第29話 帰還/弔い
「俺は、生きている、のか……」
セイス騎士団団長のユズィ・アギマが、治療院のベッドの上で目を覚ました。
「あっ! アギマさん! せ、先生! アギマさんが目を覚ましました〜!!!」
病室に入ってきた看護師が、ユズィが目を覚ましているのを見て慌てて担当医を呼びに向かった。
「そうか……俺は、あの少年と犬人族の少女に助けられたんだな……」
何があったのかを一瞬で思い出し、ユズィは天井を見つめ独り言ちた。
「生きていることが、こんなに嬉しい事とは……!」
ユズィは、看護師と担当医が部屋にやって来るまでの間、涙を押し殺しながら泣いた。
☆ ♡ ☆
「うん。意識もハッキリしてるし体力や傷の回復も早い。この分なら明日にでも退院できるかな」
「本当か! あなたは優秀な医者だ。感謝する」
「いえいえ。アギマさんの回復力が凄まじいおかげですよ。それでは私達はこれで」
そう言って、担当医と看護師は部屋をあとにした。
この部屋には現在、ユズィの他に、エリィ、ドゥーザ、リアン、イリン、ミュリンの五人がいる。
看護師からの連絡を受け、慌てて飛んできたのだ。
「心配をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした、エリィ様、ドゥーザ様。そして、リアンさん達も」
「いや、気にするな。ユズィだけでも無事で、本当に良かった」
「やはり、モリーとメザリは……」
「…………あぁ。亡くなっている」
「そう、ですか……遺体は?」
「この治療院で大切に保管してもらっている。やはり、埋葬するにしても母国の方が二人も喜ぶだろうからな」
「そうですね。では、私が目を覚ますのを待って?」
「あぁ。ユズィも、二人をしっかりと弔いたいだろう。それに、一緒に帰らねば、お前の家族に心配をかける」
「確かに。そうですね。お心遣い、ありがとうございます」
「き、気にするな。と、当然の事をしたまでだ。うん」
「ふふ。照れてるエリィ、可愛いね」
「う、うるさいぞドゥーザ! 別に私は照れてなど──うわぁ!?」
エリィは慌てて誤魔化そうとしたが、なぜかその場でコケてしまった。
「もう〜、相変わらずエリィはドジだな〜。ほら」
「す、すまない……」
ドゥーザが手を差し出し、エリィがその手を取る。
そして、エリィはゆっくり立ち上がる。
それを見ただけで、二人のこれまでの関係値が分かるような気がした。
「コホン! それでどうする? 明日には退院できると担当医は言っていたが」
「退院ができるならそうしたいですね。ロリスタンスにすぐにでも帰りたいので」
「無理はしてないか?」
「はい。大丈夫です。一刻も早く二人を母国に帰らせてやりたいですし、家族を……妻を安心させたい」
「ふっ。分かった。では明日、退院次第、ロリスタンスへ向かうとしよう」
「ありがとうございます」
翌日の帰国を決めた皆は、それぞれが準備を開始した。
☆ ♡ ☆
翌日。
ユズィは退院し、現在は馬車に乗ってロリスタンス王国に向けて移動をしていた。
左足を失ってしまっているので、歩行は松葉杖を使ってになる。
右腕もないので、重心が上手く掴めず、苦労しているが、慣れの問題だなと、ユズィは対して気にせず馬車に乗り込んでいた。
ユズィが乗る馬車には、他には誰も乗っていない。
乗っているのは、ユズィと、麻袋にくるまれたモリーとメザリだけだった。
「これから、ロリスタンスへ帰るからな。もう少し、我慢していてくれ」
ユズィは二人に声をかけ、空を眺めた。
ロリスタンス王国へ到着した一行。
馬車に乗ったまま王城──【ベイビルツー城】へと向かう。
城に着くと、そこには大勢の人達が集まっていた。
どうやら、ユズィ達が帰国してくる事を聞きつけた住民達が集まっているらしい。
その中には、モリーとメザリの家族もいた。
「皆さん、お帰りなさい」
エリィとドゥーザ、そしてリアン達三人が馬車を降りると、国王であるエリアが声をかけてきた。
「お母様、ただいま戻りました」
「えぇ。皆が無事で本当によかった」
「……………それについては、申し訳ございません。全員が無事、と言う訳ではございません」
エリィがそう言うと、ユズィが乗っている馬車のドアが開き、中から松葉杖をついたユズィが降りてきた。
「う、嘘だろ……」「あ、あの団長が……」
「最強な団長があんな……」「腕と足を……」
セイス騎士団の団員達が、右腕と左足を失ったユズィを見て、絶句していた。
そんな中、副団長を務める『ハリゼ』が、ユズィの前に立ち──、
「団長、お帰りなさいませ。団長のご帰還、心より嬉しく思います」
涙を耐えた震える声で、頭を下げそう言った。
「ハリゼ、そう言ってくれて嬉しいよ。だが、今の私にはもったいない言葉だ」
「団、長……?」
エリィとドゥーザ、リアンとミュリンが、モリーとメザリを包んだ麻袋を馬車から降ろす。
「ま、まさか……」
「あぁ。モリーとメザリだ」
『っ……!?』
ユズィのその返答に、その場にいた全員が言葉を失った。
「「モリー……!!!」」「「メザリ……!!!」」
地面に優しく置かれた二人に、二人のご両親が泣きながら駆け寄る。
「申し訳、ございません……!」
ユズィは松葉杖を地面に置き、片足しかない状態で土下座をする。
「「「「あ、アギマ団長!?」」」」
突然の土下座に、二人のご両親達は驚きの声を上げる。
「私が不甲斐ないばかりに、皆さんの大切な息子さんを……大切な息子さんの命を奪ってしまいました……! 全ては私の責任です……! こんな謝罪など、無意味だと分かっていますが、謝らせてください……! 本当に、申し訳ございませんでした……!」
ユズィの謝罪を受けた、二人のご両親は──、
「アギマ団長、お顔を上げてください」
モリーの父親が言う。
ユズィはゆっくりと顔を上げる。
すると、そこには、泣きながらも笑みを浮かべる二人のご両親が。
「アギマ団長、二人を連れて帰ってきてくれて、本当にありがとうございます……!」
「「「ありがとうございます……!!!」」」
モリーの父親が頭を下げると、他の三人も同じように感謝の言葉を告げながら頭を下げた。
「騎士団の仕事に就いた時から、こういう覚悟はしてました。命を懸ける危険な仕事なので、いつかそうなってしまうかもしれないと」
モリーの父親が言った後、メザリの父親が──、
「そして、騎士団などの仕事で戦場に向かう場合、戦死しても遺体は戻らず、弔ってやれない事も知っていて、覚悟をしておりました」
次いでモリーの母親が──。
「でも、息子達は帰ってきました……! こうやって、顔を見る事も、触れる事もできました……!」
メザリの母親が──。
「アギマ団長のおかげで、二人をしっかりと弔ってあげられる。騎士団員の子を持つ親として、こんなに嬉しい事はありません……!」
四人は涙を流しながら──、
「「「「アギマ団長、息子達を守ってくださり、ありがとうございました……!!!!」」」」
再び頭を下げ、ユズィに感謝の気持ちを伝えた。
「皆さん……こちらこそ、ありがとうございます……! 息子さん達のおかげで敵を退ける事ができました……! 息子さん、並びにそのご両親の皆様には、感謝しかありません……! 彼らは、騎士団の誇りです……!」
ユズィのその言葉を聞き、二人のご両親達は大号泣した。
エリアに仕えるメイド達が、遺体を運び、ご両親達を部屋へと案内した。
「ユズィ、私達は弔いの準備をする。お前は家族に会ってこい」
「はい」
エリィに促され、ユズィは少し離れた場所で立つ妻の元へと向かった。
「お帰りなさい、あなた」
「あぁ、ただいま。……………子供達は?」
「お母さんに見てもらっています。もし、最悪な結果だったら、子供達には見せたくなかったので」
「そうか。そう、だな。……………」
しばらく黙ってしまった後、ユズィはゆっくりと口を開く。
「心配……かけてすまなかった……」
「…………………あなたは、馬鹿ですか?」
「え……?」
突然の馬鹿発言に、ユズィは目を点にして妻のリュミを見る。
「なぜ、心配をかける事に対して謝罪をするんですか。なぜ、心配をかけてしまったと後悔を、責任を感じているんですか」
「なぜって……」
「騎士団の団長が、妻に心配をかけるのなんて当然でしょう……!」
「リュミ……」
「戦地に赴き、命を懸ける。いつ命を落とすのかなんて分からない。無事でも帰って来られるかなんて分からない。それが騎士団でしょう?」
「あ、あぁ……」
「そんな騎士団に所属して、最前線で団員を引っ張り、一番危険な任を背負い、命を懸ける。そんな真っ直ぐで信念のあるあなたを、私は好きになったんです。そんな人と結婚したらどうなるかくらい、最初から分かっていました」
リュミは、ユズィの松葉杖を握る左手に優しく手を重ねる。
「生きて帰ってくるか、無事でいるか、どこも損傷してないか、毎日毎日心配になると。そう分かった上で私は、あなたと結婚したいと思いました。だから、妻になった私に心配をかけるのなんて、当然の事なんです。謝る事なんかじゃない……!」
「だが……俺は結局、家の事も子供の事も、君の事も放ったらかしで、仕事ばかり……心配をかけるだけじゃなく、迷惑や苦労まで……」
「それこそ、あなたは馬鹿です……!」
リュミは目元に涙を浮かべている。
「家の事をやって欲しい、子供ができたら面倒をしっかり見て欲しい、私に構って欲しい。そんな風に思うのであれば、仕事をしていない人と結婚をしますよ……!」
「それは、極端では……」
「極端でも結構。私は、全て分かった上で、全て覚悟の上であなたと結婚し、子供を作り、家庭を築きました。私、あなたと結婚してから苦労してるとか、大変だとか、一度も思った事はないんですよ? 毎日毎日、幸せなんです……!」
だって、と続け──、
「可愛い子供達がいて、愛しの旦那様がいる。一緒のご飯を食べ、他愛のない話で笑い合える。あなたを好きになってから抱いていた理想が、全て叶ってるんですから……!」
「リュミ……」
「確かに、毎日不安でいっぱいです。あなたが死んでしまったらどうしよう、子供達にはなんて説明しよう、私は一人でやっていけるだろうか、そんな事ばかり考えてしまいます。でも、それすらも超えるほど、私はあなたを愛しているんです。不安や恐怖なんて馬鹿らしくなるほど、あなたを愛し、信じている」
リュミはユズィを優しく抱きしめ──、
「だから、あなたが謝ることなんて、気に病むことなんて何一つとしてないんです。右腕左足がなくて不便なら、全て私がサポートします。いつそうなってもいいように、密かに勉強していたんですから」
「そう、なのか」
「はい。だから、何も気にせず、あなたはいつものように笑顔で『ただいま』と言ってください。私は、笑顔で『ただいま』と言うあなたが、大好きですから」
リュミはユズィから少し離れる。
「分かったよ、リュミ。ふふ。ただいま」
「はい……! お帰りなさい、ユズィさん……!」
大粒の涙を流しながら、リュミはユズィに『お帰り』を言った。
「リュミ、愛してる」
「私も、愛しています、ユズィさん」
そして二人は、そのまま抱き合い、口づけを交わした。
☆ ♡ ☆
ユズィとリュミのやりとりを、離れた所で見ている者がいた。
「はわ……はわわわわわわわ……!」
「イリン、あんまりジッと見てはいけませんよ」
「そうだぜ。羨ましいのは分かるけど、失礼だぞ」
「そ、それは分かっていますけど、あんな本物の夫婦のキスなんて初めて見るのでどうしても気になって……!」
「「はぁ〜……」」
駄目だこりゃ。と思う二人だった。
「弔いの準備が整いました」
ドゥーザの声掛けに、その場にいた全員が頷き、弔い場へと向かった。
「ユズィさん」
「あぁ、ありがとう」
リュミはユズィの左腕を自身の肩に回し、支えながら一緒に移動を開始した。
弔い場に集まった一同。
埋葬された箇所に、石碑が建てられている。
そこには『勇士:モリー』『勇士:メザリ』と書かれている。
それぞれが手を合わせた後、ユズィの番が回ってくる。
ユズィは石碑の前で手を合わせ、心の中で言葉を紡ぐ。
(モリー、メザリ。二人にはこれまでずっと厳しく接してきた。もう少し優しくしておけばよかったとかは思わないぞ。お前らは怠け癖があったからな。
ふっ、まぁ、それがお前達のいいところでもあったが。
私は、二人と出会えてよかったと思ってる。二人に出会ったことで、知れた事もあったからな。
モリー、メザリ、最後の瞬間、私に力を貸してくれてありがとう。二人のおかげで、私は命を諦めずに済んだ。感謝してる。
そっちに行くのは当分先だが、私が行くまで、そっちで私への愚痴を言い合いながら、酒でも飲んで楽しんでいてくれ。
お前達は私の、いや、セイス騎士団の誇りだ。今まで本当に、ありがとう……!)
涙を流しながらユズィは、二人へ思いを送った。
「必ず届いてますよ。ユズィさんの気持ち」
「あぁ……! だと、いいな……!」
リュミに優しく抱きしめられ、ユズィは涙で声を震わせながら返事をした。
☆ ♡ ☆
「皆さん、しっかりと思いは伝えられましたか?」
『はい』
弔いが終わった後、エリィ、ドゥーザ、ユズィ、リアン、イリン、ミュリンの六人は、王城内の会議室に集まっていた。
エリアの問いに、全員が肯定を示す。
「そう。ならよかった。私もしっかりと伝えられたから。でも、ここからは悲しんでばかりはいられないわ。ショタリシアス王国のダンジョンで何があって、どうして騎士団員二名が死亡して、団長がここまでの深手を負ったのか。詳しく聞かせてもらわないといけないから」
「はい。それについては、私からしっかりとご説明させていただきます」
「お願いね。トリタン」
「はっ」
エリアの斜め左横に控えていた、眼鏡をかけミニスカメイド服を着た人物が、各々に紅茶の入ったコップを出していく。
「話は長くなるでしょう? だから、腰を据えないとね」
紅茶で喉を潤しながら報告会を行う。
これが、エリアのいつものやり方だった。
紅茶を配給した『トリタン』。
トリタンはエリアの親友で、かつての冒険者仲間でもあった。
エリアが国王になった際、トリタンは自らサポート役を買って出た。
普段は無口だが、エリアと二人っきりだったり、かつてのパーティーメンバーの前だとおしゃべりになる。
「それでは始めましょう。ショタリシアス王国で起きた事についての、報告会を」
そうして、報告会が始まった。




