息子はライバルだ
【アレックス・リベイラ視点(アランの父親)】
……と、ここまでは本当に良かったのだ。
食料問題は解決しつつある。それに比例して税収は跳ね上がった。街には幼子たちの泣き声が響く。まさに私が夢を見た天国のような日々。
だが、私は忘れていた。
我が息子アランは、私の想定の遥か斜め上を音速でぶち抜いていく男だということを。裏庭の出来事を失念していた……
ある日、5歳になったアランが執務室にやってきた。
相変わらず可愛らしい顔立ちだが、その目は何か新しい悪だくみ……いや、素晴らしい閃きを秘めて輝いている。
私が満面の笑みで迎えると、アランはこともなげに言った。
「お父様、お話があります。よろしいでしょうか?」
「アランか? どうしたのだ」
ウチの天才児アランが私の所まで来て話があると……領地内の食料改善をしたアランのことだ。大概のことには親としても答えねば……
「お父様は領内に水路を作りませんか? 実は、僕は魔法の練習をしてるのですが近所にある川からすぐそこまで水路を作ってみました。あとはお父様が許可してくれれば水路を通せます。どうですか?」
「うん? ちょっと待ってくれ。アラン、お前……魔法が使えるのか? 教えたことはないはずだけど……」
想像のさらに上だった。魔法だと? 私も少し、ほんの少ししか出来ないのに……アメリアは得意だからアメリアに似たのかも。
「……はい! 魔法を使ってみたら出来てしまいました。だから面白くなって使っているうちに、水路を作ってみようと思いまして……」
もういいかな。とりあえず合わせておくかな。
「そうかそうか。やはり、俺の息子は天才だな。なんで魔法が使えたら水路なのかは分からないが、確かにあった方が便利だしな」
「そうですよ。でも実際に領都を水路で囲ってみませんか?」
それは領都の防衛力に水路で囲った方が良いに決まってる。私はチラリと執事を見ると頷いてる。あっ、多分本当のことなんだ。
「堀にするんだな。俺も考えたことがあるが金が無かったから諦めた。でもアランが出来るなら許可するというかお願いしたい」
防衛用の「堀」は領主としての私の悲願だった。それがまさか、息子の「魔法の練習の成果」でタダで手に入ると言うのだ。断る理由などない。
「よし、辺境伯様(お父様)からのお願いだからね。僕は張り切ってやっちゃうよ」
嬉しそうに部屋を出ていくアランを見送りながら、私は「ふぅ」と安堵の息を漏らした。
これで我が領の防衛も安泰だ。アランが土を少し盛り上げて、チョロチョロと小川のような水路を作ってくれるのだろう。可愛いものじゃないか。職人を数人つけて、手直しさせれば立派な堀になるだろう。
……と思っていた。
数日後、気絶寸前の顔をした騎士長ガイウスが、執務室の扉を文字通り叩き割らんばかりの勢いで飛び込んでくるまでは。
「アレックス。大変だ、すぐに外を見てくれ」
「どうしたガイウス、取り乱して。我が友ながら見苦しいぞ」
「いいから窓を見ろ! お前の息子が街を丸ごと作り替えてるんだよ!」
……? 意味がわからん。訓練のしすぎでついに脳全体が筋肉に変わったのか? 今まで一部だと思ったのに。哀れなガイウス。
しかし、私の想像を超えた光景が広がっている。慌てて窓を開け身を乗り出し領都を見下ろした私は……あまりの勢いで外に落ちる所だった。ガイウス、ナイスキャッチだ。
昨日まで平坦だったはずの領都の周囲に、まだ空堀だが幅も10メートル、いや15メートルの空堀が領都のほとんどを囲んでいる。いや、領都よりも広くしている。街を広げる前提で空堀を作ってるんだ。
And 街の中からは民衆が小さなアランを囲んで
「若様万歳〜。リベイラ辺境伯万歳〜」
という職人や領民たちの、地鳴りのような歓声が響いてくる。私は何もしていないぞ……いいのか?
「……ガイウス」
「なんだ、アレックス」
「アランに『水路を作っていい』とは言ったが……あれは、なんだ?」
「俺に聞くな。おいアレックス、お前は若様に一体どんな教育をしたんだ?」
私は静かに天を仰いだ。
我が領の経済、食料、そして防衛問題すらも一瞬で解決してしまった5歳の息子。
ありがたい。涙が出るほどありがたいのだが……。
「……いや、感謝されてるからいいのかも……それよりもガイウスも堀の作成指揮に混ざってくれ。防衛力の面でも必要だろうから……」
「ああ、そうだな……でも、アレは俺たちは必要か?」
まあ、格好だけでも騎士団長が立ち会わなければマズイだろう。ガイウスにはすぐに現場に行って貰った。完成したのだ……ここまでは完璧だ。しかし……
「シエラはお兄様のお嫁ちゃんになるぅ~」
「リーナも若ちゃまと結婚ちゅるぅ~」
これはダメ。絶対に……カワイイ天使ちゃんは父親ではなく兄であるアランへ。隣を見るとガイウスはマジ泣きしてる。分かるぞ、親友よ。
「なんで、シエラはアランばかり……普通は父親と結婚するものだろう?」
「そうですな、旦那様。私なんてリーナが生まれてすぐに若様に心を全部盗られてしまいましたぞ。普通は最初の男である父親のはずが……」
これは早速父親から天使シエラちゃんを奪還しなければいけない。譲れない戦いなんだ。
「さぁ、来い」
私は父親として娘に付く虫を払わねばならん。例えそれが息子だとしても……ガハハハ!
「くそー、全然敵わないな。手加減なしですか?」
「娘を盗る男に手加減なんてするわけないだろう!」
「そうですな、若様にはリーナを守って貰わねば……」
二対一だが手加減は出来ん……と思っていたが。
「分かりました。お父様と騎士団長の覚悟は受け取ります。それでは……お母様ぁ~、ミーナぁ~!」
「あらあら、どうしたのアランちゃん?」
「ご用でしょうか、アラン坊ちゃま?」
なに〜。それはお前……反則だろ。ああ、そこからの戦いは負け戦だ。翌日、顔を合わせたガイウスも完敗だったようだ。
またトラブルはやってくる。
「お父様、魔の森の……」
ほらな……はぁ。




