第13章 絶対防御
次の日の夕方、フィリスは元気よくやってきた。
「ねえ、丈太郎くん。ちょっと試してみたいことがあるの」
そう言うと、フィリスは丈太郎を村の外れにある広場へと連れ出した。
「ここなら誰にも見られないし、思い切り試せるわね」
嬉しそうに微笑むフィリスを見て、丈太郎はなんだか嫌な予感を覚えた。
「丈太郎くん、その能力がどれくらいの性能なのか、試させてくれない?」
確かに、攻撃を無効化できるとはいえ、どの程度の攻撃まで通用するのかを確認したことはなかった。というか、そもそも試す術がなかったのだ。
アンクもアリスも、そういうタイプの力ではなかったし。
今、目の前には強大な力を持つ人がいる。能力を試すには、これ以上の相手はいないだろう。
「わかりました。お願いします」
「オーケー! じゃあ、まずは魔法から試してみましょ」
フィリスは丈太郎から10メートル程離れて向かい合う。片手を軽く前に突き出し、手のひらに小さな火の球を生み出した。
揺らめく赤い光が、夕暮れの広場で不気味に瞬く。
「初級魔法からいくね――《フレイムショット》!」
火球が空気を裂き、真っすぐ丈太郎へ迫る。
「うわっ!」
思わず肩をすくめ、目をぎゅっとつむる丈太郎。
……だが、衝撃も熱もこない。
恐る恐る目を開けると、火球は直撃寸前でふっと霧のように消えていた。
「へぇ……本当に無効化してる。こんなふうになるんだね」
フィリスの瞳が興味に輝く。
「じゃあ、次は――中級」
フィリスは軽く息を吐き、両の手のひらにそれぞれ火炎を灯す。
二つの炎は空気を焼き、熱気が丈太郎の頬をなでた。
「ふっ……!」
手のひら同士を打ち合わせるように前で重ねた瞬間、炎はひとつに融合し、眩しい火柱へと変わる。
「――《ツインフレイムバースト》!」
轟音と共に、赤橙の奔流が一直線に丈太郎へ迫った。
「うわわっ!」
先ほどとは比べ物にならない熱と圧に、丈太郎は思わず目をぎゅっとつむる。
しかし、炎はまたしても直撃寸前で霧散する。
「……中級も無効化、ね。なら――」
フィリスは胸の前で両手を、透明な球を包み込むように構えた。
その空間に、赤い光がじわじわと凝縮されていく。
やがて小指の先ほどの、儚いほど小さな光の玉になる。
「これならどう?――《フレア・インパクト》!」
光の玉はふわりと宙を走り、丈太郎へ向かってくる。さっきのような轟音も、灼熱もない。迫力ゼロだ。丈太郎は拍子抜けしながら見守る。
そして――寸前で霧散。
静寂が広がる。
「あの……いまのは……」
丈太郎が恐る恐る尋ねる。
「私の――最強魔法よ!」
フィリスは頬を赤らめ、むっとした表情で続ける。
「本来なら直撃した瞬間に大爆発が起きるんだからね! それを……ケロっと棒立ちで受け止めるなんて……なんかムカつくわ!」
(いや、知らんがな……)
丈太郎は心の中でツッコミつつ、「なんかすみません」ととりあえず謝った。
「……まあ、いいわ。じゃあ次は物理攻撃ね」
フィリスは丈太郎に歩み寄るとイグニシアを構えた。
その刃がわずかに赤く脈動し、空気がぴんと張り詰める。
次の瞬間――
丈太郎には何も見えなかった。
ただ風が揺れた感触だけが頬をかすめる。
気づけば、イグニシアの切っ先が目の前でぴたりと止まっていた。
その瞬間、刀身の赤い輝きがふっと消え、切っ先から砂のように崩れ落ちていく。
「――っ!」
フィリスは慌てて剣を引いた。
すると、失われた光が戻り、崩れた部分もゆっくりと再生していく。
フィリスは目を細め、低くつぶやく。
「……すごい感触。切った感じがまるでない……反動もない、音すらしない……」
そして丈太郎をじっと見つめる。
「これは――異質ね。……あのクマが逃げるわけだわ…」
「じゃあ――全力でやってみる?」
フィリスは挑むような笑みを浮かべた。
「まさか……」
丈太郎は嫌な予感しかしない。
「ふふふ、そう。私の必殺技」
「いや、それは絶対マズいやつじゃ……」
「大丈夫、大丈夫!」
何が大丈夫なのか、まったく分からない。
フィリスはイグニシアを脇に構える。
刀身に魔力が渦を巻くように集まり、赤い炎は深い蒼へと変わっていく。
やがて、蒼炎の輝きが夜気を裂くように広がった。
――綺麗だ、と丈太郎は思った。
この状況に似つかわしくないほど、澄んだ光だった。
「《インフェルノ・スラッシュ》!」
蒼い斬撃が一直線に丈太郎へと奔る。
大気が裂け、地面が悲鳴を上げる。
しかし――
寸前で、それは音もなく霧散した。
沈黙。
「……これもダメかぁ」
フィリスは大きくため息をつき、肩をすくめる。
「ちょっと、自信なくすわね……」
ーーフィリスは丈太郎の防御能力を試していくうちに、自らの中で抑えきれない衝動を感じていた。
(一度でいいから、あの技を撃ちたい)
修行中にしか使ったことのない、未完成の究極奥義。
魔物相手ですら試したことのない、危険すぎる一撃。
けれど、彼なら……。
フィリスの直感が告げていた。
(きっと大丈夫。丈太郎くんなら受けきる)
いや、それだけじゃない。
(私の技が全部、効かないなんて……ちょっと、悔しいじゃない)ーー
にやりと笑い、剣を構える。
「……最後にこの技だけ、試させて♡」
丈太郎は一瞬だけ迷ったが、無言で頷いた。
その瞬間、剣に魔力が一気に集中していく。
炎、風、雷──三属性の輝きが刀身に吸い込まれ、周囲の空気が唸りを上げる。
地面には亀裂が走り、焦げた匂いが漂い、頭上では雷鳴が轟いた。
広場全体が、まるで嵐の中心に変わっていく。
「食らいなさい! インフェルノ・スラッシュ・Ω(オメガ)!!」
刹那、世界が閃光に包まれた。
蒼白い閃光を帯びた三属性の斬撃が、真っ直ぐ丈太郎を貫かんと迫る――!
……そして、触れた瞬間。
轟音も、熱も、光も、すべてが一瞬で奪われる。
まるで誰かが世界の音量をゼロにしたかのように、剣に纏っていた魔力は霧のように消え、刃は空中でピタリと止まった。
ただ、丈太郎は目を閉じてそこに立っている。微動だにせず。
フィリスは激しい消耗で膝をつき、呆然とその光景を見上げた。
信じられない。だが、これが現実だった。
「……もー、完敗! あなた、いったい何者よー!」
吹っ切れたように笑いながらも、息は荒い。
やがて、フィリスは少しだけ間を置き、ふっと真顔になる。
「あなたのその能力……私が命名しましょう」
得意げな笑みを浮かべ、彼女は高らかに告げた。
「絶対防御!」
丈太郎は驚きも反論もせず、ただ静かにその名を心に刻んだ。
広場には、まだ微かに雷の匂いだけが残っていた――。




