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悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第13章

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第59話 どちらへお帰りになるのか

 鐘が鳴った。


   ◇


 一つ。二つ。


 東の小部屋の扉は、三つ目で開けられた。


 開けたのは、伯爵夫人である。


 中には、男と娘がいた。娘は窓際に背を押しつけて立ち、男はその前に片膝をついていた。手を取ってはいない。取ろうとした手を、娘が払ったところであった。


 鐘が、十二まで鳴り終えた。


   ◇


 廊下の客たちが、一斉に仮面を外した。


 小部屋の中の二人も、決まりに従って仮面を外す。


 男の下から出てきたのは、男爵家の三男の顔であった。


   ◇


 百合の下から出てきたのは、伯爵家の一人娘の顔であった。


   ◇


 廊下が、音を失う。


 伯爵夫人は、扉の把手を握ったまま立っていた。


 広間の真ん中にいても、東の廊下の奥で色が一つ、白く弾けたのが分かった。白のなかで、いくつもの言葉が同時に崩れていく。百合。東の小部屋。ラウル。札の間。従僕への言いつけ。どれもが、伯爵夫人が自分の手で組んだものである。


   ◇


 ラウルが、立ち上がった。


 男も、仮面の下から出てきた顔を見ていた。見て、うろたえていた。うろたえた者は、いちばん言ってはならないことから口にする。


   ◇


「……伯爵夫人」


 男は、扉のほうを見る。


「この方は、ずっと、自分は違うと仰っていました。奥方様の仰ったとおりに」


 廊下の客たちが、伯爵夫人を見た。


「仰ったとおり、とは」


 声を上げたのは、老公爵夫人であった。


 ラウルは、答えない。


 答えなかったが、もう遅い。札の間で一緒に札を打っていた夫人たちが、互いの顔を見ている。今夜、伯爵夫人は、何度か窓のほうを気にしていた。鐘の少し前に急に席を立った。立って、女中から聞いたと言って、名を口にした。


   ◇


 女中から聞いたというのなら、どの女中か。


 鐘の前に、なぜ百合の下が王太子の婚約者だと分かったのか。


 仮面を配ったのは、誰であったか。


 ヴィオレッタは、そのとき広間の真ん中で仮面を外していた。


 白鳥の羽が、指のあいだで軽く揺れる。隣で、黒い仮面も外されていた。外れた下から出てきた顔を見て、広間に残っていた給仕たちが、持っていた盆を取り落としそうになった。


   ◇


 王太子が、婚約者と踊っていたのである。


   ◇


 廊下から戻ってきた客たちが、それを見た。


 見て、それから、東の小部屋のほうを振り返った。振り返った先には、百合の仮面を手に立ち尽くす伯爵家の娘と、扉の把手から手を離せずにいる母親がいる。


 誰も、何も言わない。


   ◇


 言わなくても、一つの話がもう出来上がっていた。鐘の前に名を呼ばれた令嬢は、鐘が鳴ったとき、王太子と広間の真ん中にいた。東の小部屋にいたのは、呼んだ女の娘であった。


   ◇


 老公爵夫人が、伯爵夫人の前に立つ。


   ◇


「この家の決まりでは、破った者は帰ることになっておりますわね」


   ◇


 伯爵夫人は、答えない。


「ここは、あなたのお家でございましょう」


 老いた声は、静かであった。


「どちらへお帰りになるのか、わたくしには存じませんけれど」


 伯爵夫人の膝が、ゆっくりと落ちた。


 ラウルが王都を出たのは、その月のうちである。


 残りの金は、受け取れなかった。前金のほうも、男爵家が全部返した。返したうえで、三男を北の親類へ預けた。預けた先で何をしているかは、王都の誰も知らない。


   ◇


 伯爵夫人は、その冬のうちに王都の屋敷を閉めた。


 閉めて、南の領地へ下っている。老公爵夫人のサロンでも、どの家の茶会でも、それきりあの家の名は上がらない。誰も上げないことが、王都でいちばん重い罰である。


   ◇


 デュフレーヌ家の仮面舞踏会は、翌年から開かれなくなった。


   ◇


 百年続いた決まりは、破られた年に終わった。


   ◇


 オデットが公爵家に来たのは、年が明けてからである。


 百合の仮面を返しに来た、と取次ぎは言った。応接の間で会うと、娘は百合の仮面の入った箱を卓に置いた。


「こちらを、お返しいたします」


「百合は、わたくしのものではございませんわ」


「……母が、ヴィオレッタ様にお贈りしたものでございます」


「お贈りいただいたものを、あの晩あなたに差し上げましたの。差し上げたものは、わたくしのものではございませんわ」


   ◇


 オデットは、箱を見下ろしている。


「あの晩、わたくしは、お断りすればよかったのでしょうか」


「お断りになれましたの」


「……いいえ」


「では、そういうことですわ」


 ヴィオレッタは、マリアンヌに白鳥の仮面の箱を持ってこさせ、娘の前へ置く。


「こちらもお持ち帰りなさいまし。わたくしには似合いませんでしたもの」


「……似合うと、仰いました」


「あの晩だけ、似合いましたの」


   ◇


 オデットは、二つの箱を抱えて帰っていった。


 帰る背の内側は、恨みでも恥でもなかった。ただ、一つのことを繰り返している。断る口を持っていなかった。それだけであった。


 その晩、マリアンヌが髪をほどきながら言う。


「殿下は、なぜあの晩おいでになったのでしょう」


「わたくしが、お呼びしたからですわ」


「何をなさるか、お伝えになったのですか」


「いいえ。見つけます、とだけ」


   ◇


「それで、おいでになったのですね」


「見つけられるものなら、と仰いましたもの。見つけられたかどうか、ご自分の目でお確かめになりたかったのでしょう」


 マリアンヌは、櫛を置く。


「殿下は、お嬢様を見つけられたでしょうか」


 ヴィオレッタは、鏡の中の自分を見る。


 白鳥の仮面をつけて広間を歩いたとき、黒い仮面の男は、一度もこちらを探す目をしなかった。探さずに、窓際で待っている。来ると分かっている者を待つ立ち方であった。


   ◇


「さあ」


   ◇


「仮面の下までは、殿下には見えませんもの」


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マリアンヌ、いいとこつくねえ!
( ゜∀゜)o彡°
( ゜∀゜)o彡°ヴィオレッタ様と殿下お似合い
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