レン
「また何をやらかしたんダ!このクソガキ共。」
『CASPER』のSB発着場に降り立つと、早速、ドクから小さな体に見合わない大きな怒声が飛んできた。
「まぁ、そう怒るなよ。色々調達してきたんだから」
ナオがそう言ってタバコをドクに渡す。だが、それを捨てると「盗品で一服なんぞできるカ!」と噛みつく。
「そう怒るな。腰に障るぞ」
造船の弟子でもあり、養子でもあるジンが、一仕事終えて脱力しきった声で言う。ドクの捨てたタバコを拾うと、火をつける。
「吸われないタバコは、盗まれるより不幸だ。」
そう言いながら、ドクの口を塞ぐように押し込む。まるで幼児のおしゃぶりだ。
「盗んできたことに変わりは無いけどね。」
ジンとは真逆の、張りのある声がすると、ジンが少し笑ったような困ったような顔になった。長く、色素の薄い髪をなびかせて、レンがこちらに来た。
「やぁ先生、ただいま戻りました。」
仰々しく最敬礼で言う。
「“先生”はやめて。」
この居住区で教師をしているレンが、迷惑そうに言う。当然、幼馴染で天邪鬼のジンはやめない。
「学校の悪ガキ共に、いいもの持って来たんだが。」
そう言って、地下にある菓子類を差し出す。
「いらない、そんなもの。」
そうは言っても、路地裏にそれの入った箱が無造作に置かれるだけで数分と立たず無くなることを、レンも知っていた。
ジンは口の端を少し曲げると、両手をひらひらと振りながら言った。
「とりあえず中に入って、捕れた魚を数えよう。」
ヴォーレンたちも続く。レンもむくれながら、あとに続いた。
※※
「いくらだ?」
「百万ってところだ。やっぱり商業船じゃないと、こんなもんか」
「盗んだ船は、パーツをばらせばいい金になる。」
「いや、ダメだ。地下の船は売るとアシがつく。――ヴォーレン、どうした?」
ナオに見咎められ、ヴォーレンは事務室に移していた視線を戻した。
「大分やられてるな。あとで見学に行くか。」
ナオがへらへらと言う。
それを無視して、ヴォーレンは口を開く。
「あいつのやり方は甘い。そう思わないか?」
皆の作業の手が止まった。
「ジンのこと?でも、あいつが立てたプランで失敗したことあった?」
ネルが言葉に「そうだな。」と応じながら、しかし、言った。
「結果はいい。だが、奴の計画は、きれいにやろうとし過ぎる。自ら課したルールに、自ら縛られている。」
ジン。ここにいる者と、その他大勢の仲間は、全て、彼を中心に集まった。
盗みはするが、殺しはしない。よほどのことが無ければ傷つけもしない。
ジンのその姿勢に、ヴォーレンは精神的な詰めの甘さを感じていた。今日もそうだ。
「いつか、命取りになる。俺は、もうじきに降りる」
「ヴォーレン!?」
言い放った言葉に、驚いたのはナオだけだった。ダンが小刻みに頷きながら言う。
「そうか。ヴォーレンもか。実は俺も、採掘場からの“降格”を真剣に考えてるんだ。こんなことができるのも、あと数回も無い。」
「なんだよ、ダンまで。」
ナオが狼狽したように言う。
「ジンには、あとで話す。」
止めはしないだろう、とヴォーレンは確信していた。他人を縛ることができない人間なのだ。
この世界が、どうしようもなく無情で、無慈悲であると知り抜いている点で、ジンとヴォーレンは意見が一致していた。
それで尚、非情になり切れないジンという男を、ヴォーレンは理解できなかった。―――いや、嘘だ。本当は分かっていた。ジンが己を律しているのは、対等の立場に立つためだ。この地表で、ただ一人成人しても良心を失わない女と同じ目線で話をするために、殺しだけはしないようにしている。
下らない。と思いながら、ヴォーレンは扉の先を苦々しく見つめてしまう。
※※
事務室の机に向かい合って、レンはイライラと、その覇気の無い目を見つめていた。
「なんとか言ったらどうなの?」
「別に誰にも強制はしてないだろう?俺がやめても、あいつらは続けるさ。」
まぁ、やめないけどな。と続ける、この飄々(ひょうひょう)とした態度に腹を立てると言い負かされることは今までの経験から十分分かっていた。
レンは噴出しそうな感情を飲み込んで言う。
「ネルたちは、あなたに付いて行ってる。リーダーが居なくなれば、みんなやめる。」
「そんなことはない。俺程度の頭なんて、地表には大勢いる。それに、盗みは好きでやってるわけじゃない。生活に必要だから、仕方なくやってるだけさ。」
そう言うと、酒を煽った。自分の名前と同じ銘柄があるのを知って、わざわざ闇商から買い求めた酒だ。
「それにしては、いつもいつも楽しそうに帰ってくるじゃない?」
「エサがたくさん捕れれば、どんな動物も喜ぶ。それに、空を飛ぶペンギンの心地よさが味わえるしな。」
またその話か。と、レンはため息をつく。子供の頃から『空を飛ぶペンギン』の話をしながらSBをいじっていた。
「ねぇ、前から聞きたかったんだけど、何でペンギンなの?」
「さぁな。」
誤魔化すときの口癖。こうなると、それ以上は言わないことを知っていたので、話を戻す。
「泥棒なんかしなくても、ジンには『CASPER』があるじゃない。ドクも、ジンの腕は認めてるし。」
「船大工だけじゃ食ってけないから、泥棒なんだよ。」
「そんなこと、真剣にやってみなきゃ分からないじゃない。」
「こんな場所で、どう真剣になれっていうんだい?先生。」
そう言って、両手を大げさに広げて見せる。
「大昔、どっかのお偉いさんが差配したせいで、俺達はこんな臭い地表で生きなくちゃいけなくなった。別に地下の連中を恨んではいないが、不便を解消するためには、モノとカネがいる。地表には無い。地下にはある。ならば、貰うしかない。しかし、連中は何もくれない。なら、奪うしかない。そういうことだ。」
「どうしてそうなるのよ。地表が奪うから、地下の人たちが怒ったのかも知れないじゃない。」
ほう、と白々しく感心した様子を見せるジン。
「それでは、先生はどうすればいいとお考えですか?」
「地表から、何かあげればいい」
言った瞬間、ジンが吹き出した。
「笑うな!」
だが、ジンは高らかに笑い続け「お前はガキか。」と言った。
イスから立ち上がり、手に持った酒をまた一口呷る。
「あのね、わたしは、あなたの船なら地下の人たちにも受け入れられるって思ってるの!本気で!」
言いながら、ついに怒ってしまったと後悔した。しかし、これだけ我慢したのだ、無理やり納得させて、さらに言いつのる。
「何かを得ようと思ったら、まず与えないと。ジンはその力があるんだから、わたしも手伝うから。」
「地表は、地下にとってのダストだ。そんなことにはならない。」
「そんな―――!」
さらに言葉を続けようとした口を、唇で塞がれた。レンには少々キツいアルコールの香りが、脳の奥まで届いたかのような気がした。
「・・・…何で?」
数秒後、ゆっくり離れて行くジンに向かって、そう言った。
「何が?」
白々しく言ったその口に、今度はレンからキスをした。立ち上がると、ジンが抱きしめてきた。
「ねぇ、もうやめて。」
耳元で囁く。理屈ではない。道理でも無い。心に張った薄い膜を、そっと破って流れ出した感情だった。
「危ないこと、しないで。ジンが死ぬのは嫌だよ。お願い。」
目を見つめて言う。真っ黒な目。レンは毎日、この目を見てきたつもりだったが、よく見ていなかったのかも知れない。今のジンの目は――
「泣くな、レン。」
さらにきつく抱き寄せられ、腕にうずまったレンはジンを見上げ、言う。
「そっちこそ、泣きそうじゃない。」
「俺はいつも泣いているさ。涙を流さないだけだ。」
いつもの冗談かと一瞬思ったが、違う。ジンはもう、泣くことなんて、とっくに飽きてしまっているのだろう。何故なら―――
「先生って呼ばないし。」
「そう呼んだ方がいいか?」
「馬鹿。」




