↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第14章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/110

第61話 お母様を、探しておりますの

 馬車の中で、リゼットは一言も喋らなかった。


 座席の端に、膝を抱えて座っている。窓の外を見るでもなく、こちらを見るでもない。ただ、時々、自分の手のひらを見ていた。何かを握っていたのを、思い出そうとしているような目つきである。


   ◇


「何を、持っていらしたの」


 リゼットは、手のひらを閉じた。


「……あめ」


「飴」


「なくなった」


「食べてしまわれたのね」


「……うん」


 うん、と言ってから、子どもは慌てて口を押さえる。


 はい、と言わねばならないと、誰かに教えられていたのであろう。教えたのは、飴をくれた者である。


   ◇


 マリアンヌが、子どもの向かいに座っていた。


 膝の上で手を組み、子どもの足元を見ている。この侍女は、子爵家の長女で、下に妹が三人いる。子どもの扱いは、主人よりよほど慣れていた。慣れているから、余計なことを言わない。


   ◇


「お嬢様。屋敷に着きましたら」


「湯に入れて、食べさせて、寝かせてちょうだい」


「……それから」


「それからのことは、それから考えますわ」


 噂は、馬車より先に屋敷に着いていた。


 ただし、中身が違う。


 アルヴェールの悪女が、市場で子どもを攫った。母を探して泣いている子を、母ではないと突き放しておきながら、そのまま馬車に押し込んで連れ去った。何に使うつもりかは、誰も知らない。


   ◇


 筋書きを狂わされた者は、筋書きを書き直すのが早い。


 突き飛ばさなかったのなら、攫ったことにすればいい。悪女が子どもを抱えて帰った。それだけで、王都は勝手に続きを考える。


 ベルナールが、玄関で待っていた。


 待っていた、というのは正しくない。二十年この家の財布を握ってきた執事は、玄関の真ん中で、立ったまま顔色を失っていた。


   ◇


「お嬢様」


「ただいま戻りましたわ」


「……旦那様が、書斎で」


「存じておりますわ」


 父は、机の前に立っていた。


「何を考えておる」


「子どもを一人、拾ってまいりましたの」


「拾った、で済むか。王都じゅうが、攫ったと申しておる」


   ◇


 父の内側は、勘定の音でいっぱいであった。


 十日後に、王妃の御前で、王立孤児院の後援の任が決まる。王太子の婚約者が最初に務める慈善で、断る筋のものではない。断る筋のものではない席に、子どもを攫ったという噂を抱えた娘を座らせる。父の頭の中で、その数字がどうしても合わなかった。


   ◇


「ドルヴィエ伯爵夫人が、黙っておるまい」


「黙っておいでになりませんでしょうね」


 ドルヴィエ伯爵夫人は、王妃の遠縁である。


 王立孤児院には、もう十年も寄進を続けている。寄進を続けた分だけ、後援の任は自分のものだと思っていた。そこへ、王太子の婚約者というだけで、寄進を一度もしたことのない悪名の令嬢が座る。


   ◇


「なぜ、連れて帰った」


「置いてくれば、あの子は青いリボンの女のところへ戻りましたもの」


「……リボン」


「市場で、あの子を見張っておりましたの」


 父は、眉を寄せた。


 この男は、娘が何を見ているのかを知らない。知らないが、娘の言うことが当たるのは知っている。当たるのは知っていて、なぜ当たるのかは、訊かないことにしていた。


   ◇


「おまえの子ではないな」


「ございませんわ。わたくし、まだ十八でございますもの」


「では、誰の子だ」


「探しておりますの」


「探す」


「ええ。この子には、お母様がおいでですわ。そのお母様を、探しております」


「……見つからなかったら」


「見つかりますわ」


   ◇


 見つかる根拠は、口にしなかった。


 口にすれば、子どもの内側で聞いたと言わねばならない。聞いたものは、証にならない。証にならないものを、父の前に置いても仕方がなかった。


 夕方に、王城から使いが来た。


 封の中には、一行だけ書いてある。


   ◇


 子どもを拾ったそうだな。一つ残らず出せ。


 ヴィオレッタは、その下に一行だけ書いて返した。


 お母様を探しております。見つかりましたら、一つ残らずお出しいたしますわ。


 書斎を出ると、廊下の端でリゼットが待っていた。


   ◇


 マリアンヌに手を引かれて、厨のほうから戻ってきたところである。湯に入ったらしく、藁の色の髪がしっとりと濡れていた。口の端に、パンの粉がついている。片手に、食べかけの林檎を握っていた。


 子どもは、ヴィオレッタを見上げる。


   ◇


 見上げて、口を開きかけて、やめた。


 おかあさま、とは言わない。


 ここには、人垣がない。青いリボンの女もいない。台詞を言う相手が、誰もいなかった。


 内側は、静かであった。


   ◇


  ――りんご、おいしい。


   ◇


 それだけである。


「林檎は、おいしゅうございまして」


「……うん」


   ◇


 今度は、口を押さえなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
( ゜∀゜)o彡°
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。