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第8話:雨の囁き

ホタルの転移は、いつも氷水に飛び込むような感覚だ。絶対零度の一瞬が訪れ、その直後に現実の鋭い衝撃がやってくる。

俺たちは街のど真ん中、俺のカフェ「ハガニット」の入り口前に辿り着いた。足元の輝く魔法陣が消え、最初に感じたのはコーヒーの香りではなかった。焦げた臭い、オゾンの香り、そして……恐怖だった。

看板を見上げた。毎日自分の手で磨き上げていた愛着のある看板が、今は片方の蝶番だけでぶら下がり、悲しげな軋み声を上げていた。パノラマウィンドウの一つは粉々に砕け散り、ガラスの破片がダイヤモンドの塵のように歩道に散らばっている。

「俺の……ガラスが……」俺は呟いた。ホタルに書かされた契約書では、このガラス一枚の交換費用は飛行機の翼ほどもしたはずだ。

店内は混沌を極めていた。テーブルはひっくり返り、椅子は壊され、散らばったコーヒー豆の中にホタルの部下たちが倒れていた。ウェイターをしていた悪魔のゼパルは、角が折れ、エプロンはボロボロになり、カウンターのそばで突っ伏していた。意識はないが、幸い息はしている。

そしてホールの中央、俺の夢の残骸の上に、四人の影が立っていた。堕天使だ。リュキエルではない。もっと格下の連中だ。革の鎧を纏い、背中からはむしり取られたような黒い翼が突き出している。彼らはひっくり返ったデザートのショーケースを蹴飛ばしながら、下卑た笑い声を上げていた。

リーダー格の、脂ぎった髪をした太った男が、カウンターの上に堂々と立っていた。その手には……俺のお気に入りのジャズヴェ(コーヒーを淹れる銅製の小鍋)があった。手作りの、一点物の銅製品だ。

「よし、野郎ども」そいつは破壊の跡を見渡し、野太い声で言った。「たっぷり楽しんだし、そろそろ……」

入り口に立つ俺たちに気づき、そいつは言葉を切った。

俺の胸の奥で、何かがカチリと鳴った。ドラゴンではない。それは冷たく、人間らしい怒りだ。俺自身の怒り。ユミコは言った、赤は制御だと。いいだろう、今からこいつらの顔面が床と激突する様を「制御」してやる。

「おい見ろよ」カウンターの上のリーダーが、腐った歯を見せて嘲笑った。「小さなバリスタくんが自分の小屋を守りに来たぜ。隣にいるのは誰だ? お前の女か? なあ坊主、そいつらを渡せば、命だけは……」

最後まで聞くつもりはなかった。周囲の世界がスローモーションになる。俺の腕に紅蓮の稲妻が走った。俺は今、完璧な刃を鍛え上げた鍛冶師のような気分だった。

踏み込み。

奴らがまばたきをするよりも早く、俺はカウンターの前にいた。均一な紅黒の炎に包まれた俺の拳が、リーダーのアゴを正確に捉えた。

「……ジャズヴェの分だ」俺は唸った。

衝撃はただ強いだけではなかった。それは「正しかった」。エネルギーは霧散せず、一点に集中した。リーダーは天井に向かって吹き飛び、自分の肥った体の形の穴を開け、二階のどこかへ崩れた瓦礫と共に轟音を立てて墜落した。ジャズヴェが床を転がる。俺はそれを空中でひったくった。

残された三人の堕天使は、ショックで固まっていた。

「な、なんだこの力は……!?」一人が、骸骨のように細い翼を震わせながら息を漏らした。

俺は彼らの方へ向き直った。紅蓮の稲妻が腕を駆け巡る。

「お会計だ」俺は微笑んで言った。その笑みは、決して良い予兆ではなかったはずだ。「割れた窓、ひっくり返ったテーブル、そしてゼパルの折れた角の分だ。支払いは体で払ってもらうぞ」

俺はジャズヴェをアマネに放り投げた。彼女は感嘆の声を漏らしながらそれを受け止めた。

「ホタル、ユミコ」俺は首を鳴らした。「こいつら三人は俺に任せてくれ。……自分のシフトは、自分で終わらせなきゃならないんだ。それと、こいつらにはチップも弾んでやるよ。気に入らないだろうけどな」

「いいか」俺は一歩前へ踏み出した。足元でガラスが軋む。「この床は強化石材だ。ホタルのお抱えの職人が敷いたんだぞ。修繕費がいくらかかるか分かってるのか?!」

「知るかよそんなことッ!」一人が叫び、手から闇のエネルギーの塊を放った。「死ね、半端者が!」

純粋な闇の弾丸が俺の顔面を狙って飛んできた。以前の俺ならただ防御を固め、ドラゴンが俺の魂を食わないよう祈るしかなかっただろう。だが今は……この呪文が、安い部品の不完全な溶接跡のように見えた。

俺は避けなかった。ただ手のひらを差し出し、紅蓮の炎を指先に纏わせ、薄く、だが驚異的に密度の高い膜を作った。堕天使の呪文は俺の手に激突し……熱したフライパンに落ちた水滴のように、ただ炎の中へと吸収された。

「次は、俺の番だ」俺は口角を上げた。

俺は突っ込んだ。最初の一人が爪で引き裂こうとしたが、俺はその腕の下をすり抜け、短い肘打ちをアゴに叩き込んだ。紅蓮の炎が炸裂し、そいつをホールの端まで吹き飛ばした。

「壁に当たるなッ!」俺はそいつを追いかけるように叫んだ。「そこにはホタルのコレクションの皿があるんだ! 絨毯の上に落ちろ、あそこは古いからな!」

堕天使は慣性と俺の叫びに従うかのように、正確に絨毯の毛足の中に突っ込み、埃の雲を上げた。

二人目の敵が上空から急降下してきた。俺は後ろへ跳び、カウンターの端に飛び乗ると、空中で踵を使い、プロ仕様のコーヒーマシンのスイッチを入れた。機械がボイラーを温め始め、心地よい唸りを上げる。

「何を……何をしているんだ?!」宙に浮いた堕天使が、困惑して声を絞り出した。

「シフト終了の準備だよ」俺は答え、カウンターを蹴って、回し蹴りを叩き込んだ。

紅蓮の稲妻を纏った俺の足が、そいつの胸板に直撃した。「バキッ」という快音と共に、堕天使は撃墜された爆撃機のようにソファの裏へと墜落した。

「クロナ様」ユミコの冷静な声が届いた。彼女は腕を組み、メモ帳に何かを書き留めている。「『コーヒーメーカーを蹴る技』は私のコースにはありませんでしたが、独創性については7点を差し上げます。最後の一人に集中してください」

仲間たちがミンチにされるのを見て、最後の一人は作戦を変えた。俺ではなく、ヤケクソになってケーキのショーケースを粉砕しようと突進したのだ。

「ティラミスだけはやめろぉぉッ!!」俺はホールを飛び越えるように跳躍した。

一撃が届く寸前、俺はそいつの白い鎧の襟首を掴んだ。俺の手の紅蓮の炎が激しく燃え上がり、奴の翼が焦げ始めた。

俺はそいつを、テーブルの間の空いたスペース(そこが一番修理代が安そうだったからだ)に叩きつけた。カフェの建物が揺れ、最後の一人は静かになった。

店内に静寂が戻り、コーヒーマシンの一定の蒸気音だけが響いた。戦闘時間はわずか一分半だった。

「ゼパル! 起きなさい、死んだふりはもういいわよ!」ホタルが横たわっているウェイターに近づき、ブーツの先で軽く突いた。

悪魔のウェイターは飛び起き、角が折れているにもかかわらず即座に直立不動の姿勢を取った。

「ホ、ホタル様! クロナ様! 申し訳ありません……防ぎきれず……」

「見てれば分かるわよ」ホタルは破壊の跡を見渡したが、俺に視線を向けた時、その眼差しは和らいだ。「クロナ……家賃のことだけど……」

「全部直すよ!」俺は顔の煤を拭い、破れた袖を整えながら早口で言った。「本当だ、働いて返すから! シフトを増やすなり、夜勤するなり、何でもする! だから、追い出さないでくれ!」

ホタルは目を伏せてため息をついた。俺は誓ってもいいが、彼女の唇に微笑みの影がよぎった。彼女が指を鳴らすと、一瞬にしてゴミや破片が消え、天井の穴も勝手に塞がった。

「バカね。『私の』財産のためにそこまで体を張ったんだから……今月分は免除してあげるわ。今月だけよ!」彼女はすぐに顔を背け、照れを隠した。「勘違いしないでよね!」

その時、カウンターの奥でメロディアスな音が鳴った。今の騒動を興味津々で見守っていたアマネが、淹れたての香り高いコーヒーをカップに注いでいた。

「お疲れ様、クロナくん!」彼女は笑いながら叫び、鮮やかな手つきでカップをホール越しに投げた。

俺はそれを片手で受け止めた。コーヒーは熱く、黒く、俺の「理想の一日」がすべき最高の香りがした。俺は一口飲み、内側の紅蓮の炎が満足げに鎮まるのを感じた。

メニューをチェックするふりをしているホタル、レポートを書いているユミコ、そしてアマネを見た。俺のカフェは救われ、家賃は免除され、コーヒーは最高だった。

だが……家賃を丸一ヶ月免除するなんて、ただの寛大さじゃない。ホタルのような所有欲の強い女にとって、それは告白に近いものか、少なくとも俺を特別に思っているという特大のヒントだ。その日の晩、俺はずっと落ち着かなかった。良心の呵責が、内なるドラゴンよりも強く俺を苛んだ。今まで彼女を、ただの厳しい城の主だと思っていた自分を。

翌朝、俺はあらゆる意志を拳に込め、何かを察してニヤニヤしているアマネの視線を無視して、ホタルに近づいた。

「なあ……昨日のことだけど」俺は後頭部を掻きながら切り出した。「家賃を免除してもらったし、その……街に行かないか? ショッピングモールとか。お前に、その、今時の服とか買ってやりたいし、珍しいものでも食べよう。俺なりの……お礼だ」

優雅にお茶を飲んでいたホタルが、危うく吹き出しそうになった。彼女はゆっくりとカップを置いた。頬は瞬時に淡いピンク色に染まったが、すぐに氷のような表情を作った。

「……デート? 貴方と? 人がごった返しているような場所へ?」彼女は鼻を鳴らしたが、指先がテーブルクロスの端をギュッと握りしめているのを俺は見逃さなかった。「まあ……私の貸しを返したいというのなら、同意してあげなくもないわ。貴方にあまり負い目を感じさせても悪いしね」

一時間後、俺たちは中央ショッピングモールの巨大なガラスの建物の前に立っていた。ホタルはいつもの重厚なドレス姿で、パーカー姿の若者やジーンズ姿のカップルの中で、まるでお姫様か宇宙人のように浮いていた。

まず最初に向かったのはファッションブティックだ。俺は、彼女のワードローブをもっと……挑発的なものに変える時が来たと思った。俺の目に留まったのは、チェックのミニスカートと、肩の開いたタイトなトップスだった。

「ほら、これ試着してみろよ」俺はハンガーを彼女に押し付けた。「似合うと思うんだ」

「こんなの……ほとんど何も隠せてないじゃない!」彼女は抗議したが、俺の真っ直ぐな視線に押され、結局試着室のカーテンの奥へと消えた。

五分が過ぎ、十分が過ぎた。

「クロナ……」カーテンの向こうから、彼女の震える囁き声が聞こえた。「……こっちに来て」

「どうした? サイズが合わなかったか?」俺はカーテンの端を開け、そのまま固まった。

ホタルは俺に背を向けて立っていた。スカートは完璧に似合っていたが、トップスに問題があったようだ。背中のファスナーが閉められなかったらしく、生地がずり落ち、彼女の陶器のように白い、完璧な肌と下着の細いストラップが剥き出しになっていた。

「……届かないのよ」彼女は肩越しに振り返って呟いた。顔は真っ赤で、瞳には恥ずかしさで涙が浮かんでいた。「これ……細すぎるわ!」

俺の心臓が跳ねた。狭い個室の空気が急激に熱くなる。俺は生唾を飲み込み、手のひらが汗ばむのを感じた。

「……手伝うよ」俺は一歩中へ踏み出した。

俺の指が彼女の肌に触れた。信じられないほど柔らかく、冷たかった。ホタルはびくりと体を震わせ、俺が慎重にファスナーを引き上げると、小さく、ほとんど聞こえないような吐息を漏らした。俺たちはあまりに近く、彼女の髪の香り——訓練場で俺を狂わせたあのミントの香りを感じた。

「……できたぞ」俺は囁いたが、すぐには離れられなかった。俺の手は一瞬、彼女の肩に留まった。

「……ありがとう」彼女は振り返らずに息を吐いた。「……まだ見てるの? 早く出て行きなさいよ!」

俺は試着室から飛び出し、マネキンにぶつかりそうになった。クソ、ユミコの言う通りだ。俺のホルモンバランスは明らかにオーバーフローしている。

一分後、カーテンが勢いよく開き、ホタルが出てきた。彼女は素晴らしかった。チェックのスカート、オフショルダートップス。それは彼女を、高慢な悪魔ではなく、信じられないほど美しい一人の女子大生のように見せていた。彼女はぎこちなく裾を整えると、俺と目を合わせないようにしながら、メンズ服のコーナーへ歩き出した。

「せっかく来たんだから」彼女は氷のような声で言った。「貴方もその……バリスタみたいな格好はやめて、王女の連れに相応しい格好をしなさい。たとえその連れが、ただの負債者だとしてもね」

彼女は俺を批評するように見つめると、返事も待たずに真っ白なシャツ、黒の完璧な仕立てのジャケット、そして細いネクタイを選び出した。

「これ。試着してきなさい。早く」

俺は肩をすくめて空いた個室に隠れた。正直、フォーマルな格好は嫌いだったが、あんな目をしている時のホタルに逆らうのは損だ。俺が出てくると、今度はホタルが固まった。シャツは肩が少しきつく、ネクタイは首を絞める縄のように感じたが、鏡に映った俺は、高級クラブの入り口に立っているボディーガードのようだった。

ホタルはゆっくりと俺の周りを一周し、品定めするように襟元を整えた。彼女の氷の仮面が一瞬揺らぎ、瞳の奥に……満足感と、わずかな赤らみが見えた。

「……まあ」彼女は一歩下がって鼻を鳴らした。「少なくとも、浮浪者には見えないわね。その格好なら……見られるわ。本物の護衛みたい。気に入ったわ。それにしなさい」

俺は反論しなかった。彼女が気に入ったならそれでいい。何より、さっきの試着室の気まずい瞬間を上書きできた。

クールダウンのために、俺たちはフードコートへ向かった。俺は大きな、ジューシーなハンバーガーを買った。ベーコン、チーズ、たっぷりのソース。ホタルはその「建築物」を、まるで古代神のアーティファクトでも見るような目で見ていた。

「これ……どうやって食べるの? ナイフは? フォークは?」

「ただかぶりつけばいいんだよ、ホタル! それが醍醐味なんだから」俺は手本を見せるように大きく口を開けた。

彼女はためらい、周りに誰も見ていないか確認してから……かぶりついた。大きな一口。ソースが彼女の整った鼻の頭につき、溶けたチーズが下唇に残った。彼女は世界の運命でも決めているかのような真剣な表情で咀嚼していたが、瞳は驚きと喜びで丸くなっていた。

「……おいしい」彼女は口をいっぱいにして呟いた。

俺は堪えきれずに、小さく笑い声を上げた。

「ちょっと、何笑ってるのよ?!」ソースを鼻につけたまま眉を潜める彼女は、どうしようもなく可愛かった。

「いや、なんでもない。ただ……ハンバーガー食べてる時のお前、すごく可愛いなと思ってさ。ホタル。等身大だ」

彼女は俺を見つめたまま固まった。その瞬間、俺たちの間からすべての壁が消えた気がした。城も、堕天使も、王女という肩書きも。ただ俺たち二人と、肉の焼ける匂い、そしてショッピングモールの喧騒だけがあった。

「……バカ」彼女は静かに言ったが、そこには怒りはなかった。どんなデザートよりも甘い温もりだけがあった。

ショッピングモールの出口を出ると、濡れたアスファルトの匂いと重く垂れ込めたグレーの空が俺たちを迎えた。十歩も歩かないうちに、雲が文字通り決壊した。巨大な雨粒がガラスドームや俺たちの肩を叩き始めた。

「きゃっ!」ホタルは本能的に首をすくめ、新しい服の袋を抱きしめた。「な、何これ?! せっかくの髪が! 私の……クロナ、なんとかしなさい!」

彼女を見ると、オフショルの新しいトップスにミニスカート姿の彼女は、水の壁の下であまりに脆そうに見えた。俺の中で何かがカチリと鳴った。魔法を呼ぶことも、天気を呪うこともしなかった。代わりに、俺はただ彼女の空いている手を掴んだ。指先は驚きで氷のように冷たかったが、俺はそれを強く、確かに握りしめた。

「走るぞ!」俺は土砂降りの音をかき消すように叫んだ。

「どこへ?! 城まで?!」彼女は不意を突かれて息を弾ませたが、俺の後に続いて走り出した。

「遠すぎる! あそこのホテルに逃げ込むんだ!」

俺たちは走った。それは奇妙で、狂おしいほど楽しかった。ブランドの紙袋が足に当たり、スニーカーが水たまりを跳ね上げ、そしてホタルは……笑っていた。本物の悪魔の王女が、人間の街の水たまりを駆け抜け、ずぶ濡れになりながら、雷鳴さえもかき消すほど鈴を転がすような声で笑っていた。

俺たちはホテルのロビーに飛び込み、荒い息を吐きながら床に濡れた足跡を残した。水が滴っていたが、お互いを見つめ合って笑いが止まらなかった。

「……自分の顔、見た? 水浸しの野良猫みたいよ!」ホタルは俺を指差して、肩を揺らした。

「お前こそ、すごく怒った濡れ猫みたいだぞ」俺は言い返した。

フロントに向かい、俺は自信満々に財布を取り出した。男として、この夜を格好良く締めくくる時だ。財布を開き……固まった。空っぽだ。全くだ。最後のお金は、あのハンバーガーと彼女のスカートに消えていた。

俺はゆっくりと、羞恥心で耳を赤くしながら、ホタルの方へ顔を向けた。彼女は片眉を上げ、俺の空の財布と俺の顔を交互に見た。

「……鍛冶屋くん」彼女はため息をついたが、瞳には悪戯っぽい光が踊っていた。「貴方、救いようがないわね」

彼女は無造作に、小さなルビーが埋め込まれたゴールドカードをカウンターに置いた。それを見た受付係は、床に頭がつくほどお辞儀をした。

数分後、俺たちは部屋に入った。スイートルームだった。広大な部屋、雨粒が伝うパノラマウィンドウ、そして……一台のベッド。いや、ただのベッドじゃない。部屋の三分の一を占めるような、天蓋付きの巨大な「飛行場」だった。

俺たちは入り口で固まった。静寂が、ナイフで切れるほど濃密になった。

「ええと……」俺が沈黙を破り、絨毯の模様を必死に観察した。「ベッドが二つの部屋は空いてなかったみたいだな」

「……みたいね」ホタルがオウム返しに言った。頬は再び紅潮していた。「クロナ……先にシャワーを浴びてきなさい。貴方の方が濡れてるわ」

「いや、お前が先だ」俺は首を振った。「お前、冷えてるだろ。行けよ。俺はここで待ってる」

バスルームのドアが閉まり、水の音が響き始めると、俺はベッドの脇の床に崩れ落ち、背中を柔らかいマットレスに預けた。顔を両手で覆い、激しく打ち鳴らす心臓を鎮めようとした。ミントの香り、雨の中の彼女の笑い声、手の温もり……。首元のハガニットは不気味なほど静かだった。まるでドラゴン自身が息を潜めて、この茶番劇を見守っているかのようだった。

三十分ほど経った。水の音が消えた。バスルームのドアがカチリと開き、高級な石鹸の香りと、彼女からいつも漂うあの清涼感に満ちた湯気が部屋に流れ込んできた。

俺は耐えきれずに振り返った。

ホタルが数歩先に立っていた。服は着ておらず、白いふわふわのバスタオルを一枚体に巻いているだけだった。肩や鎖骨にはまだ水滴が光っている。タオルの生地は、今まで考えないようにしていた彼女の体の曲線を、危ういほど強調していた。俺は、彼女の濡れた長い脚と陶器のような肌から目が離せなくなり、固まった。

彼女は床に座っている俺の方へ、ゆっくりと歩み寄ってきた。裸足の足が柔らかく絨毯を踏む。

彼女は手を伸ばし、指先で俺の顎に触れると、俺の顔を上向かせ、自分を真っ直ぐ見るように促した。薄暗い部屋の中で、彼女の赤い瞳は底なしの深淵のように見えた。

「視線は上よ、クロナ」彼女はわずかに悪戯っぽく微笑んで、囁いた。

言葉が出なかった。空気が肺に届かない。

……夜が完全に支配した。俺たちは二人でその巨大なベッドに横たわり、天井に映る街の灯りと雨の反射を見つめていた。二人の距離はわずか数センチだったが、それは誰も踏み越えられない深淵のように感じられた。

先に耐えきれなくなったのは俺だった。俺が横を向くと、同時にホタルも同じように俺の方を向いた。暗闇の中で、彼女が臆病に俺に寄り添うのを感じた。彼女の腕が俺の腰を抱き、頭が俺の胸に置かれた。俺は本能的に彼女を抱き返し、毛布のように彼女を包み込んだ。彼女はとても小さく、温かかった。

「クロナ……」彼女の声は、かろうじて聞こえる囁きだった。「……一つ約束して」

「なんだってするよ」

「……何が起きても。城に戻って、リュキエルや他の誰かがまた全てを壊そうとしても……この夜を忘れないで。あのホールで見たような、冷たい道具に戻らないで。私の、鍛冶屋でいて」

俺は彼女を強く抱き寄せ、濡れた髪の香りを吸い込んだ。

「約束するよ、ホタル。俺にはもう、負けられない理由ができたんだ」


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