↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第9章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/66

第46話 わたくしは、同じことしか申しませんの

 南の間には、卓を一つだけ置かせた。


 丸い卓である。上座も下座もない。五つの椅子を等しく並べ、どの椅子からも、ほかの四人の顔が見えるようにした。


「お嬢様。席次は、いかがいたしましょう」


「決めませんわ」


「……決めない」


「丸い卓でございますもの。お好きなところにお座りいただけばよろしいの」


   ◇


 マリアンヌは、黙って茶器を並べた。


 並べる手が、いつもより少しだけ遅い。この侍女は、今日の卓がどういう卓なのかを、主人よりよく分かっていた。


 最初に来たのは、グランモン侯爵夫人である。


 約束の刻限より、ちょうど四半刻早い。七十年、この女は約束に遅れたことがないのであろう。遅れる者を待たせるより、待つほうを選んできた女の早さであった。


「本日は、お招きありがとう存じます」


「お越しくださって、ありがとう存じますわ」


   ◇


 次がブノワ子爵夫人、最後がアンリエットである。


 三人は、互いの顔を見て、それぞれ別の顔をする。


 侯爵夫人は眉を上げ、子爵夫人は目を伏せ、アンリエットは扇の陰で口を開けた。三つの集まりの頭が、一つの卓を囲んでいる。王都で、それを見たことのある者は、たぶん一人もいなかった。


   ◇


「ヴィオレッタ様。これは、どういう」


「お茶会でございますわ、アンリエット様」


「それは、分かりますけれど」


「イザベル様も、お見えになりますの」


 三人が、同じところで息を止めた。


 止めて、三人とも、少しだけ頬を緩めた。緩め方がそれぞれ違う。けれど、緩んだ理由は同じであった。あの娘が来るのなら、今日の茶会はまともなものになるであろう、と。


   ◇


 イザベルは、刻限ちょうどに来る。


 扉が開いて、灰色の衣装が見える。見えた瞬間、ヴィオレッタはその内側を視ていた。


   ◇


 跳ねた。


   ◇


 ほんの一瞬である。卓の顔ぶれを見て、この娘の内側が、はっきりと跳ねた。


   ◇


 すぐに押し込まれた。


 押し込んだあとに、別の色が上がってくる。計算の色であった。この顔ぶれで、北の話は出ない。出させない。話を別のほうへ運べばいい。


   ◇


  ――嘘をつけない女は、罠を張れない。


   ◇


 イザベルの内側は、そう言っていた。


 この娘は、ヴィオレッタの噂をよく知っている。嘘をつかない、という噂である。嘘をつかない女は、腹芸ができない。腹芸のできない女が、罠を張れるはずがない。この三人を集めたのは、たまたまであろう。


 筋は通っている。通っているから、この娘は扉のところで引き返さなかった。


   ◇


「ごきげんよう、皆さま」


 イザベルは、丁寧に礼をした。


 礼の角度が、三人のちょうど真ん中に向いていた。侯爵夫人に深すぎず、アンリエットに浅すぎず、子爵夫人に向けて、ほんの少しだけ目を伏せる。一つの礼で三人ぶんを済ませる。器用な娘である。


   ◇


 茶会は、穏やかに進んだ。


 進めたのは、イザベルである。


 春の庭の話をし、花の話をし、今年の聖堂の祭りの話をした。どの話も、三人のうち誰か一人だけに寄らない。寄らないように、話の端を順に三人へ渡していく。渡された三人は、それぞれ気持ちよく答えた。


   ◇


 ヴィオレッタは、ほとんど喋らなかった。


 喋る必要がない。訊きたいことは一つしかなかった。訊く頃合いを、待っていただけである。


 二杯目の茶が注がれたところで、アンリエットが言う。


「ヴィオレッタ様、今日はずいぶんお静かですのね」


「そうでございますか」


「いつもは、もっと、その」


「刺しますものね」


   ◇


 アンリエットが、扇で口を隠した。


 侯爵夫人が咳払いをし、子爵夫人が小さく祈りの言葉を呟く。イザベルだけが、穏やかに笑っていた。


「今日は、一つだけ伺いたいことがございますの」


 ヴィオレッタは、茶碗を置く。


   ◇


「イザベル様。北の国では、どちらのお屋敷においででしたの」


   ◇


 卓が、静まる。


 イザベルの笑みが、そのままの形で止まる。


 止まった笑みの下で、内側が一気に濁っていく。三人の顔が、この娘の中で同時に並んだ。茶会の娘。サロンの夫人。婦人会の夫人。三つの部屋で、三つの答えを置いてきた、その三人である。


   ◇


「まあ、ヴィオレッタ様」


 イザベルは、小さく首を傾げた。


「先日も、お話ししましたのに」


   ◇


 うまい。


   ◇


 答えずに、答えたことにする。先日も話した、と言っておけば、ここで同じ話を繰り返すのは無作法になる。この娘は、一番危うい場所から、一番自然な言葉で逃げようとしていた。


   ◇


「ええ。伺いましたわ」


   ◇


 ヴィオレッタは、それだけ言った。


 言って、茶碗を持ち上げる。


 それきり、何も足さない。


 足さなくても、卓には三人いる。三人とも、先日の話を覚えている。先日も話した、と言われれば、人は先日の話を思い出す。思い出したことは、口に出したくなる。


   ◇


「そうそう」


   ◇


 最初に口を開いたのは、アンリエットである。


「王子殿下の妹君の、遊び相手をなさっていたのでしょう。向こうにいらしたあいだ、ずっと」


 侯爵夫人の扇が、止まる。


「……辺境伯夫人のお屋敷と、伺いましたけれど」


 侯爵夫人は、アンリエットのほうを見ずに言った。


「母君の従姉の。十一の年から、こちらへ戻るまで」


   ◇


 ブノワ子爵夫人が、胸の前で組んでいた手をほどく。


「わたくしどもは、聖ウルスラの修道院で、と」


「……修道院」


「八年、ずっと祈りの日々を、と」


   ◇


 卓が、音を失った。


   ◇


 三人が、互いの顔を見る。


 見て、それから、三人とも同じほうを向いた。


 灰色の衣装の娘のほうである。


「……三か所とも、おりましたの」


 イザベルが言った。


 声は、まだ柔らかかった。


「北の国に八年もおりますと、いろいろなところに」


   ◇


「ずっと、と仰いましたわ」


 アンリエットが言った。


 責める声ではない。ただ、覚えていることをそのまま口にしただけである。


「わたくしどもにも、十一の年から戻るまで、と」


 侯爵夫人が言った。


「わたくしどもにも、八年ずっと、と」


 子爵夫人が言った。


   ◇


 ずっと、が三つ並んでいた。


   ◇


 ヴィオレッタは、何も言っていない。


 三つの答えを言ったのは、イザベル本人である。三つを思い出したのは、三人の客である。ヴィオレッタがしたのは、四度目に、一度目と同じことを訊いただけであった。


「イザベル様」


   ◇


 侯爵夫人が、ゆっくりと扇を閉じる。


「ヴィオレッタが、殿下を軽んじているというお話。あれは、あなたから伺ったのでしたわね」


 アンリエットが、顔を上げた。


「え。わたくしたちは、ヴィオレッタ様が殿下にしがみついておいでだと」


   ◇


 子爵夫人が、目を閉じる。


「……わたくしどもは、信心がない、と」


 イザベルの内側が、崩れはじめていた。


 崩れる音は、外には聞こえない。聞こえないが、崩れていく順番は、ヴィオレッタにはよく視えた。一つ目の嘘が倒れ、二つ目が倒れ、三つ目が倒れる。倒れた嘘に寄りかかっていた別の嘘が、支えを失って次々に傾いていく。


   ◇


 最後に傾いたのは、ポーリーヌの話であった。


「ポーリーヌ様のことも」


 アンリエットの声が、小さくなる。


「言い交わしたお相手がいらっしゃる、と。騎士の方だと、イザベル様から」


「……楽師だと、伺いました」


 子爵夫人が言った。


 言ってから、自分の口を押さえた。あの縁談を渋った奥方は、この夫人の婦人会の者である。


   ◇


 騎士と、楽師。


   ◇


 一人の娘の婚約を壊した話が、壊した先ごとに、違う男になっていた。


「……ひどい」


 アンリエットが、はじめて扇を下ろしたまま言った。


 イザベルは、立ち上がった。


 立ち上がって、卓を見下ろす。見下ろした顔には、もう柔らかいものが何も残っていなかった。薄い青の目が、まっすぐにヴィオレッタを捉えている。


   ◇


「罠を、お張りになったのね」


   ◇


「張っておりませんわ」


 ヴィオレッタは、座ったまま言った。


「同じことを、四度伺っただけでございます。アンリエット様のお茶会で一度。侯爵夫人のサロンで一度。婦人会で一度。今日、ここで一度」


   ◇


「わたくしは、同じことしか申しませんの」


   ◇


「覚えておく必要がございませんもの」


   ◇


 イザベルの唇が、震える。


「……あなただって、悪女でしょう」


「ええ」


「わたくしと、何が違うの」


 ヴィオレッタは、茶碗を置いた。


「わたくしの悪いところは、全部本当でございますの。侍女を気まぐれで馘首にいたしますし、気にくわない方の縁談も潰しますわ。どれも、わたくしの名でいたしました」


   ◇


「あなたは、わたくしの名に、していないことを足しておいでになった」


   ◇


「悪いことをなさるなら、ご自分の名でおやりなさいまし」


   ◇


 イザベルは、何も言わずに部屋を出ていく。


 出ていく背に、マリアンヌが扉を開けた。開け方が、いつもより丁寧であった。


 残った三人は、しばらく黙っている。


 黙っているあいだに、三人の内側がそれぞれに動いていく。自分がどの嘘を信じ、どの嘘を人に回したか。回した先で、誰が何を失ったか。数えていくうちに、三人とも茶に手をつけなくなった。


   ◇


「ヴィオレッタ」


 侯爵夫人が、最初に口を開いた。


「園遊会の席は、元に戻させます」


「どちらでも構いませんわ」


「わたくしが構います」


 ヴィオレッタは、少しだけ眉を上げた。


 どこかで聞いた言い回しである。この王都には、こういう女が何人かいるらしい。


   ◇


 イザベルがどこにいたのかは、十日後に分かった。


 侯爵夫人が、北の国の知人に書状を送って調べさせたのである。返書を、そのままヴィオレッタのところへ回してきた。


   ◇


 北の国の、娘の心得を直す寄宿の家。


   ◇


 口の過ぎる娘、手癖の悪い娘、嘘の止まらぬ娘を、家から離して預かる家であった。イザベルは十一の年にそこへ送られ、八年、そこにいた。


   ◇


 ずっと、というのだけは本当だったのである。


   ◇


「八年でも、直らないものはございますのね」


   ◇


 ヴィオレッタは、返書を卓に置いた。


 イザベルは、翌月にまた北へ戻された。今度は、いつ戻るとも聞いていない。


 ポーリーヌの縁談は、戻らなかった。


 子爵家の母親は詫びに来たが、ポーリーヌのほうが断った。一度壊れた縁を、一度疑った家と結び直す気はない、と。


   ◇


「賢い方ですわね」


「……お嬢様は、何も、なさらないのですか」


「わたくしが壊したのではございませんもの」


 マリアンヌは、それ以上訊かなかった。


 訊かずに、湯を注いだ。いつもより、少しだけ熱い湯であった。


「マリアンヌ」


「はい」


「あなた、先日、話せば分かると申しましたわね」


「……はい」


   ◇


「分かりましたでしょう。話したのは、あの方のほうでございましたけれど」


 侍女は、湯を注ぎ終えて、姿勢を戻した。


   ◇


「お嬢様は、どちらにおいででも、同じことを仰いますね」


「ほかに言いようがございませんもの」

お読みいただき、ありがとうございました!

皆様にお願いです

ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】に

応援していただけますと励みになります! よろしくお願いいたします(^^♪



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
( ゜∀゜)o彡°
更新お疲れ様です。 今回は対戦相手の格が足りませんでしたね。 喧嘩を売られた形ですけども。
コレットさんは今もつまらない用事に出かけているのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。