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Cosmos of Penguin  作者: 祖父江直人
#5.PENGUIN
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18/20

トーキョー

“旧時代”という言葉の意味が明らかになります。

 環境破壊、星にイレギュラーな出来事が頻発したことにより、世界人口は五分の一にまで減少、南半球は干ばつによりほぼ全滅。北半球も、寒冷化と『ダスト』汚染のダブルパンチによって人の住める環境は赤道より北のわずかな面積のみとなった。


 かつて日本と呼ばれていた“地表第三管区”及び“第三地下政府”は、その残り少ない人類が居住可能な土地であり、人類にとって重要な生存拠点の一つだった。


 その中にあって、地図上の空白地帯となっている“カミセ”の存在は独特である。


 “爆心地”と呼ばれる『人造燃料』製造プラントのあった五つの都市のうち、最も早く資源開発に成功し、世界経済の中心に躍り出たものの、その衰退は突然に訪れた。


 隕石の落下。何の前触れも無く現れた宇宙からの来訪者は、プラントのある海を直撃し、カミセを飲み込み、津波によってあらゆるものを破壊した。


 そこから使用済みとなった燃料が漏れだし、近隣の海を汚染した。結果的にこの出来事が、人造燃料に重大な欠陥があるということを知らしめ、人類は他惑星への移住計画を始めた。


 カミセは今、この状況にあるこの星の“旧時代”が終わりを告げた場所である。海に飲まれた街は打ち捨てられ、国は地図上からカミセの名を消した。現在の地名は洋上J-56海区。しかし、平面から見れば消失したように見えても、そこには確かに土地があるのだ。


「昔からお偉いさん方の考えることは一緒だな。」


 ナオがひとりごちる。反政府レジスタンスの船に誘導されるままついたそこは、海から突き出た辛うじて陸地となっていた場所だった。


「ここが基地?」


 アヤが不思議そうに言うと、突如足元から地割れのような音が響いた。


「隕石が降っても津波が来ても、自分たちだけは逃げられるように穴を掘っておく。時代は変わっても、人は変わらないんだなぁ。」


 面倒くさそうに言うナオが輸送船を動かし、音の真上に来ると、陸地の一部が割れ、船の発着場が顔を見せた。


「うわぁ、すごい。」


 アヤが驚嘆する。100mほど大きく割れた地面へ、輸送船が吸い込まれていく。


「街の高台に穴を掘って、緊急避難シェルターにしていたんだな。カミセは重要な都市だったからだろうが、今ではレジスタンスに乗っ取られてるってわけだ。作っておけばいいってもんでもねぇな。」


 ダンが痛快だというように笑う。


「カルラ、ここがあなたの故郷?」


 アヤが訊く。


「いいえ、さっきも言ったけど、私もここに来るのは初めて。むしろあなたの故郷に近い場所なんじゃないかしら。“イノウ”のルーツは日本だし。」


「そうなの?お母さん。」


 アヤがデッキの片隅に座る母親に尋ねる。


「そうよ。お父さんのおじい様は、このトーキョーの生まれだったはず。これから暮らしていくには、丁度いい土地ね。」


「さぁ、トーキョーだ。土産屋はどこだ?」


「何をしに来たんだお前は、とっと降りるぞ。」


 ナオを急かすダンと共に、ネルたちも続く。アヤは船から降りる途中、またジンの様子を見に行った。


「ジンさん―――」


 ジンは眠っていた。どうやら危険な状態は越えたようだ。汗も退き、安らかな寝息を立てている。


「アヤちゃんのキスが効いたのかしらね。」


 心臓が縮み上がる言葉が背後で響く。ネルだった。


「何で知ってるんですか?」


 見られていたのか、と恐る恐る訊く。すると「あら、本当にそうだったんだ。」という声が返ってきた。


「嵌められた……。」


「ごめんね。」と謝りながらネルが、ジンの枕元に近付く。


「いつもあたしより早く起きる癖に。あんたの寝顔を見るのは初めてかもね。」


 ジンの顔を、そっと撫でる。その動作に、特別な情を感じたアヤが口を開く。


「ネルさん、あの―――」


「いいの。何も言わないで。」


 しかし、遮られる。ネルは微笑みながら、アヤに近付き、そして、そっと抱き寄せる。


「ネルさん。ごめんなさい、あたし、ネルさんの気持ち知って―――」


「いいって言ってるでしょ。恨んだりしないわ。ただ、これだけは約束して。」


 背中に回された両腕が肩に移動し、ネルの顔が目の前に来た。こうして見れば見るほど、美人だった。


「あなたは、ジンより先に死なないであげて。」


 やや潤んだその双眸からは目を逸らさず、アヤははっきりという。


「はい。絶対に。」



※※


 船の発着場に降り立つと、軍服姿の三人の男が出迎える。


「リョウ!出迎えが少ないゾ!」


 中央に立った背の高い男に向かってドクが威勢のいい声を上げる。


「申し訳ありません。突然だったもので。」


「ふん、堅物メ。相変わらず冗談の通じん奴ダ。奥に通セ、茶と将棋の準備はできているカ。」


 ずんずんと先に進む小さな老人を、慌てて追うリョウ。ナオたち『CASPER』のクルーも、彼らに続く。


「それにしても、殺風景な場所だな。基地っていうか、格納庫だ。」


 いくつかの船やSBと、その整備士の姿が見えるが、それ以外にはほとんど何もなかった。


「仕事は多そうだ。ここの連中、全く船の手入れがなってねぇ。」


 ダンがちらりと一瞥して言い放つ。


「ところでリョウさん、このちっこい爺様に、何の弱みを握られてるんだ?」


 ナオが早足で先へ向かうドクの背中を指さしながら無遠慮な質問をするが、リョウは生真面目なトーンで答える。


「ドクさんは、我々の指導者を通じて、多数の船やSBを提供してくださった恩人です。今ここにある船のほとんどが『CASPER』のもの。」


 その言葉を聞いて、ナオがふと立ち止まった。


「え?ちょっと待てよ。おいドク、俺たちが若い頃、やたらとタダ働きさせてたよな。ひょっとしてその時のやつか!?」


 前方に向かって叫ぶ。ドクは背中越しに手をひらひらと振りながら言う。


「そんなこともあったナ。気にするナ。」


「気にするわ!人の労働力を何だと思ってんだ!リョウさんよ、お代はしっかり頂くからな。」


 リョウが「なら、まず指導者にお会いになりますか。」と言ったので、応じる。


「何でも良い。こちとらボランティアじゃないんだ。」


 息巻くナオたちを尻目に、アヤとエリは多少疲れた顔で歩いていた。


「カルラ、大丈夫?」


 先程からずっと黙ったままのカルラに、声をかけるアヤ。


「ええ、大丈夫よ、心配しないで。ただ、私たちの本部が、こんな場所だったんだと思って。」


「それは、基地の広さってこと?」


「ええ。旧時代のシェルターなんてこんなものなのだろうけど、こんな狭いところだったなんて、と思っちゃって。」


 カルラが赤裸々に本音を言うので、アヤは少しうろたえる。


「で、でも、ここが世界を変えようとしている人たちの本部なんだよね。場所の大きさじゃないよ。もっとこう、気持ちの問題っていうか―――」


 必死な物言いに、カルラは少し相好を崩す。


「そうね、ありがとう。」


 そして、ポケットの中からチップを取り出す。


「あ、それ、ジンさんの―――」


「ええ、さっき抜き取っておいたの。これで、地下政府に対抗できるカードができた。これを指導者に渡せば、第一管区で戦っている姉さんたちに支援ができるはず。」


 カルラは自らを奮い立たせるように大きく頷き、歩幅を気持ち広めた。


 そして、その後ろでは、エリが、ダンの妻ミサと話していた。


「可愛いわね。まだ生まれて―――」


「もうすぐ一歳です。気分屋さんで大変。」


 ミサの背中におぶさった小さな顔を指で軽くつつきながら、エリが言う。


「大きくなっても大変よ。突然地表に出て行って『船を作ってもらえるように頼みに行く』って。で、気が付いたら、トーキョーにいる。女の子は分からないわ。」


 大仰に溜息を吐く。


「私も似たようなものです。地下都市に入りたいから私と結婚したようなものなのに、自分から出て行っちゃって。男の子も、分かりませんよ。」


「でも、地下の真実を知っても、留まろうとするような人と、一緒になった?」


 エリが悪戯っぽい笑みを送る。ミサは苦笑する。


「分かりません。でも、ダンは私たちを守ってくれると言ってくれました。だから、付いてきたんです。」


「お互い、変な男に引っかかったわね。娘は普通の人と一緒になってほしいな。」


 それは恐らく無理だろうし、エリもそれを分かっていると思ったので、ミサは何も言わなかった。


「みなさん、こちらです。ナオさんとドクさん以外は居住区で休んでいてください。」


 リョウの声が届き、巨大な両開きのドアが開いた。ついに、反政府レジスタンスの本拠が顔を出す。


「全く変わっとらんナ。刑務所のようダ。」


 ドクが鼻を鳴らし言うように、そこは明るい光に煌々と照らされた刑務所だった。


 50mほどの通路に隔てられた高さ100m三階建てほどの側面部にいくつも扉が付いており、穴倉のような居住スペースが設けられていた。


 来訪者に、何人かの人間が扉の向こうから顔を出す。どうやら兵士ではない一般人のようで簡素な服を着た女や老人のほか、子供の顔も見えた。


「約三万人が暮らしています。おい、女性と、『CASPER』の皆さんを連れて行ってくれ。」


 リョウが両脇の二人に命じる。アヤ、エリ、ミサとダンが左手へ。ネル、カイら残りのクルーたちが右手へと誘導されていく。


「ナオさん、ドクさん、こちらへ。」


「私も行きます。」


 カルラが名乗りを上げる。リョウが無言で頷く。


「ジェイの奴はまだ生きとるのカ。」


「ええ、未だ精力的に、我々を導いてくれています。」


「いっちょまえなことだナ。」


※※


 指令室に通されると、奥の椅子に筋骨隆々の老人が座っていた。深く刻まれた皺を、笑顔の形に歪める。


「ドク、久しいな。」


「将棋でも打つカ?あの時のツケがまだ残っとるゾ。」


 ジェイの半分ほどの身長のドクが旧友との再会をはしゃぐのをナオが制す。


「年寄りの話は長引くから後だ。レジスタンスのリーダーさん。こっちのツケも溜まってるみたいだな。」


 ナオが荘厳な雰囲気を漂わせるジェイの目を見据え、言う。


「済まないな。出世払いということで、ドクからSBを借りてしまっていたが、未だに平社員だ。」


 ドクと同い年ということは70歳に手が届いているはずだが、その声にはまだ張りがあり、ナオは声で頭から押さえつけられる感覚に襲われる。


「最近の若いモンは、がめつくていかン。」


 ドクがナオの方を向いて言う。


「てめぇ、どっちの味方だ。」


「何を言っとル。これから世話になるんだ、礼儀正しくせんカ。」


「世話になる気はねぇよ。燃料を補充したら、とっととおさらばする。」


 ドクが怪訝そうな顔をする。ジェイも意外そうにナオに訊く。


「ここには長居しないのか。しかし、第一地下政府にも追われているのだろう、どこに行く。」


「どこでもいいさ。ここ以外なら。ここは、なんだかキナ臭い。」


 わざとらしく匂いを嗅いでみせる。ジンほどではないが、洞察力に優れたナオには、このレジスタンスという組織に、何か裏があると読んでいた。


「地下に潜ってこそこそやる連中にロクな人間はいない。現に俺たちがそういう人種だからな。」


「それはなかなか説得力があるな。ところで、そこのお嬢さんは誰かな?」


 ジェイが直立不動で立ち続けていたカルラの方を見て言う。声をかけられたカルラは敬礼をして話し出す。


「第一地下政府レジスタンス司令官エイラの妹、カルラであります。ジェイ・クロード総司令官、現在作戦コード“DD”発動をご報告いたします。」


 弾んだ声は、しかし、深く沈んだ低音にかき消される。


「別名あるまで待機、とエイラ大佐には厳命してあったはずだが。」


 少し身を竦ませるカルラ、しかし次の言葉を発する。


「地下都市の管理局と交戦状態に入りましたので、現場判断で作戦を開始しました。こちらをご覧下さい。地下政府との、交渉カードになる情報です。協力者のジン・クライドが入手しました。」


 そう言って、チップをジェイの座るデスクの上に置く。ジェイはそちらを見ようともせず、言った。


「エイラ大佐及び部隊を現時点で除隊処分とする。第一支部は破棄。情報漏洩の危険性を考慮し、只今より迎撃態勢に入る。リョウ少尉、各隊に伝達しろ。」


「は!」


 状況を飲み込めずにいるカルラの横で、リョウが迷いのない声を発し、指令室の外に出ていく。これで部屋の中にはカルラ、ナオとドク、それにジェイだけとなった。


「どういうことダ、ジェイ。しばらく見んうちに、タマを失くしたカ?」


 ドクが鋭い目でジェイを睨む。ジェイは肘をつき、組んだ手を軽く顎のところに乗せ、目を閉じている。


「なるほど、そういうことか。」


 ナオが腕組みをして、何事か納得したように頷く。


「細かいことは分からないが、現状維持を狙っているのは地下政府もレジスタンスも同じってわけか。」


「どういう、ことなんですか……?」


 カルラがやっとの思いで声を絞り出す。戦っているはずの姉が、革命の戦士が、その任を解かれたという事実が、未だに理解できないでいる。


「レジスタンスのジレンマってやつか?自分たちの存在意義である地下政府が本当に壊滅してしまったら、活動を続けていくことが出来ねぇ。あんたらに、ハナっから革命の意思なんてないんだろう。」 


 ジェイがナオを一瞥する。射抜くような視線だったが、ナオは余裕を持ってそれを受け止めた。


「年寄りは短気で困るねぇ。若気の至りでしょ、ちょっとくらい助けに行ってあげれば?」


「お前に何が分かる。」


 ナオは失笑を漏らす。


「出たよ。俺たちには深い考えがあって仲間を切り捨ててるんだって言い訳。あんたは兵士でも戦士でもなくて、政治家だな。」


「旧時代が終わりを告げた瞬間から、『ダスト』汚染の爆心地にいる我々の先祖に、市民権は無かった。汚染された人間を置いて作られていく地下都市を前に、我々は反抗することでその存在を示した。」


「手段が目的になっちゃ世話無いな。敵がいなくなったらその瞬間、あんたらの存在意義も消える。」


「現状維持こそが最善の手であることは、よくあることだ。地下政府のやっていることは徹底した管理社会だが、それでいながらうまく回っている。そして我々も、日々明確な目的を持って日々を過ごしていけている。何もかも変えればいいというものではない。お前も、もう少し世界の仕組みを知れば分かるはずだ。」


 肩をすくめてみせるナオ。このジェイという男と話す価値は、もう無いと判断し踵を返そうとする。


 だが、立ち止まらざるを得なかった。


「ジン―――。」


「老人の茶飲み話に良く辛抱してくれたな、ナオ、あとは、俺に任せろ。」



ちょっと“引き”を意識してみました。では、また明日。

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