セバスチャン
【リベイラ辺境伯に仕える執事セバスチャン視点】
私は先代の頃より長年、リベイラ辺境伯様に仕える執事でございます。
現在のリベイラ辺境伯領はまさに活気に満ち溢れ、私の知っているかつてのリベイラ領とは別物のようでございます。
辺境伯という地位は決して低いものではございませんが、隣国との戦乱と魔の森からの魔物の襲来などで領内は荒れ果て、まさに先代領主様の時代より低迷を余儀なくされる状況でした。アルハダイル王国にとって、我々リベイラ辺境伯家の扱いは低いものなのでしょう……。
しかし、そんな苦渋に満ちた時代も終わりに近づいたと思えるのです。
それは――アラン坊ちゃまのご生誕をもちまして。本当に不思議なお子様でございました。
初めてお見かけしたのは、お生まれになって少し経った頃です。
さすがは旦那様と奥様のお子様です。容姿も端麗で将来が楽しみでございました。その後、言葉を喋り歩き回るようになると、よくお見かけするようになったのです。
そして、使用人やメイドに実によく挨拶をされているのです。当然、私にも……。私も人の子です。悪い気はしません。
そして、ある日のことでした。
「ねえ、執事さん。ひょっとしてお名前は『セバスチャン』って言うんじゃない?」
「いえ、私は……」
「そっか……ゴメンね。執事さんみたいな優秀な人はみんな『セバスチャン』って名乗るのかと。称号みたいなものかな……」
な、なんと……。次期辺境伯様になるであろうアラン様より、そのような『称号』を……。私の執事人生でこれほどの誉れがあろうはずもありません。苦しい時代を駆け抜けたご褒美でしょうか。
「若様……その、私如きにそのような称号を……」
「もう、ダメだよ。執事さんはリベイラ領にとっても絶対に必要な人なんだから。執事さん以外に『セバスチャン』を名乗ることはできないよ。ロマンスグレーだし、おヒゲも白いし……」
ロマンスグレー? ヒゲ? 意味は分かりかねますが、認めていただいた。ああ、この方が次期当主となるリベイラ領は、必ずや繁栄の時を迎えるでしょう。
ならば私も覚悟を決めて――。
「若様。分かりました。本日より『セバスチャン』の称号を頂戴し、名乗ることにいたします」
私は、未来のリベイラ領が明るくなることを確信して膝をつき、頭を垂れました。
「えっ、いいの? それなら今日からセバスチャンだね。よろしくね」
手を振りながら上機嫌で去っていくお姿は、まさにこの領を背負っていくのに相応しい気品に満ちておられました。
その後は、びっくりすることの連続でございました。
なんと若様は執務室にやってきて、旦那様にこう仰られたのです。
「お父様、僕は色々と植えられるお庭が欲しいです」
突然の申し出でございました。旦那様も、もちろん私も『家庭菜園』程度を思っておりましたが……。
「アラン坊ちゃん、まずはどのようなところがよろしいでしょうか?」
「うんとね、お屋敷の近くである程度の広さがある所はないかな?」
ふむ、どうやら少し大掛かりにやるようですね。しかし、私も見てみたくなったのです。この小さなアラン様に宿る無限の可能性を。だから家庭菜園程度ではなく、お屋敷の裏庭にご案内しました。
「屋敷の裏は広さがありますが、石だらけですから……」
「いいよ、そこで色々やりたいから連れて行って」
ここで何をされるのか……。私には荒れ果てた土地にしか見えません。若様が見ている未来は違うのでしょうか。今から楽しみで仕方がありません。
しばらくは隠れながら若様の動向を見ておりましたが、驚愕することばかりでした。あの小さなお身体で自在に使用される魔法の数々。まるで完成された芸術を見ているようでした。あっという間に整地され、そう時間もかからずに裏庭は青々とした緑でいっぱいになっていたのです。
そしてそれほど経たないうちに、食卓にはよりどりみどりの新鮮な食材が並びました。私は生きているうちに、このような光景を再び目にすることができるとは思いもよりませんでした。若様にお礼を言うと……。
「うん、良かったよね。セバスチャンも今まで我慢してたんだからいっぱい食べてよね。これからもっと忙しくなるから健康でいてよね」
な、なんと……。私にまだ長生きしろと……! リベイラ辺境伯家3代にわたって仕えろということですね。このセバスチャン、若様のご要望にお応えしてみせます。私は久しぶりにお腹いっぱい食べました。
それどころか、街の水事情を改善するだけでなく、強固な外堀を作成するなど、若様は人々の生活向上のために尽くしてくださっています。さらに……。
「その木を使って、まずは領民の住宅を全て建て替えましょう……いいですね?」
なんと。あの魔の森の木を伐採しただけでなく、住人の家まで建て替えてくれると。しかもアレックス様まで深く頷いておられる。この方々にお仕えできたことを、神に感謝せねばなりません。
「おお、流石はお父様。まさに名君としての判断です。これまでの領民の生活を考えてくれる領主もお父様くらいですよ。ねえ、執事さん」
若様に促される形でしたが、これでリベイラ辺境伯家は盤石な支持を領民より得られるでしょう。
「アレックス様。さらなる忠誠を……」
そして恐らくは、領民に仕事場を与えるという意味も、このお二方は考えておられるはずです。素晴らしい。先代様、あなた様の無念はこのお二方が晴らしてくれるでしょう。我々はこのお方たちについて行くだけです――。
「おっ、いたいた。セバスチャン。街の区画整理の話があるんだけど……」
引退などまだするものですか。これから変わりゆくリベイラ領を、一番近くで見届けなければなりませんからな。




