↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第20章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/110

第86話 違う、本当のことを

二日目は、ルグランの宝飾屋である。


 小柄な老人で、黒い天鵞絨を張った箱を三つ、見習いの少年に持たせて来た。箱をあけると、首飾りが並んでいる。


 ボワシエ男爵家の娘が質に入れたのも、たぶんこの店で誂えた首飾りであろう。


   ◇


「ボワシエ男爵家の首飾りも、こちらでお作りになったのかしら」


 老人は、箱の留め金をかけ直しながら答えた。


「どちら様のお品も、お作りしたかどうかは申し上げないことにしております」


「質に入ったそうですわね」


「存じません。存じておりましても、申しません」


 内側を探ってみたが、そこには何も浮かんでこない。本当に知らないのである。知らないうえに、知っていても言わない。言葉と内側とが、ぴたりと重なっていた。


   ◇


 ヴィオレッタは、首飾りには目もくれず、自分の耳飾りを外した。


「これを、磨いてくださいな」


 老人が、ルーペを目にあてる。


 ひとつ目を見て、ふたつ目を見て、それからもう一度、ひとつ目に戻る。


「お嬢様。こちらは」


「片方は、作り直させたものですの」


   ◇


 ヴィオレッタは、窓のほうを見た。


「本物は、五つのとき、庭の池に落としましたわ。母にもらったばかりでしたの。誰にも言えなくて、父の出入りの細工師に、こっそり同じものを作らせました」


「五つのお子に、細工師が」


「わたくしの珊瑚の腕輪と、引き換えに。腕輪のほうは、誰も気にしませんでしたもの」


   ◇


 池は、屋敷の東の庭にある。


 五つの夏、耳飾りをつけてもらったのが嬉しくて、水面に顔を映しに行った。身を乗り出した拍子に、片方が落ちる。小さな音がして、波紋がひとつ広がり、それきりであった。


 庭師に頼めば、池の水を抜いてもらえたかもしれない。けれども、頼めば母の耳に入る。五つの娘は、母の悲しむ顔を見たくなかった。見たくないから、腕輪を細工師に差し出したのである。


   ◇


 老人は、ルーペを外した。


「よい細工でございます。わたくしでも、二度見なければ分かりませんでした」


「母も、分かりませんでしたわ」


 言ってから、ヴィオレッタは少しだけ黙った。


「母は、一度も訊きませんでしたの。片方が違うのではないか、とは。訊かれていたら、言っておりましたわ。訊かれないまま、母は亡くなりましたけれど」


   ◇


 老人は、何も言わなかった。


 言わずに、耳飾りを柔らかい布の上に並べる。右と左を、きっちり同じ向きに。


「このことは、お屋敷の外の方には、申しておりませんの」


「心得ております」


   ◇


 老人の内側も、静かであった。石の色と、留め金の形のことしかない。


 見習いの少年は、箱の鍵を落とさないように握りしめている。十二、三であろう。少年の内側には、鍵と、帰りに寄る屋台の焼き栗のことしかなかった。


   ◇


 磨き上がった耳飾りを、老人は自分の手でヴィオレッタの掌に載せた。


「どちらが作り直しか、わたくしは覚えておきません」


「覚えておいてくださって、結構ですわ」


「いいえ。磨くたびに、二度見ればよいことでございますから」


 この老人も、本当に誰にも言わないのであろう。ずれは、どこにも見えない。


 ルグランの店は、王都の宝飾屋の中でいちばん古く、この老人で四代目になる。客の宝石箱の中身を覚えておかないことで、四代続いてきた店なのだと、父が昔言っていた。


   ◇


 老人は、見習いの少年に箱を持たせて帰っていった。少年は、門を出たところで走り出す。焼き栗の屋台は、まだ出ているのであろう。


   ◇


 宝飾屋のあいだ、マリアンヌは隣の間に控えていた。扉は、細くあけてある。主人が、そう言いつけておいたのである。


 宝飾屋が帰ったあと、マリアンヌが部屋に入ってきた。


 入ってくるなり、扉を閉める。


「お嬢様。池の話は、わたくしも存じませんでした」


「申しておりませんもの」


「なぜ、あの者に」


   ◇


「昨日の方も、同じですわ」


 マリアンヌの手が、扉の把手にかかったまま止まった。


「三軒のうち、どこから出るのか、知りたいの」


 侍女は、しばらく黙っていた。


 それから、ようやく分かったという顔になる。


「……それぞれに、違うことを」


「違う、本当のことを。ひとつずつ」


   ◇


 ほかの家の令嬢なら、違う嘘をひとつずつ流せば済む。どの嘘が出てきたかで、店が知れる。


 ヴィオレッタには、それができない。だから、本当のことを使うしかなかった。肩も、耳飾りも、どちらも本当である。出てきたときに、否むことはできない。


 だから、選ぶものを間違えてはならなかった。誰かを巻きこむ本当のことなら、出てきたとき、巻きこまれた誰かまで一緒に笑われる。肩も耳飾りも、笑われるのはヴィオレッタひとりで済む。悪女が笑われるぶんには、誰も困らない。


   ◇


「お嬢様。出てまいりましたら」


「訊かれますわね。本当ですの、と」


「お答えに」


「なりますわ。本当ですもの」


   ◇


 マリアンヌは、唇を噛んだ。


「肩は、まだよろしゅうございます。けれど耳飾りは、奥方様の」


「母の形見ですわね。半分だけ」


「半分でも、でございます。茶会で笑われでもしたら」


「笑われますわ。きっと」


   ◇


 ヴィオレッタは、耳飾りを片方ずつ耳に戻した。


「笑われるくらいのことでなければ、噂にはなりませんもの。可笑しくて、本当で、少しだけ気の毒な話。あの夫人は、そういうのが好きでしょう」


 侍女の内側で、ソランジュの顔と、蓋のあいた空の箱が重なっている。


「ボワシエ男爵家のあの娘も、笑いものでございました」


「そうね」


「お助けになるのでは、ございませんのね」


   ◇


「助けませんわ」


 ヴィオレッタは、鏡の中で耳飾りの向きを直した。


「わたくしは、わたくしの肩と耳飾りのことで、手いっぱいですもの」


 マリアンヌは、それ以上は言わなかった。言わないかわりに、明日の髪結いのために、鏡台の上を念入りに拭きはじめる。拭く手に、いつもより力が入っている。


 侍女の内側には、ソランジュの白い顔がまだ残っていた。助けてほしいと思っているわけではない。主人が助けないことを、この侍女はとうに知っている。


 ただ、主人が笑われる側に回ったときの顔を、見たくないのである。


   ◇


 三つ目は、まだ決まっていない。


 髪結いの前で口にすること。鏡台の前の、いちばん無防備な顔で言うこと。肩よりも耳飾りよりも、人が面白がりそうなこと。


 候補は、いくつかある。どれも本当で、どれも、屋敷の外の誰にも言ったことがない。


   ◇


 夕方、窓の外の空が、低く垂れこめてきた。


 西のほうに、重たい雲が溜まりはじめている。風が止んで、庭の木の葉が一枚も動かない。


 ヴィオレッタは、しばらくその雲を見ていた。


 三つ目は、明日の空に選ばせることにする。



お読みいただき、ありがとうございました!

皆様にお願いです

ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】に

応援していただけますと励みになります! よろしくお願いいたします(^^♪



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
( ゜∀゜)o彡°(;_;)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。