翼
何故か作者の中で、ナオの声が梶裕貴さんで脳内再生されます。うん、最終話で書くことじゃないねっ!
「ジン、もう体は大丈夫なのか?」
ナオがいつもの泰然自若とした様子でジェイに向かい合うジンを見て行った。
「ああ、誰か知らないが、ナイチンゲールが乗っていたようだ。」
そして、ジェイの机に置いてあるチップを手に取る。
「せっかくお仲間が拾ってきてくれた“ジョーカー”は、お気に召さなかったかな?」
「悪いが、手札は間に合っていてね。」
「大量に捨ててしまえる程に、な。」
言い合い、笑みを浮かべるジンとジェイ、しかし、その性質は全く逆の物だ。
「ドク、息子の教育がなっていないぞ。敬意が足りない。」
「こっちの言ったこととは、一つ残らず真逆のことをやらかすガキでナ。」
ドクの言葉を聞き流し、ジンは要求を突きつける。
「老人と皮肉を言い合いに来たんじゃない。俺たちの要求はたった一つだ。ここで、船を作らせろ。」
ジェイが怪訝な顔をする。
「お前たちが乗ってきた船以外にか?」
「いや、あの船はまだ未完成だ。ここで完成させる。イノウ・ケンゴの遺産を使って。」
チップをジェイの目の前で見せつける。
「要らないようだから、こちらで好きに使わせてもらう。」
「―――参考までに、中身を聞いておこう。」
「ワープ航法装置の設計図だ。これを使えば、マーズまでひとっ飛びだ。」
マーズ、という単語にジェイが反応したのを、ジンは見逃さなかった。腰に忍ばせたものを握る。
「こっちにはSBの借りがある、それぐらい、構わないだろう。」
「駄目だ、と言ったら―――」
その言葉を言い終える前に、ジンはグロックをジェイの額に突き付けた。
「古い脳味噌は交換できないのが玉に瑕だ。今ある物を吹き飛ばして、新しい人間を置くしかない。」
カルラが動いたが、何か察した様子のナオに腕を掴まれ、止まる。
「私を殺してお前がこの組織を牛耳るつもりか。」
「俺じゃない。そこのナオだ。頭も切れるし、人心掌握も上手い。指導者がいないと何もできないここの連中も、すぐに慣れるさ。」
ジェイは緊張した面持ちで沈黙する。
「あんたは地下政府の目的を知っている。奴らの目的は星外脱出なんかじゃない。“汚染動物”の飼い殺しだ。数カ月に一回くらいの頻度で“本国”に“お伺い”を立てに行っているようだしな。」
テラフォーミングを名目とした、マーズへの訪問。SLIが半官企業となったのも、そのため。
「だんまりは寿命を早めるぞ爺様、ここもまた、ちょっとした地下都市だ。『ダスト』じゃなくても、日に当たらないものはいずれ腐っていく。ここらが潮時だと観念するんだな。」
ジェイが一つ息を吐く。自棄になる可能性を考慮して、一層強く引き金を握るが、次の瞬間、完全に脱力し切ったレジスタンス指導者の顔を見て銃を下ろした。
「ドク、お前の息子なのに、お前よりずっと頭が良いぞ。一体何をした?」
「さぁナ。血は繋がっとらんから、よく分からン。」
ドクが落胆した声を上げる。欺かれていた事実より、友人の身体的、精神的に完全に衰えてしまった姿を見ることが辛かった。
「昔のお前なら頭に銃を突きつけられても、自分の意思を、もっと頑強に貫いていタ。」
そんな声に、しかしジェイは力なく答えるだけだった。
「タマを失くしたのさ。知らない間にな。」
ジェイはタバコを取り出した。ナオがカルラから手を離し、火をつけてやる。
存分に紫煙を吐き出す。
思想なき現状維持だとしても、それが皆を守ることに繋がるなら、という思いはあった。しかし、いつまでジリ貧の撤退戦を続けているのだ、という思いも同居していた。それをジンという、この目に光を宿さない男は看過していた。
「嘘と欺瞞で虚飾された世界だとしても、そこに生きる者が相対的な幸福を享受できるというのなら、それでいいと思っていたのだが―――」
「そんな分別わきまえた連中ばかりじゃないのさ。どんな群れの中にも、分不相応に空を飛びたがるペンギンがいる。俺はそんな奴に賭けたのさ。現在進行形で大負けだが。」
ジンの言葉に、ジェイが笑った。もう何十年も笑うことを忘れていた者の笑みだ。
「もうベッドできるチップも尽きた。後はこのジョーカーが奇跡の手を見せてくれることを、祈るだけなんだ。」
チップに軽くキスをして見せるジン。
「分かった。良いだろう。」
あくまで余裕を浮かべ、自らの美学を貫くジンに、ジェイが言った。
「出世払いなどできはしない。借金を踏み倒す代わりに、ここの施設を使いつぶしてしまって構わない。お前の言う空を飛びたがるペンギンの理想に、付き合ってやろう。」
「結局ここで暮らすのかよ。しかもまたタダ働きとは。」
ナオが残念そうに言う。しかし、不服そうではない。
「総司令、では、エイラを……姉を、救出に行って下さるのですか?」
カルラが嬉々とした声を上げる。
「いや、今ここは迎撃態勢を取っている。どちらにせよ、エイラ大佐の下には―――」
「俺が行こう。」
「ジン!?どうして。」
ナオが驚くが、ジンはあっけらかんとした調子で言う。
「スパナを落とした。」
「はぁ!?」
驚愕の表情を浮かべるナオに、腰にぶら下がった工具類を見せる。
「無いだろう?きっと第一管区のどこかだ。探してくるついでに、ちょっと革命軍を拾ってくる。」
二の句が継げずにいるナオの肩に手を置くジン。
「あとは任せた。」
その言葉に、今生の別れを感じたナオが引き留めるための手を伸ばす。が、果たせず、肩を落とす。
「待て、クソガキ。」
ドクの声に立ち止まる。
「何でお前が行ク?」
「旧友が暴れていそうなんで、止めてくる。腐れ縁っていうのは面倒だな。」
「何の為ダ?」
顎の辺りに手を当て、少し考えた後、言う
「―――デートの約束かな?」
「レンの為カ?」
沈黙。今度は額の辺りを掻く。そして、カルラの方を見る。白い髪、白い肌。
「死んだ奴の為に、何ができるんだ。全部、自分の為さ。」
「死ぬなヨ。」
「……。」
ジンはそれには答えず、そして誰にも会わず、トーキョーを去って行った。
※※
SLIの本社、警備部のガーランドのオフィスに入ると、小男が銃を構えて待っていた。
「ヴォーレン、何をしている。」
全身を覆う黒衣を見に纏った男を見て、冷や汗をかき、声も震えていたが、射線は真っ直ぐ自分を捉えている。
窮鼠猫を噛む、と言ったところか。ヴォーレンは手に持った銃を下げ、無抵抗の意思を示す。
「社の人間を殺して回っていたところだ。政府の方も騒がしくなっているようだな。」
「お前の独断専行が招いた結果だ。責任は取ってもらうぞ。」
無能な人間ほど責任逃れが上手くなる。ヴォーレンはつまらなそうに言った。
「浅ましい愚民政策で、全てを欺き続けてきたツケが回ってきただけだろう。俺の為すことはその結果だ。つまり、貴様らの自業自得だ。」
射線はぶれない。最後の最後に、この男を少しだけ見直した。
「言いたいことはそれだけか。我々にも大義がある。お前のようなドブネズミに、壊されてたまるものか。」
ヴォーレンは黒衣の前を開けた。そこにあるものを見たガーランドの手元がぶれ、その隙をついて強化弾がSLI幹部の顔を吹き飛ばした。
追い詰められた鼠も、せいぜい噛みつくことくらいしかできない。死という絶対的な運命からはどうあっても逃げ切れない。
「この世界にも寿命が来たということだ。ガーランド、貴様の仕事は終わりだ。ゆっくり休むがいい。」
ヴォーレンは再び黒衣を纏うと、歩き出した。全てを終わらせるために。
※※
慎重を期してきたつもりだったが、ここまであっさりとB5に潜入できるとは思わなかった。
「エイラ、これは罠かもしれないぞ。」
自分についてきた五人の仲間の一人から声をかけられるが、だからといってここで退くわけにもいかない。自分たちはもう、後戻りのできないフェイズまで作戦を進行させてしまった。
「トーキョーからの援軍は、望めそうもないな。」
カルラは上手くやってくれているのだろうが、何の連絡もないところを見ると、本部との交渉は難航しているものと見えた。仕方がない。最悪は、自分たちだけで政府との“血みどろの交渉”に臨まなければならないだろう。
「あそこだ。」
仲間が声を上げる。B5の中心にある、ドーム状の建物。そこからさらに地下に下ったところに、地下政府の要人たちが集う議事堂があるはずだった。
ここまでは隠密行動のみで潜入できたが、警備の厳重なここからの戦闘は不可避だ。エイラは肩に下げたアサルトライフルを構え直す。
「作戦行動“DD”を開始、皆、私に続け。」
“Digout The Dast”。地下で腐りきった真実の全てを掘り起こし、白日の下に晒す。その結果が何であっても、後悔はしない覚悟はできている。
瞬間、爆発が起こった。
※※
煙を立てる地下政府の玄関ホールへ向かうヴォーレンを、煤だらけになったジンが待っていた。
「SBで突っ込むとは、お前らしくないがさつなやり方だな。」
「主義なんて高尚なもの、持っていないさ。」
相変わらず余裕ぶった口調だが、自分の与えた傷は完治していないはずだった。
「手負いで俺は殺れんぞ、ジン。」
ジンはかぶりを振り、ヴォーレンの背後を指差す。
「ジェイから作戦変更を伝えに来た。作戦行動“DD”は解除。直ちに帰還せよ、だ。」
衛兵を無力化し、ヴォーレンの背中を狙っていたエイラたちは目を見開く。
「―――それを伝えに、わざわざこんな自爆テロみたいなことしに来たって言うの?」
エイラの苦笑交じりの言葉に、屈託のない笑みで返す。
「デートの約束、忘れるなよ。」
「浮気性の男は嫌いよ。」
「話は済んだか、ならばとっとと行け。俺はこいつに用がある。」
ヴォーレンに向けた銃を下ろそうか思案するエイラだったが。
「いいんだ。後はこっちに任せて、早く行け、エイラ、カルラが待ってる。」
エイラは仲間たちに目配せすると、去って行った。
「ようやくだな、ジン。この日を待ちわびたぞ。」
ジンはグロックをヴォーレンに投げ寄越す。
「レンを死なせた俺に、言いたいことがあるんだろう。そのあとで殺ればいい。」
静かな物言いに、滅多に感情を露わにしない鋭角な顔が歪む。
「何故お前はいつもそうなんだ!ジン!」
ジンのグロックを構え、激昂する。歪み切った嫉妬、怨憎、悲哀の全てを叩きつけるように、叫ぶ。
「お前も分かっているはずだ!この世界が、どうしようもなく絶望に塗れていることも、それはどうあがいたところで覆すことのできないものだと!お前の目は俺と同じだ!なのに何故!お前は俺と違うものが見えるんだ!!」
旧友の、初めての涙を見たような気がしたジンは、自分の胸に手を当てる。
「俺の目には、何も見えちゃいない。ずっと空っぽのままさ。ただ、ここに、ある女がいる。そいつが俺の、いや、俺たちの知らない景色を見せてくれたのさ。ヴォーレン、お前だって気付いているだろう。」
その言葉を、しかしヴォーレンは否定した。
「―――いや、俺には何もない。」
グロックでジンの胸を打ち抜くと、一瞥を送ることなく傍らに銃を投げ捨て、地下都市最下層へと入って行った。
※※
常夜灯のような灯りが照らす議事堂内を、不穏な沈黙が包んだのは、定例議会のために地下政府議員の全員が着席し、進行役のガーランドがいないことに気付いた直後だった。
円卓の上に降り注いだ、いくつもの塊が、人造燃料だと気付いた者から悲鳴が上がる。
「誰だ!?こんな場所に『ダスト』を―――」
「早く撤去しろ。汚染されたらどうするつもりだ。」
「マーズの議会に出席できなくなるぞ。」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑いながら悲鳴を上げる議員たちに、鋭利な刃物が突き刺すような声が降ってきた。
「望み通り撤去してやろう。この世界が溜め込んだ、『ダスト』を、貴様らの血だまりで浄化する。」
次の瞬間、議事堂最下層の円卓に人が降り立った。
「お前、確か―――」
「名前など無い、ただの死神だ。この世界の全てに、引導を渡す。」
「おい!誰かこいつを殺せ!」
「やってみるがいい、その前に、ここに撒き散らした人造燃料に俺が銃弾を撃ち込む。」
血に塗れた阿修羅の如き形相で、ヴォーレンが告げる。体に括り付けた人造燃料をばら撒き、あとはここを火の海に変えるだけだったが、その前に、やっておきたいことがあった。
「懺悔の時をくれてやろう。貴様らの行ってきた浅はかな愚民政策を、今ここで悔い改めろ。」
「な、何を言っている!我々は何も間違ったことなどしていない!」
「そうだ、こうする以外に、どうやったらこの星の人類が生き延びることができるというんだ!」
ヴォーレンは、目の前で死の恐怖に震えている政府の人間たちを見渡した。
「ふん、生き延びるほどの価値もないからこそ、人間は自らを滅ぼしたのだろう。しぶとく他の世界に逃げても結果は同じだ。答えは既に出ていたのだ、我らの祖先が行った行為によって。」
醜いな。この世界と同じだ。
「終わりだ。」
引き金に手を掛ける。
「ヴォーレン!!!!」
先刻のヴォーレンと同じく、五階層から飛び降りてきたその影に、素早く銃を構える。が、その影が投げたスパナによって、手から弾き飛ばされてしまった。
着地したツナギ姿の船大工は、すでに銃を構えていた。
「派手にやり過ぎるなって言ってるだろう、昔から。」
「ジン、レンのところに、俺は行けるとおもうか?」
ジンの目を見つめる。今まで見てきたものとは違う、光が宿っていた。いや、これは、ジンのものではない。
「あいつなら、地獄から引っ張り上げてくれるさ。」
目の前のジンの体から抜け出すように、一人の女が現れた。
「……そうか。」
レンが、微笑んでいてくれていた。
それを最後の記憶にして、ヴォーレンに闇が訪れた。
※※
―――カミセ。
「アヤちゃん……。」
神妙な面持ちで居住スペースに訪れたナオに、訝しげな視線を送る。
「どうしたんですか?ナオさん。」
「いや、なんでもない。あれ、何持ってるんだ?」
アヤが恥ずかしそうに言う。
「ここの人に無理を言って譲ってもらいました。初めて会ったとき、ジンさんのお酒を全部飲んじゃって。今さらですけど、弁償です。」
“ジン”、か。
「そうか。怪我が治ったら、飲ませてやろう。」
ナオは言って、ジンから託された仕事を終わらせるため、船大工たちを集める声を上げた。
※※
額を撃ち抜かれたヴォーレンが倒れるのを見届けると、ジンは銃痕のついたスパナを拾い、言った。
「ナイチンゲールさんは眠っている怪我人の唇を奪うだけじゃ飽き足らなかったようだな。」
胸ポケットに忍ばせた人物を思い浮かべながら独り言ちる。そして、一つ息を吐き、『ダスト』に塗れた床に座り込んだ。
「さて、お偉いさん方、この始末をどうつける?」
議事堂は静寂を取り戻していた。議員たちは呆けた顔のまま、ジンを見ている。
「友が二人、待っているからな。別にこの場で死ぬのも悪くない。いつまでも真実を地下深くに隠しておけると思うならそうすればいいさ。だが、翼は出来上がりつつある。」
マーズに向かう彼らに、何が待っているかは分からない。だが―――、ジンは笑って、言った。
「俺の言っていることが分かるか?もうじき、ペンギンが空を飛び始めるってことさ。」
fin.
ありがとうございました。これにて本編終了です。が、これもまた、もうちょっとだけ続きます。間違ってもラブコメは始まりませんので、ご安心ください。




