第12章 新たなる仲間
朝の治癒院。窓から差し込む柔らかな陽光が、木の床を照らしている。
丈太郎は、昨日の出来事――フィリスの剣に起こった異変について、アンクとアリスに報告していた。昨晩、帰宅後にアンクには軽く事情を説明していたとはいえ、改めて全貌を共有しておきたかった。
「ごめんなさい。俺の不注意で……。色々聞かれる流れになりそうだったから、お二人にもいてもらった方が話しやすいと思って……」
丈太郎は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、ここに呼んで正解だよ。俺たちなら、ちゃんとフォローもできるしな」
アンクはそう言って腕を組み、うなずいた。アリスも隣で小さく頷いている。
「それにしても……アーティファクトにも反応するなんて。そういえば魔道具はまだ試してませんでしたね」
アリスが感心したように言う。
「確かにそうだったな……盲点だった」
アンクが軽く顎をさする。
「アーティファクト?」
丈太郎が首をかしげると、アンクが補足した。
「まあ魔道具の一種だが、その中でも伝説級の代物だ。現代の魔法技術では再現できない、失われた技術で作られた逸品――それがアーティファクトだ」
「話を聞く限り、フィリスさんの持ってる《イグニシア》は間違いなく伝説級ですね。見てみたかったな~……」
アリスは目を輝かせる。
「なるほど……そんなすごいものだったのか。……元に戻ってほんとによかった……」
丈太郎は胸を撫で下ろす。あの時のフィリスの“笑顔”を思い出し、背筋にうすら寒いものを覚えた。
アンクは腕を組み、考えをまとめるように口を開いた。
「丈太郎くんに触れられたことで、イグニシアの魔力機能が停止した。そして維持できなくなり崩壊を始めた……だが、手を離すと元に戻った」
「つまり……」
アリスが言葉を引き継ぐ。
「丈太郎さんの能力って、“魔力を吸収”してるんじゃなくて、“触れている間だけ無効化”してるってこと……?」
「恐らくな」
アンクは頷いた。
「魔力そのものを奪ってはいない。接触している間だけ作用を打ち消す……そう考える方が筋が通る。崩壊はイグニシア固有の現象だろう」
そう言うと、アンクは棚から手持ちサイズの小さな光晶ランプを取り出した。内部の魔石が淡い光を放っている。
「ものは試しだ。丈太郎くん、これに触れてみてくれ」
丈太郎はそっと手を伸ばし、光晶ランプに触れる。その瞬間、ランプの淡い光がフッと消え、内部の魔石はただの石ころのように沈黙した。
「……おお、機能が停止しているな。崩壊は起きない……よし、離してみろ」
丈太郎が手を離すと、光晶ランプは淡く光を取り戻した。
「うん、すぐに機能が復活したな」
「なるほど……」
丈太郎は、自分の能力への理解がまた一歩進んだことを感じた。
同時に――この世界で、軽々しく触れてはいけない物がまだまだあることを、改めて痛感していた。
アンクは大きく息を吐き、静かに言った。
「……とにかく、こうなってしまっては正直に全部話すしかなかろう」
その言葉に、丈太郎はうつむきながら口を開く。
「……すいません」
だが、アンクは軽く首を振ってそれを制した。
「気にするな。あの様子を見る限り、フィリスくんは何故か君に執着していた。遅かれ早かれバレるのも時間の問題だっただろうさ」
丈太郎は、昨日のフィリスの笑顔――いや、あの満面の“狩りの顔”を思い出して内心で溜息をついた。
「……でも、フィリスさんは、信用できる気がするんです。ここ数日、短い間だけど一緒にいて……そう感じました。俺の直感ですけど」
その言葉に、アリスが嬉しそうに頷く。
「はい!私もそう思います!」
アンクも腕を組みながら小さく笑った。
「ふっ……まあ、そうだな。あの子は根は真っ直ぐだ。信用してやる価値はあるだろう」
そして立ち上がると、手をパンと叩く。
「よし! じゃあ、仕事をはじめるか!」
丈太郎とアリスも、気持ちを切り替えるように深呼吸した。
三人は、ここから始まる今日という一日に備えていた。
夕方の治癒院。
閉院の札が下げられるのとほぼ同時に、フィリスが姿を現した。
いつもの漆黒の軽甲冑は身に着けておらず、動きやすいシンプルな私服姿だ。無造作に束ねていた金髪も今日はストレートに下ろしており、どこか年相応の柔らかな雰囲気を漂わせている。 だが、そんなリラックスした出で立ちにもかかわらず、その背には相変わらず漆黒の大剣が揺れていた。
「こんにちは、アリスちゃん」
軽く片手を上げ、笑顔を向ける。
「あ、フィリスさん。お待ちしてました」
アリスはすぐに院長室兼診療室へ案内した。
中では丈太郎とアンクが待っていた。
「約束どおり来たわよ、丈太郎くん」
フィリスはひらひらと手を振る。
「アンクさんもこんにちは」
相変わらずの“ついで感”に、丈太郎は内心で苦笑した。
「やあ、フィリスくん。待っていたよ。さ、掛けてくれ」
アンクは手で椅子を示した。
院長室は、木の机と本棚、それに壁際の薬棚が並ぶ落ち着いた空間だった。
外の喧騒は厚い扉で遮られ、窓からは夕陽が差し込み、薬草の匂いがかすかに漂っている。
アンクが机の奥の院長席に腰を下ろすと、机を挟んで向かい合うように置かれた三つの来客用椅子の、その中央にフィリスが座った。彼女を挟み込むようにして丈太郎とアリスも左右の椅子に腰掛け、三人はフィリスへ真剣な視線を向ける。
丈太郎は背筋を伸ばし、真剣な眼差しで口を開いた。
「これから話すことは……誰にも言わないと約束してくれますか?」
フィリスも視線を返し、頷く。
「わかったわ。他言はしない」
その言葉を確かめるように、丈太郎はゆっくりと自分の能力について語り始めた。
ところどころで、アンクが専門的な補足を入れ、アリスが例を挙げて説明を助ける。
話が終わる頃、フィリスは目を見開いていた。
「そんな……そんな能力、聞いたこともない……」
冒険者としての豊富な知識を総動員しても、類似する力は存在しない。
だが、この力なら――これまで丈太郎の周囲で起きた不可解な出来事も、確かに説明がつくのだ。
「なるほどね……こんな、世界の理を逸脱したような力……そりゃあ隠したくもなるわよね」
フィリスは腕を組み、納得したようにうなずいた。
そして次の瞬間、ぱっと表情を明るくする。
「……それに、俄然興味が湧いてきた! 丈太郎くんの能力の解明、私も手伝うわ!」
「えっ!?」
丈太郎は思わず声を上げ、アンクとアリスの顔を交互に見る。
「確かに……Aランク冒険者の知識は君の能力解明に役立つだろう。……少し不安も残るが」
アンクは椅子にもたれながらも、興味深そうにフィリスを観察する。
「そうですね。フィリスさんなら、きっと丈太郎さんの助けになると思います!」
アリスは迷いのない笑顔で断言した。
「決まりね! これからもよろしく、丈太郎くん!」
フィリスは勢いよく手を差し出す。
「……よろしくお願いします」
丈太郎は一瞬だけためらったが、その手をしっかりと握り返した。
フィリスの掌は温かく、何かを決意させる力強さがあった。
「ふふっ。これで私、丈太郎くん専属の“観察係”ってわけね」
フィリスは悪戯っぽく笑う。
「いや……そういう言い方はやめてください……」
丈太郎が苦笑すると、アリスがくすっと笑い、アンクは肩をすくめた。
部屋の空気が、少しだけ和らいだ。




