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番外編1:その神、親しみやすくて命にかかわる

エディが神の供物としてこの世界に呼ばれたと知った、あの日、一段落したところでどちらの神殿に住むかで、最終的に“当人たち”が揉めた。

ユランは「当然こっち」と言い張り、ウィルゼは無言でエディの腕を引く。

両者一歩も譲らず、空気が張り詰めた末に──


「日替わり……?」


エディは神殿の石段に座り込み、天を仰いだ。

月曜と木曜はユランの神殿。火曜と金曜はウィルゼの神殿。水曜と土曜は“当番制”。日曜だけは“自由行動”。


そう決まってからというもの、寝床が変わるたびに安眠できず、信徒たちの歓待(という名の押し付け)にも振り回され、エディは心身ともに疲れ果てていた。


「神に庇護されるって、もっとこう……楽なものじゃないの……?」


ぼやいた声が、石畳に吸い込まれていく。

本人たちの話によると、不可侵条約を結ぶ前は、お互いがエディに祝福を“落とし合って”いたらしい。

スェンレリカ王国から、このエリオン聖王国に向かう道中、どこかおかしな雰囲気がつきまとっていたのも、その影響だったのだろう。

野生動物や魔物すら、エディを本能的に避けるような、妙にヤバげな空気を纏っていたらしい。


そもそも、長い間、強大な二柱の神の加護を受け続けたせいで、エディの存在はすでに“純粋な人間”とは言えない状態だった。

そして決定的に人間から逸脱したのは──一度死にかけたエディが、ユランの髪の一部から再生されたときだった。

聖力もさることながら、体は圧倒的に丈夫になり、寿命も……どうやら、ずいぶん長く生きることになるらしい。

……万が一、死にたくなったとしても。

あの二柱の神が、それを許してくれるとは到底思えない。


この先も、ずっと。二柱の神の間で板挟みになりながら生きていくのかと思うと──暗澹たる気持ちになる。

そんなときだった。背後から、足音が近づく。


「エディ様、ご機嫌麗しゅうございます」


低く穏やかな声。姿を見ずともわかる──ウィルゼ神殿の神官、シアだ。


「お疲れでしょう。どうぞ、こちらを」


差し出されたのは、ミントと蜂蜜入りの温かいハーブティーだった。

ひと口飲むと、ほんの少しだけ目が覚めた気がした。エディはぼんやりと呟く。


「……ねぇ、シアさん」


「はい?」


「なんで……こんな神々が信仰されてるんだろう?ユランにウィルゼに……ついでに、疫病とか厄災の神までいる。どう見ても邪神の系譜じゃない?

……これ。僕のいた場所だったら、祭壇ごと燃やされてても文句言えないよ」


あの二人、どうやら聞く話によると、ユランが「混沌と狂気の神」、ウィルゼが「沈黙と終焉の神」として信仰されているらしかった。

直球すぎる言葉に、シアはふっと笑った。柔らかく、しかしどこか達観したように。


「ええ、仰る通り──外から見れば、我らの信仰は“異端”と映るでしょう。けれど、我々が祈るのは“災いそのもの”ではありません。“その先”にあるものへと、手を伸ばしているのです」


「……?」


「たとえば、“終焉”。これは、すべての終わりを意味します。しかし、終わりがなければ、始まりも訪れません。

この世界に、死なぬ命も、変わらぬ季節もないでしょう?終わることは、巡ること。

だからこそ、ヴァル=ゼグト様は“再生”をも司るのです」


静かな声に、エディは言葉を失った。


「“疫病”も“厄災”も、人を打ちのめします。けれどそれは、油断や傲慢に対する警告でもある。

人々は祈りを知り、支え合い、浄められる。信仰とは、ただの救済ではありません。“生き延びるための知恵”でもあるのです」


「……じゃあ、ユランは?」


エディの問いに、シアはわずかに眉を動かした。


「“混沌”と“狂気”は、秩序の外にあるもの。理を超えた力。恐れる者も多いですが……時にそれは“自由”でもあります。

秩序の檻を壊し、正しさを揺るがし、見たことのない景色をもたらす。

混沌からは、芸術も、革新も、生まれるでしょう。狂気の末に、神すら見る者もいる」


「……すごいね」


「“恐ろしい”と“偉大”は、紙一重ですから」


「……でも、なんであえて不吉な意味の神の名を名乗ってるんだろう」


エディは顔をしかめて、空を仰いだ。

どうして、もっとプラスの意味の名を選ばないのだろうか。

呟くと、シアはゆっくりと頷いた。


「それは──お二人の“気質”でしょうね。……そして、“わかろうとする心”もまた、信仰の始まりなのです」


「まぁ、確かにね……」


シアはおかしそうに笑った。

そう言われてみれば、エディも納得して苦笑するしかなかった。

確かに、あの二人の性格上、今の方がそれっぽい気がする。


「外も少し冷えてまいりましたし、中に戻りませんか?」


話が一段落したところで、シアがそう言った。

……あの中に戻るのか。エディは少し憂鬱になった。


エディは既にこの国の市民権を得ている。

聞いていた話よりずいぶん早いのは、きっとあの二人が何かしらの圧力をかけたのだろう。

形式上、国への申請では「神殿に所属する神官」として申請をしたものの、実際はどちらの神殿でもユランやウィルゼの相手をするばかりで、これといった仕事を任されてはいなかった。


ぽっと出のエディが神の威光を借りて働きもせず、時間を食いつぶしていては、信徒たちから反感を買わないかと不安になる。

だが実際には、もはや「そこにいてくれればそれでいい」というような扱いで、まるで自分たちの神様がもう一柱増えたかのような歓迎ぶりだった。


実際、神に近い存在であるエディは、彼らから見れば“神様のような存在”なのかもしれない。

敵意を向けられないのはありがたいことだったが──

やれエディ様、これエディ様と世話を焼かれ、構い倒され、敬われるのにも、エディはどうしても慣れなかった。

正直、相当こたえている。

可愛い可愛いと構い倒された子猫が、ぐったりしている理由が、今ならよくわかる気がする。


しかも、どうやらあの二人は、エディの前では“かなり行儀良く”しているらしかった。

普段は愛想がないわ、話しかけづらいわで、ずいぶん“神様然”としているらしい。


交流しやすい“神に近い存在”としてのエディ。

彼がいれば、ユランもウィルゼも多少は取っつきやすくなる──

そのせいか、神官や信徒たちは、ますますエディの世話を焼きたがるのだ。


だが、それだけではない。

信仰する神の気質を反映してか、信徒たちもかなりアクが強い。


ユランの神殿と比べればまだマシではあるが、ウィルゼの神殿も大概だ。

“沈黙”を司るだけあって、落ち着いていて真面目な信徒が多いのは良い。

だが、どこか刹那的というか、ずれているというか──

突然、ぞっとするようなことを真顔で言い出すことがある。

「そんなことしたら本当に人生が終わるよ?」というような内容を、感情ひとつ動かさずに、まるで事務報告のように語られるのだ。

軽いホラーである。


今日も、とんでもないやり取りがついさっきまで交わされていた。

ひとまずなだめて外に出て、空気を吸って、これで少しは落ち着いてくれただろうと──


シアに促されて神殿の扉をくぐった瞬間、エディは嫌な予感を覚えた。


ぴたりと揃った視線が、エディを迎える。

重い沈黙と、妙に熱を帯びた空気。


先ほどまでここで交わされていた「エディの存在意義」を巡る議論は、一応、彼が軽く否定して中断させたはずだった。

それなのに──


「⋯⋯何の話をしていたの?」


恐る恐る問いかけると、神殿の奥に控えていた信徒たちが、整った所作で一斉に振り返った。

誰ひとりとして笑っていない。無表情のまま、一人が答えた。


「“崇拝の形式”についてです、エディ様」


「……形式?」


「はい。これまでの信仰体系には、“媒介者”が存在しませんでした。しかし、今は違います。

ヴァル=ゼグト様の恩寵を最も深く受けた存在が、我々の前に明確に“形”を持って現れた。

であれば、信仰の矛先が“より具体的”になるのは自然な流れかと」


「……待って。“矛先”って何?今まで通り、直接ウィルゼを信仰すればいいんじゃないの?

なんでわざわざ、間に僕を挟むの?」


別の信徒が、淡々と口を開いた。


「ですが、親しみやすいエディ様を媒介者として据えたほうが、より信仰を集められます。

それに際して、“御姿”を模した偶像の製作、および巡礼対象としての神殿間移動の調整など、各方面への布告が必要になります。

先ほどそのための“肖像画の制作”と“称号の正式決定”について、話し合っておりました」


「や、やめて……宗教みたいな話になってない?いや、宗教なんだけどさ!」


「“神にもっとも近い存在”。それがエディ様の現状です」


「私たちは、エディ様が神々と並び立つ存在であると、自然に理解しました」


「生ける聖遺物として、お身体の一部から加護を得る儀式なども──」


「やめろやめろやめろ!!!!!」


エディは両手を挙げて叫んだ。思わず怒鳴った自分に自分で驚く。

らしくない強い口調だった。が、これだけは譲れない。

理解の範疇を軽く越えている。完全にテンパっていた。

しかもこの人たちは、本気だ。静かに、本気で、これが“正しい”と思っている。


「落ち着いて。ほんとに、落ち着いて。ていうか、僕の身体の一部って……?

いやだよ!?痛いの嫌いだし、絶対やらないからね……っ?」


そのときだった。

ふと、場の空気が変わる。

一部の信徒が、微かに頭を垂れる。誰かがこちらへと歩いてくる、柔らかな足音がした。


「……お帰りなさいませ、ヴァル=ゼグト様」


彼らが“ヴァル=ゼグト”と呼ぶのは、ウィルゼのことだ。

本来の神名らしく、彼を「ウィルゼ」と呼ぶのは、エディとユランぐらいのものだった。


物音ひとつ立てずに、黒衣の神は神官たちの間を抜け、まっすぐにエディの前へと立つ。

エディは思わず、すがるようにウィルゼを見上げた。


「ウィルゼ……今の話、聞こえてた?」


「ああ、聞いていた」


その声はいつも通りだった。

穏やかで、静かで、頼りがいがあって──エディの中で唯一の“正気”に思えた。

よかった。これなら、きっとどうにかしてくれる。

──そう、思ったのに。


「君を“神格化”しようという動きは、信徒の間から自然に生まれた。止める理由は、俺にはない」


ウィルゼは、わずかに微笑んだ。


「安心するといい。俺としても、エディを傷つける行為には賛成できかねる。

身体の一部からどうのという話は、やめさせよう。

他の部分については……もちろん、君の意思は尊重する。とはいえ、“見極める”必要はあるが」


「それってつまり、“聞くだけ聞いて無視するかも”って意味だよね?」


ウィルゼは返事をしなかった。ただ、やわらかく微笑む。

その微笑みが答えだった。

──ああ、ダメだ。僕の言葉、ちゃんと届いてない。

嫌な予感しかしない。



このあと結局、なんとか粘りに粘って説得し、信徒たちの“熱意”はようやく収まった。

後日談として語るなら、あの騒動は“ひとまずの決着”を見たと言える。


肖像画の制作は保留。

偶像の話も一旦取りやめ。

“身体の一部”云々に至っては、さすがに信徒の側も思うところがあったのか、ウィルゼの一言で速やかに引っ込められた。


それでも、沈黙と終焉を司るウィルゼを信仰する彼らの、静かで揺るがぬ信念は──今もどこかで、くすぶっている気がしてならない。


その日の夜、ウィルゼとシアは様子を見に来た。

シアは申し訳なさそうに「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたし、ウィルゼも「悪気はなかった」と静かに頭を下げた。

でも──そのどちらの言葉にも、“やめていい”という意味は、ひとことも含まれていなかった。


──僕は、ただ。

ごく普通に暮らしていたいだけなのに。

普通に働いて、休日にはのんびりして、時々誰かと笑いあって、夜は安心して眠りたい。

どこか、普通の村みたいなところで、神の加護なんかなくたって……。

それだけのことを口にしたのに、誰ひとり「いいね」なんて、肯定の言葉を返してくれなかった。

……ねぇ、そんなに“普通”って、難易度高いの?

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