絶望の領地
【キロイフ子爵家当主ルーカス視点】
「隣国との戦争で、父上が討死だと……!?」
その報せが届いたのは、父上がお亡くなりになって2週間が過ぎた頃であった。隣領のリベイラ辺境伯当主と共に、王国軍撤退のための『殿』を申し付けられ……その責務は見事に全うされたのだが、お二人とも帰らぬ人となったのだ。
それにより私が家督を継ぐことになり、妹であるアメリアが嫁いだリベイラ辺境伯家も、夫であるアレックス殿が跡を継ぐのだろう……。お互いに若くして重責が回ってこようとは……だが、嘆いていても仕方がない。
我がキロイフ子爵領は、ベリエラ山脈に囲まれた貧しい山間部だ。魔の森からベリエラ山脈を通り現れる魔物の脅威に怯え、耕作地も少なく、民の暮らしは常にギリギリのところにある。
だが、父上が命を賭けて守ったこの領地と民を、私が死に物狂いで守り抜いてみせる。アレックス殿も、きっと同じ気持ちでリベイラ辺境伯領の重責に耐えているはずだ。お互い遠く離れてはいるが、共に苦境を生き抜く戦友として支え合っていこう。妹アメリアをよろしく頼み申す。
◇
頻繁ではないが、何度か領地の行き来をして挨拶ができる程度には落ち着いてきたが……やはり生活面では大した変化がない。領民には苦しい思いをさせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そんな絶望とも思える状況の中で、妹のアメリアとアレックス殿との間に男の子が生まれたと報せが来た。私はなんとか時間を作り、お祝いを兼ねてリベイラ辺境伯領へと赴いた。
「アレックス殿、アメリア、おめでとう」
2人とも、それはそれは嬉しそうな顔で私を出迎えてくれた。アメリアの腕の中で、静かに寝息をたてている男の子がいた。私にはその子が幼子ながらとても利発で、どこか力強い印象を受けた。
「アレックス殿、リベイラ辺境伯家も安泰ですな……。アメリアもご苦労様だったな」
私は挨拶を済ませると、すぐにキロイフ子爵領へと引き返した。その後は年に一回くらい顔を見る程度だったのだが……数年が経つと、リベイラ辺境伯家からは信じられないほどの格安で、見たこともないほど巨大で美味な穀物や大根といった食料援助が届くようになった。
風の噂では、リベイラ領は未曾有の豊作に沸いているという。
(さすがはアレックス殿だ。私など足元にも及ばない名君へと成長されたのだな……。私も負けてはいられん)
そうして私は私なりに必死に領地を経営し、街には少しずつ活気が戻りつつあった。
そんな、ある日のことである。
「ほ、報告します、ルーカス様! 隣領のリベイラ辺境伯家より……アメリアお嬢様とご子息のアラン様、ご息女のシエラ様の一行が、我が領へと向かっておられます!」
「何、アメリアとアラン、シエラがか!? 連絡もなしに一体どうしたんだ……いや、もしやアレックス殿の身に何かあったのか!? まさか隣国が……! すぐに城門前でお迎えする準備を!」
私は最悪の事態を想定し、悲壮な覚悟を胸に屋敷を飛び出した。父たちの世代のように、今度は私がリベイラ家を支える番だ。
しかし、そこで目にしたのは――。
「あら、お兄様? このような所でお出迎えですか?」
なんと、見るたびに美しくなっていく我が妹が、優雅に微笑みながら馬車を降りてきたではないか。その周りには屈強な騎士団が整列し、隙なく周囲を警戒している。
アメリアに手を引かれて降りてきたのは、小さな淑女。
その可愛らしい姿は、アメリアの幼少期にそっくりだった。綺麗にカーテシーができたかと思いきや……。
「ルーカス叔父様、シエラでございましゅ」
あっ、噛んだな。それがまた、たまらなく可愛らしい。思わず「フフフッ」と笑ってしまうと、彼女はアメリアの袖を掴んで恥ずかしそうに俯いた。
そして、最後に降りてきたのがアランだ。
「ルーカス叔父様、お久しぶりです。なるほど、良い領都ですね。領民のキロイフ子爵家に対しての忠誠心も高い。良いですね〜、これはやり甲斐があります」
挨拶もそこそこに、アランはキョロキョロと周りを見渡していたが、アメリアに「ちゃんと挨拶をしなさい」と怒られていた。
「アランちゃん、ダメでしょう。ちゃんと目上の人に挨拶をしないと……」
「おっと、そうでした。親しき仲にも礼儀ありですね。ルーカス叔父様、すみませんでした。はやる気持ちを抑えきれませんでした。いやはや、まだまだ子供でしたね」
……? いや、子供でいいんだよ……。
そんなに早く大人にならないでくれよ。
なんて戸惑っていると――。
「今日はお兄様にお話があって来ました。リベイラ辺境伯当主夫人として……」
急に真剣な顔になるアメリアに驚く。辺境伯夫人を名乗るということは、家族としてではなく「貴族」として来たと……。
どうやら何か重大な要件があるらしい。しかし、幼い子供たちも連れていることから、今すぐどうこうという一刻を争う話ではなさそうだ。
「そうか……分かった。とりあえず屋敷へ入ろう。アランとシエラはどうするんだ?」
「アランは同席させます。シエラは一緒に来たミーナの娘のリーナと、淑女になるお勉強です。ミーナ、頼みましたよ」
「かしこまりました、奥様」
アメリアの側に長年仕えているメイドだな。このメイドも只者ではない気配を纏っている。このあたりも、最近のリベイラ辺境伯家の急激な躍進に関係しているのかもしれない……。一体どんな話になるのか、楽しみであり身が引き締まる思いだ。




