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地獄のような天国でした

【サラダン王国出身の平民モブオ視点】


 オラは見てしまった。要塞の上階より黒い服を着た老紳士が頃合いだと言わんばかりに右手を振り上げ……その手を振り下ろしたのがオラから見えただ。


 それを合図に多角形要塞の先端からロープが張り巡らされ、要塞同士がロープによって繋がっていく。

 要塞へ突撃を敢行していたミランド伯爵軍は、多角形要塞とロープに挟まれて完全に包囲された。これにより逃げ場が無くなり、さらなる集中砲火を浴びることになっただ。


 このロープを武器や農具で切ろうとするが、全く歯が立たねえ。まさか……魔の森のツルを編み込んでいるんだべか。

 ミランド伯爵軍は絶望の囲い込みから逃れることが出来ねえんだ。


「ひえええ。出られねえ……完全に鳥籠の中に閉じ込められただぁぁぁ!」


 隣の家のタカシがクワを投げ捨てて頭を抱えて叫ぶ。

 要塞の隙間を繋いだ魔の森のツルは、まるで鋼鉄の鎖みたいに頑丈で、オラたちの農具どころか、騎士様たちの立派な剣で叩いても火花が散るだけで1ミリも傷つかねえんだや。


 閉じ込められた広場の中へ、容赦なく降り注ぐ矢と魔法の雨。

 前線のバカ指揮官は、すでに馬ごと風魔法で吹き飛ばされてどこかへ消えちまった。


「撤退だ! 一度ミランド領へ引くぞ……囲いの外にいる部隊は、回れ右して転進せよ!」


 要塞の囲い込みから運良く逃げ切れた、最後尾の領主様を守る本陣の部隊が、大慌てでサラダン王国側へと逃げ帰ろうとする。

 だが、リベイラ辺境伯の『おもてなし』は、そんなに甘くなかっただ。


 ザザザザザッ……!


 突然、魔物が数多くいる絶対に人が通れないはずの「魔の森」の木々をかき分けて現れた騎馬隊……銀色に輝くリベイラ騎士団の騎馬隊が、ものすごい勢いで飛び出してきたんだや……!


「な、何事だ!? なぜ魔の森から敵の騎馬隊がァァァ……!?」


 逃げようとしていた部隊が、文字通りひっくり返るような大混乱に陥る。


 学の無いオラには分からねえが、あれは要塞の壁に『馬出し』とかいう、魔の森へ直通する隠し出入り口が作られていたらしい。敵からは絶対に見えない位置から、いつでも奇襲を仕掛けられる極悪な設計だべ。


「よっしゃあああ! 逃がさねえぞ泥棒猫どもォォォ!」


 アレは噂に聞く敵の騎士団長だ。身の丈を越すような大剣を振り回しながら突っ込んで来ている。


「ひええぇぇーー! お助けを……!」


 オラは命乞いをしたが、そのオラの脇を通り越して後方へ行ってしまった。

 そこで見たのは、すでに逃げて姿がなかった領主様の馬車……そして敵の狙いは輜重隊しちょうたいの確保だった。

 荷物や物資は全てリベイラ辺境伯軍により奪取され、魔の森の中へ消えていっただ。


 もう、そこからは5000人いたミランド伯爵軍はほとんど降伏しただ。もちろん、オラも……食料も無い中での帰還は無理だった。

 途中で領主様の馬車も騎馬隊に捕まったらしいが……メイド達を置き去りにして領主様の姿は無かったとか。

 自分のケツ持ちもできねえで、女の子を盾にして一人で逃げ出すなんて、どこまでケチで情けねえジジイなんだべか。


「……おいモブオ。オラたち、これからどうなるんだべ」


 タカシがクワの柄を握りしめたまま、ガタガタと震えながら呟いた。

 周りを見渡せば、サラダン王国から一緒に連れてこられた5000人の農民や平民は、みんな地面に座り込んで完全に戦意を失っていた。


 騎士様たちや傭兵の偉い人たちは、リベイラの騎士様に縄で縛られて一箇所に集められている。

 オラたち平民は縛られてはいねえが、飯を積んだ荷馬車を丸ごと魔の森に持ち去られたから、ミランド領に帰るだけの体力も食料も、もう1ミリも残ってねえんだや。


 ここでなぶり殺しにされるのか──。畑を耕しただけの人生だったな……。

 誰もがそう覚悟して、広場に重苦しい『溜め息』とすすり泣きが響き渡った、その時だった。


 ゴゴゴゴッ……!


 要塞の大きな門が再び開き、中から信じられない『匂い』が風に乗ってモクモクと漂ってきただ。


 くすくす、ジュウジュウ、ふんわり……。


「……ん? おいモブオ、なんか物凄く美味そうな匂いがしてこねえか?」


「あ、オラもするだ……これ、焼きたてのパンと、具だくさんの肉スープの匂いだべ……」


 オラたちの目の前に運ばれてきたのは、巨大な鍋に入ったスープと、山のように積まれたホカホカのパン。


 ゴクリ、と5000人の喉が同時に鳴った。その時、要塞の上から、威厳があり凛々しくも慈愛を感じる声が響いた。


「戦いは終わりだ! 武器を捨てよ! 武器を持たぬ者の命は取らん! それに、もう敵も味方もないのだ! これは私からの、ここにいる皆へのプレゼントだ。腹いっぱい食すがいい! それが終わったら、これからの話をしよう!」


 なんとそう宣言すると、リベイラ騎士団が武器を受け取り、代わりにパンとスープを差し出してきた。

 そのあまりのフレンドリーさに固まってしまっただ。

 なんとそれだけでなく、先ほど宣言していた貴族様(リベイラ辺境伯様)が自ら下まで降りて来て……オラ達と同じ物を同じ場所で食べ始めたんだや。


 これにはみんなビビったが……威ばってるだけのミランド伯爵より、コチラのリベイラ辺境伯様の方がオラは好きだな~!

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