悪業探偵石川六衛門(その4)
〜初日
朝6時起床
六衛門はいつものように保護猫ボランティアとして、隣町の公園へ野良猫達に餌を与えに行った
監視役として刑事が尾行していることも承知の上で
「猫好きには見えないね」若嶋津が通信機を通じて部下に指示しながら独り言を漏らした
餌やりを終えた六衛門は自宅近くのコンビニに立ち寄った
雑誌コーナーで1冊手に取り、昼食用のカップ麺を買い込む
平凡極まりない一日を演出しながらも、六衛門は作戦を考えていた
六衛門は心の中でつぶやく
「逆に利用してやるよ」
〜2日目
六衛門は意外な提案をした
「協力しませんか?本当に怪盗がいるなら一緒に捕まえましょう」
若嶋津は驚いたが、彼の計算高い瞳を見逃さなかった
「具体的には?」
「先日電話してきた『学芸員』は偽物ですね」六衛門はさらりと言った「本物と接触するために私が囮になります」
若嶋津は思案した
危険すぎる賭けだが、確かに怪盗を捕えるチャンスでもある
「……わかりました 護衛をつけます」
六衛門は微笑んだ
「それが賢明です」
〜喫茶店
その夜、六衛門は指定された喫茶店で待機していた
窓の外では若嶋津の部下たちが張り込んでいる
時間ぴったりに黒髪の若い女性が現れた
「石川さんですね」彼女は緊張した面持ちで席についた
「平家納経のことで相談があります」
「どんなことです?」
六衛門は慎重に問いかけた
「実は……」女性は周囲を見回した「私たちのグループが狙っているのですが、邪魔が入りそうで……」
その時だった
店の照明が一瞬消えた
再び灯った時、女性の姿は消え、代わりに一枚の紙片がテーブルに残されていた
> 今宵9時、月光塔にて<
六衛門は紙片を手に取ると静かに微笑んだ
罠か?それとも?
店を出ると若嶋津が待っていた
「何かありましたか?」
六衛門は紙片を見せた
「どうやらゲームは本格化したようです」
若嶋津の顔が厳しく引き締まった「どこに行くつもりです?」
「月光塔へ」六衛門は迷いなく答えた「どうせ監視するのでしょう?」
「当然です」若嶋津は答えた
「ただし武装した特殊部隊を同行させます」
二人は視線を交わし、互いの意図を探るように見つめ合った
そして若嶋津はゆっくりと頷いた「行きましょう」
〜月光塔
夜9時の鐘が鳴る頃、東京湾岸にそびえる月光塔の頂上に六衛門と若嶋津率いるチームが到着した
遠くの摩天楼群が煌めき、海面に映る光が揺れている
「本当に来るのでしょうか」若嶋津が小声で訊ねた
六衛門は黙って夜景を見つめていたが、突然塔の電源が落ち、暗闇の世界が広がった
混乱の中、若嶋津の耳に通信が入った
「新国立博物館より報告!展示ケースから国宝美術品数十点が消えました!」
「やはり……」若嶋津は歯噛みした
照明が再点灯した時、六衛門だけが冷静に辺りを見回していた
「重要なのは—」
「重要なのは?」若嶋津が急かした
「—これはすべて私たちを欺くための芝居だったということです」
六衛門は微笑んだ
「本当の獲物は平家納経ではありません」
若嶋津は唖然とした
「どういう意味です?」
「自分も、よく分かりません…詳しくはミツバチに聞いて下さい!喋るんですよ」そう言って六衛門はポケットからミツバチを取り出した
驚く若嶋津「ナイスが動いていたのか!」
六衛門「えっ、なんですか?」
若嶋津「いや、何でも無い…」
ミツバチ「聞こえる?」
若嶋津「ああ、よく聞こえるよ」
ミツバチ「館長と夫人に付けておいたミツバチからの情報では、夫婦は離婚協議中で、財産分与で揉めていた しかし、館長は美術品の確保に私財を使い果たしていて貯金が少ない そこで今回の計画を練った つまり、役者を雇い警備関係者を月光塔に陽動して、その隙に夫婦で高額美術品を持ち去る 保険会社が支払った保険金を妻に渡して、円満離婚する 奪った美術品は自宅の地下倉庫に眠っている」
若嶋津の顔色が変わった
「なんと……!あなたは最初から知っていて……?」
若嶋津は信じられない様子で尋ねた
「もちろん」六衛門はウィンクした「私は探偵ですから」
若嶋津は苦笑しながら頷いた
「まったく……お見事です」
事件の全貌が明らかになり、館長夫婦は連行されていった
六衛門の肩からそっと力が抜け、張りつめていた背筋がゆるゆると丸くなった
笑おうとしているわけでもないのに、口元が自然にゆるんでいるのがわかる
心に巻きついていた硬い帯を、誰かがそっと解いてくれたようだった
翌日、新聞のトップ記事には「新国立博物館館長夫妻、保険金詐欺で逮捕」と報じられていた
盗まれた美術品は無事に戻り、事件は解決した
六衛門の探偵事務所には新たな依頼者が詰めかけていた
「ミッドナイトエンジェル」の名声はさらに高まったようだ
「さて……」六衛門はライムサワー缶を飲みながら呟いた
「次はどこへ行こうか」
〜保護猫施設
新国立博物館には約束通り保護猫施設が完成して、地元の野良猫達が集まる憩いの場となっていた
野良猫の世話は1人では出来ないので、近くの保護猫団体に寄付をして活動して貰っている
六衛門も週末になると必ずそこを訪れ、猫達と戯れていた
「石川さん!」声をかけてきたのは若嶋津だった
「また会えましたね」
六衛門は振り返り、穏やかに微笑んだ
「若嶋津さん、お元気そうで」
「実は……」若嶋津は真剣な表情になった
「私も猫が好きなんです」
六衛門は驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた
「そうですか……」
二人は並んで猫達を見つめながら語りあった
若嶋津「結果として、富裕層が保護猫活動に寄付している様なものですね」
六衛門「昔から猫は人間の兄弟同然!長兄の人間が猫の世話をするのは自然な行いです」
猫の神様☆その通り☆
人の神様☆ノーコメント☆
真剣な表情の若嶋津
「ところで、裏の仕事辞めてもらえますか!今なら、被害者が被害に気づいていない!ミッドナイトエンジェル探偵事務所は有名になったから、表の仕事だけで充分経営が成り立つでしょう!あなたが逮捕されたら困るのは猫達です!違いますか!」
六衛門「気づいていたんですね…」
周りに居る猫達が、「ニャア」と鳴く
若嶋津「ほら、猫達も心配している」
六衛門「人間、潮時が肝心ですね…分かりました!これからは保護猫活動に力を入れます」
小さく口に出してみると、胸の奥に、あたたかいものがじわりと広がった
誰かに聞かせるためじゃない
自分に約束する言葉
過去は消えない
けれど、未来はこれからの自分でいくらでも変えられる
自分で選んだ、新しい一歩を踏みしめながら
人の神様☆ヤレヤレ☆
猫の神様☆ガンバレ☆




