鍛冶屋へ向けて歩き出していた。


「なんか、それ……カッコいいですね! ――お前ごときに剣を抜く必要はない、みたいな雰囲気を出すってことですよね!」


「正解! そのためには、見た目だけでも圧をかけられる剣が必要よ」


フィリスの声は楽しげで、足取りも軽い。



治癒院からほど近い、村の中心街の一角にある鍛冶屋。

分厚い木の扉を押し開けると、鉄と煤の匂い、そして炉の熱気がふわりと押し寄せてきた。

中に入ると、獣人の鍛冶屋が顔を上げた。


「いらっしゃい……って、神炎のフィリスじゃねぇか! こんな辺境の鍛冶屋に何の用だ?」


フィリスがこの村に滞在しているのはすでに周知の事実らしく、獣人の男は目を丸くしていた。


フィリスはにこりと笑い、ためらいなく本題を切り出した。


「今日はね、この子に武器を作ってほしいの。――強そうに見えないから、強そうに見える剣が欲しいのよ」


「……ほう?」


鍛冶屋の視線が、横に立つ丈太郎へと向かう。その目はじろりと全身を舐めるように見回し、明らかに“全然強そうじゃないな”という色を隠していなかった。


「その子が丈太郎か……最近よくフィリスと一緒にいるってのは聞いていたが……なるほどな」


丈太郎は苦笑しながらも姿勢を正す。


「ま、まあ……見た目だけでも強そうになれたら……」


鍛冶屋は腕を組み、「とにかく、何を振れるか試してみるか」と奥から数本の武器を持ち出した。

壁には大剣、長剣、サーベル、槍……さまざまな武器が並び、炉の光を受けて鈍く輝いている。


「お前さん、この中で一番軽そうなやつを持ってみな」


丈太郎は短めの片刃剣――ショートソードを手に取った。ずしりとした重みはあるが、両手なら十分に振れそうだ。


「ふむ……それなら取り回しも楽だし、護身にも向いてるな」


獣人が説明すると、フィリスも横で頷いた。


「丈太郎くんの場合、剣を振り回す必要はないしね。抜かなくても威圧できて、いざって時に扱いやすい方がいい」


「……はい! これがいいです」


丈太郎が決めると、鍛冶屋はにやりと笑った。


「よし、なら見た目をもっと豪華にしてやろう」


丈太郎はうれしそうに笑いつつも、心の中でその言葉を繰り返していた。

――抜かない剣。守るための武器。

そう思うと、不思議と手の中の重みが少しだけ頼もしく感じられた。


鍛冶屋の作業台に、丈太郎が選んだショートソードが置かれる。


「じゃあ、柄と鍔、それに鞘……ここをどう飾るかだな」


獣人の店主が顎を撫でる。


「うーん……派手すぎるのは好みじゃないし……でも、強そうに見えるって条件も大事ですよね」


丈太郎は店主と並んで、色や装飾の案をあれこれと出し合う。鍔の形をどうするか、鞘の装飾を彫金にするか、それとも宝石を埋め込むか……会話が進むほどに、ただの武器が少しずつ自分だけの一振りに変わっていく感覚が胸を高鳴らせた。


その間、フィリスは「ちょっと待ってて」と言って宿屋へと走って行った。

しばらくして戻ってきた彼女の腕には、布に包まれた何かが抱えられている。

包みを解くと、中から溢れ出すのは鮮やかに輝く金属塊や宝石の欠片、そして魔物の牙や爪――どれも並の冒険者では一生お目にかかれない、伝説級と呼ばれる素材ばかりだった。


「今まで倒した魔物の素材よ。貴重なものは何かの時の為に取っておいたの」


店主は目を剥いた。


「こ、これは……! 竜鋼、魔晶石、それにフェンリルの牙まで!? おいおい、こんなもの装飾に使うなんて――」


フィリスはにっこり笑って遮る。


「だからこそいいんじゃない。強そうに見えるでしょ?」


店主はしばらく呆然と素材を見つめていたが、やがて肩を震わせて笑い出した。


「……わかった! 任せろ、村一番……いや、この大陸でも一番目立つ剣にしてやる!」


丈太郎は思わず笑いながらも、胸の奥に不思議な高揚感を感じていた。

――抜かない剣。けれど、ただの飾りじゃない。自分を象徴する一振り。

完成が、今から待ち遠しかった。



店主と丈太郎がデザイン案を詰めていく中、フィリスが宿屋から抱えてきた素材の中に、ひときわ目を引く深紅の結晶があった。


「これは……紅玉魔晶こうぎょくましょう……!」


店主の声がわずかに震える。


「大陸でも滅多に出回らない、最高位の魔晶石だぞ。しかも、この色の澄み具合……完全に一級品だ」


「鍔の部分に埋め込んで。鞘から抜かなくても輝きが見えるように」


フィリスが悪びれもせず注文をつける。

店主は一瞬思案した様子を見せたが、すぐに大きく頷いた。


「……なるほどな。地味なデザインでも、この紅玉魔晶があれば一目で只者じゃないとわかる」


さらに、刀身と柄頭には希少金属ミスリルと竜鋼を掛け合わせた合金を使うことに決まった。


「見た目は控えめだが、抜けば切れ味は本物……いや、伝説級そのものだな」


店主は嬉しそうに口角を上げた。


丈太郎は「そこまで豪華にしなくても……」と戸惑うが、フィリスは笑って一蹴する。


「どうせなら本気で“強そうに見える”剣にしましょうよ。あなた、抜かない前提なんだから、せめて見た目ぐらい威圧感出さないと」


こうして、全体は黒を基調とした渋い意匠でまとめつつ、鍔には深紅の魔晶石が静かに輝く――見る者に確かな格を感じさせる一振りが形になっていった。



数日後――。

鍛冶屋の工房に、完成した剣が姿を現した。黒を基調とした落ち着いた造り。柄と鞘には繊細な彫金が施され、鍔に嵌め込まれた紅玉魔晶が、炉の灯りを受けて静かに輝く。


「……すげえ……」


丈太郎は思わず息をのんだ。


店主は得意げに胸を張る。


「見た目は渋いが、素材はすべて最高級だ。紅玉魔晶の存在感で、たとえ抜かなくても“格”は十分。刀身も竜鋼とミスリルの合金で仕上げてあるから、実戦でも申し分ない」


丈太郎は恐る恐るそれを手に取った。ずしりとした重みが掌に伝わり、自然と背筋が伸びる。そのまま腰に帯び、片手を鞘に添えた瞬間――不思議なことに、抜いてもいないのに妙な威圧感が漂った。

そして、腰を落として斜に構える。

剣が出来るまでの間、フィリスと共に練習した特訓の成果だ。


「……おお……なんか…いい……」


店の姿見に向かって丈太郎が小声で呟くと、横で腕を組んでいたフィリスがニヤリと笑う。


「でしょ? 中々様になってるじゃない。それが“抜かない剣”の効果よ。構えだけで相手の心を折る――丈太郎くんにぴったりじゃない」


紅玉魔晶が光を反射し、まるで剣そのものが意思を持って睨み返すかのように見える。


「……へえ、構えだけはいっちょまえだな」


鍛冶屋が感心する。


「抜かない方が強そうに見えるかも……」


「ちげえねぇ」


フィリスと鍛冶屋は顔を見合わせ、同時に吹き出した。


「じゃあ、明日からは剣の特訓ね!」


フィリスは嬉しそうに言った。


「え!? 抜かないのに?」


丈太郎は不思議そうに目を丸くする。


「バカね。抜かないにしても“剣士っぽさ”は大事なのよ。納刀してるときの構え、歩き方、抜剣したときの型……それを知ってるだけで強者感が倍増するの」


「なるほど……雰囲気を底上げするってことですか」


「そうそう! あと、抜かないくせに“剣を抜く気配”だけ出せたら最高じゃない?」


フィリスはおどけながら、腰に手をあてて真似してみせた。


丈太郎は笑いながらも頷いた。


「わかりました。明日からもよろしくお願いします」


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