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悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第14章

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第64話 外で、お待ちでございます

 王妃の御前は、南の小広間であった。


 王立孤児院の後援の任は、本来なら王妃が一言告げて済むものである。済むはずのものに、今朝になって、ドルヴィエ伯爵夫人から願い出があった。任を告げる前に、陛下のお耳に入れておきたい者がおります、と。


   ◇


 王妃は、それを退けなかった。


 退けなかったのは、噂を噂のまま残しておくほうが、孤児院のためにならないと判じたからであろう。背筋の伸びた女である。宮廷の噂を、宮廷のなかで片づけることに慣れていた。


 小広間には、二十人ほどが控えていた。


   ◇


 宮廷の女官たち。王妃付きの廷臣。ドルヴィエ伯爵夫人と、その後ろに灰色の服の侍女。くたびれた上着の男が一人、壁際で帽子を握っている。


 ヴィオレッタは、リゼットの手を引いて入った。


 子どもには、屋敷で一番小さな仕立ての服を着せてある。継ぎの当たっていない、紺の上着である。髪は、マリアンヌが梳いて後ろで束ねてあった。束ねると、乾いた藁の色が少しだけ金色に見える。


   ◇


 リゼットは、広間に入るなり、ヴィオレッタの裾を握った。


 握った先が、壁際の男と、灰色の侍女のほうを向いている。


 内側は、怖がっていた。


   ◇


  ――あのひと、いる。リボンのひとも、いる。


   ◇


 ヴィオレッタは、裾を握らせたまま、王妃の前に進み出た。


「ヴィオレッタ」


 王妃が、名を呼んだ。


「その子が、例の子ですね」


「さようでございます」


「ドルヴィエ夫人。お話を」


 伯爵夫人が、一歩前に出る。


 扇を胸の前で閉じ、悲しげに眉を寄せた。寄せ方が、よく練習されている。


   ◇


「陛下。わたくしは、ヴィオレッタ様を責めに参ったのではございません」


「では、何のために」


「孤児院の子らの御ために、でございます。後援を務める方が、市場で子を攫ったとあっては。わたくし、心を痛めまして、あの子の叔父という者を探し出しましたの」


   ◇


 夫人は、壁際の男を振り返った。


 男が、前に出る。


「あの子の叔父でございます」


 男は、公爵家の応接の間で喋ったのと同じ言葉を、同じ順で喋った。母親は去年の冬に死んだ。引き取って育てていた。市場ではぐれた。お嬢様が連れて行った。返してくれと頼んだが、返してもらえない。


   ◇


 一言も変わっていない。覚えてきた言葉は、そう簡単に変わらなかった。


 墓の話だけは、出てこない。


「ヴィオレッタ」


 王妃が、こちらを見た。


「申し開きは」


   ◇


「ございませんわ」


   ◇


 小広間が、ざわめく。


 伯爵夫人の扇が、わずかに開いた。開いた陰で、口の端が上がりかけていた。


「申し開くことは、ございません。わたくし、攫ってはおりませんもの」


「では、なぜ返さぬ」


「お預かりしておりますの。この子のお母様に、お返しするまで」


   ◇


「母は、死んだと申しておるが」


「伺いましたわ」


「では、この子の母は」


   ◇


「外で、お待ちでございます」


   ◇


 小広間が、静まり返った。


 王妃が、眉を上げる。


「外で」


「はい。陛下のお許しがあれば、お呼びいたします」


 伯爵夫人の顔から、笑みが落ちた。


 灰色の侍女が、夫人の袖を引く。引いて、すぐに放した。放したのは、引いたところを人に見られたと気づいたからであろう。


   ◇


 壁際の男の内側は、もう何の言葉にもなっていなかった。


 死んだはずの女が、扉の外にいる。この男は、そう言われてはじめて、自分が誰の娘を叔父として引き取りに来たのかを、まるで知らなかったことに気づいていた。


   ◇


「……呼びなさい」


   ◇


 扉が開いた。


   ◇


 マルトは、マリアンヌの後ろに立っていた。


 公爵家で借りた、地味な茶色の服を着ている。洗い場の女の服ではない。それでも、手は隠せなかった。赤く、節が太く、爪の際が白い。小広間の女官たちが、その手を見て、それから顔を見た。


   ◇


 マルトは、扉の内側で足を止めた。


 王妃の前である。足が止まるのは当たり前であった。どこを見ていいか分からない目が、小広間をさまよう。さまよって、紺の上着の子どもを見つけた。


 見つけて、口が動いた。声は出なかった。


   ◇


 声を出したのは、子どものほうである。



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