魔の森の木
我がリベイラ辺境伯領のすぐ近くに存在する、広大な『魔の森』。
ここは年々その領域を広げており、人類はこの森の拡大をどうしても阻止出来ずにいた。それは我が家の当主であるリベイラ辺境伯も同様、長年の頭痛の種だった。
拡大を阻止できない最たる原因の一つに、「魔の森の木は硬すぎて一切伐採が出来ない」という問題がある。
だが、前世おじさんの僕としては、この魔の森の木材をどうしても資源として使いたいのだ。もし、この木を使った超頑丈な建物や道具が作れるようになったら……凄すぎると思わないかい?
もしも大量の木材が安定して採取できるようになれば、リベイラ辺境伯領の領都を囲む城壁だって、この木を使って鉄壁の要塞に作り変えることができるかもしれない。考えただけでワクワクしてくる。
しかし、魔の森は凶悪な魔物が頻繁に飛び出してくる超危険地帯だからね。
僕は自分の魔力を周囲に薄く伸ばし、無色透明にした索敵魔法『マジックサーチ』を展開しながら、慎重に魔の森の木を調べてみた。
う〜ん、やっぱり皆が「絶対に切り倒せない」と絶望するだけあって、とにかく硬い。
試しに持ってこさせた鉄製の斧を全力で叩きつけてみたが、あり得ない金属音を立ててパァンと弾かれてしまった。刃先を確認してみても、木の表面には傷一つ付いていない。
うわ〜、こんなデタラメな硬さの植物が存在するんだね。
何か、突破口になるような弱点は無いのかな?
そもそも、なんでここは『魔の森』なんて大層な名前なんだろうか。魔物がいるから? いや、この森以外にだって魔物はいるしな……。木が一杯あるから「森」なのは納得出来るけれど……「魔」ってなんだ?
魔といえば、その反対の属性は「聖」だよね。
試しに、回復魔法なんかをぶつけてみたらどうなるかな?
「──『ヒール』!」
ピカァ……。
……。
……。
うん、特に何も起きない。完全なる失敗だな。
あっ、やべー! 実験に夢中になりすぎて、魔物の接近を見落としてしまった……。
茂みから飛び出してきた相手は、ゴブリンか。魔の森の中では最弱の部類だね。
「──『ウインドカッター』!」
シュパッ! と放たれた風の刃がゴブリンの首を正確に刎ね飛ばす。
一息ついて、僕は首を傾げた。なんであのゴブリンは、的確にこっちの居場所に気がついたんだ? 僕は森の外の物陰にいたし、視線は遮られていて見えてはいなかったはずだ。
う〜ん……やっぱり「魔力」を感知されたのかな?
魔力って、肉眼では見えないのかな?
恐らくだけれど、あの魔の森の木だって、構造自体はただの普通の木なんだよね。それが、異常な量の魔力を全身に纏うことで、強制的に硬度を限界突破させているように思える。
僕は切り株にそっと手をやり、目を閉じて意識を集中する……。
ん? 集中?
そういえば、数多の異世界転生小説の主人公達って、見えないはずの「魔力」をどうやって視覚的に捉えていたっけ?
生まれつき普通に感じ取れるチート主人公達もいたけれど……そうだよ。「目に魔力を集中させる」ことで、エネルギーの流れを視覚化していた描写が多かったはずだ。ならば、元おじさんの僕だってやるしかあるまい。
ただ、普通に目に魔力を集中するだけじゃ、ちょっと芸がないな〜。
『目に魔力を集中させる & スキル《育てる》のコンボ』ならどうだ……ッ!
【個体名:アランが『鑑定眼』の萌芽を手に入れました。──直後、固有スキル『育てる』の効果が発動。……『鑑定眼』からユニークスキル『見える化』へと進化しました】
頭の中に響いたシステム音声? に、思わず声を上げそうになった。
おお、なんか凄そう……! てか、スキル名が『見える化』って。
あぁ、そういえば前世のブラック企業時代の元上司が、この言葉にめちゃくちゃハマって「何でもかんでも『見える化』すれば業務効率が上がるんだよ!」ってやたらと連呼していた時期があったな。
「おいおい課長、会社の業績より先に、自分の頭が綺麗に『見える化』しちゃってるじゃん」
とか裏で同僚たちと笑い合っていたっけな〜。みんな今頃どうしてるかな〜。
……いや、いかんいかん!
ハゲ散らかした元上司の哀愁漂うバーコード笑顔を思い出して、現実逃避している場合じゃない。
せっかく手に入れたユニークスキルだ。さっそく目の前の「硬い木」に使ってみよう。
僕はスッと意識を切り替え、新スキル『見える化』を脳内でオンにした。
「お、おおおおお……っ!!」
目を開けた瞬間、視界がとんでもないことになっていた。
世界は、こんなにも美しく流動的なエネルギーに満ちていたんだ。
空中に、地面に、木々の表面に、まるでパステルカラーのオーロラのような光が着いて、ゆらゆらと揺らいでいる。これが『魔力』だ。
見える範囲のすべてが淡い水彩画のように美しく染まり、一気にこの異世界が本当の意味で色づき始めたように感じられた。
さて、感動を収めて、改めて魔の森の木を見てみるよ。
さっき鉄の斧を完全に弾き返した木を『見える化』で見つめると、確かに木の表面を濁った大量の魔力が覆っているのが分かった。この魔力が悪さをして、木の硬度を爆上げしているんだね。
なるほど、やっぱり僕の仮説は完全に正しかった。
木自体は普通の木なんだ。だけど、この地中から吸い上げた魔力を表面に回して、『常にガチガチの魔力シールド』を張っている状態だから、普通の鉄の斧が弾かれていたわけだ。
しかも『見える化』のおかげで、その魔力が流れる方向や、特に魔力が濃い場所も手に取るように分かる……ということは、当然「魔力が著しく薄い場所」も丸見えなわけだ。ここが弱点に違いない。
「よし、魔力構造は完全に見えた。じゃあ、これをどうやって切るかだけど……」
確かに魔力の薄いポイントはあるが、完全にゼロというわけじゃない。
ん? 待てよ。魔力って、もしかして「薄い方から濃い方へ」流れる性質があるのかな? ということは、僕が外部からもっと強い引力で魔力を吸い取ってやれば──まさか?
僕は自分の手のひらに、限界まで魔力を集中させた。目に魔力を集中させた時の応用だ。そして、木の魔力が一番薄いポイントにその手をベタッと触れさせてみる。
──ビンゴ。
僕の手のひらに強力に吸い込まれるようにして、木の表面を覆っていた魔力が一気に僕の体内へと流れ込んできた。そして、さっきまで薄かったポイントの魔力バリアが、完全に「ゼロ」になった。
この一瞬の隙が完璧に視認できるのも、すべて『見える化』のおかげだね。
僕はすかさず、魔力が完全に消えたポイントに向けて、空いているもう片方の手で鉄の斧を振り下ろした。
カァーン! カァーン!
──入った!
さっきは傷一つ付かなかった頑固な木肌に、面白いようにザクリと深い切れ込みが入っていく。やっぱり仮説は正しかった!
だけど……これで終わりじゃないよ。
そう、木が魔力を纏うことで硬度が増すのなら……逆に、この「鉄の斧」に僕の魔力を纏わせて叩きつけたらどうなると思う?
フフフッ、めちゃくちゃ楽しくなってくるでしょ?
僕は斧の刃全体に、自分の魔力を薄く鋭くコーティングするように纏わせ、一気に木へ向かって振り抜いた。
ズドーーーーン……ッ!!!
えっ?
……いや、手応えが全く無い。
魔の森の超巨木が、魔力を纏わせた僕の斧によって、まるで温かいバターにナイフを入れるかのようにあっさりと一撃で切り倒されてしまった。いくら魔力バリアがゼロの場所を狙ったとはいえ、この威力は凄まじすぎる。
そして、この「武器に魔力を纏う」という技術は、原理さえ分かれば恐らく誰にでも出来るはずだ。体内に魔力を持っている生物であれば。
だからこそ、この森の魔物たちは異常に強かったんだね。
だったら……我がリベイラ辺境伯軍の兵士たちにも、この『魔力纏い』の技術を取り入れさせれば……それだけで世界最強の軍団が爆誕するんじゃないかな?
よし、それにはまず、リベイラ辺境伯家に絶対の忠誠を誓っている信頼できる兵士から順番に、この魔力の使い方をコッソリ教えていくことにしよう。
万が一にも、隣国や敵に技術が漏れて裏切られたらヤだしね〜。
こうして、世界で初めて「魔の森を無限の木材資源として完全活用する」という、歴史的な大快挙がひっそりと達成された瞬間だった。




