表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/41

第16章 特訓

次の日、治癒院。


いつものように掃除や薬草の仕分けをしていたアリスに、丈太郎は帝都行きのことを告げた。


「……本当に、行っちゃうんですか?」 


大きな瞳が瞬きを忘れたように見開かれ、すぐに潤んでいく。


「うん。でも、まだ準備があるからすぐじゃないよ」


丈太郎が苦笑しながら言うと、アリスは唇を噛み、そして微笑もうとした。


「……寂しいです。でも……絶対に無事に帰ってきてくださいね」


涙をこぼしながらも、アリスはしっかりと丈太郎の手を握った。その温もりに、丈太郎は胸が少し痛くなる。



この日から、フィリスの特訓が始まった。

治癒院の仕事はテラが手伝ってくれることになり、アンクからも「今は特訓に専念しろ」と背中を押された。


丈太郎は、胸の奥に不安と期待を同時に抱えながら、広場へと向かった。

待っているのは、容赦のないAランク冒険者――フィリスだ。


「丈太郎くん、まずあなたに足りないものは……その能力への“慣れ”よ」


フィリスは腰に手を当て、少し呆れたような目を向ける。


「この間、私が攻撃した時、いちいちビビって目を閉じてたでしょ。あんな物腰じゃ舐められるわよ。治安の悪い街に行ったら、間違いなく絡まれるわ」


「……いや、あれは反射的に……」


丈太郎が言い訳しかけるが、フィリスは手をひらひら振って制した。


「ダメ。そういうのがトラブルの元なの。あなたの能力は無敵なんだから、まずそれに慣れなさい。自信を持つの」


広場に立つ丈太郎の前で、フィリスは剣を軽く振り回しながら笑った。


「というわけで、今日は“目を閉じない”が目標!」


「……はい」


丈太郎はごくりと唾を飲み込む。

フィリスは少し離れて構える。


「いくわよ! 《フレイムショット》!」


掌から放たれた火球が一直線に飛んでくる。

――わかってる、消えるってわかってる……!だが本能が、熱と衝撃を予期してまぶたを閉じさせる。寸前で火球は霧散し、熱風だけが頬を撫でた。


「ほら、また目をつぶった!」


「す、すみません……!」


休む間もなく、フィリスが手をかざす。


「次はちょっと強め! 《ツインフレイムバースト》!」


両手の炎が重なり、轟音と共に押し寄せる。丈太郎は歯を食いしばり、なんとか目を開けたまま耐えようとするが――

直前で視界が暗転する。やはり閉じてしまった。


「ダーメ! あなた、その反射が抜けるまで何百回でもやるからね!」


「……そんなに……」


「はい、次っ!」


火球、炎の渦、光の矢、突風の刃――

フィリスは魔法と剣技を交互に繰り出し、丈太郎はそれをひたすら受け続けた。

最初は一発ごとに肩が跳ね、目がぎゅっと閉じてしまう。

しかし、十回、二十回と繰り返すうち、恐怖よりも「またか」という感覚が勝ち始める。


「いいわ、その調子!」


フィリスがニヤリと笑い、今度は剣で一閃する。刃は丈太郎の鼻先で崩れ、光を失って消えた。それでも丈太郎は――目を開けたままだった。


「……やればできるじゃない!」


息を弾ませながら、フィリスが剣を肩に担ぐ。丈太郎も大きく息を吐き、額の汗をぬぐった。


「……でも、まだ怖いです」


「怖くていいのよ。その怖さを、動じない自信に変えるの」


丈太郎は拳を握った。

――この特訓、絶対にやり遂げる。


特訓が始まって数日。

丈太郎はもう、フィリスの攻撃に目をつぶることはなくなっていた。

あとは――どれだけ余裕を持って受けられるか、だ。


目を開いて、しっかりとフィリスの攻撃を見据える。すると、今まで気づかなかったことが見えてきた。剣の軌道、重心の移動、踏み込みの間合い――。

魔法も確かにすごい。けれど、剣はそれ以上に洗練されていた。

訓練だからだろう、丈太郎でも追える速度で振ってくれているが、それでも一つひとつの所作が無駄なく、流れるように美しい。


――なんだこれ、ずっと見ていられる。


気がつけば、丈太郎はただ剣の動きに見惚れていた。


「……なに、ぼーっとしてるの!」


フィリスの声が飛んできて、丈太郎はハッと我に返る。


「あ……いや、あまりにも綺麗で……見とれちゃいました」


「なっ……! 特訓中よ、今!」


フィリスが思わず声を上ずらせ、頬がわずかに赤く染まる。


「フィリスさんの剣、本当に綺麗ですね。見てて飽きないです」


「へっ?……あ、ああ、剣ね! あははは……」


一瞬、目をそらして笑い飛ばすフィリス。

けれど、その耳までほんのり赤くなっている。


さらに特訓を重ねる丈太郎。

何度目かの斬撃を受けきった直後、ふっと足元が揺らぎ、そのまま膝から崩れ落ちた。


「丈太郎くん!?」


駆け寄るフィリス。


肉体はほとんど疲れていない。

息も乱れていないし、体に傷一つない。

――ただ立っていただけなのだから。


だが、頭の奥が重く、全身から力が抜けていく。

胸の奥に、鉛のような疲労感が広がっていた。


フィリスの技は、どれも殺気を伴う本物の一撃だった。

たとえ無効化できるとわかっていても、目の前で迫る炎刃や雷撃は、反射的に心を削っていく。

慣れてきたつもりだった――だが、戦いに無縁だった丈太郎にとって、それは精神を磨り減らす作業だった。


(……これ……能力じゃ防げない……)


丈太郎は悟る。

無敵の防御も、精神的な疲弊までは無効化できない。

それが、この力の弱点だった。


じっと丈太郎を見下ろすフィリスも、その事実を感じ取っていた。

彼女の瞳に、一瞬の影が落ちる。


「……今日はここまでにしましょう」


そう言ってフィリスは、そっと丈太郎の腕を引き、近くの切り株に座らせた。


「え、でも――」


「でもじゃないの。体は無事でも、心が疲れてたら意味ないでしょ」


フィリスは軽く笑いながらも、その声は優しかった。


夕暮れの空を見上げながら、丈太郎は深く息を吐いた。

さっきまで全身を覆っていた緊張感が、少しずつ溶けていく。


隣に腰を下ろしたフィリスが、ちらりと丈太郎の顔を覗き込む。


「ねえ……正直に言って、私の攻撃、ちょっとは怖かった?」


「ちょっとどころじゃないですよ……めちゃくちゃ怖かったです」


「ふふ、だよねぇ。」


フィリスは得意げに笑ったあと、急にニヤリと悪戯っぽく口元を上げる。


「でもさ、丈太郎くん……あれだけ間近で私の顔見てて、見とれたりしなかった?」


「えっ!?な、なに言ってるんですか」


「だって、“剣が綺麗”とか言ってたじゃない。もしかして“剣を持ってる私”が綺麗だったんじゃないの〜?」


茶化すような口調に、丈太郎は思わず赤面し、慌ててそっぽを向く。


「そ、そんなわけないでしょ!」


「ふふふ、図星かな〜」


笑い声が、広場に心地よく響く。

それは戦いの緊張を一気に吹き飛ばし、二人の間に柔らかな空気を生み出していた。


フィリスは腰を上げ、手を差し出す。


「さ、そろそろ帰ろっか。今日はちゃんと休むこと。明日も特訓するんだから」


丈太郎はその手を取る。

温もりが、夕暮れの中でやけに心強く感じられた。


丈太郎は自宅のベッドに横たわり、天井を見つめていた。

今日の特訓で浮き彫りになった、自分の意外な弱点。

――精神的な疲弊。

こればかりは能力では防げない。繰り返しの訓練で慣れ、心を鍛えるしかない。


しかし、それだけじゃ足りない気がした。

いくら攻撃を無効化できても、ただ棒立ちしているだけでは何かが違う。

本物の強者は、立っているだけで周囲を圧する何かを持っている。

自分には――それがない。


「どうすれば……」


額に手を当てて考え込む丈太郎。

そして、ある瞬間、頭の中に一筋の光が走った。


「……そうだ!」


勢いよくベッドから起き上がる。

その瞳には、ほんの少しだけ“強者”の影が宿っていた。


次の日、フィリスの特訓が始まる。

火球が一直線に丈太郎へ飛んでくる。

丈太郎は片手をすっと前に出し、掌を広げた。

その掌の前で、炎は霧のように消える。


丈太郎は口元をわずかに上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「へぇ……考えたわね」


「こうしたほうが、なんか雰囲気出るかなーって思って……どうですか?」


「いいと思う! 防御魔法を展開してるみたいに見えるし、絶対防御の“何しても効かない感”をちょっと和らげられるね」


フィリスは面白がるように笑う。

丈太郎は内心、安堵しながらも頷いた。


昨晩、ベッドで考えて飛び起き、このポーズを練習したのだ。

正直……厨二っぽくて恥ずかしい。

だが、この世界ではむしろ「それっぽさ」が求められる――いや、これはマストだ。


丈太郎はその夜、様々な防御姿勢を鏡の前で試し続けたのだった。


「次は剣の攻撃お願いします」


丈太郎が構えをとりながら言った。


「はいよ!」


フィリスは丈太郎にわかりやすいよう、大きなモーションで、しかもスピードを落として剣を振るう。


丈太郎はすっと人差し指を伸ばし、その刃先をピタリと止めた。

――もちろん、不敵な笑みは忘れない。


「おお、いいじゃん! どんどん行くわよ!」


フィリスの連撃が、ひゅん、ひゅんと空気を裂いてくる。


丈太郎は指先一つでそれらを捌いていく。 ……何度か指を外れて腕や頭にモロに当たっているが、そこは『絶対防御』で無傷だ。動揺を顔に出さず、大事なのはあくまで強者の“雰囲気”を醸し出すこと。 最後の一撃を止めた瞬間、丈太郎は口元を歪め、低く言った。


「フッ……やるな、フィリスくん……」


「……なんかムカつく」


フィリスは眉をひそめるが、どこか楽しそうに剣を下ろした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ