開戦前
「あーあ、やっぱり来ちゃったか……セバス、準備はどうかな?」
「ハッ、滞りなく……しかし、予想以上の大軍ですな……」
ミランド家もそれだけ本気なんだね……だからって負けてやるつもりはないけどな。
ミランド家の現当主も同行しているらしい。
「よーし、お前たち! そろそろ出番だぞ! 我らリベイラ辺境伯騎士団が領民と領地の安寧を守る盾とならん!」
騎士団長ガイウスがおじさんたちに気合を入れている。
騎士団も魔力操作を覚えてから初の対人戦だ。緊張は……
「わはは、俺の身体強化を見よ……」「火魔法よりも風魔法の方が見えないから……」「どっちが多く倒せるか勝負だぞ!」
「緊張はないみたい……うん、知ってたけどね」
僕は要塞の窓から、はしゃぎ回る騎士団員たちを見下ろして遠い目をした。
普通、5倍の敵軍を前にしたら生きた心地がしないものだが、うちの団員たちは『新しい魔鉄装備や魔法』を試したくてウズウズしている。遠足の前日に新しく買った靴を履いたりしている小学生みたいだ。それならば言うしかないだろう……
「子供かぁぁーー!!」
「若様、あとで注意をしておきます……それでも死の恐怖はないようですな……それとアチラをご覧下さい」
セバスチャンが兵士が集まる広場の隅っこに視線を送る……そこには……
「みんな……頑張ってね。『ヒール』ですよ」
そこには兵士に囲まれて、回復魔法で傷を癒す妹の姿があった。
「ありがとうごぜいやす、お嬢」
傷を治された兵士はニヤニヤしていた。
ん〜、アイツ殴っておこうかな〜。なんかムカつくし……
「えほえほ、はい。頑張ってね……はい、タオルだよ」
さらに動き回る獣人の幼女が騎士団員にタオルを配っている。その愛らしい姿に騎士団員もニヤニヤして……なんかムカ……
「おい、キサマ……ウチのカワイイ天使ちゃんに色目を使ってるな。グラウンド10周だ!」
いやいや、5歳児に色目って……この親バカ団長め。
そんなやり取りを眺めていたら、街の方が騒がしくなる。それから少しすると……
「全く、これっぽっちで情けないね……デカい図体は見かけ倒しかい! 文句を言う口よりも身体を動かしな!」
女性が先頭に立ち、その後ろから様々な物を運んでいる男たち……
「若様、聞いたよ。アタシ達は戦う事は出来ないけど、せめてこれくらいさせて頂戴。ほら、サッサとするんだよ! 全く……若様、すまないね。街の衆から食料や雑貨なんかの差し入れさね。みんなリベイラ辺境伯様が勝つって信じてるからね……」
女性にバシンと力強く叩かれた肩をさすりながら、僕は去っていく街の人々の背中を見つめた。
荷物を運んできた男性陣が、肝っ玉母ちゃんの後ろで「すんません、すんません」という風にペコペコ頭を下げてついていく姿が実に微笑ましい。
運ばれてきたのは、干し肉や新鮮な野菜など、そして領民たちが「これを使ってくれ」と持ち寄った様々な生活雑貨や予備の布地だった。
「……若様、愛されておりますな」
セバスチャンが少し目元を緩め、本当に嬉しそうに呟いた。
「うん、そうだね……彼女たちの命も生活も、僕達が守らないとね……」
「何を言ってるんだ。子供はここまでだ。命のやり取りをするにはまだ早い。これからは俺たち大人が引き受ける」
その大きな手で、僕の頭をガシガシと乱暴に撫でる。でも大好きな手だ。
「もう、お父様。髪がグチャグチャだよ……」
「アハハ、随分と色男になったな……アメリアとシエラを頼むな。万が一、俺が戻らない時は……」
「フフフッ、ありえませんね。リベイラ辺境伯様がこんな雑魚貴族に負けるなんて……何よりお母様とシエラを泣かせたいのですか? 僕も貴族当主になるには早すぎますから……」
「そうだな……アメリアとシエラに怒られちまうな」
お父様はいたずらが成功した少年のように笑うと、僕の頭を一際強くもう一度だけガシガシと撫で、背を向けた。その背中は、どんな大軍をも撥ね退ける、リベイラ領の絶対的な『王国の盾』そのものだった。
「あなた……ご武運を……」
夫婦で抱き合う。今はそっとしておこう……
「セバスチャン、お父様を頼むね。それと頼んでいた仕掛けはセバスチャンが引き継いでね。これが成功すれば……」
「ええ、アラン坊ちゃま。この機会にリベイラ辺境伯領をさらに発展させましょう。このセバスチャンの称号にかけまして」
あっ、まだ『セバスチャン』って言葉を称号だと思ってるんだ。ここで間違いを正すような無粋な事はしませんよ。
空気の読める男だからね。
「うん、よろしくね。さて、ズルガト伯爵の方も大丈夫だよね?」
「もちろんでございます。誤情報を疑いもせずに……このセバスは驚きましたぞ。これでミランド家はおろかズルガト伯爵にも痛手を負わせて、我がリベイラ領はさらなる躍進を……それをまだ齢7歳のアラン坊ちゃまが考えられたなんて……」
「うん、だからこれはセバスチャンが考えて実行した事にしてね……僕だと分かったら誰も従ってくれないだろうしね」
「……御意!」
「戦争はヤダよね。だけど守るためには仕方ない。それなら味方の被害は最小で、敵の被害は最大で……だね」
「ホホ、味方の被害でございますか? このセバスにはリベイラ領は得しか残らないと思いますよ」
こうして要塞前にミランド家、5000人の兵士が集まる……




