↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/67

番外編 数えていない 〜侍女マリアンヌの手記〜

ヴィオレッタ付きの侍女、マリアンヌの一人称です。 第三編の裏側にあたる、他愛のない話を集めました。 筋には関わりませんので、読み飛ばしても差し支えありません。

 この冬は、書くことが多すぎた。


 私は見たものだけを帳面につけている。感想は書かない。書かないと決めているのに、今期は三度ほど、うっかり書きかけて消した。


 消した跡が残っている。


 跡は感想ではないので、そのままにしてある。


   ◇


 まず、菓子のことを書く。


 あの方は、人前でどなたかを潰した日の夜、厨に菓子を七種類ご注文になる。全部ひとくちだけ召し上がって、残りは私が片づける。


 これまでは、月に一度か二度だった。


 この冬は、違った。


   ◇


 女官頭。侯爵家のご令嬢。ご実家の家令。塔の修道女。王弟殿下の書役。


 ひと月のあいだに、五度である。


   ◇


 六度目の注文を出したとき、厨の下働きの子が、盆を渡しながら言った。


「もう、毎晩お作りしておきましょうか」


 私は、断った。


 断ってから、断る理由が自分でもよく分からなかった。


   ◇


 冬の終わりに、去年の上着が入らなくなった。


   ◇


 私は、菓子の数を三つに減らした。


「マリアンヌ。足りませんわ」


「五つでは、いかがでしょう」


「足りませんわ」


「……お嬢様。五つが下限でございましたでしょう」


 あの方は、扇を開いた。


「いつ、そう申しましたの」


   ◇


 仰っていない。


 下限を決めたのは、私である。


 勝手に決めた下限を、勝手に破られたと思って腹を立てていた。


   ◇


 いまは、七つ運んでいる。


 七つとも、あの方がひとくちずつ召し上がる。そこは変わらない。変えようがない。


 変えたのは、そのあとである。


   ◇


 三つを私が引き取り、残りの四つを厨へ戻す。


   ◇


 公爵令嬢の食べかけである。


 厨では、これを取り合っている。


   ◇


 初めのうちは、半分がありがたがり、半分が気味悪がっていた。気味悪がったほうも、翌週には取り合うほうに回っている。


 菓子だからである。


   ◇


 言い出したのは私で、承知なさったのはあの方である。


 仰ったのは、一言だった。


「勝手になさいまし」


   ◇


 厨で私の評判が上がった。


 私は何もしていない。上着が入らなくなっただけである。


   ◇


 次に、賭けのことを書く。


 あの方が扇をお開きになると誰かが落ちる。これは城の常識で、女官控えでは賭けになっていて、胴元は私だった。


 種は、前に書いた。手が冷えるとお開きになる。それだけである。


   ◇


 この冬、あの方は扇を開きっぱなしにしておいでだった。


   ◇


 北棟は日が入らない。監査室というのは紙のために作った部屋で、人のためには作っていない。あの方はそこへ毎日おいでになる。


 部屋が寒いので、扇が閉じない。


 閉じないので、賭けが成立しない。


   ◇


 賭けは、その月のうちに崩れた。


 崩れるあいだに、実際には五人落ちている。開いた回数のほうは、数え切れない。掛け金は全部返した。


 胴元として、初めての払い戻しである。


   ◇


 よい商いでしたのに、と私は思う。


 思っただけで、誰にも言っていない。


   ◇


 王弟殿下のことを書く。


 あの方が城にお入りになった日、私は廊下で礼をした。


 陛下だと思ったからである。


   ◇


 顔が同じで、声が同じで、歩き方まで似ておられる。違うのは肉の付き方だけで、廊下の暗いところではまず分からない。


 通り過ぎてから、王弟殿下だと気がついた。


   ◇


 その晩、うちのお嬢様に申し上げた。


「廊下で、王弟殿下を陛下と取り違えましてございます」


「まあ」


「……申し訳ございません」


「よろしいのですわ」


 あの方は、扇を膝に置いた。


「外はそっくりでいらっしゃいますもの」


「外は、でございますか」


「ええ」


   ◇


 それきりだった。


 私は、内側がどうなのかを伺わなかった。


 伺えば感想になるからではない。伺うと、たぶん答えが返ってきてしまうからである。


   ◇


 私は、あの方の仰ることを全部知りたいわけではない。


 知らずに済むぶんだけ、夜よく眠れる。


   ◇


 なお、女官控えでは見分け方の一覧ができた。


 厚いほうが弟君。痩せているほうが陛下。


 書いたのは私ではない。写したのは私である。


   ◇


 名前のことを書く。


 この冬、城で最も流行ったのは、名前を覚えることだった。


   ◇


 始まりは、塔の修道女である。


 お嬢様が塔へおいでになったとき、麓の女が階段の三段目で止めた。止めた女は、その日のうちに塔から下りている。


 城には、こう伝わった。


 ――名も訊かずに世話をしていたので、お怒りになった。


   ◇


 違う。


 止められたのが気にくわなかっただけである。


 私はそばにいたので知っている。知っているが、訂正はしていない。


 訂正すると、ややこしくなる。


   ◇


 噂は、ひと月で城じゅうを回った。


   ◇


 厨の下働きが、洗い場の娘の名を覚え始めた。馬丁が、厩の見習いの名を覚え始めた。女官控えでは、下級女官の名が読み上げられるようになった。


   ◇


 六十を過ぎた女官頭が、洗い場の名簿を諳んじられるようになった。


 立派なことである。


 誰も幸せになっていないが、立派ではある。


   ◇


 私も、一度やられた。


「マリアンヌ。厨の下働きは、何人おりますの」


「十四人でございます」


「お名前は」


   ◇


 十四人ぶん、申し上げた。


 毎晩、菓子を四つ分けている相手である。覚えていないほうがどうかしている。


   ◇


「よくできましたこと」


 私は、嬉しくなかった。


 嬉しくなかったのに、その晩、帳面に書いた。


   ◇


 北棟のことを書く。


 監査室に、ベルナールという記録官がいる。


 四十がらみで、背が低く、指が黒い。線を引くのが速い。


 この方とは、廊下でよく会う。会うたびに、同じことを言われる。


   ◇


「空の行は、簿になりませぬ」


「……はい」


「お伝えいただけますでしょうか」


「申し上げました」


「なんと仰せで」


「そのままでよろしいのですわ、と」


   ◇


 ベルナールは、うなずいて去る。


 ひと月に二度、これをやる。


   ◇


 この方は、決めない。


 決めないまま、線だけを引いておいでである。


 私は、感想を申し上げない。申し上げないまま、見たものだけを書いている。


 やっていることは、たぶん同じである。


   ◇


 同じなので、菓子を分けることにした。


 三つのうち、一つを北棟へ回している。私の取り分は、二つである。


 ベルナールは、何も訊かずに受け取る。


 食べかけであることには、たぶん気づいておいでではない。


   ◇


 訊かないのが、いいところだと思う。


   ◇


 上着のことを書く。


 入らなくなった上着を、私は仕立て直しに出した。


 出したものが戻ってきて、翌朝それを着ていたら、うちのお嬢様が振り返られた。


   ◇


「マリアンヌ」


「はい」


「よくお仕立てになりましたこと」


   ◇


 私は、手を止めた。


   ◇


 この言葉には、覚えがある。


 舞踏会で、去年のお召し物を直してこられたご令嬢に、あの方が同じことを仰った。袖の縫い代が足りていない、という意味である。


 宮廷は、これも賛辞だと思い始めている。


 最上級は、いまも布地のほうである。


   ◇


「お嬢様」


「なんですの」


「それは、お褒めになっておいでではございませんね」


「褒めておりませんわ」


   ◇


 あの方は、鏡のほうを向いた。


「二寸、お出しになりましたわね」


「……はい」


「三寸お出しになるべきでしたのよ」


   ◇


 正しい。


   ◇


 私は、仕立て屋に二寸と伝えた。三寸と言うのが嫌だったからである。


 嫌だと思ったことを、鏡越しに当てられた。


   ◇


 この方は、人の心が読めるわけではない。


 縫い代を見ておいでなのである。


 そちらのほうが、よほど始末に負えない。


   ◇


 王弟殿下のお部屋に伺われた夜のことを書く。


「あの方は、わたくしを買いにおいでですのよ」


「……お売りになりますので」


「ええ。伺いますわ」


   ◇


 私は、扉の外で待っていた。


 二時間である。


   ◇


 南棟の廊下は寒い。壁に何も掛かっていない。年に二度しか使わない部屋の前で、二時間立っていた。


 中の声は、聞こえなかった。


   ◇


 立っているあいだ、私はいろいろなことを考えた。


 考えたことは、全部感想なので書かない。


   ◇


 一つだけ書く。


 もしお売りになったら、私は買い手のほうに付いていくのだろうか。それとも、置いていかれるのだろうか。


   ◇


 置いていかれるほうだと思った。


   ◇


 扉が開いて、あの方が出ておいでになった。


 売れていなかった。


   ◇


 最後に、これを書く。


 王弟殿下が継承の順から外れた日、私は厨へ寄った。


 七つ頼むつもりでいた。


   ◇


 ご注文は、無かった。


   ◇


 落としたのだから、あるはずである。私はそう思って、伺った。


「本日は、お作りいたしませんので」


「要りませんわ」


「……お嬢様」


「落としておりませんもの」


 あの方は、扇を膝に置いた。


「数えただけでございますわ」


   ◇


 厨は、その晩、暇だった。


   ◇


 帰りの馬車で、あの方が仰った。


「わたくしの名は、何枚ございますの」


 私は、数えた。


「公爵家の簿と、教区の登録簿。妃教育の記録と、婚約の触れ」


「四つ」


「……はい」


   ◇


 四つである。


 この冬に、三つお捨てになった。


   ◇


 その晩、私は自分のぶんを数えてみた。


   ◇


 公爵家の使用人名簿に、一枚。


   ◇


 それだけである。


 教区の登録簿にはあるはずだが、私は見たことがない。給金の帳面は、人数で書いてある。


 一枚だった。


   ◇


 少し、こわくなった。


   ◇


 こわくなってから、気がついた。


 薄れるのは、名を外された方々である。私は外されていない。外されるほど、どこかに載ってもいない。


 載っていない者は、外しようがない。


   ◇


 うちのお嬢様は、この冬、落とす相手の名を紙に書き留めておいでだった。三行あるそうである。


 私の名は、そこに無い。


   ◇


 数えていただいていないからである。


   ◇


 数えていないものを、あの方は落とさない。


 だから私は、たぶん安全である。


   ◇


 安全ではあるが、これを安全と呼んでよいものかどうか、私にはよく分からない。


   ◇


 私は、ヴィオレッタ・ド・アルヴェール様が嫌いだ。


 お仕えするようになってから、一度も好きになったことがない。


 嫌いなまま、あの方が数えなかったものを、私が数えている。


 この冬は、自分のぶんも数えた。


   ◇


 あと、上着は三寸出し直した。

お読みいただき、ありがとうございました!

皆様にお願いです

ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】をタップして【★★★★★】に

応援していただけますと励みになります! よろしくお願いいたします(^^♪



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
マリアンヌ いい味だしてる
どんな味のお菓子なのか気になって夜しか眠れません…。
天高く馬肥ゆる秋 なぜ自分はフライドポテトの後に天ぷらを…夜ご飯は月見天ぷらうどん…まだ大丈夫。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。