第48話 エルフ
やった~勝った~。
「とても単純な話だよ。人間の寿命は60年、実働時間は40年もあればいいほうだ。その間に頑張って頑張って頑張って、レベルを30まで上げれば一流と呼ばれるようになる。スキルレベルなら5だね」
僕たちは西の森の深層で、焚き火を囲んでいた。適当な広場に椅子を取り出して座り、机に並べた料理をつまむ。串焼きやパン、ワインにスパイスも大放出、とっておきの大盤振る舞いだ。火にかけられた鍋には、ぐつぐつとスープが煮えていた。
「レベル40に到達すれば超一流、一国でも数えるほどしかいない。功績によっては国の歴史書に名前が残ってもおかしくないだろうね」
エルフ氏がホットワインのカップを手の中で回しながら語る。
うーん、すっかりおもしろおじさん扱いしてたけど、やっぱサルバンさんって超一流なんだな。パランカさんも普通に一流だ、それだけの能力がありながら、どうして料理は三級品に……僕は屋台で買った串焼きを齧った。
「そして、50レベルやスキルレベル7にでもなれば、世界的な伝説だ」
パチパチと焚き火が爆ぜる。風一つない空間を、煙がまっすぐに上っていった。
「だけどね、エルフは当たり前に数百年を生きるんだ。最初の200年もあればレベルは100を超えるし、スキルレベルも10は行く。人間の中にはレベル上限が99、スキルレベルは9や10が限界だと唱える人もいるみたいだけど、エルフから見ればお笑いだよね」
氏はごく自然にそう言った。大人が自分と子供を比べないように、エルフは人間を比較対象と見ていない、そんな態度だ。確かに、レベルが2倍も3倍も違えば争いにすらならない。見下しですらない物理的な事実、ということなんだろう。
事実、夜の深層でこんなに余裕をかませているのも、エルフ氏のオーラを恐れて魔物たちが寄ってこないからだ。更には氏の防風・防寒・防諜の風魔法のお陰で野外でも快適。豊成のレベル2【風魔法】とは違う、本物の魔術の力を身をもって体感していた。
「あ、でも人間は実際にレベル10が限界なのかも、6以上の人って見たこと無いし。君たち、11まで上げてみる気はない? あー、勇者だからサンプルにならないか。いや、勇者のデータを取るのも重要ではあるね」
このディーウィット氏、好奇心旺盛というか、ちょこちょことマッドサイエンティスト的な部分が顔を出すのは気のせいだろうか。強大な力を持つ倫理観ゼロの科学者、最悪過ぎる。いざとなれば豊成を手術台に捧げる必要があるかもしれない。全てのエルフがこんな感じとか無いよね? 僕は鍋をかき混ぜながら訊ねた。
「その、ディーウィットさんはどのくらいのレベルなんですか?」
「具体的には秘密だけどね、3桁は余裕とだけ言っておくよ」
これ倍どころか10倍まであるな。僕らは全力で媚びた。
「さすがディーウィットさんっス!」
「ディーウィットさんに一生ついて行くっス!」
「ええ……」
こんな相手、勝てるわけがない。生き残るためなら無い袖も有るケツも振りまくる所存だ。12月の標語は「褒め殺し よいしょ幇間 イエスマン」に決定した。
「何、その語尾……あ、口調は普通でいいよ、というか普通がいい。僕、こんななりだろう? 敬語を使われると、そこから足がつきかねないからね」
小柄なエルフ氏は、見た目だけなら僕らと同い年くらいに見える。星1つ冒険者だから普通に先輩ではあるんだけど、確かに不自然かな?
「なるほど。ディーウィット? ディーでいいの?」
「ディーだね」
コードネームっぽくてかっこいい。僕らも永とか四位とかいう名前になって「イーッ」って奇声上げたほうがいいかな。
「どこまで話したっけ? ああ、それでエルフがその気になれば、人間を100回は滅ぼせるくらい力の差があるんだよね。でも、エルフは人間に興味が無い。自分達の森に侵入してくる魔物の一種くらいの扱いだよ。はは、僕みたいに自分から人間の調査に行きたいなんて言い出すのは特別、里では異常者扱いさ。魔族に対してはもう少し対等扱いかな、彼らは強大な個体もいるからね」
人類、多少頭のいいゴブリン扱いってこと? 大体合ってるけど。僕は蛮族らしく鳥モモの骨をベロベロとしゃぶった。
「でね、遥か昔、大陸の大部分を支配した人間の王様が勘違いして、エルフに喧嘩を売っちゃったんだ。エルフ自体の被害は極めて軽微だったんだけど、彼らは森林を焼いて回りエフルを激怒させた。うん、そりゃあひどいことになったよ? 結果、エルフと人間の間に相互不可侵の盟約が結ばれた」
ついでにエルフと魔族の間でも結ばれたけど、人間と魔族の間では交渉は決裂、今でも争っているらしい。うーん、蛮族。
僕はスープに手を付けようとした豊成を跳ね除けた。馬鹿野郎、こっからハーブを入れてもうひと煮込みするんだよ!
「だから僕はエルフという身分を隠し、人間として活動しているわけさ。表向き、エルフは人間の領域にはいないことになっているからね。森に引き籠もってるエルフだけど、情報収集の重要性くらいは分かってるんだねえ。あ、公にされてないだけで一応盟約で認められている範囲だから合法だよ」
さて、とエルフの少年は居住まいを正す。
「で、ここで問題になるのは盟約を締結した主体さ」
なるほど、そう繋がるのか。
「……つまり、僕らの出自が鍵だと」
ディー氏はよく出来ました、と言って目を細めた。
「君たちは勇者、異世界人だ。この世界の人間ではない、つまり盟約の範囲外ってことさ」
盟約で定められているごく限られた経路以外で、エルフと人間が交わることはない。でも、勇者様ならその限りでは無い。
これは、かなり踏み込んだ話に思える。
「じゃあ、僕たちが元の世界に帰るのに強力してもらえるってことですか?」
「あー、そこは微妙なんだよねえ。君たちを召喚師したのはこの世界の人間だろう? ちょっと難しいと思う」
チッ、この役立たずめ!!!!
「そんな顔しないでよ。僕たちエルフとしては、異世界の人々が不当に呼び出され、強制的に戦争へ駆り立てられるのは不当だと考えている。被害者の君たちには協力する用意があるよ。ただ、盟約があるからね。この世界での争いには、エルフとしては介入できない」
へえ。
「エルフとして?」
「そう、エルフとして」
「……人間の星1つ冒険者、ディーウィットさんとしては?」
エルフの少年は笑った。
「現地の人間として溶け込んでいるエルフが、現地の人間として活動する分には何も問題は無い」
よしよし、筋道が見えてきたぞ。
「ただ、もう僕はエルフとして君たちの話を聞いちゃったからね。この問題には人間のディーとしても介入できない」
「やあ、ここらじゃ見ない顔だね。始めまして、僕はアカイシ・ホズミ。よろしくね!」
「俺はフカヤ・トヨナリ。初対面で突然だけど、僕たちのために命をかけて戦ってくれないかな?」
「ええ……」
見知らぬエルフはなぜか困惑顔だ。チッ、駄目か。今のはOK出す流れだっただろ、さっきから期待させるだけ期待させやがって!
「普通は見ず知らずの相手のために危険なんて犯せないよ。君たちも一介の星1冒険者に勇者であることは明かさないだろう?」
「じゃあそっちが勝手に僕らを【鑑定】して、勝手に全てを理解して勝手に手伝ってくれてるっていう設定でどうです?」
「ピンチになったときに『泣いているばかりでは、何も解決しないぞ!』って助けに来てくれる、仮面をかぶった謎の師匠ポジションでいけるな」
「タキシードも着せよう」
名前は山本でいいかな。
全ての問題を解決する名案だと思ったけど、エルフ氏のお気には召さないらしい。正解が別にあるのか?
「あ、分かった! 記憶を消す系の魔術!!」
「異世界人相手にそんなの使ったら、僕もう里から一生出してもらえないよ……」
「仕方ねェ、適当なスライムの角に頭ぶつけて記憶飛ばすかァ」
こいつは【クリーン】でいけるんだけどなあ……。
「勇者召喚って、盟約で禁じられているんだよねえ。王国が召喚した証拠があるなら、介入の余地はある。でも、それの発見は偶然でなければいけない。これは難しいよ、公式にはエルフはここにいないことになってるからね」
「よし、オレたち3人が偶然知り合って、そのうち2人が偶然勇者で一人が偶然エルフで、偶然野盗に身をやつして偶然王宮に押し込み強盗キメたら偶然とんでもないものを見つけてしまって偶然どうしようてのはどうだァ?」
「こっちからじゃなくて相手から手を出させればいいんだよ。ディーが骨の2、3本でも折られれば正当防衛でいけるいける」
「……僕も大概だという自覚はあるけど、君たちも凄いね……」
ファンタジー世界だし、エルフスゴイマホウで骨折の1つ2つくらい一瞬で治るからいけるいける。知らんけど。
「うーん、王国ってまだ健在だよね?、召喚術の失敗で国が滅びてて、君たち勇者だけ残ったとかならどうにかなるんだけど」
「よし、滅ぼそう」
僕は決心した。なるほど、これが正解か! 道筋が見えてきたぞ!!
「勇者とエルフ以外を消滅させれば介入じゃなくなるってことかァ。こちとら勇者様だぜェ、国の1つくらい楽勝で燃やせるだろォ」
「王宮だけでいい感じです? 王都もチリにしたほうが?」
「ええ……」
なぜかディー氏は乗り気でないようだ。これも違うっていうのか!?
「それはもう紛争だから介入できないよ……」
「紛争じゃないならOKッスか!?」
「やるなら一瞬でやれってことッスか!!!!」
おかしい、どんどんハードルが上がってる気がするぞ。普通にみんなを助けに行ったほうが簡単なのでは……?
「あァッ!! いやァ、すっかり伝え忘れてたぜ! そういえば王国滅んでたわ! 今思い出した!」
「!? 確かにそうだね! 王国、召喚術の暴走で全部吹き飛んでた気がしてきた!」
「……なんか、救いたくなくなってきたな、勇者……」




