透明人間刑事 数寄屋橋透2
〜特捜部
翌朝、特捜部の誰も使っていない机の上で新聞を広げる数寄屋橋透の姿が―――否、正確には「気配」が漂っていた
佐藤係長が紙コップコーヒーを持って歩み寄る
「若嶋津の奴から連絡があったよ!明日ミツバチドローンのテスト運用だそうだ」
「助かります!人混みの移動が楽になれば効率が上がります」
会話は透明人間と係長の間で成立している
その様子を田中刑事は遠巻きに眺めていた
〜入電
秋葉原のビル屋上で飛降り気配の若い男!警官が説得するも応じず!特捜班に応援依頼
「出勤だ!」
〜屋上
若い男が今にも飛降りそうだ
「俺は不運だ!何をやっても上手くいかない!世の中が嫌になった!」
冬の終わりの風が、ビルの屋上を斜めに横切っていた
10階建ての屋上の縁に、若い男が腰を下ろしている
片方のかかとは、もう空中にあった
沈黙が降りる
街のざわめきが、ずっと下から、かすかな海鳴りのように届いてくる
一陣の風が通り過ぎた後、数寄屋橋透は音も無く若い男に近づいて行く
男が飛降りようとした刹那、手首と手すりが手錠で繋がれているのに気付く
「何だコレは!つくづく不運な男だ!俺は!」
「一生の幸運と不運の量は同じ!サイコロを一生振って、1と6の出る回数は同じ」
「えっ?」
男は振り返るが誰も居ない
「今のは……」
暫くして、佐藤係長と田中刑事が屋上にやって来る
佐藤係長
「もう落ち着いたかい?」
男は呟く
「声が聞こえたんだ…幸運と不運の量は同じ…サイコロを振れば判るって…」
佐藤係長
「それは確率の神様に違いない!兎に角、これから署まで来て貰う!生活の立て直しを一緒に考えよう!明日になったら、職業訓練所を紹介するよ!」
若い男
「そんなの、迷惑ですよ」
佐藤係長
「迷惑をかけちゃいけないって、誰に言われた?」
すぐには答えが返ってこない
風が一段と強く吹き込んでくる
佐藤係長は、その沈黙を少しだけ押し広げるように言葉を重ねた
「生きてる人間は多少なりとも誰かに迷惑かけてる… 今は、それに乗っかってみるぐらい、許してくれないか」
若い男は、両手で顔を覆った
指の間から、白い息がこぼれる
「俺、どうしたらいいか、分からないんです」
「分からないって言えたのは、大きい」
「分からないときは、誰かと一緒に『分からない』を持てばいい!お前一人で抱えていた『分からない』を、俺も半分持つ!このあと、下まで一緒に降りて、暖かいところで、もう一回、同じ話をしてくれ」
若い男の肩が、かすかに震える
泣いているのか、笑っているのか、判別のつかない震えだ
若い男が顔を上げてニッコリ笑う
「刑事さん、俺の負けです」
佐藤係長
「君は勝ったのさ」
佐藤係長は手錠の鍵を外し、若い男の背中に手を回して屋上の出口へと向かう
扉を押し開けると、階段室から乾いた蛍光灯の光があふれ出す
冷たい風と、わずかに温度の違う空気がぶつかり合い、ゆらいだ時、絶望の心情の奥底に小さな光の種が現れた
若い男は一度だけ振り返って暗い屋上を眺めたあと、足を中へと踏み入れた
重いドアが閉じる音が、屋上に残っていた冬の風を、ゆっくりと断ち切った




