↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第13章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/92

第56話 百合なら、見違えまい

 デュフレーヌ伯爵家の仮面舞踏会は、王都の冬の名物である。


   ◇


 決まりが三つある。


 一つ、客は仮面をつけて入る。二つ、真夜中の鐘が鳴るまで、誰も名を口にしてはならない。三つ、鐘が鳴るまで、素顔を人に見せてはならない。


 破った者は、その場で帰らねばならない。


 百年続く決まりで、破った者は一人もいないという。


   ◇


「今年は、仮面を伯爵夫人がお配りになるそうでございます」


 マリアンヌが、招待状を卓に置きながら言った。


「お配りに」


「はい。主だったお客様には、お一人ずつ、お屋敷へお届けになるとか」


「ずいぶん、手間をおかけになること」


 手間をかけるには、かけるだけの理由がある。


 伯爵夫人が公爵家に来たのは、三日後の午後であった。


 デュフレーヌ伯爵夫人は、五十に近い。背が高く、声がやわらかく、笑うときに必ず扇を半分だけ開く。夫を早くに亡くし、一人娘のオデットを育てながら、伯爵家を切り盛りしてきた女である。


   ◇


「今年は、趣向を変えてみましたの」


 夫人は、侍女に持たせてきた箱を自分の手で開けた。


「お客様の仮面を、わたくしが選ばせていただいて」


 中に、銀の仮面があった。


 目元を覆う形で、縁に細かな百合の彫りが入っている。百合は三輪。真ん中の一輪だけが、ほかより少し大きい。


   ◇


「まあ、きれい」


「お気に召すとよろしいのですけれど」


「三輪でございますのね」


「ええ。真ん中の一輪は、職人に大きめに彫らせましたの。遠くからでも、よく見えますように」


「遠くから」


「仮面は、遠くから眺めていただくものでございましょう」


「ヴィオレッタ様のお顔には、百合がよくお似合いかと存じまして」


「百合を、わたくしに」


「ええ。白くて、気高くて」


   ◇


 ヴィオレッタは、夫人の内側を見た。


   ◇


  ――百合なら、ラウルも見誤るまい。


   ◇


 はっきりと、そう聞こえた。


 声は、続いている。


 真夜中の鐘の前に、東の小部屋。人目のない場所に、男と二人。鐘が鳴って仮面が外れたとき、そこにいるのが王太子の婚約者であれば、婚約はもたない。もたなければ、次に名が挙がるのは家柄の釣り合う娘で、王都でいまいちばん釣り合うのは、デュフレーヌのオデットであった。


   ◇


 夫人の顔は、やわらかく笑ったままである。


「お気に召しまして」


「ええ。よく出来ておりますわ」


「よかった。当日は、ぜひそれで」


「ぜひ、これで参りますわ」


 夫人が帰ったあと、ヴィオレッタは仮面を手に取った。


 裏を返すと、内張りの絹に小さな刺繍がある。デュフレーヌ家の紋であった。配った仮面には、全部これが入っているのであろう。誰に何を渡したか、夫人だけが知っている。


 ヴィオレッタは、仮面を窓辺まで持っていき、腕をいっぱいに伸ばしてかざしてみる。


 縁の百合が、三つ並んで白く光った。真ん中の一輪だけが、ひとまわり大きい。部屋の端からでも、それと分かる。


「マリアンヌ。扉のところから、これが何に見えまして」


「……百合でございます」


「何輪」


「三輪。真ん中が、大きゅうございます」


「そうでしょうね」


 広間の端から、男が一人でこれを探す。探しやすいように、真ん中を大きく彫らせてある。遠くから眺めていただくもの、とは、よく言ったものであった。


   ◇


 証は、どこにもない。


   ◇


 百合の仮面を配られた。それだけである。ラウルという男も、東の小部屋も、夫人の口からは一言も出ていない。出ていないものを訴えても、仮面にけちをつけた悪名の女、で終わる。


「お嬢様。当日は、それをおつけになるのですか」


「つけますわ。いただいたのですもの」


「……よくお似合いになると存じます」


「そうでしょうね。百合は、わたくしに似合うよう選ばれておりますもの」


   ◇


「伯爵夫人は、オデット様にもお選びになったのでしょうか」


「お選びになりましたでしょうね。ご自分の娘御のぶんは、いちばん念入りに」


 マリアンヌは、それ以上は訊かなかった。


 訊かずに、仮面を箱に戻す。戻す手つきが、いつもより少しだけ丁寧であった。


 その晩、ヴィオレッタは王城へ短い書状を出した。


 デュフレーヌ家の舞踏会に、仮面でおいでくださいまし。わたくしのほうで、お見つけいたします。


   ◇


 返書は、翌朝に来た。一行だけであった。


   ◇


 見つけられるものなら。


   ◇


「殿下は、なんと」


「見つけてみろ、と」


「……お見つけになれますか」


「仮面の下なら、存じておりますもの」


 同じ週に、ヴィオレッタは一つ潰している。


 仕立屋の針子頭であった。舞踏会の衣装合わせのとき、この女はマリアンヌに針山を持たせたまま、一刻も立たせておいた。腕を下ろせば、針山の位置が違うと叱る。叱られても、マリアンヌは何も言わない。言わないのを知っていて、立たせていたのである。


   ◇


  ――侍女ふぜいが、公爵家の衣に触れて。


   ◇


 針子頭の内側は、そう言っていた。口では、お嬢様のお供の方はお手が器用でいらっしゃる、と笑っている。


 ヴィオレッタは、衣の丈を三度直させた。三度とも、針子頭に自分の手で直させる。マリアンヌの腕が下りたのは、そのあとのことである。


   ◇


 翌月から、公爵家の仕立ては別の店に移った。


 理由は、店の主人にも言っていない。


   ◇


 舞踏会の夜は、雪が降った。


 デュフレーヌ家の屋敷は、王都の北の丘にある。坂の下から見上げると、窓という窓に灯が入っていた。馬車が列を作り、仮面の客が一人また一人と玄関へ吸い込まれていく。


   ◇


 ヴィオレッタは、百合の仮面をつけていた。


 衣装は、深い紫である。仮面の銀と、百合の白が、紫の上でよく映えた。玄関で外套を預けると、広間の手前にいた客が何人か、こちらを振り返った。


 振り返って、すぐに目を逸らす。


   ◇


  ――あれは、アルヴェールの。


   ◇


 名を口にしてはならない決まりである。口にしなくても、内側では皆が名を呼んでいた。仮面で顔を隠しても、背丈と歩き方と、人を見るときの目の高さまでは隠せない。


 マリアンヌは、灰色の地味な仮面をつけていた。


 侍女は、主人の供として壁際に控える。控えながら、まわりをよく見る。


 灰色を選んだのは、マリアンヌ自身である。目立たない色のほうが、人はよく喋る。侍女が後ろに立っていることを、仮面の客たちはすぐに忘れてしまう。


   ◇


「お嬢様」


 広間の入り口で、侍女が扇の陰から言った。


「先日の午後、伯爵夫人とお話しになっていた若い男がおります」


「どちらに」


「右の柱の脇。黒の仮面に、赤い羽根の」


 ヴィオレッタは、そちらを見なかった。


 見なくても、分かる。


 右の柱の脇から、強い色が一本、まっすぐこちらへ伸びてきていた。


   ◇


  ――百合だ。


   ◇


  ――紫の衣に、銀の百合。真ん中の一輪が大きい。あれだ。


   ◇


 ラウル・ド・サン=ジル。男爵家の三男で、二十三。家督に縁がなく、顔と口と踊りのうまさだけで、王都の夜会を渡り歩いている男である。マリアンヌが見かけたのは、夫人の屋敷の裏口であったという。


 男の内側は、続いていた。


 前金はもらった。残りは鐘のあと。鐘の前に、東の小部屋へ連れていけばいい。


   ◇


  ――女は、別人のふりをするかもしれない。


   ◇


  ――伯爵夫人が言っていた。あの令嬢は頭がいい。きっと、自分ではないと言い張る。言い張られても、構うな、と。


   ◇


 なるほど、とヴィオレッタは思った。


 よく考えてある。


 仮面をつけていれば、相手は顔で見分けられない。だから仮面そのものに印をつけた。印をつけたうえで、相手が言い逃れることまで、先に男へ言い含めてある。用心が二重になっていた。


   ◇


 二重の用心は、どちらか一つが外れると、もう一つが足を引く。

お読みいただき、ありがとうございました!

皆様にお願いです

ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】に

応援していただけますと励みになります! よろしくお願いいたします(^^♪



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ヴィオレッタの平常心が凄い!心の声が聞こえてもどう対処するかは別問題。 ( ゜∀゜)o彡°
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。