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悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第14章

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第60話 わたくしは、あなたのお母様ではございませんわ

 宝飾店は、市場の通りの端にある。


 ヴィオレッタが馬車を降りたのは、母の形見の指輪の留め金を直させるためであった。月に一度、店のほうから屋敷へ来させてもいいのだが、この店の主人は、来させると仕事が雑になる。雑になるのが気にくわないので、自分の足で来ている。


 踏み台に足をかけたところで、膝に何かが当たった。


 小さな腕であった。


   ◇


「おかあさま」


 五つか、六つ。痩せた女の子である。髪は乾いた藁の色で、継ぎの当たった服を着ていた。


 通りが、一度だけ静かになる。


 静かになって、すぐにざわめきが戻った。戻り方が速い。魚屋の女房も、果物売りの男も、パン屋の小僧も、手は止めずに耳だけこちらへ向けている。


   ◇


  ――アルヴェールの悪女だ。


  ――子どもに抱きつかれてる。


  ――どうする。蹴飛ばすか。


 ヴィオレッタは、子どもを見下ろした。


 腕に、力がない。巻きついているというより、引っかけているだけであった。顔は膝に押しつけたまま上げない。


 内側を、見た。


   ◇


  ――言わなきゃ。


   ◇


  ――おかあさまって、言わなきゃ。言わないと、かあちゃんのとこに帰れない。


 ヴィオレッタは、扇を閉じた。


 閉じたまま、通りの人垣を見渡す。見渡すふりをして、色を拾った。驚きと、面白がる色と、気の毒がる色。そのなかに一つだけ、まるで違う色が混じっていた。


 果物売りの屋台の脇である。青いリボンを帽子に巻いた女が、こちらを見ないふりをして立っていた。


   ◇


  ――さあ。


   ◇


  ――突き飛ばせ。悪女らしく。


 なるほど、と思った。


 この子どもは、母を探してここへ来たのではない。悪名の令嬢の膝へ、投げ込まれたのである。悪名の令嬢は、すがりつく子どもを振り払う。振り払うところを、市場じゅうが見る。見たものは、夕方までに王都じゅうを回る。


   ◇


 そういう筋書きであった。


   ◇


 ヴィオレッタが突き飛ばすと、誰かが決めている。


「お嬢様」


 マリアンヌが、後ろから小声で言った。


「人が、見ております」


「見ておりますわね」


 ヴィオレッタは、身をかがめた。


 膝はつかない。腰を折って、子どもの顎に指をかけ、上を向かせる。子どもの目は、乾いていた。泣いていない子どもが、母を見つけたと言っていた。


   ◇


「わたくしは、あなたのお母様ではございませんわ」


   ◇


 子どもの唇が、震える。


 震えて、それから、もう一度同じことを言った。


「おかあさま」


 言いながら、目がほんの一瞬だけ果物の屋台のほうへ流れた。


  ――ちがうって、言われた。どうしよう。もういっかい言わなきゃ。


「お名前は」


「……」


「お名前を、伺っておりますの」


「……リゼット」


「リゼット。お腹は、すいておりまして」


 子どもの目が、まっすぐこちらへ戻った。


 戻った目は、さっきまでと違う。言われた台詞を言う目ではない。訊かれたことに、本当のことを答えたい目である。


 答える前に、腹のほうが鳴った。


   ◇


 果物売りの男が、こらえきれずに吹き出す。


「マリアンヌ。宝飾店は、あとにいたしますわ」


「……お嬢様。まさか」


「連れて帰りますの」


 マリアンヌの顔が、青くなった。


「お母様ではないと、いま仰いました」


「ええ。申しましたわ」


「でしたら、番所にお預けに」


「番所に、この子のお母様はおいでですの」


   ◇


 マリアンヌは、言葉に詰まった。


 ヴィオレッタは、子どもの手を取って立たせた。


 手が、ひどく冷たい。冷たいうえに、荒れていた。指の節がこすれて赤くなり、爪の際だけが白く浮いている。五つの子どもの手にしては、ずいぶん働いた手であった。


 ヴィオレッタは、その手を離さずに、人垣に聞こえるよう声を張った。


「母ではございませんけれど」


   ◇


「拾ったものは、返しませんの」


   ◇


 通りが、もう一度静まる。


 静まったなかを、青いリボンの女が、そっと人垣から離れていった。


 離れていく背中の色は、ひどく濁っていた。筋書きが狂った者の色である。狂った筋書きを、どう報せればいいか。報せた先で、どう叱られるか。それを数えている色であった。


 ヴィオレッタは、その背中を見送らなかった。


 見送る必要がない。あの女がどこへ帰るかは、いずれ分かる。分からせるのは、この子どものほうであった。



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( ゜∀゜)o彡° 新しい展開にワクワクとびっくり
まさかのほのぼの系?
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