宇宙の盗賊
新キャラが登場します。まぁ、毎回登場するんですが 笑
地表の居住区画『I-38』地点・通称スラム街から北へ50㎞。高さ数百メートルの管制塔を目印としたナショナルターミナルが昼夜を問わず宇宙船の発着を管理している。
《SL15000、帰還。誘導を頼む。》
「了解。トウマ、マーズはどんな感じだった?」
《いつになったら人が住めるようになるのかね?片道一カ月もかけて・・・もううんざりだ》
「フフフ、せいぜい休暇を楽しんで。」
《そうしよう。……ノア、戻ったら、一緒に食事でも――》
ノアはイヤホンから聞こえた声に苦笑した。こんな通信でデートの誘いとは。
《全く、貴様らの会社は就業規則というものが無いのか?》
突如としてトウマでもキャプテンでもない異質な音声が耳に届いた。
異常を感じ取った管制官としての頭が「SL15000、パイロット及びキャプテン以外の通信は例外を除き、認められていません。何事ですか?」と告げていた。
《なに、少しばかり泥棒に入られているだけだ。―――おっと、喋るな――恋人同士のラブコールの邪魔をして悪いが、もう少ししたらお暇させてもらう。おとなしくしていれば、だが。》
まるで友人の部屋に上がり込んだかのような軽い口調で発せられる言葉に血の気が引いた。
「宇宙船への略奪行為は重罪です。即刻中止しなさい。SLIは軍の出動要請もできます――」
《罪も罰も、貴様らの決めたことだろう。こっちは決まりに従っていては生きていけない世界の住人でな。》
地表の住人なのか――
ノアは相手を理解した。この盗賊は、最近指名手配された地表のスラム街を根城にしている男だ。確か名前は―――
「――あなたは、“ジン・クライド”ですか?」
返答は無かったが、誰であろうと構わない。略奪行為は通報するだけだ。
《ダメだ。》
こちらを見透かしたような声が響いた。警報ボタンに触れようとした手が止まる。
《緊急警報を出したら、恋人の頭が吹き飛ぶことになる。》
伸びた手が、収縮するかの如く元の位置に戻っていった。抗えない力に身を震わせるノアを愉しむような声は続けた。
《我々が欲しいものは物資と食料だけだ。余計なことをしなければ、船員に危害は加えない。》
ノアの抗う意志は根元から消え去った。――このまま何もしなければ、トウマは死なずに済む。
その生殺与奪の権も相手の手中に握られているが、少なくとも、ノアにできることは、何も無くなった。
※※
操縦席のキャプテンを床に沈めた後、パイロットに銃口を突き付けた。
「全く貴様らの―――」
丁度、通信中だったので、向こうにいる管制官を言葉でいたぶっていると、背後の扉が開いた。何者かが詰め寄ってくる。
ジャラジャラという足音は、腰に工具を巻きつけているからだ。薄汚れたツナギのポケットにささったスパナを認めた。緊張を解く。
「何してるんだ。」
気だるげで、低く、深い声。その声に、滅多に見せない怒気が含まれている。パイロットから目を離さず、言った。
「ちょっと地下の人間と、電話をな。」
頭に硬いものが突き付けられた。旧時代に使われていたプラスチック製の銃だ。
「盗みは、スピーディ且つ静かに。ペンギンの魚獲りにしちゃ、派手にやりすぎじゃないか、ヴォーレン。」
口調は軽いが、その奥に抑えた感情を感じる。
「危険の芽は残る。それを摘むには、操縦席の制圧が上策だと思わないか、ジン。」
グロックを突き付けられたことへの緊張を全く見せない声色で、ヴォーレンが答える。
頭から、ゆっくりと銃の質感が無くなるのと同時に、銃底でパイロットの後頭部を殴りつけた。トウマと呼ばれていたパイロットが、声もなく沈む。
「――終わったのか?」
気絶したパイロットを無感情に見つめながら、ジンが「ああ、行くぞ」と言った。
ヴォーレンは何も言わず、従った。
※※
宇宙ゴミを捨てるダストシューターは、小型のSBであれば通れるほどの大きさがある。しかも、入ってくることを想定していないのか、警備は全くない。
星に帰還するための誘導船に、多数の船員が移動しているのも盗みの狙い目だ。他の惑星へのテラフォーミングに向かった企業船に、いくらかの現金が積まれているのも調査済みで、それら全ての段取りを整えたのが、ジンだ。
停めてあったSBに乗り込むと、通信機から、ジンを慕う仲間たちの声が聞こえる。
《ジン、ヴォーレン、遅かったな。デートか?》
貨物場を制圧後、SBの見張りをしていたナオが軽口を叩く。
《予定より少し押してる。とっとと出るよ》
ネルが勝気な声で皆を促す。
《今日は大漁だったな。しかしよ、なんだって企業船には金が積んであるんだ?》
野太い声で言うダンのSBには、今日の成果が積まれている。
《俺たちの世界とは違う。地下の人間は何をするにも、律儀に金を使うのさ。》
ジンの言葉に「へっ。」と、ダンはせせら笑う。
《盗み、賺しは無しってか、お利口さんなこった。》
《さぁ、魚獲りは終わりだ。生臭い地表に戻るぞ。》
各々がSBを起動させ、侵入時同様、静かに船外へ出る。
宇宙空間に出ると、スラスタを全開にし、全速力で飛び去る。ジンの整備した改造SBは宇宙警備隊の取り締まりSBをも振り切る性能を誇る。
しばらく飛ぶと、警備隊の通信を傍受していたナオから通信が入る。
《追手無し、今日は真っ直ぐ家に帰れそうだ。》
「そうか。」
あの管制室の女は、やはり通報しなかったようだ。ヴォーレンの鋭角で険のある顔がほくそ笑む。
※※
念の為、一時間ほど追手の目を欺く行動を繰り返したのち、帰路についた。
先ほど襲った船がたどり着くであろうナショナルターミナルを目の端に捉えながら、眼下のスラム街を観察する。
背の高い建物が一切無いので、空から見ると扁平に見えるが、灰色の点がいくつも並んでいる様は、そこに鉄を継ぎ接ぎした薄汚れた家が立ち並んでいることを示していた。
長屋のように一直線になっているところもあれば、ポツポツと点在しているところもある。居住区はそこに住んでいる者たちと同じくらい無秩序で、居住者の貧しさと不衛生な暮らしぶりを映し出していた。
《お、誰か手ぇ振ってやがるぜ。》
ダンが言う。見ると造船工場『CASPER』の方で誰かが手を振っていた。
《レンか?》
《そうだ。》
ダンの問いに即答したのはヴォーレンだった。レンは髪と肌が白く、遠目からでもよく分かるのだ。
《出迎えか。嬉しいね。》
ダンが嬉々とした声色で言う。
《あの子があたしらを喜んで迎えるとは思えないんだけど。》
ネルが醒めた声で返す。
《それが面白いんじゃねぇか。なぁ、ジン、今日はどんな歓迎をされるんだろうな。》
ジンからの応答は無かったが、恐らく苦笑しているだろう。万事に己の哲学と美学を押し通すジン・クライドという男の唯一の弱点が、レンという女だ。
ジンのフルネームと、なんかヤバそうな奴が出てきたところで、いったん終わりです。また明日。




