地下都市
ここからは、http://ip.tosp.co.jp/bk/TosBk100.asp?I=overalive&BookId=4に投稿したものとは違う展開が始まります。
地表―――。
かつて、人・動物が等しく闊歩していた大地は、大量の産廃、通称『ダスト』を詰め込んだ宇宙ステーションの落下により、現在進行形で汚染されている。
浄化する手段の無いダストから逃れる為、人類は生活圏を地下へ移すことを決定。
ノアの箱舟以来と言える移住計画は、その差配に多くの血を流した挙句、現在まで続く、不平等な身分制社会を維持するに至っている。
さらに、SLIら民間企業が始めた『人造燃料リサイクル計画』の為、地下に埋まっていたダストまでが地表を汚染し、地下はより深く、汚染の届かないところまで生活空間を拡充していった。
よって、この時代のこの世界では、より深いところに住む者が安全であり、豊かな生活を享受できるという構造が出来上がっている。
最深部のB5に住む者は、半官半民の企業となったSLIの進める『テラフォーミング計画』の、惑星脱出の優先権が与えられている。
無論、地下政府自体もB5に置かれている。
ヴォーレンは、議事堂に続く通路を歩きながら、隣を歩くSLIの役員に話しかける。
「俺のような生き物を、ここに通していいのか?」
からかうような口調に、役員のガーランドは犬のような顔をしかめて言う。
「問題無い。君は、この企業の警備部門の社員なのだから」
ヴォーレンはその発言を鼻で笑う。
「清掃部門の間違いではないのか。」
「口を慎みたまえ。」
ガーランドが咎めるが、声色に怯えが混じっている。ヴォーレンは尚も言う。
「無菌室のような地下で生まれ育った貴様にはわからんだろうが、血を恐れていては食われるだけだ。肝に銘じておけ、地表の獣は、地下の軟弱な猿には殺せない。邪魔をするな、ジンは俺の獲物だ。」
錐のような横目で睨まれたガーランドは、何も答えない。
牙のない飼い犬はこれで黙らせることができる。残るは、この先に待つ飼い主に、自分がどういう生き物かを思い知らせる必要がある。
そして、奴とは一対一でやる。
「さて、ヴォーレン。今から外に出てもらうわけだが、リングはつけているかね?」
ヴォーレンは、無言で左腕を見せる。B2以下の地下居住者につけられる市民登録リング。これも、白を基調とした美しく幾何学的な地下都市の街並みも、植えられた緑、流れる川までが人工物なのも、正に管理社会を形作る要素の一つだ。
檻に入れられた猿に自由は無い。口の中ですぐに溶ける砂糖菓子のような平穏を受け取るだけの猿のままでいるか、頭の回る猿の下で犬になるか、選択肢は二つのみ。まさにディストピアだ。
自分は違う、死肉を漁るハイエナは、決して人には懐かない。このような腕輪に、何の意味も無い。
「着いたぞヴォーレン、くれぐれも粗相のないように。」
ガーランドが大きな扉を開けた。
※※
政府の人間が一堂に介した議事堂は、地下階級社会をそのまま映す構造をしている。扉を開けると下に向けて吹き抜けになっており、一階層の巨大な円卓を見降ろす格好になる。
その円卓を囲むのが、政府上層部の最重要人物たち。その上の円周には政府の議員たち、その上にはSLIの幹部、四階層に管理局のエリート層が配され、ガーランドは一番上の五階層から声を張り上げた。
「地下政府の皆様、失礼致します。SLI警備局部門の責任者、ガーランドでございます。」
返事は無い。威厳を示すための沈黙。猿芝居だ、反吐が出る。ヴォーレンは冷めた目で円卓を見下ろしている。
「現在進行中の問題につきましては、このヴォーレンが、早急に対処致します故、もうしばらくお待ちください。」
ガーランドは上擦った声で喋り続けている。哀しくなるほどに滑稽な姿だ。
「地下都市の秩序は、平穏に保たれねばならない。」
目の前の穴倉の奥から、声が聞こえてきた。静かだが、有無を言わせぬ口調だ。かくして、ガーランドはさらに狼狽した様子で言う。
「その通りでございます。全ての問題は、今日中に解決致します。どうか、しばしお待ちを―――」
「それほど大事な案件ならば、自ら出れば良いでしょう。」
ヴォーレンが割り込む。もう限界だった。これ以上猿芝居に付き合う気はない。
「我々に一任するというのならば、そもそもここに来る必要も無いはずだ。あなた方はそこに腰掛け、成果が出るまで黙って釣り糸を垂らしていればいい。違うか?」
先程までとは違う、暴力的な沈黙が周囲を覆ったが、知ったことではない。
「話は終わりだ。仕事に出る。ここにいる小男にも言ったことだが、邪魔はするな、ジン・クライドは俺でなくては殺せない。」
言い終えると、ヴォーレンは議事堂を出た。懐に差した銃を撫でた。
※※
不自然なほど美しい青と白のコントラストが頭上にあるのは、地表ではもうあまり見かけなくなった澄んだ空を、B4地下都市を覆うドームに投影しているからだ。
時刻によって夕闇、夜と移り変わるよう設定されているそれを、ジンは珍しそうに眺めていた。
「地表の臭いも強烈だが、こう無味無臭だと、それはそれで妙な感じだな、お嬢さん。」
ジンがアヤにこういった話をする度、アヤは「ええ」とか「まぁ」とか、曖昧な返事をしながら内心震えていた。
なにしろ、今現在、こうしてB4の工業区画を歩いている間も、アヤとジンを挟むように、上下とも真っ白な制服を着た政府管理局員が、仏頂面でついてくるのだから。
それを知ってか知らずか、いや、絶対確信犯だと思うのだが、普段それほどおしゃべりでは無いジンの口から飛び出してくるのは、地下への当てつけのような言葉ばかりだ。
「なぁ、お嬢さん、アレは勝手に食っていいのか?」
野菜の人工栽培プラントを指さしながら言う。
「だ、ダメに決まってるじゃないですか!売りものですよ!」
「さすが地下の人間は秩序があるな。俺がガキの頃は、そこらへんの食いものは全部、自分達の物だったが。」
(ひいいいい、もうやめてよぉ。)
アヤは心の中で懇願していた。左右から、不穏な空気が伝わってくる。
「あんたらは、地表に出たことはあるか?」
(やめてええええええええ!!!)
挙句の果てに、局員に話しかける。何を考えてるんだこの人は!
「……。」
当然、二人とも何も答えない。が、アヤは気付いた。左隣にいる、若い方の眉間に、深いしわが刻まれていることに。
もうダメだ。完全に怒らせてしまった。
「あ、ラボにつきました。行きましょうジンさん。」
管理局の監視は、外を出歩く間だけと決まっている。父親のラボ行きの立体起動エレベータにジンを押し込み、アヤは忙しく行き先を入力した。
「それじゃ、野暮用が済んだらまた頼む、政府の犬ども。」
(ぎゃああああああああああああ!!!!)
最低の捨て台詞を残したジンは、ケーブルもレールも無しに縦横に動く透明の箱に興味津津だ。
「お嬢さん、これはなんで動いてるんだ?反重力装置か?それとも無音ブースター――――」
「知・り・ま・せ・ん!!」
一音一音に怒気を込めて、アヤが言い放つ。
「どういうつもりですかジンさん!ただでさえ一民間人に監視がつくなんて聞いたこともないのに、その人たちを挑発するようなことばっかり言って!暗殺されますよ!暗殺!」
「アヤとの初めてのデートに浮足立ってるのかもな。」
耳まで熱くなっていくのは、滅多に呼ばれない名前で呼ばれたからだ。
「デートって、別に、そんなものじゃ……。」
「大丈夫さ、あいつらの耳に、ドブネズミの声なんて右から左、特権階級のプライドは俺を人間として見ようとしない。そんな奴らをちょっとからかったって、誰も何もしやしないさ」
そう言って、頭に少しざらついた感触の手を乗せる。子供扱いされているようで嫌だ、と言っているのにやめてくれない。
「何か起こったら、どうするんですか。」
「それは、その時のお楽しみだな。」
この人は何でこう、火の無いところに火事を起こすようなことをするのか、それも面白そうに。
出会ってから、かれこれ一年が経つが、その思考回路は常にアヤの予想の斜め上だった。
数分後、エレベータが停止した。アヤの父、故イノウ・ケンゴ氏の研究室に着いたのだ。
「父は、最初にここを襲撃されたとき、あたしにこのIDカードを渡して、ラボを封印してくれと言いました。」
そういいながら、ラボの扉の前で操作をするアヤ。
「ただいま、お父さん。」
声紋認証のロックを外す。扉が開いた。
「思えば、あの時より前にも危ないことはありました。でも、父は逃げなかった。あの船を造ることに、命を懸けてたんです」
「なら、完成させてやらないとな。最終図面を見つけようか、お嬢さん。」
「はい。」
ここに来た理由はそれだった。アヤが持ってきた船の図面だけでは、どうしても完成には至らないことが分かり、このラボに探しに来たのだ。
ラボの中には、PCが一台、置かれているだけだった。
「ほかのものは、人が来て押収してしまったんです。これは父の私用だったから、そのまま。」
「ここにあればいいがな。」
ジンはPCを起動すると『aya』と打ち込んだ。PCはあっさり、持ち主以外の人間の使用を許した。
「なんで分かったんです?パスワード」
「船大工の勘さ。」
「なんですか、それ。」
意味の無いやり取りを続けながら、ジンは次々にファイルを開いて行く。
「船の図面もある。ビンゴだ、お嬢さん。きっとここにある。それにしても、良い腕してたようだな、ケンゴって大工は」
「はい、政府のテラフォーミングの為の輸送船も、いくつか造ってたんですよ。」
少し得意気にアヤが言う。もう亡くなって五年になるが、未だにケンはアヤにとって自慢の父親だった。
「父が事故に遭ったのは、政府の仕事を任されてたから、ですか。」
造船中の事故、という話をずっと信じていた。だが、一年前に、アヤ自身が何者かに襲われ、それは違うと知った。
「さぁな、何にせよ、一造船技師が命まで取られるってのは尋常じゃない。100%裏がある。」
「・・・・・・。」
「まぁ、地表の地下でコソコソやってりゃばれないさ。」
飄々(ひょうひょう)と言ってのけるジン。
「ジンさん……」
「また守ってやるさ、心配するな。」
「う……そういう不意打ちは止めてくださいよぉ。」
盛大に照れるアヤを無視しながら、ジンは作業を進める。
「ん、これは困ったな。」
ジンの手が止まって、そう呟いた。
「どうしたんですか?」
「親父さんの日記にたどり着いたんだが、プロテクトがかかってる。しかも生体認証だ。」
軽々とは読めないということか。なら、とアヤは言った。
「ひょっとしたら、父があたしのデータも登録しているかも知れません。」
ジンはアヤの方を向き直り、何度も頷いた。
「そういうことか。」
「え?どうしたんですか?」
何かを悟った様子のジンに、アヤが訝しげに訊く。
「これは、罠だ。」
淡々と言うジン。
「無造作に置かれた一台のPC。お嬢さんの手引きがあったとはいえ、俺のような人間を易々と地下都市に入り込ませる迂闊さ。分かってはいたが、随分とえぐい手を使うものだな。殺した人間の娘を利用するとは―――」
「ちょっと待ってください。どういうことですか?」
話についていけないアヤが慌てて説明を求める。
「生体認証なんて厳重なプロテクトのかかったPCがそのままにしてある。ということは、中身を検めた途端、SLIの連中が来る可能性が高い。お嬢さんは、今まで連中に泳がされていたということだ。」
「そんな――――」
絶句するアヤに、しかしジンは微笑みを絶やさず言った。
「と、いうことは、だ。連中も、このパンドラの箱の中身を見られることを恐れているというわけだ。上手く地表まで逃げおおせれば、連中と交渉することもできる。」
まるで遊び場に向かう子供のような表情で、ジンが言う。
「何面白そうにしてるんですか。あたしたち、今まさに殺されそうになってるんですよ!?」
取り乱し始めたアヤを、ジンはさっとその腕に包み、落ち着かせる。
「アヤ、大丈夫だ。言っただろう、俺が守ってやる。」
「―――はい。」
アヤノ返事を聞き、ジンはそっと腕をほどく。
「では、差し当たって逃走経路だが、お嬢さんは、このまま家に帰り、家族と共に地下を出る。仲間に話を通してあるから、そいつの手引きで出るんだ。」
タイミング次第では、管理局の人間に見咎められる危険性があるが、およそ平気だろうと思えた。地下は、入ってくることには敏感だが、出る分にはあまりうるさくない。
「ジンさんはどうするんですか?」
「俺は、しばらくここに残る。」
「ダメです。」
即答が返ってきた。ジンは苦笑いしながらアヤの頭に手を乗せようとするが、拒否される。
「これは嫌だって、いつも言ってるじゃないですか。あたしは子供じゃないんです。ジンさんを犠牲にして、守られてばかりなんて、絶対に嫌です。一緒に行きましょう。」
ジンはアヤの目を見つめる。まだそれほど長い付き合いではないが、こうなったら聞かないことは分かっている。しかし、こちらにも事情がある。
「お嬢さん、鼻息が荒いところ悪いんだが、そんなヒロイックな理由で残ろうというんじゃないんだ。」
恥ずかしそうにしながらジンは作業着の腰のあたりを指さす。
「スパナを落としたんだ。恐らく、さっきのエレベーターの中でな。」
「アホかぁーーーーーーーー!!」
アヤがあらん限りの力で叫んだ。何だこの男は!一日一回スパナを落とさないと気が済まないのか!
「いや、どんな仕組みになっているか、気になってな。」
そういえば、乗っている間中エレベーターの中を色々調べていた。
「それを取り戻してからじゃないと、俺は帰れない。だから、先に戻っていてくれ、と言う話なんだ。」
「あっそ。じゃあまた後で。」
呆れるを通り越した冷ややかな声で、アヤがラボを出ていく。ジンは「またデートしよう。」と言ってきたが、無視した。




