第47話 邂逅
「ほい脚を切って、はい糸避けて、ここで槍を取り出してひと差し……ん、間違ったかな……?」
必殺技の開発は難航に難航を重ねた。多くの魔物が実験台として投入されては、無駄に生命を散らしていった。でも、こればっかりは仕方ない。有用な初見殺しがそんなにポンポン生まれてもらっても困る。じっくりと腰を据えて、諦めず取り組むしか無さそうだ。しかし、散々ネタにしてきた建石君がまさか正解だったなんて……!! 成果が上がらなかった代わりというわけではないけれど、副産物としてなんと【剣術】と【弓術】が生えてしまった。
「ガハハ、遂に僕の時代が来てしまったようだね。自分で自分の才能が恐ろしいよ」
「クソッ、やっぱスナイパーに近接は無理なのかァ?」
豊成は自分の剣を睨んだ。どっちかというと近接がお前を無理。
「これで【剣術】【短剣術】【斧術】【弓術】【投擲】か。こうなったら【盾術】と【槍術】と【体術】も欲しいな。あれ、【刀術】って別扱い?」
「俺ァ【盾術】あるし、近接用のスキルは1つでいいんだ。【剣術】、【剣術】!!」
豊成は必死で長剣を振り回したが、【剣術】が生える気配は微塵もない。遂には怒りで正気を失い、剣の柄に植物の弦を結び「これは弓、これは弓!!」とシステムの裏をかこうと試みてヒュージボアにどつき回された。
「止めろ、こっちにくるな!!」
「【弓術】! 【弓術】!!」
指を指して笑っていた僕に、大猪をなすりつけんと豊成が迫る。おい、ふざけるなよ! 嫉妬は見苦しいぞ!! だが、蛮族は言葉を解さない。最終的に、僕らは2人で逃げ回るハメになった。ぬかるんだ地面を滑らないように走り……まずい、このままだと深層に突入してしまう!
「右だ! ……3、2、1、今っ!」
獣道脇の藪へと飛び込み、魔物の追跡を躱す。僕らを見失ったヒュージボアはそのまま直進、森の奥へと消えていった。あちゃー、深層行っちゃったか。僕は無言で手を合わせた。来世はこんな危険な森ではなく、安全で清潔で、屋根付きでご飯も出てくるところに転生して幸せに暮らして欲しい。
「全く、誰かさんのせいでひどい目に合ったよ」
「クソッ、ケツが痛ェ! あの野郎どつき過ぎンだろ、絶対許さねェぞ。来世で会ったらミンチにして塩を練り込んだ上で火あぶりにしてやる」
ただのハンバーグじゃねーか。
なんだかやる気も削がれちゃったし、今日はこのくらいで帰ろうか。と振り返った僕らの前に、
「やあ、こんにちは」
その男は立っていた。
僕らは思わず身構えた。何だこいつ? いつからいた!?
「……あれ、通じてるよね? こんにちわ~」
男は片手を上げて、こちらに挨拶した。僕より少し低いくらいの、細身の体躯。深緑色のフードを深く被り、腰には剣を下げている。ボルケスタの冒険者か? いくら魔物に追われていたとは言え、全く気づけなかったなんて。心臓が早鐘を打つ。やけに友好的だが、全く油断はできない。
「ああ、ほら、こっちに敵意はないよ」
男はこちらの警戒心を読み取ったのか、自分からフードを下ろしてみせた。
頭巾の下から現れたのは、透き通るような白い肌と吸い込まれそうな緑の瞳。長いまつげと同じく金色に輝く長髪は、こんな湿気の多い森でもサラサラと流れている。僕がアイドルのプロデユーサーなら、今すぐこの場で紙ナプキンに契約のサインをさせただろう。若い男、というか少年は、薄く笑って僕らに訊ねた。
「ええと、君たちはパーティー同士でいいのかな?」
「いえ、知らない人です」
僕は否定した。こんな哀れな男と知人だと思われたくない。友達に噂とかされると恥ずかしいし……。
「あれ? おかしいなあ」
少年は頭をかいた。だから、付き合ってねーし!
「『アカイシ ホズミ』さんと『フカヤ トヨナリ』さんだよね?」
僕らは後ろへ大きく飛び退いて、獲物を抜いた。ヤバイ。よくわからないけどとにかくヤバすぎる。
隣の豊成とアイコンタクトしたかったが、視線を外すことすら出来なかった。僕らが臨戦体制なのに少年はだらんと脱力し、重心も後ろにかけて隙だらけだ。だけど、この剣が届くイメージは全く湧かなかった。
「ああ、ゴメンね。そんなに警戒しないで」
少年は両手を上げて敵意がないことを示すと、軽い口調で言った。
「僕は、君たちの味方だよ」
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「僕はディーウィット、よろしくね」
少年はそう名乗ると、冒険者ギルドの登録証を掲げた。確かに記されている、ディーウッド、星1つ冒険者。
「そちらはアカイシさんとフカヤさん、でいいのかな? アカイシが名字だよね?」
うーん、これは完全に僕らの情報を抜かれてるな。完全な格上相手に下手な抵抗は危険だろう、僕は腹をくくった。
「知らない人ですね」
「え?」
「だから、知らない人です」
「えー、でも……」
「知らない人です」
少年は混乱している。どうにかこのまま押しきれないかな?
「そんな、アカシとかフカイとかいいう名前は知りません」
「おう、その通りだぜェ」
豊成も乗っかってきた。
「俺の名前はナロゥだ」
「僕はジョゼッカです」
「ええ……」
少年は呆れた目で僕らを疑っている。
「ふーん……本当?」
来ると警戒していたら分かる。それとも分かるようにしたのか? 少年は確かに僕たちを【鑑定】した。
「うーん、やっぱり合ってると思うけどなあ。君たちの【偽装】のレベルじゃ僕の【鑑定】は防げないよ」
おいおい、こっちはレベル3あるんだぞ。【魔力操作】持ちの舞戸君だって、レベル5のうちは抜けなかった。つまりそれ以上の【鑑定】持ちってことだ。レベル6って国に数人って話だったと思うんだけど……いや、ボルケスタの冒険者にならそういう人員がいてもおかしくないのか……?
「ふーん、なんだか面白い職業についているみたいだね。スキルを見る限りは斥候と狙撃手って感じだけど、それにしては【斧術】なんかもあるし」
少年はヒゲも無いのに顎を撫で、興味深そうに僕らを見て言った。
「やっぱり勇者様は違うね」
僕は【木の葉隠れ】を発動、インベントリから手持ちの死体を全部放出して全力で逃げた――
――はずたっだ。
身体が、動かない。足を一歩踏み出すこと、口を動かすことさえできなかった。
こいつ……っ!?
残念ながら豊成も同じようだ。僕らは完全に捕らわれていた。自分の呼吸音がひどく大きく聞こえた。
「ああ、ゴメンゴメン。ここで君たちを逃がすと面倒なことになりそうだから、ちょっとね。でも本当に敵意は無いんだよ、信頼してほしいなあ……って、この状態だとさすがに無理かな……?」
ふと、身体が軽くなる。同時に、全身から冷や汗が吹き出した。くそっ、今ので完全に分からされた……!!
ヤバイなんてもんじゃないぞ、こいつ。多分、本気のサルバんさんより、遠い……!!
悔しいけど、今の僕らじゃどうしようもないみたいだ。
「……そうだ、僕が赤石穂積だ」
「……いいのか?」
「この様子だと隠しても無駄でしょ。必要なのは命乞いだよ」
「もー、大丈夫だって言ってるのに」
名前や職業はともかく、最近獲得したばかりの【斧術】に触れてるってことは、僕らのステータスは完全に筒抜けだ。僕ら正直に白状した。
「うんうん、大丈夫だよ。君たちの情報は誰にも言わない」
と言われても信じられねーよ。どう考えても星1冒険者の実力ではない、何なんだこいつは。僕は冷や汗が止まらなかった。
「あー、と言っても信じられないよね。じゃあ、こっちの秘密も明かそう」
少年は数歩僕らに近づくと、悪ふざけを共有するいたずらっ子みたいな顔で言った。
「僕は――エルフだ」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……あれ? 全然驚いてないね? あっ、もしかしてエルフが何か知らない?」
少年は何故か慌てている。
「……エルフってあれですよね、森に住んでて、耳が尖ってて、弓が得意」
あと自意識過剰なのは今知った。
「うん、それそれ。あ、耳は魔法で隠してるんだ、ほら」
少年が自分の耳を撫でると、さっきまでは丸かったはずの耳の形が変わっていた。尖っている、と言うよりは長い、ジャパニーズエルフ耳だ。
「まあでも、今ので分かったよ――君たちは、エルフを知らない」
思わせぶりなのも今知りました。確かに、ボルケスタに獣人の姿はあったが、エルフを見た覚えはなかった。
「おかしいと思ったんだよねえ、普通ああいうシチュエーションでは真っ先に魔神かエルフを想像するんだけど、そんな素振りがないんだもん」
少年は1人で納得している。何故かニコニコと嬉しそうだ。謎も解けたことだし、このまま帰してくれないかな? ダメ、か。
「そっかー、じゃあ教えてあげるよ」
さっきよりも強い力が放たれ、圧迫感に押し潰されそうになる。僕の足は震え、呼吸もままならない。
「エルフはね、わかりやすく言うと」
少年はニヤリと笑って言った。
――上位種さ。




