地下外円都市
これ、あれだ。一昔前のオリジナルOVAみたいなノリのやつだ 笑
世界が、また広がります。
タイラは、先程から何度も制服の臭いを嗅いでいる。イーダは、それが面白くて茶化す。
「ドブの臭いでもするか?そんなに嗅いでたら、鼻がイカレるぞ?」
タイラは、仏頂面を崩さず、軽薄な公安の先輩を睨みつける。
「軽率でした。」
それだけを返事に、だんまりを決め込む。
全ては自分が悪い。あの地表の“ゴミ”が求めてきた握手に応じてしまったせいだ。着けていた手袋は捨てたものの、服の袖ばかりはどうにもならない。
「まぁ、せいぜい念入りに香水でもかけておくんだな。」
「まずは消毒です。」
あの“ゴミ”の顔が忘れられない。握手の後、しまった、という顔をした自分に、いたずらが成功した悪ガキのような笑みを浮かべたのだ。
普段は地下世界の最深部、最も重要なB5を取り締まる地下政府管理局の自分が、星外脱出の最優先権を持つエリートの自分が猿にすら劣る生活をしている地表の“ゴミ”に侮られた。
その屈辱を晴らす手段が地下にいる間は無い、ということが、余計にタイラを苛立たせていた。
詳細は知らない。知る必要もないが、何故か奴を護衛せよとの命令だ。政府に忠誠を誓った者として、従うほかない。
「御苦労なことだな。政府の犬ども。」
突然聞こえた声のした方を見る。
黒い服を着た男だった。図らずも、先刻“ゴミ”が言ったのと同じセリフを発している。
「何者だ。」
イーダが銃に手をかけて言う。
「ゴミ掃除に来た。」
錐のようにとがった顔の男の口調は淡々としており、冷たさすら感じるほどだ。タイラは、この男はただ者ではないと悟った。
「貴様らと同じところから命令されて来た掃除屋だ。ここからは俺が代わる。貴様らは、とっとと飼い主のところに戻れ。」
高圧的な態度だったが、どうやらSLIの人間のようだ。ならば、とイーダは銃をおさめる。
「待て、私も同行する。」
タイラが男に言う。
「タイラ、何を言っているんだ。」
イーダが咎める声を発するが、タイラはどこ吹く風で言う。
「この男は信用できません。別に、同行することは越権行為ではないはずです。」
無論建前である。先程まで感じていた屈辱を晴らす機会を得たかも知れないのだ。このまま立ち去るわけにはいかない。
「悪いが、この掃除は俺に一任されている。邪魔をするならば、排除する。」
「なんだと、貴様、それが我々に対する態度か。」
タイラが怒気を込めて言う。
「地下の人間の身分など知ったことか。どけ、俺の牙が届かぬうちに。」
この男も地表の“ゴミ”だったのか。タイラは今日二度目の屈辱感に体を震わせた。
「黙れ、地表のゴミが。我々をこれ以上侮辱するのなら―――」
プツン、と自分の意識が切れた。タイラはその額に穴をあけ、ゆっくりと仰向けに倒れた。
「長らく無償の生を享受していると、死の感覚に鈍感になる。俺も、ここに来た当初はその感覚に襲われかけた。」
詩でも読むような落ち着いた声で、男が言った。イーダは、未だに目の前で繰り広げられた光景を頭で理解できずにいた。
「しかし、自ら得物を探し、狩るようになれば元に戻った。やはり、捕食者には、生きた餌が必要だ。そうは、思わないか?」
そして男は、イーダにも銃を向ける。
「貴様は、どうだ。今、この時に、死の気配を感じているか?」
イーダは踵を返して逃げ出した。後ろから撃たれる恐怖を感じながら、思い出した。SLIが雇った、地表に住む男。名は確か、ヴォーレン。
「死の足音を、お前は感じているか?ジン。」
ヴォーレンは中に新たな弾を装填すると、立体起動エレベーターを呼び出す。
―――しかし、来ない。おかしい。どんなに遅くとも三十秒以内に来るはずだ。
まさか、と思い地下都市の中空を見上げる。無数にあるエレベーターが全て停止し、その中で一台だけ、妙な動きをするものが見えた。
超強化ガラス張りの向こうにある顔を見定めると、ヴォーレンの顔に凶悪な笑みが宿った。
―――ジン。
※※
イノウ・ケンゴの秘密ファイルを読んだジンはそれを記憶媒体に移すと、急いで行動を開始した。ラボを出て、立体起動エレベーターを呼び出す。当然、中にスパナは落ちていない。地下都市を縦横に走り続ける中で最も近くを通っていた物がやってくる仕組みだからだ。
まずはここまで乗ってきたエレベーターを探さなければならない。しかし、エレベーターは二十万人が暮らすB4のあらゆるところを、無数に浮かんでいる。一つ一つ虱潰しということになる。
そんなことをしている暇はない。ジンはエレベーター内部のコンソールに手持ちの携帯PCのケーブルを差し込むと、何事か操作し始めた。
「なるほど。なかなかオシャレな構造だな。」
調べると、エレベーターの超強化ガラスの全面には薄い“グラビトンフィルム”が張られており、コントロールパネルの操作によって、自由に動かせるようになっている。
つまり立体起動エレベーターは任意の方向に“動いている”というよりは進行方向に重力場を発生させ、その方向に“落下している”とした方が正しい。
するならば、グラビトンを動かす装置にクラッキングをかければ、このエレベーターを自在に操ることが可能ということ。
ジンは悪戯小僧のように目を輝かせながら、自分が乗るもの以外のエレベーターを停止させた。そして自らの手に堕ちた箱を動かし、落し物探しを始める。
―――なんだ?刺す様な視線を感じ、下を見る。
「ほう。」
懐かしい顔が、そこにはあった。と、同時に、エレベーターの速度を上げる。予想通り、エレベーターが少し揺れる。銃で撃ってきたのだ。相変わらず、血圧の低い顔をしている割に血の気の多い奴だ。
「お前と遊んでいる暇はないんだ、ヴォーレン。カウボーイごっこは、また今度だ。」
さらに撃ってきた。やけに命中精度が良いのは、地下の技術というやつか。そして、超強化ガラスに一発でヒビを入れ、二発で貫通させるほどの銃弾。
ジンは携帯PCのケーブルを抜くと、エレベーターの扉を開け、飛んだ。そして、強制停止から解放されたエレベーターの上部に飛び移る。
「おっと、失礼。」
突然上に乗ってきたツナギ姿の男に、エレベーターに乗っていた男女が口をあんぐりとさせている。
ジンは軽業師のような身のこなしで、さらに新たな箱に飛び移り、スパナを探すが、間もなく中断させられた。
「ジン!!」
狂気じみた怒声に振り返り、ジンは口笛を軽く吹く。
「おっと、随分と仕事熱心になったな。」
ヴォーレンがジンと同じようにエレベーターの上に乗ってこちらに銃を構えていた。
※※
銃弾が放たれる。ジンが肩を抑え、エレベーターから滑り落ちる。
街の中心を流れる巨大な人工河川に落ちていくのを見届け「逃がしたか。」と、呟く。
ジンはこの程度では死なない。ヴォーレンは電話をかけた。
「ガーランド。腕輪を探知しろ。」
※※
ドブネズミだ等と気取ったことを言っていたが、実際に地下の溝を泳ぐのは初めての経験だ。しかし、この溝は水質管理が徹底され、全くの無菌水だったが。
肩から血が流れ出している。血の跡を辿られると水面に顔を出した瞬間に撃たれる。かと言って、潜水にはそれほど自身が無い。
どうするか考えていると、目の端に、何かが行き過ぎるのが見えた。緩やかな流れに逆らって泳ぐ物体。この川に魚や植物などはない。
ジンはその影を追った。
影はしばらく上流に向かって泳ぐと、ある地点で水底の何かにつかまって止まった。どうやらハンドルのようなものだ。それを回している最中に、ジンがその手を掴んだ。
影は案の定人で、潜水服を着た子供だった。ジンは身をこわばらせる子供に構わずハンドルを回し続けた。回していると、水流が変わった。どこかで水門が開いたのだろう。子供がハンドルから離れた。ジンも、その流れに沿って泳いでいく。
そろそろ息が限界に近付いてきたとき、子供が浮き上がった。ジンも続き、水面に出ると、そこは地下都市の造形に似つかわしくない朽ちて錆が浮いた、下水道の処理施設のような場所だった。
「地下にこんな場所があるとはな。ところで君、花火は人に向けてはいけないと教わらなかったか?」
ジンは言って、一足先に陸に上がり銃口を向けている子供に話しかけた。
「俺は怪しい者だが、敵じゃない。ちょっと鬼ごっこをしていただけさ。」
そう言いながら、震える銃口を見つめる。やや狙いが逸れた瞬間を見計らい、一気にアスファルトの陸地へ上がり、子供を押さえつける。防水加工をしていない銃は弾が出てこなかった。
「火遊びはここまでだ。坊や―――あ、お嬢さんだったか。」
身に着けていたアクアラングとゴーグルを取り外すと、碧眼の少女の顔があった。怯えと怒りの入り混じった目を向けている。
「まさか、地下にこんなガキがいるとはな。」
ジンは独り言ちると、子供から手を離し、そのまま上げた。
「この子に危害は加えないさ。それに俺は、B4の人間じゃない。」
下水施設の各所に空いたトンネルから、銃を構えた人影が姿を現し、ジンを取り押さえにかかる。
「殺さないつもりなら、着替えを用意してくれるとありがたい。風邪をひきそうだ。」
そう言った瞬間、銃底で頭を殴られジンの意識は飛んだ。
※※
アヤは母と共に、B1へ向かう500人乗りのエレベーターに乗り込んでいた。しかし、実際に乗る者はほとんどいない。B4より上へ行こうなどと思う住人は、ほとんどいないからだ。
「ごめんね、お母さん。巻き込んじゃって。」
アヤは隣に座る母、イノウ・エリに今一度謝罪する。
「構わないわ。貴女がお父さんの遺志を継いだ持った時点で、こうなることくらい分かっていたわ。」
エリはそう言うと、アヤの肩を優しく抱いた。思い切りは良いくせに、やった後で必ず落ち込む。常に自分の心に正直で、でも、それによって他人が傷つくことは決して良しとしない、優しく不器用な娘に、エリは訊く。
「ジンさん、だっけ。仲間が待っているって言うけど、信用できるの?」
噂は聞いていたが、やはり、地表の人間だ。つい疑うように考えてしまう。
「ジンさんは、大丈夫だよ。あの人だけは、違うから。」
アヤの自信ありげな声を信用したいが、この子の純粋さからいって、およそ人の裏側まで見通せているとは思えない。
「学校の友達には連絡した?」
これ以上この話をしても仕方ない、と、別の話題を振る。
「うん。もうこれ以上は危ないからって。」
言ったアヤの声色から、寂しげな気配を感じ取る。恐らく、もう会えないであろう多くの人のことを思い浮かべているのだろう。
「地表の学校も、結構楽しいかもしれないよ?」
エリは慰めるように言う。そう言った瞬間、自分も気が弱くなってしまった。地表で暮らす。それ付随する諸処の困難を思い、涙が出そうになる。
互いの不安を押しつぶすように肩を抱き合っていると、B1に着いた。
完全な無菌状態と、市民管理の行き届いているB4と比べると、B1は非常に雑多だ。人口はB4の五倍で、あちこちに旧時代の鉄筋コンクリートで作られた数十階建ての公営住宅がひしめき合い、立体起動エレベーターよりも下道を自動で走る四輪駆動のレールウェイマシンの方が多い。
以前、学校の資料館で旧時代の街並みを見たことがあるが、それに非常に似ていた。どこか、まだ人の手の温もりを感じる街並みだった。
天頂の天候プロジェクターは、夕刻を指している。親子は連れ立って、ジンに言われた場所に向かって歩いていくと、その場所の前に、大柄な男が立っていた。
「よぉ、アヤちゃん久しぶり。どうもエリさん。」
「ダンさん!?どうして。」
腕に包帯を巻いたダンはそれには答えなかった。
「やっぱり、こうなったのかよ。」
そう呟くと、二人を自宅に通した。
「何もない場所だが、まぁ、くつろいでくれ。」
くつろいでいる暇など無いと思ったが、本当に何一つ、家具すらも置いていない。アヤは床に座り込むと、言った。
「ダンさん、奥さんと娘さんは?」
ダンは少し唸ると「ちょっと出ていてな。心配すんな。」と、歯切れ悪く言った。
「あの、私たち、何をされるんですか?」
エリが訊く。さっきこのダンという男は自分の名前を呼んだ。ということは、ジンによって、予めアヤの家族は調べられているということ。ここまで、全てジンの掌の上ということだ。
「ああ、まぁ、ちょっとしたことですよ。心配はいらない。」
心配になる口調で言うダン。
「はぁ、やっぱり俺にはこういうことは合わねぇよ。すんませんお二人さん。実は、お二人に、死んでもらわなきゃならない。」
※※
目を覚ますと、松明で照らされた鉄格子の中だった。ざらざらとした感触は土。結局着替えはされておらず、上半身の作業着が無造作に脱がされているだけだった。
「随分と変わった嗜好だな。幼少期にトラウマでも抱えているのか?」
鉄格子の向こう側の人影に話しかける。肩と頭に包帯が巻かれている上半身裸のジンを見ながら、人影が口を開く。
「ジン・クライド。地表の造船技師、ペークドック・クライドの息子。」
「正しくは養子だ。孤児院育ちでね。」
淡々とこちらの素性を述べる人影―――恐らく男に、訂正を入れる。
「それも知っている。盗賊団『宇宙ペンギン』のリーダー。」
「悪いが、そっちは廃業した。今はしがない船大工さ。―――情報が古いな、地下外円のレジスタンスさん。」
人影がわずかに動揺した素振りを見せる。
「よく分かったな。しがない船大工にしては、情報通と見える。」
「分からなかったさ。だが、地下都市は巨大シェルターの二枚貝構造だ。もし地表が崩壊しても、外側のシェルターが壊れるだけで内側は安泰。そのため、二枚のシェルターの間には空間が設けられている。それこそ、もう一つ街が出来る程度の、な。
名付けて『地下外円都市』だ。そんな場所に好き好んで巣を作るのは、美しき志を胸に抱く反地下政府レジスタンスの皆さんかな、と思っただけだよ。」
「外円都市、か。」
「ネーミングライツが欲しかったら言ってくれ。今ならここから出してくれるだけで差し出そう。」
人影が手招いた。ジンは立ち上がり、鉄格子に近付く。
すると、腕を強い力で掴まれた。鉄格子の向こう側に手が突き出される。
「悪いが、お前には死んでもらう。」
言った瞬間、手首に衝撃が走った。金属が落ちる音と、鉄格子が開く音がした。
「市民登録リングを外させてもらった。もうこれで、お前は地下政府より“死亡”したという扱いになる。」
人影の姿が露わになった。歳の頃なら四十歳くらいの、隻眼で隻腕の筋肉質な男だった。迷彩服を着て、軍人のような恰好をしている。いや、本当に軍人なのかもしれない。
「お前を餌に地下政府の人間を釣る算段でいたが、気が変わった。来い。」
「寝床はスイートルームで頼むよ。」
ジンは少し痺れの残る手首を揉みながら言った。




