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Cosmos of Penguin  作者: 祖父江直人
#3.DREAM
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12/20

寝覚めの悪い夢

 時計は、深夜を指していた。ジンはひとつ深く息をすると、ベッドから起きだす。


 棚から酒瓶を取り、飲む。味を確かめるより先に、喉の奥にアルコールを入れる。


 酔いが頭を巡らず、抑えつけたい感覚が余計に冴え冴えとしてくる。眠るのを諦め、作業場へ行く。


 旧時代から、この地下造船ドックは使われており、『CASPER』という名称も当時のままだと、ドクが言っていた。


 ジンは服を脱ぐと、その場でゆっくり体の力を抜く。手足を揺らして体をほぐすと、腕立て伏せを始めた。


 筋トレは日課だった。毎朝起きると、必ずやっている。今日のように、ろくに眠れなかった日もだ。


 別段、鍛える必要などない職業だが、何故かやめられない。若い頃からの癖のようなものだ。


 百回ほどやり、さらに腹筋、背筋、スクワットと続ける。痩身ながら引き締まった肉体から、汗が噴き出してくる。


 一通り終えると、もう2セット行う。


 トレーニングを終え、荒い息をつきながら立ち上がると、今度はシャドウボクシングを始めた。


 格闘技の経験など無い。体術のベースは、街のケンカだ。スラムなどで生まれてくれば、男も女も、嫌でも自分の体の使い方を覚える。


 拳が空を切る音が耳に残る。その残響をかき消すように、次の拳を繰り出す。


 しばらくそうしていると、ドアの開く音がした。


※※



「どうしたんだ?ヴォーレン」


ドアを開けると、ジンに手を回されたレンの背中が、目に飛び込んできた。そして、いつもとは全く違うジンの顔。


「え、ヴォーレン?ちょっとジン、離して。」


 レンがジンを振りほどこうと身をよじらせる。


「何故だ?」


 ジンが訊く。


「え?そんなの―――」


 赤くなった顔で言葉を探すレン。


「構わない、好きにしろ。ジン、金は数え終わった。」


「そうか。」


 ヴォーレンは、レンから手を放そうとしないジンの目を睨みつけると、言った。


「今日限りで、俺は抜ける。いいな?」


「ああ、分かった。」


 即答。予想通りだった。


「用はそれだけだ。邪魔をしたな。」

 

 言って、事務室から出ようとすると、声がかかった。


「ヴォーレン俺の取り分から5%持っていけ。餞別だ。」


「ふん。」


 鼻を一つ鳴らすのを返事に、ヴォーレンは事務室と、『CASPER』を後にした。



※※



「どうしたんだ?ネル。」


 荒い息を整えながらジンが言う。薄暗いライトの下でも、その褐色の肌と、すらりとした肢体でネルだと分かった。


「こっちのセリフなんだけど。真夜中に何してんの?」


 寝起きなのか、くたびれた声が答える。


「眠り損なってな。」


「ガキか。」


 ネルがせせら笑うように言う。作業場の隅の椅子に座った。


「そうだな。じゃあ、枕元で絵本でも読んでくれるか?」


「その本でアンタをぶっ叩くのならやってあげるよ。」


「それはよく眠れそうだ。」


 ジンは微笑み、汗を拭き始めた。


「で、ガキのジン君はなんで寝そこなったの?」


 ネルがタバコに火をつけながら訊く。


「なんてことは無い。ただの寝覚めの悪い夢さ」


「レンの夢?」


 一呼吸の間があって「――ああ」と、ジンが言う。


「あたしも。」


「そうか。」


 ネルは、ジンの顔をしばらく見ていた。物心ついたときからの付き合いで、何を考えているのかは、大体伝わる。


 今日は、レンの命日。


「そういやアンタ、明日B4まで行くんだろ?」


 さも今、思いついたかのように、ジンに言葉をぶつけてみた。


「ああ、お嬢さんからの招待でな。」


 軽口が返って来た。ネルは紫煙を吐き出しながら「余計なことするなよ。」と言い含める。


「できる限り善処しよう。奴らがどう出るのかは分からないが。」



※※


 まさか、こんな時間に目が覚めるとは思ってもみなかった。安眠とは程遠い生活も、不眠になることは無かった。


 派手な装飾の施された部屋の中を見渡す。何故自分のような人間が、こんなところに居るのだろう。不釣り合いなことこの上ない。


 だが、と、思い直す。どのような生物にも、その体内には多種多様の菌を飼っている。完全な無菌状態では、生命活動を続けることはできない。


 

 電話の音がした。取る。


「どうした?」


≪起きていたのか。私だ。君に伝えねばならないことがあってな。≫


「会議では、話せないことか。」


≪君のいうところの『ペンギン』が、こちらに来るようだ。≫


 一瞬、鼓動が大きく打ったが、意に介せず、言った。


「知っている。そんなことか。」


 反応が相手にとって意外だったのだろう。沈黙がしばらく続いた。


「我らにとっての不安要素は、消す。それだけだ。」


≪ためらいは無いのか。元は、仲間だったのだろう?≫


 笑みがこぼれた。失笑だ。


「仲間などいない。地表にいるのは、ただの飢えた獣だ。」


≪そうか。安心したよヴォーレン。それでは頼むよ。≫


 余裕を見せようと必死になっているのが見え見えの虚勢だ。ヴォーレンはほくそ笑みながら言った。


「ジンは、俺にしか殺れない。下手に手を出すな。」


 相手が返事をする前に、電話を切る。ベッドに仰向けになり、考える。


 B5。地下の最下層であり最上層。ここにいるというだけで、この星から脱出する優先順位は一位となる。どんな仕事をしていてもだ。


 特権階級の考えることはいつの時代も変わらない。自らの既得権益を脅かす恐れのあるものを神経質なほど嫌い、徹底的に潰す。


 ヴォーレンの現在の仕事は、排除の実行部隊といったところだ。


「下らない。」


 一人、呟きが洩れた。


 地表の人間が獣なのではない。人間は皆、獣だ。ただ、捕食者か否かの違いがあるだけだ。


 どんな地下深くに覆い隠そうとしても、その自己中心的で利己的な本性は決して消せない。


 地下の悪玉菌たる自分も、先程の電話の相手も、程度は変わらない。


 それを分かり切っているから、仕事にためらいは無かった。罪悪感も恐れも無い。今回もそうだ。


 しかし、妙に胸騒ぎがする。恐らく、相手がジンだからだ。奴だけは違う。なぜなら、ジンもまた、ヴォーレンと同じ捕食者。


 捕食者は捕食者で無ければ殺せない。


 興奮している。恐らく、ジンも同じことを考えているはずだ。


「待ち遠しいな、ジン。」


 ヴォーレンは滅多に変えることのない表情を歪ませ、呟いた。それはさながら、獣が牙を剥き出しにするようだった。

やや引き気味の終わり方で、#3.過去編終了です。

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